きぬルート20話 少年は彼女へ問う

「ここ……どこ? おーい、さちー!」

「あの子……」

「…………。だれか……だれかぁ……」

「…………」

「うっ……うう」

「……どうしたの?」

「え……?」

「迷子?」

「おねえさん……だれ?」

「覚えていてくれる?」

「え……?」

「……なんでもない。行きましょうか」


「……ん」

なんか懐かしい夢を見たな。なんだっけ……あれ。

「時間……早く支度しないと」


「よ~し、今日も始めるぞ~」

オープンキャンパスから、あっという間に1週間が過ぎ、今日は補習最終日。なのだが――

「どうしたんスか? やけにローテンションですね?」

「卒業アルバムの制作担当をさせられることになったんだよ」

「なんか大変そうですね」

「大変そうでなく、大変なんだ。外部へ色々発注しなくてはならないし、行事で撮影された3年生の写真をかき集めて、選考しなくてはならないし。そういうわけだから、今日の補習も昼までとする」

「わ、わかりました」

すごく残念そうだな。

「あの、大丈夫ですか?」

「心配に思うだろ? それに、そのせいで補習が昼までになって、落ち込むだろ?」

いや、別に……。

「だが、安心しろ。今日は通常の授業はしない」

「なにするんですか?」

「私の研究内容を教えてやる」

それ1番避けたいやつや!

