きぬルート17話 頼み事

急いで神社に着いた俺はきぬの姿を探す。すっかり遅くなっちまった。えーと、きぬはどこだ……。

「…………」

「いた! きぬー!」

境内で竹箒を手に掃除しているきぬのもとへ駆け寄る。

「誠君。お疲れ」

「ごめんな、待たせちまって。先生の授業が長くってさ」

「……寂しかったぞ」

「本当にごめんな」

「しかし、君の顔を見た瞬間、その辛さも吹き飛んだよ。学園からここまで遠かっただろうに、走ってきてくれてありがとう」

「な、なんでわかったの?」

「ふふ、君の息遣いの荒さと顔を見ればすぐにわかるよ。この季節に額から汗を流していれば一目瞭然だ」

「たはは、なんだかカッコ悪いな」

「ううん、そんなことはないぞ。とても男前だ」

「きぬ……」

「さて、私たちも帰るとしよう」

「手伝いはもういいのか?」

「ああ、他の巫女さんたちはとっくに帰っている。私は誠君との約束があったから、ここで待っていたのだ」

「その格好で?」

「なにもしないで待つのは性に合わんから、そのまま掃除やら片付けやらをしていたのだ。正直、暇つぶしだな。だから、いつでも帰ることは出来る」

「せっかくの巫女装束なのに、もう見れないのは残念だな」

「着替えねば帰れぬだろう」

「そうだけどさ」

俺は惜しみながらきぬを着替えを待ち、戻ってきたきぬと帰宅した。


「それで、今日の補習はどうだったのだ?」

きぬは俺にお茶を出しながら、聞いてくる。

「聞いてくれよ~、宿題1回忘れただけなのに、計3回もするとか言い出してさ」

「ほう、熱心な教員だ」

「熱の入り方が尋常じゃねえんだって。今日だけで日本列島誕生から、室町幕府衰退まで教えられたんだぞ? この調子だと残りの2回で現代史に届きそうだ」

「補習は日本史だったのか?」

「そうだよ。言ってなかったっけ?」

「初耳だ。しかし、その熱の入りようは納得だな」

「なんで?」

「日本史の担当は君の担任教諭である築島先生だろ? 彼女の歴史への入れ込みようは他の教師よりも一歩秀でているからな」

「きぬも授業受けたことあるの?」

「ああ。私は彼女の授業は楽しく感じるぞ」

「マジか……」

「相当な好奇心と理解力がなければ、あのような授業は行えぬ。研究者としても教師としても、彼女は一流といえよう」

「あんな性格だからか、未だに信じられないんだよな」

「性格と能力は関係ないぞ」

「そうだけど……あ、でも昔はあんな雰囲気じゃなかったみたいだぞ」

「というと?」

「築島先生が御守学園出身ってのは知ってる?」

「ああ」

「学園に通ってたときはガリ勉の融通が利かない真面目マンだったらしくて、俺の両親と友達だったんだってよ」

「そうか……不思議な縁もあるものだな」

「そうなんだよ。まさか、両親の友人が俺の担任だなんてさ」

「そういえば、ご両親は息災か? 不在だとは聞いてるが」

「そりゃもう元気だよ。一人息子を置いて、2人でイチャイチャするぐらいには」

「夫婦仲が良いのはいいことじゃないか」

「それはいいことなんだろうけど……でも、俺の親父が本当は熱血漢だったなんて信じられねえよ」

「どういうことだ?」

「築島先生が昔は融通が利かない人だって言っただろ。それが祟って、クラスでいじめにあってたんだけど、それをやめさせたのは俺の親父らしいよ」

「ほう……」

「築島先生はクラスの敵だったから、その味方をした親父は他の男子と取っ組み合いになったらしい。その後、どう収拾がついたのか先生は覚えてないみたいだけど……」

「そうか……覚えて、ないか……」

「どうかした?」

「あ、すまぬ。それで?」

「それがきっかけで親父と当時、幼馴染だったお袋とも友人になったとか言ってた」

「立派な父親を持ったな」

「それだけ聞くと立派に思えるんだけど、普段の親父を見てると複雑なんだよな」

「ふふふ、その辺りは父親譲りなのだな」

「どういうことだよ、それ?」

「君もここ1番では男前なのに、普段は呆れることが多いから、私もたまに複雑な気持ちになるということだよ」

「なんか褒められてるような、バカにされてるような」

「だが、私が君を好きだという気持ちが変わることはない」

