きぬルート最終話 拭えぬ事象
「はあ、はあ、はあ……。よーし! ここなら、いっぱい虫をつかまえられるぞー!」
「あの子は――!?」
神社の裏にある森の中、そこから声がすると思い、向かった先で私は自分の目を疑った。
「さち! ちゃんと、虫かご持ってきたか?」
「なぜこんなにも似ているのだろうか……」
「あれ? さち、どこいった?」
「1000年も経って、巡り合うなんて……」
男の子は回りをキョロキョロ見回し、次第に困惑の表情となっていく。
「ここ……どこ? おーい、さちー! ……だれか……だれかぁ……」
「…………」
「うっ……うう」
泣き出し始めた男の子を気の毒に思い、私は近づく。いや、その時はそう思っていただけで、本当はあの人の面影を重ねていただけなのかもしれない。
「……どうしたの?」
「え……?」
「迷子?」
「おねえさん……だれ?」
「覚えていてくれる?」
「え……?」
私はこんな幼子に何を言っているのだろうか。こんなことをこの子に言っても、何の意味もないというのに。
「……なんでもない。行きましょうか」
私はそっと男の子の手を取る。男の子は私の手を年相応の力ながら、がっしりと掴んでくる。
「おねえさん、わかるの?」
「ええ、ずっとここにいたから」
今の私は自分でもどうかしていると思う。でも、あの人に話を聞いてもらっているような、そんな感覚がしたのだ。
「へー、どうして?」
「私の償いだからよ」
「つぐない?」
「やらなくちゃいけないこと」
「ずっとそれをやってるの?」
「そうよ」
「じゃあ、おねえちゃん、えらいひとだ!」
「え……?」
「だって、おとーさんとおかーさんがいってたもん!」
「なにを言ってたの?」
「やらなくちゃいけないことをちゃんとやってるひとが、1ばんえらいひとだって」
「…………」
「だから、おねえちゃんはえらいひとだね!」
「……君、名前はなんていうの?」
「わしみやせい!」
神社の宮司殿にこんな幼子はいない。ということは、後この名を持つ人間といえば――
「鷲宮……じゃあ、浩と純玲の……」
「おねえちゃん?」
「ごめんね、なんでもないの」
「ねえ、おねえちゃん!」
「なに?」
「ぼく、ちゃんとおねえちゃんにおれいしにくる!」
「おれい?」
「おとーさんがひとからたすけてもらったら、おれいをしなさいっていってた」
「そう」
あの浩がそんなことを――成長したものだ。
「なにがいい?」
「じゃあ、いつか私が困ってたら、助けてほしいな」
「わかった! ぜったいにたすけてあげる! だから、ちゃんとおぼえててね?」
「うん、君も私のこと覚えていてね」
「うん!」
「ほら、ここから真っ直ぐ行けば神社に出るよ。あそこにいるの、お友達じゃないの?」
「あ、ほんとうだ! じゃあね、おねえちゃん! ――さちー!」
「……覚えててね、せい君」
俺は重たい瞼をゆっくりと開く。
「う……ううん……」
夢……? なんだか、懐かしい夢だったような……。
「おっはよー、誠ちゃん! 今日から3年生だ――とっとっとっと……うわあーー!」
「なんだ、なんだ!?」
大きな尻餅をつく音で寝ぼけ眼が一気に冴える。
「いったー! もうなんだよー……」
「紗智……それは俺のセリフだ」
「だって、なんか筒みたいなのが……なにこれ?」
紗智は尻餅の原因になったという筒を手に取る。
「それ……」
「これ、卒業証書入れるやつじゃん。なんでここにあるの?」
「それは……」
なんでだろう……なにかに必要だったのかな。
「仲が良い先輩でもいたの? どれどれ……」
筒を開け、中に入っている卒業証書を取り出す紗智。
「あれー? これ、なんか変だよ?」
「なにがだ?」
「だって、名前のとこだけ書いてないんだもん」
「どれどれ……本当だ」
「ね? なんでこんなとこにあるの?」
「わからん」
「わからんって、誠ちゃんが持ってきたんじゃないの?」
「アホ、なにに使うんだよ」
「じゃあ、なんであるのさ?」
「……謎だ」
「はあ、もういいよ。ちゃっちゃとご飯食べて、学園に行こう?」
「ああ……」
本当、なんでこんなとこに卒業証書なんてあるんだ? しかも、名前なし。もしかしたら、訳あって持ってきたのかも。一応、学園に持っていっとくか。
「それにしても、早いよねー。もう3年生だなんて」