「先生! 俺は――」

「えー、前回は御守桜になにか秘密があるというところまで話したと思うが――」

あー、これ避けられないやつや。興味がないわけでもないし、聞いておくか。

「それはひとまず、置いといて。この御守町が出来るまでを話そう」

「それは知ってますよ。約150年前に旧小谷村を中心にして、周辺の村と併合されて、今の御守町になったんでしょ?」

「私が言いたいのは、その旧小谷村からのことだ」

「これまた長くなりそうだ……」

「旧小谷村は言ってしまえば、普通の田舎村だ。しかし、周辺の村の中心地でもあった」

「それって、前に読んだ資料に書いてあった、とある武家が治めていたからですか?」

「それに加えて、旧小谷神社が存在していたのも1つだ。この辺りだと旧小谷神社規模の神社は存在してなかったようだからな」

「その武家ってのは、なんですか?」

「今から約1000年前に旧小谷村を中心として、周囲の村を治めていた『古田家こだけ』。こんな辺境の地を任されるぐらいだ。大した勢力でもなかったんだろう」

そんなこと言うと祟られるぞ。

「しかし、旧小谷神社と密接な関係もあって、村民からの信頼は厚かったみたいだ。この時代にしては珍しい」

「いい人たちだったんですね」

「だが、そんな古田家も1つの問題を抱えていた」

「問題?」

「跡取りがいなかったんだ」

「子供がいなかったってことですか?」

「いや、いたんだが女の子が2人生まれて、その後は生まれなかったようだな」

「武家として、それはまずいですね」

「しかし、旧小谷神社との密接な関係のおかげで、宮司である鷲宮家の長男が婿入りし、跡取り問題は解決した」

「俺と同じ苗字の人のおかげだなんて、なんだが照れますね」

「そりゃそうだ、お前の先祖なんだから」

「……へ?」

「旧小谷神社の宮司、鷲宮家はお前の先祖だぞ? 知らなかったのか?」

「先生、冗談はやめてくださいよ」

「本当に知らないのか? 今の御守神社の宮司も鷲宮家だぞ?」

「マジですか?」

「ああ」

「全く知らなかった」

「知らなかったってことは分家の子孫だろ。多分、先祖だぞ」

「ええ!? 正確な情報じゃないんですか?」

「でもなあ、この辺りで鷲宮って名前は他にいないだろうし、同じ苗字だからそうだと思うぞ?」

「可能性はありそうですけど……」

「話を戻すぞ。その後、平穏な日々が続くのだが、それも長く続かない」

「なにかあったんですか?」

「国家政権がかわり、そのとき古田家は反対勢力に所属していたんだ」

「それ、お家自体がヤバイんじゃ……」

「うん……しかし、なぜか古田家は大丈夫だった」

「なにもなかったんですか?」

「この地方一帯を新しく任されることになった『上崎家うえさきけ』の苗字を1字もらった苗字に改名することで、その危機は脱したようだ」

「あれ? その上崎ってのも最近聞いたような……」

「ああ、それはお前の母親の家系だな」

「また曖昧な情報じゃないでしょうね?」

「これはちゃんと記録が残っている。純玲の実家を調べてこい。あいつは本家だから、なにかしらの証拠があると思うぞ」

「へえ~、でも不思議ですね。その上崎家ってのが来なければ、俺は生まれてなかったかもしれないってことですよね?」

「ああ、そうなるな。これが歴史の1番面白いところだ」

「それは俺も今、感じました。ちゃんと繋がってるのが面白いですね」

「わかってきたじゃないか。でも、これも不思議なんだ」

「なにがですか?」

「この時の権力者は自分の反対勢力を軒並み潰してるんだ。それなのに、なぜか古田家だけは難を逃れている」

「確かに不思議ですね」

「考えうるならば、スパイ行為をしていたか、またはなにかしらを献上したかだ」

「でも、お金とかで解決出来るんですかね?」

「この時代でお金や家宝よりも、もっと信用を示すものがあるだろう」

「なんですか、それ?」

「嫁に決まってるだろ」

「政略結婚ってやつですか? でも、婿入りして結婚してるはずじゃ――」

「女の子が2人生まれたって言っただろ。妹のほうがいる」

「なるほど。スパイ行為の可能性はないんですか?」

「ないとは言い切れんが、政略結婚の可能性が高いな」

「なぜです?」

「姉の『ぬの』は鷲宮家の長男と結婚して古田家を継いだが、妹に関しての記録がないんだ」

「え……」

俺の心になにか引っかかった。

「やはり、記録が残っているのならば嫁ぎ先の――」

「先生! さっき、なんて言ったんですか?」

「え? 政略結婚の話か?」

「じゃなくって、古田家の姉妹です」

「ああ、姉の『ぬの』は鷲宮家の長男と結婚したが、妹の記録が――」

やっぱり、ぬのって……。

「どうかしたか?」

小谷村……そこにいた姉妹の姉『ぬの』。これは偶然なのか……。確証なんてないのに、なんでこんなに胸騒ぎが……。

「すみません、先生! 今日はもう帰ります!」

「あ、こら! まだ授業は――」

「もうお昼なんで!」

俺は先生の制止を振り切り、教室から出て行った。


「はあ、はあ、はあ……」

俺は神社へ向かうために、商店街を走り抜ける。前にきぬは自分の姉のことを教えてくれた。その人の名も『ぬの』と言った。珍しい名前なのに、姉妹という共通点……。こんな偶然あるのか? 1000年前ならともかく、今の時代に同じ名前、同じ立ち位置なんてあり得るのか。なんでこんなに心がざわつくんだ……。自分でもおかしいって思う。それをきぬに言って、どうする? 「ああ、そうか……」って言われておしまいかもしれないんだぞ。それなのに……なにか、なにか引っかかる……。喉の奥に魚の小骨が刺さっている……そんな感じだ。このことをきぬに――

「誠君?」

「!?」

き、きぬ……!?

「補習ではなかったのか? こんなところで、なにをしているんだ?」

「え、あ、補習はもう終わった……」

「そうか。それは残念だ……」

「え?」

「夕方までだと思って、神社の手伝いを引き受けてしまった」

「あ、ああ……」

「すぐに向かわねばならない故、また後で――」

「ま、待ってくれ!」

神社へ向かおうと歩き出したきぬの手を思いっきり掴む。

「ど、どうした、誠君? 少し痛いぞ?」

「少し話があるんだ」

「手短にでよければ」

「きぬ……お前は一体、誰なんだ?」

「え……」

きぬの瞳が大きく見開かれる。

「なにをおかしなことを……私は君の恋人の小谷きぬだぞ」

「小谷村のぬの……」

「!?」

「知ってるか?」

「…………」

「俺の思い過ごしなら、それでいい。でも、なにか引っかかるんだ。きぬ、俺になにか隠し事してないか?」

「もう無理だな……」

「無理……?」

「すまない、誠君。私はこれから神社の手伝いに行かなければいけない。話は、それが終わってからでもいいだろうか?」

「あ、ああ……すまん」

「夕方には終わるから、ここで待っていてくれ」

「わかった」

「ではな……」

俺は掴んでいたきぬの手を離し、後ろ姿を見送った。

「きぬ……」

なんでだ。なんで、なんでもないような顔をしないんだ。それさえしてくれれば、俺は安心することが出来たのに……。なにを隠してるんだ、きぬ……。

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