きぬルート18話 神社の謎

そして、日曜日……の前日の土曜日。第2回日本史補習がやってまいりました。

「さーて、鷲宮。今日も楽しい楽しい補習の時間がやってきたぞ」

「わーい、やったー、ちょーたのしみー」

「若干棒読みくさいのはいただけないが、まあいいだろう。今日は昼までしか時間がないから、集中して受けるように」

「はーい」

「じゃあ、前回の細川勝元と山名持豊が足利の家督争いに介入したところから、始めるぞ」

前回の調子でいくと、こりゃ授業でやってるところまで追いつくな。

数時間後――

「こうして両軍は関ヶ原で――ん、もうこんな時間か。キリがいいので少し早いがここまでにする」

「先生、とっくに授業でやってるとこ超えてるんですけど……」

「それがどうかしたか?」

愚問であった。

「なんでもありません」

「明日のオープンキャンパスの準備さえなければ、この後も授業をやりたかったのだがな」

「先生って、つくづく歴史バカですよね」

「鷲宮~、教師をバカ呼ばわりするのはお前が初めてだぞ」

「ほ、褒め言葉ですよ」

「図星ではあるから、今回は勘弁してやる」

「この前の研究は進んでるんですか?」

「この前の研究?」

「前に俺が宿題忘れしたとき、先生に言われた資料を運んだじゃないですか。その資料に書かれてた研究内容ですよ」

「なんだ、鷲宮! 興味があるのか?」

築島先生は教壇から身を乗り出し、キラキラした目で俺を見る。

「え、あ、その~――」

どうしようかな、気になってないわけじゃないから、少し聞いてみようかな。面倒になったら適当に切ればいいし。

「少し聞いていいですか?」

「なんだ!? なにが聞きたい!?」

ノリノリだな。

「あの資料、冒頭部分だけですが少し読んだんです」

「そうだったな」

「それで気になったんですけど、神社のことが書かれているじゃないですか」

「旧小谷神社のことか?」

「そうです。まず、1つ聞きたいのはその旧小谷神社はもしかして、この学園が建設される前、この場所にあったんですか?」

「その通りだが、よくわかったな」

「前に御守桜の裏に旧小谷神社跡と刻まれた石版があるのを見つけたんです。だから、そうかなって」

「あれを知っているとは、お前、見所があるな」

「それともう1つ、旧小谷神社がとある武家と関係があるって書かれていたんですけど、近くにある御守神社とはなんの関係もなかったんですか? あの資料にはここが御守町になる前は旧小谷村だったって書いてありました。御守神社も、その村の範囲内に入ると思うんですけど――」

「なるほど、確かにそうだ。だが、鷲宮よ。そこに書いてあったことをよく思い出してみろ。まず、初めになにが書いてあった?」

「初めに書いてあったこと?」

なんだったっけ?

