第3話 世界の変化

「全く、どうなってるんだよ…。」

 一夜は困惑していた。それもそうだ、突如得体のしれない生き物に襲われたと思ったら要塞のような派出所で目覚めた挙句逮捕されてしまうなんて自宅を出る瞬間には微塵も思わなかっただろう。しかもその全てが異世界転生などではなく現実世界で起こっている出来事なのだ。

「今更ながら…夢オチみたいなことはないよな…。」

 自分の頬をつねってみる。

「いてててててて!」

痛みがある。これが夢などではないことを嫌でも思い知る。


「さて…前科持ちになってしまったけど…どうしたものか。」

 どうやら諸々の手続きが済めば初犯は許してもらえるらしい。しかし形式的に手続きが済むまでは留置所に収容してもらうとのことだった。

「とりあえず現状の確認だ。えぇと…まずここは紛れもなく現実世界だ。異世界なんかではない…。じゃああの獣は何なのか、そしてなぜあの獣を警察は知っていたのか。いや、それだけじゃない。僕の知らない情報が多すぎる…これじゃあまるで僕の方がおかしいやつみたいじゃないか…。」

『やっと気づいたのね。』

 唐突に女性の声が響いた。

「うわあああああああ!!?」

『そう驚かないでよ、私はあなたの味方よ?』

 あたりを見渡すがそれらしい人影は見当たらない。

『念話よ、探してもいないわ。それにあなた以外には聞こえない。』

「念話…ということは僕も思念だけで会話できるということだな?」

 平静を装いながら声の主に問いかける。

『あら要領いいじゃない。そうよ、私との会話はそれでもできるわ。』

 試しに昔にやったエロゲーを思い出してみる。

『ちょっ!?な、なに見せてんのよ!この変態!』

どうやら届いたらしい、それも映像付きで。どうやらこの声の主は悪い人ではないと声の雰囲気から察する一夜だった。

『それで…僕に念話してきた理由は?味方と言ったが…。』

『あぁそうだった。』

何事もなかったように落ち着きを取り戻す。どうやら彼女にとってはさほどの精神的ダメージは受けていないようだ。

『こほん…あなたこの世界に違和感を感じない?』

『あ、あぁ…違和感を感じるというか違和感だらけだ。』

 思えば初めはコンビニを出た時の一瞬の小さな違和感だった。それからは異常すぎるほどの違和感の連続、彼にとってこの世界そのものが違和感だった。

『落ち着いて聞いてね?

『……はい?』

 

 はたして何度目の思考停止だろう。流石にこれ以上のサプライズはないと思っていた一夜だったがどうやらそれは間違いだった。

『えっと…つまり?』

『だから、異世界がこっちの世界に転生してきたの。』

思考が追いつかない。

『待て待て待て、異世界転生物はあるから別にありえない話ではないが…逆にこっちに異世界が来たのか!?』

『そうよ。』

 淡々と語る彼女。

『この地球と言われる世界にアンリビバルワールドと言われる世界が謎の浸食を始めたのよ。そのせいでその世界の魔物やクリーチャーがこっちに流れ込んできたわけ。』

『じゃ、じゃあ…なんで警察はあの獣を知ってるんだよ…!』

 仮にあの獣が異世界からの生物だとしてもそのことを地球の警察官が知ってるわけがない。あの警察も異世界からの転生者だというのだろうか。

『どうやら記憶改竄、そしてそれによる文明変化の魔法が行われたみたい。』

『な…それって…つまり……。』

 一夜は唖然とした。それは決して魔法や魔術的なオカルトめいた話に対してではない。何故記憶改竄や文明変化の魔法が行われたか、そこからたどり着く結論についてだ。

『そう…この転生は。』

この騒動には黒幕がいる。その事実だけが留置所の中の一夜に重くのしかかる。

『何故かは知らないけどあなただけにはその記憶改竄の魔法が発動されてないみたい。つまりこの世界を元に戻すことができるのはあなただけなの!』

 唐突に世界の命運を託される。ゲームの中の勇者達は二つ返事で世界を救ってきたが実際に言われるととてつもない重圧だ。それもこれはゲームなどではない、現実で起こっていることだ。

『ま、待ってくれよ!なんで僕なんだ!?あんたがやればいいだろ!』

 ただの引きこもりの一夜に返答することは無理だった。半ば八つ当たりのように声の主に押し付ける。

『私は…今は出来ない。色々あってね…。でもあなたをきちんとサポートする。約束するわ!』

『そんなこと言われても…僕には荷が重すぎる…。』

 今まで様々なことから逃げてきた彼にとってその選択はとても難しく、だから今すぐ逃げ出したくなった。しかしここには逃げるような場所もなければ味方になってくれる人もいなかった。

『なんで…なんで僕なんだよ…。』

 どんどん弱々しくなるその姿は直前までの大人ぶった姿のかけらもなかった。

『仕方ないわね…。気が向いたらまた声かけてね。念話でいつでも相手してあげる。』

そう言って彼女の声は聞こえなくなった。


「僕は…。どうすれば…。」

 冷たい床と壁が一夜の心を冷ましていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る