第1章 ご近所討伐編

第1話 始まりの夜

「………。」

 一夜の思考は停止していた。それもそうだろう。今目の前にいる生物はまず現実にいるはずない。いるなら間違いなく学会の歴史が覆るレベルだ。自然界における食物連鎖の頂点に君臨してしそうな生物が地球上に、ましてや現代日本に存在するわけがない。

「えっと…ゲームのしすぎでついに幻覚をみたのか…?それとも新手のVRゲームのゲリラテスト…?」

 現実的にあり得る可能性を模索する。しかしそのどれもが違うと理解できる。あまりにも目の前にいるものは現実的すぎるのだ。

「ガルルルルル…」

 獣はうなりをあげる。完全に体勢は臨戦態勢時のそれでありいつ飛びかかってきてもおかしくはない。

「と、とりあえず…逃げ…。」

 家まではそう遠くない距離だ。ここから家まで全力で走れば襲われる前にたどり着けるかもしれない。希望的観測を持ちながら一夜は体を帰り道へ捻らせた。


「ガウッ!」

 雄たけびと共に獣は跳躍する。その高さは一夜を軽々と超えるほどのものだ。あっという間に回り込まれてしまった。

「クソッ…!これはいよいよ詰みってやつか!?」

一夜は混乱する脳内を懸命に回す。大型の動物に襲われた際の対処法なんて現代日本で習うはずもない。

「目を合わせたままゆっくり後ずさりか?それとも大声をあげるか?はたまた死んだふり?どれも熊の対処法だったはずだ…。」

しかしそのどれもが現状を打破できるとは到底思えなかった。

「こんなことならコンビニ行くんじゃなかったぜ…ってうん?」

 一夜は一つの可能性を見出した。とてもリスキーな作戦だったが今まで考えてきた中では一番まともだった。


「ほぉら犬っころ…これが欲しいかぁ?」

 そう言ってレジ袋からから揚げ棒を取り出す。

(恐らくやつは肉食だ。目の前に香ばしい肉の香りを漂わせておけば必ず食いつくはず…。)

「ガルルルル」

 低い唸りを上げながらもその目はしっかりとから揚げ棒を捉えていた。どうやら予測通り獣はから揚げ棒に興味を示しているようだ。

「そぉら!こいつを喰らいな!」

 一夜は進路とは逆の方向にから揚げ棒を投げ飛ばした。それと同時に獣がから揚げ棒に飛びかかる。これによって進路をふさいでいた障害がなくなったのだ。

「今だ!」


 走る、走る、ひたすらに、わき目もふらず、自宅にめがけて、全速力で走った。たった数百メートルの道がとてつもなく遠く永遠に思える感覚にとらわれる。

「走り続けろ…!じゃないと追いつかれ…!」

 

 一夜は倒れていた。決してつまづいてこけたわけではない。半ば強制的に倒されていたのだ。

「畜生…もう追いつきやがったか…!」

 獣はその強靭な足で倒れこんでいる一夜を押さえつけていた。その力はきっと大の大人でも振りほどくのは難しい。鍛えていない一夜はもってのほかだった。

「なんだよ…このクソゲー…ありえねぇだろ…!」

 一夜はこの生物に、コンビニへ行こうとした自分の行動に、そして今までの自分の人生を呪った。その日に起こった出来事はどうしようもなく理不尽で不条理だった。それを予測することも回避することも今の一夜にはできるはずもない。

「うぅ…もうダメか…」

 ギリギリと内臓が押しつぶされていくような感触。意識が薄れていく。もう抵抗するような力も残されていない。一夜がこの獣の餌になるのも時間の問題だった。

「だ…誰か…たす…け…。」


 突如発砲音が聞こえる。それと同時に鉄の弾丸が獣の左肩を撃ち抜いた。

「ガアアアアアアアアア!!!」

獣は今までにないような声を上げた。

「いたぞ、対象だ。」

 遠くから男の人の声が聞こえる。

「あれは!?こちらアルファ、住民がレイウルフに襲われている。至急応援と救護の要請を求む。」

どこかに通信をかけた男は数人の仲間と共に引き続きレイウルフに弾丸を打ち込む。

「ガアアアアアアアア!」

 レイウルフはその場から逃げ出した。流石に銃火器を持っている人間複数人を相手にすると分が悪いと見たのだろう。それにより一夜の拘束も解けた。

「逃がすな!追え!」

 リーダーと思われる男の指示によりレイウルフを追う男たち。そのうちの一人が一夜に駆け寄る。

「おい!君!大丈夫か!?しっかりしろ!」

「あ…あり…。」

お礼を言う前に一夜の意識は途絶えた。


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