「えーと、確か複数の村が併合されて、現御守町に成る、でしたっけ?」

「そうだ、それがどういうことか、お前なら察せられるだろ?」

「あ、そっか。旧小谷村がある頃はまだ御守町はない。すなわち、御守神社も存在しないんですね」

「ご名答」

「でも待ってください。それだけでは納得出来ません」

「なぜだ?」

「神社自体が存在していて、名前を変えただけかもしれないじゃないですか」

「残念だが、それは外れだ」

「なぜです?」

「今、御守神社がある場所――現御守町に成る以前に神社が存在していたという記録はなく、その生い立ちも記されているからだ」

「御守神社の生い立ち?」

「そう。御守神社が現御守町に成ったと同時に誕生したと記録されている」

「なら、旧小谷神社は? 歴史ある神社があるのにどうして――」

「旧小谷神社がなくなったからだよ」

「え……」

「御守桜の裏にある石版を見たんだろ? 旧小谷神社がなくなった代わりに、この御守学園が出来た。だから、代わりに現御守神社が誕生したんだ」

「それって、なんかおかしくないですか?」

「なにがだ?」

「だって、それだとわざわざこの学園を建てるために旧小谷神社を取り潰したってことですよね? たかだか、学園のために神社を移し替える必要なんてあるんですか?」

「そうだよ、鷲宮。まさにそこなんだ」

「え?」

「学園を建てるのなら、場所はいくらでもある。わざわざ歴史ある神社1つ取り潰してまですることとは思えないんだ。しかし、現にそれは行われている。ということはだ」

「それだけのことをする理由があった……」

「そうだ」

「それって、一体――」

「残念なことにそれに関しては、どの資料にも記されていないんだ。なにかを隠すようにな」

「…………」

俺は予想以上に大きくなった話に生唾を飲んだ。

「私は御守桜に、なにか秘密があるんじゃないかと思う」

「御守桜ですか?」

「あそこまで大きな桜だ。多分、樹齢1000年以上はあるんじゃないだろうか。そして、ここには旧小谷神社があった」

「御神木ってことですか?」

「学園内のどこでもいいだろうに、旧小谷神社跡と記されているのはあそこだけだし、そう見て間違いないだろう」

「なるほど」

「だが、御守桜のことなんてどこにも、なにも記録に残っていない。仮説を考えるしか方法はない」

「なんだかこの学園って、すごいことになってるんですね」

「ああ、そうだ。私はいつか、この謎を解き明かしてみせる」

「楽しみにしてます。それより、先生――」

「なんだ?」

「けっこう時間経ってますけど、オープンキャンパスの準備は大丈夫なんですか?」

「ん?」

時計を見た先生の顔はみるみるうちに青ざめていった。

「鷲宮! 今日の講義はこれまでとする! 来週も同じ時間だ!」

それだけ言うと、先生はダッシュで教室から出て行った。

「相変わらず、自分の得意分野になると周りが見えなくなる人だな」

それにしても、なんだか色々と裏が知れて面白かった。この学園がここに建てられた理由ってなんだろう。先生がその謎を解き明かしてくれるまで、死ねないな。

「そうだ、オープンキャンパスの準備があるってことは、きぬも来てるかも」

ここまで来たんだし、会いに行こう。


「きぬー、いるか?」

俺はいつもきぬと会う教室に入りながら、その名を呼ぶ。俺の予想通り、きぬはそこにいた。

「ん? 誠君? どうしたのだ? 今週の土曜は休日だぞ」

「補習だよ。明日はオープンキャンパスで出来ないからって、今日になったんだ」

「なるほど。午後からもあるのではないか?」

「いや、先生も明日の準備があるからって、午前中だけだった」

「そうか。私になにか用でもあったか?」

「そういうわけじゃないけど、せっかく来たんだから会いたいなって思ってさ」

「よくここにいるとわかったな?」

「明日のこともあるから、準備に来てると思ったんだよ。もし、いなかったら帰ればいいだけだし」

「わざわざ足を運んでくれてありがとう」

「なにか手伝うことないか?」

「大丈夫だよ。補習で疲れているだろ? 休んでてくれて構わないよ」

「ボーッとして待つのも退屈だからさ、なにかさせてくれよ」

「よいのか?」

「ああ」

「では明日、君が配るパンフレットの製本作業をしてもらおうかな」

「おっしゃ、任せよ」

「そこの机にある紙を右から順番に重ねて、折りたたんで――」

「最後にこのホッチキスでとめればいいんだな?」

「うん、よろしく頼むよ」

「あいよ」

俺はきぬに言われた通りに製本作業に取り掛かる。単純作業ではあったが、量もそれなりだったため、終わる頃には外は夕焼けに包まれていた。

「ふう、終わったー」

「ご苦労様」

「さすがに、この量は疲れたな」

「おかげで助かったよ。ありがとう。私もすぐ終わるから、ゆっくりしておいてくれ」

「そうさせてもらうよ」

俺は机にうなだれながら、仕事に集中しているきぬの横顔を見つめる。つくづく、きぬはすごいな。俺が来なかったら、これも1人でやるつもりだったんだろ。他にも仕事があるだろうに大したもんだ。それをきぬに言ったところで『いつものことだ』って、何気ない顔で返事をするんだろうけど。俺なんてこの製本作業だけでクタクタだ。

「…………」

こんな完璧な人が、なんで俺のこと好きになったんだろ。今更ながら思う。俺なんてなにか目標があって、勉強してるわけでもないし、ただ日々を適当に過ごしているだけだ。そんな俺のどこが良かったんだろ。

「…………」

考えても仕方ねえか。きぬが俺のことを好きでいてくれてる。それだけは裏切っちゃいけない。俺もそろそろなにか目標を見つけたほうがいいのかな……。

「お待たせ、誠君」

「もういいのか?」

「ああ、終わった。明日を待つだけだ」

「なら帰ろうぜ」

「うむ」

もちろん、俺が行く場所は自宅ではなく、きぬの部屋だ。両親が不在だと時間を気にする必要がない。まあ、俺の両親は門限に厳しくないから、不在じゃなくても大丈夫だけど。

「この部屋は落ち着くな」

「ふふっ、君はすっかり、ここの住人になってしまったな」

「本当の自分の部屋よりも、自分の部屋って気がするよ」

「こんな殺風景な部屋なのに、そう思ってもらえて嬉しいよ」

「きぬがいてくれれば、どんな部屋でも構わないよ」

「ありがとう、誠君」

「そういえば、明日のことだけど、どうすればいいんだ?」

「明日は9時から始まるから、8時には学園に来てくれ。校門にはすでに準備がなされているから、そのままそこで待機してくれて構わない。8時45分には必ず席についていてくれ。それまでは自由行動でよい」

「わかった」

「急な代打で申し訳ないが、よろしく頼むよ」

「パンフレットを配るだけだろ? なにも心配ないさ」

「よいか? 外来の方々だから、くれぐれも粗相のないように愛想良くするんだぞ?」

「はいはい」

「笑顔も絶やさぬように、妙な動きなどもするんじゃないぞ?」

「わかってるよ。そこまで子供じゃないんだから」

心配性だな。ガキのお使いじゃねえんだから、楽勝だっての。

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