第5話 買い出し

「ただいま。」

 自宅に着きそのままベッドに倒れこむ。思えば気絶時間を除けば昨日から一睡もしていない。一夜の心身は疲弊しきっていた。

「はぁ…疲れた…。」

 ようやく訪れる安息の時間。誰にも邪魔されないプライベートな空間が彼の心にゆとりを与える。眠りにつくのに時間はかからなかった。


 どれだけ寝たのだろうか。一時間、それとも数時間、ひょっとしたら数日寝ていたのかもしれない。一夜が目覚めると時計は深夜の1時を指していた。

「…お腹減ったな。」

 食事もあの夜の日から一度もとってない。買ったレジ袋はどうしたのだろう。あの獣に襲われた際どこかへいったのだろうか、それとも警察に押収されたのだろうか。その記憶すらなかった。

「買い物…今出たらまた捕まるのかな。」

 外出許可書がないと夜間時の外出は逮捕、改変された世界で初めて知ったルールだ。まぁあんな化け物めいた生物が闊歩している世界に変わったのだから当然といえば当然だろう。市民の安全を確保し守るのが法というものだ。

「しかたない…今日はデリバリーでもしようか。」

 この時真の恐怖が迫っていることをまだ彼は知る由もない。


「そ…そんな…!」

 一夜は驚愕していた。事の重大さにようやく気づいてしまったのだ。それは彼の生命にも関わるほどのであり同時に彼にとって今この瞬間越えなければならない試練でもあった。

「デリバリーが使えない…!」

 そう、デリバリーがなくなっていたのだ。どの店のサイトを見てもデリバリーのデの字も見つからない。それもそのはず、外出届が必要となるこの世界において配達するという行為そのものが自殺行為なのだ。その結果多くの店のデリバリーは初めからないものとされてしまった。

 つまるところ一夜は自宅に居ながら飢餓に苦しめられているということになる。冷蔵庫の中身は皆無、外出は不可能、デリバリーは使用不可、絶望のような三重苦が彼を襲う。

「…あれ?詰んでね?」

 かくして世界の変化に伴い彼が最初に行うことは世界を救うこととは程遠い食糧調達だった。


「頼むよ…来るなよ…。」

 家に食料はなく、デリバリーも使えないとなるとやるべきことは一つだった。無論買い出しである。ただの買い出しなどではない、獣に見つかれば死、警察に見つかれば逮捕という命がけの買い出しだ。

「ははは…これ何てステルスゲーだよ…。」

 少しずつだが目的のコンビニまで近づいてきている。極限状態にまで追い詰められた一夜にとってコンビニというところは心のオアシスに等しい場所だった。

「あと…少し…。」

 コンビニの明かりが少しずつだが大きくなるのがわかる。細心の注意を払いながら一歩、また一歩とコンビニを目指す。

「ガアアアアアアアアアウ!」

 レイウルフの雄たけびが聞こえる、そう遠くない位置だ。

「クソ…このままだと見つかる…。」

 電柱の影から辺りをうかがう。街灯のあかりだけでは目視はできないがそれらしい姿はみあたらない。

「こうなったらやけだ!覚悟を決めろ僕!」

 コンビニまでの残り100m弱の道を全力で駆ける。後ろからとてつもない勢いで足音が追ってくる、やつに気づかれてしまったようだ。

「うおおおおおおおおおお!!!」

 このままだと追いつかれる…!本能で感じ取ったのか一夜はハリウッドスターのようなダイブをする。綺麗な弧を描きながら彼の体は宙を舞いコンビニの中へ吸い込まれる。

「はぁ…はぁ…。」

 飛び込んだ直後に後ろを振り返る。そこにはレイウルフが大きな牙を構えてたっていた。しかし扉を壊して入ってくる様子は見られない。ひたすらに扉の前で獲物が出てくるのを今か今かと待ち構えているだけだった。

「勝った…!よっしゃあああああ!!!」

 かくして命懸けの買い出しは無事成功したのだった。

「いらっしゃい兄ちゃん、大丈夫か?レイウルフに追われてたけど。」

 いかつい顔の店員が心配そうにみている。すごんでいるようにしか見えないその顔も今の一夜にとっては安心する。

「え、えぇ大丈夫です。」

 起き上がり店内を物色する。帰りのことも頭に入れつつ出来るだけ少なく、かつ腹が満たされるような物を入れていく。

「いらっしゃい。」

 どうやら別のお客がきたようだ。あの店の前のレイウルフはどこへ行ったのだろう。諦めたのか、それとも身を潜めているのか、そんなことを気にしながら買い物を続ける。

「おや、先客がいると思ったらあなたでしたか。」

 声をかけられた。どうやら知り合いのようだ。彼にとってこの店は客の出入りが少ないから利用している店だ、知り合いに見つかるとはついてない。そう思いながら声の主の方を向く。

「あっ…。」

 そこに立っていたのは海人、危険視していた要素のもう一つ『警察』だった。

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