第4話 主人公
千田一夜という男の人生は決して英雄のような表舞台で描かれる物語などではない。至って平凡な家庭に生まれ、不自由ない生活を送っていた。幼少時から友人は少なく一人でいることが多かった一夜少年にとって心の支えになっていたのは彼の両親とゲームだ。要領自体は悪くなかった彼はゲームを通して技術や知識だけではなくそのゲームの世界観や設定を考察するようになる。それを両親に教え、褒められる瞬間が彼にとっての至福の時間になっていった。
しかし彼の至福の時間は唐突に終わりを迎えることになる。高校時代、彼の両親は事故により他界してしまったからだ。それにより一夜は心を閉ざし、ゲームに没頭するようになる。周囲との溝がより広がることに時間はかからなかった。結果的に彼は天涯孤独の身となる。
現在はある人物のおかげで多少なりとも他人との関わりを持とうとしているが精神面が不安定になると昔の頃に戻ってしまうのであった。
「何なんだよ…なんで……。」
自問自答を繰り返してもうすぐ1時間が経とうとしていた。自問自答と言ってはいるがそれは形だけであり答えがでることはない。一夜にとっては無意味なものだった。
「世界を救え…?なんで…僕はただ普通に暮らしたいだけなんだよ…。」
世界が異変に包まれてから彼にとっての普通は終わってしまった。普通を取り戻す為には自分が動くしかない。やるべきことも理解している。しかしその一歩を踏み出すことが彼にとってとてつもなく難しいことだった。
「父さん…母さん…僕は一体どうすれば…。」
今は亡き両親に語り掛ける。もちろん返事はかえってこない。
「僕は…僕は…。」
手をさし伸ばしてくれる者はいない。
「誰か…助けて……。」
助けてくれる者はいない。
「どうかしましたか?」
「えっ…?」
顔を上げるとそこには心配そうに覗き込む海人の姿があった。
「顔色悪いですよ?お水いります?」
「どうして…ここに?」
「あぁ!手続きが済みましたのでその報告を。もう出ても問題ありません、次からは気をつけてくださいね。」
そう言いながら一夜を閉ざしていた扉を開ける。
「あの…。」
思わず声をかける。
「なんですか?」
「えっと…どうしてあなたは警官になったんですか?」
唐突にそんな質問をする。一夜にとってその質問に意図はなかった。純粋な疑問、いや自問自答の延長線だったのかもしれない。どうしても聞いておかなければならない、そんな気がした。
「それはもちろん…困ってる人を助けたいからですよ。」
海人は笑顔で答えた。
「そんな単純な理由でいいんですか!?下手したら死ぬような職業なんですよ!」
「それでも私は助けたいんです。」
一夜は悟った。あぁ、物語の主人公たちは皆こういう気持ちで世界を救っていたのだろう---彼は紛れもなく主人公だと。
「そうですか…ありがとうございます。」
「?」
自分は物語の主人公にはなれない。英雄にも、勇者にも、戦士にも、王にも、何者にもなれない存在だった。そんな自分に彼らと同じ選択を強いられている。一夜にとって海人の思想も理論もない単純な理由は何も答えを見出せていなかった自分の心に深く残った。
「では、僕はこれで帰ります。海人さん本当にありがとうございました。」
「お気をつけて。」
海人に別れを告げ要塞のような派出所を後にする。ギラギラと照り付ける太陽は一夜にはまぶしすぎた。
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