きぬルート19話 記憶

翌日、きぬに言われた通り、開始1時間前の午前8時、予定通り学園に到着した。

「はあ……けっこうすげえな」

時計が45分を指し示していたから、校門に設置されていたパンフレットが乗せられた長机に着席する。45分までは自由行動でもいいと言われたから、少しうろついていたら、駐車場には車がチラチラ入車しているのが見えた。車が入りきらないのか、普段は体育の時間や部活で使うグラウンドも第2駐車場として使用されている。それもあってか部活生の姿は1人も見えなかった。どうやらこのオープンキャンパスでは受験生や父兄への学園PRだけでなく、他校の教員との交流会や勉強会なども行われているらしい。授業の品質向上のための勉強会だったかな。しかも、ご丁寧に科目ごとに分かれていた。家庭科の勉強会の教室にいた教員がほぼおっさんだったのは、多分見間違えだろう。……そうであってくれ。

「そろそろ時間か」

聞いてなかったが、どうやら配布は俺1人で行うらしい。配るだけだし、1人のほうが気楽でいいんだけどさ。開始時間になり、校門からぞろぞろと来客が訪れ始める。

「どうぞ、パンフレットになります」

綺麗に列を作って、俺が手渡すパンフレットを受け取る来客たち。こうして見ると日本人って真面目だな。学生服姿も少なくない。もしかしたら、この中に来年入学してくる後輩がいるかもしれないな。いたとして、何人が今日ここで俺がパンフレットを配っていたと覚えているだろうか。ほとんどの人間は、そこに誰かいたってのは覚えているだろうが、多分、入学後に『俺が配っていた』と名乗り出たとしても誰? となるだろう。俺だって、入学式で挨拶していた去年の生徒会長が誰だったかなんてさっぱり覚えていない。記憶ってそんなもんだろ? 関心をもってなけりゃ、すぐに消え去ってしまう。

「…………」

ああ、そうか。だから、人ってなにかをしようとするのかな。夢を追って努力するのも、誰かを好きになって恋愛するのも、それってつまり誰かの記憶に残りたいから、誰かと記憶を共有したいからってことなのかな。今日ここで俺がパンフレットを渡した人がもし1人でも、俺のことを覚えていてくれたら、少なくともマイナスな気持ちにはならない。俺だったら、自分の手で製本にして配った甲斐があった、頑張ってよかったって思える。そのことをきぬに話したら、きぬのことだから我が身のように嬉しがり、褒めてくれると思う。記憶に残るだけじゃなく、それを共有出来る相手がいるのといないのとでは全然違う。どんなに頑張っても、努力しても覚えていてもらえない、共有してもらえないってのは辛い。俺だったら、耐えきれそうにない。俺もなにか夢、見つけないとな。

「あのー、パンフレットを――」

「あ、すみません」

いかんいかん! こんなときになに考えてるんだ! 今はパンフレットの配布に集中しないと! きぬのお願いを無下には出来ない! まだまだ来客は続いている。配布の取りこぼしのないようにしないとな。

「はい、どうぞ」


「けっこう疲れた……」

今日1日が終了し、きぬ宅で夕食を終えたあと、机に突っ伏する。

「お疲れ、誠君。今日は助かったよ。貴重な休日を使ってまで、協力してくれてありがとう」

「それは別にいいって言ってるだろ」

「前日は補習もあって、今週は休日らしい休日は送れなかっただろう?」

「ん、まあ補習は自分のせいだからさ。面白い話も聞けたし、逆によかったかな」

「面白い話?」

「聞きたい? 聞きたい?」

「なんだ、勿体つけて。そんなに面白い話なのか?」

「さすがのきぬも知らないことだと思うぞ」

「では、そのように焦らさず教えよ。気になるではないか」

「しょうがないな。じゃあ、言うぜ?」

「うむ」

「実は御守学園が建てられる前、あそこは神社なのでしたー!」

「え……」

「ふふふ、思ったとおり驚きを隠せないようだな。そんなに――」

「それを――」

「え?」

「それをどこで知った?」

「その口ぶり、知ってたのか?」

「私の質問に答えよ。どこで知った?」

なんかマジな雰囲気だな。

「さ、最初にそうかなって思ったのは御守桜の裏にある石版を見てからだよ」

「その後は?」

「築島先生の資料にそれらしきことが書いてあったから、昨日の補習のときに聞いたんだよ」

「そうか……」

なんだなんだ? 俺、まずいことでも言ったか?

「なあ、きぬ――」

「すまない、おかしなことを聞いたな」

「いや、別に」

「そんなことより、来週の休日も補習があるのだろう? 残りの1回も気を抜かずにな」

「あ、ああ……」

なんだかはぐらかされたみたいだ。きぬにも聞かれたくないことだってあるだろうし、詮索しないでおこう。その後、きぬと適当に雑談をし、帰宅してすぐに眠った。

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