紗智は朝食の目玉焼きを口に運びながら、これからの学園生活について語り始める。
「そうだな」
「誠ちゃん、今後はどうするの?」
「まだ未定」
「早く決めないと、手遅れになっちゃうよ?」
「わかってるって」
なんだろう。なんでか違和感を感じる。
「紗智」
「なに?」
「お前、何しに来たの?」
「え?」
「いや、なんでここにいるのかなって」
「なんでって……おじさんの出張が長引いたから、誠ちゃんのお世話をしに来てるんじゃん」
「あ、ああ……」
「そんなことも忘れちゃったの?」
「そうだったな……すまん……」
親父の出張が長引いたのは知ってるけど、紗智が世話に来るなんて言ってたかな。
「大丈夫、誠ちゃん?」
「……ああ、平気だ」
「食べ終わったんなら、早く行こうよ」
「ああ、そうだな」
紗智と自宅を出て、三原と合流するも、俺の違和感は取れないままだった。それを、紗智は三原にまで報告し、さも俺の頭がおかしくなったかのように語る。
「鷲宮さんの様子がおかしい?」
「うん、今朝から少しおかしいの」
「マジで頭おかしいやつみたいに言うな」
「だって、実際そうじゃん」
「具体的にはどのような?」
「なんか名無しの卒業証書持ってたり、あたしがなんで誠ちゃん家に来てるのかとか言ったり」
「鷲宮さん、それはひどいかと……」
「だああもう! すまんかったって! 少し寝ぼけてただけだよ」
「本当に~?」
「本当だって! だから、この話題は終了」
「今日は特別に許してあげるけど、今度同じこと言ったら、晩ご飯抜きだからね」
「わかったって」
本当、今日の俺はどうかしてるな……。でも、なんだかさっきから違和感がとれねえんだよな。この2人と登校するのはもう随分前のことのように感じるし、そうしないようにしてたような……。ああもう! 単純に寝ぼけてるだけだ! また変人扱いされたくねえし、忘れよう!
さっきまでの話題には触れないようにして、俺たちは校門にたどり着いた。
「また同じクラスになれるといいね?」
「はい、私もそのほうが――あら?」
「ん?」
見ると校門には1人の女生徒が仁王立ちし、こちらを見ている。
「おはよう、誠君!」
「え、あ、俺……?」
「同じクラスかどうか、一緒に見たかったから、ここで待っていた」
「…………」
「…………」
紗智も三原も呆気にとられ、無言になる。
「行かぬのか?」
これは俺に話しかけているということだよな。
「いや、えーっと……」
「誠ちゃん?」
紗智が小声で話しかけてきた。どういう内容かはすぐに予想出来た。
「知り合い?」
俺も紗智と同じ声量で話す。
「初対面だ」
「じゃあ、なんで向こうは知ってるのさ?」
「俺に聞くな」
「でも、親しげだよ? 誠ちゃん、なにか言ってあげてよ」
うーん、仕方ねえな。
「あの……」
「なんだ?」
「どこかで会ったっけ?」
俺の言葉を聞いた女生徒は目を見開き、そして俯く。
「…………」
「見たところ、同じ3年生っぽいけど……もしかして、2年生のときに同じクラスだった?」
「…………」
「あ! じゃあ、体育祭か学園祭のときに一緒になにかしたとか?」
「…………」
その女生徒は依然として、俯いたままだ。
「えーっと……」
「誠ちゃん、本当に知らないの?」
「知ってるなら、こんなこと聞かねえっての」
「それ……」
その子は俺の手に持っているものを見つめる。
「え?」
「その卒業証書……」
俺がカバンと一緒に持ってきてた卒業証書のことか。
「ああ、これ。知らない間に俺の部屋にあってさ。名前も書いてないし、学園に戻しておこうと思って」
「…………」
「あの……」
「私が戻しておく」
「え、でも……」
「持ち主を知っているんだ」
「そっか。それならよかった。じゃあ、頼むな」
差し出した卒業証書をその子はゆっくり受け取る。
「持ってきてくれて、ありがとう……」
「ああ……」
なんでこの子がお礼を言うんだろ。
「…………」
「誠ちゃん、結局どうするの?」
「放ってはおけません」
「そうは言ってもさ……」
俺だって、どうしたらいいか……。
「……ごめんな、誠君」
「え……?」
彼女は俺のほうをまっすぐと潤んだ目をしつつ、笑顔でこう言う。
「初めまして、鷲宮君。私は生徒会長の小谷きぬだ」
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