「きぬ……」

「それだけは信じてくれていいよ」

「ありがとう、きぬ」

「君は――」

「ん?」

「君はどうなのだ? 私のことは、その……」

「俺もきぬのこと、好きだぞ」

「ありがとう、誠君」

俺のほうに首を傾け、体を預けてくるきぬ。それを拒むことなく、受け入れる。

「……誠君」

「なんだ?」

「私のこと……ずっと好きでいてくれるか?」

「ああ」

「私の傍を離れたりはしないか?」

「そんなことするわけないだろ」

「本当に?」

「よし、なら約束だ」

俺は力強く、きぬの手を握った。

「約束?」

「もし、なにかの理由できぬの傍を離れてしまったとしても、必ず戻ってくる。何度そういうことがあろうとも、俺はきぬを見捨てない」

「誠君……」

「約束な」

「ああ、ありがとう」

俺ときぬは少しの間、抱き合い、きぬのほうから離れた。

「もう時間が遅いな。明日に備えて、今日は休め」

「はあ、休日とは一体なんだったんだ……」

「ふふ、それは自業自得だよ。また明日、学園で会おう」

「それを楽しみに頑張るか。じゃあ、また明日」

「おやすみ、誠君」

名残惜しさを残しつつ、きぬの部屋を後にした。


自分の部屋に戻った俺は後悔の念に苛まれる。あーあ、本当だったら今日はきぬと1日過ごせたはずなのに……。しかもなんだよ、計3回の補習って。

「自業自得という言葉がこんなにのしかかる日が来ようとはな」

補習のときも先生が言ってたけど、授業で習ってたときよりは頭に残ってるし、日本史の成績が上がると思えばいい機会か。てか、そう考えないとやってられんな。

「寝よ……」


「ぐで~……」

平日の放課後、俺は日課になりつつある、きぬとの時間の中で机にうなだれていた。

「だらしのない声を出しよって」

「どうしてこう毎日毎日、勉強に勤しまないといけないのか……」

「それが学園生の責務だからだ」

「そんな抽象的な理由じゃ納得できないよ」

「本質で言うならば、己のためだな。将来、自分が叶えたいと思う願いを実現するためには、現世では勉学が最も重要だ。だから、我らはこの学園で学んでいる。これでよいか?」

「そんなこと言ってもよー。将来なにになりたいとか、とくに考えてねえよ」

「早めにきちんと考えておかぬと損だぞ? 時が遅くなって、苦労するのは自分なのだからな」

「大人な発言だなー。そういう、きぬには将来の夢とかあるのかよ?」

「私か……」

「あれだけ頭いいからには、なにか夢とかあるんじゃないの?」

「そうだな……もし、そのときが来るのであれば、私は自由に生きてみたいな」

「なんだよそれ。人にはきちんと考えろとか言っておいて、自分だって曖昧じゃねえか」

「ははは、これは失敬」

「笑ってごまかすなっての」

「悪い、誠君。しかしな、私はもうすでに願いを叶えてしまった」

「そうなのか?」

「ああ。それが叶ったのはよかったが、その後どうすればよいのか、てんで考えがつかなくてな。しかし、新たな願いは出来た」

「それはなんだ?」

「君とずっと一緒にいたい。それが今、1番の願いだ」

「それは、俺も一緒だ」

「ありがとう、誠君」

「それで叶った願いってのは一体なんなんだ?」

「それは……言えぬ」

「どうして?」

「言えぬと言っているのに、詮索をするでない」

「あ、ああ……」

なんだよ、そこまでマジにならなくてもいいじゃん。

「悪い……。だが、いずれ話せる日が来る。それまで待っていてほしい」

「わかった。きぬがそう言うなら」

「ありがとう」

きぬの言う通り、言えないって言ってることに深く突っ込みを入れるのは不快だし、いつか教えてくれる日が来るまで待つか。

「そうだ、誠君」

「なんだ?」

「君にお願いしたいことがあるんだ」

「お願い?」

「日曜に学園案内会があるのは知っているか?」

「ああ、オープンキャンパスだっけ?」

「そうだ。来年度の入学生のために行われるのだが受験生はもちろん、父兄の方や他校の教員の来客もある。生徒会も協力をしなければならないのだが、役員の1人に欠員が出てな」

「なにかあったのか?」

「軽病を患ったのだが、1週間は入院しなければいけないらしい。退院後も数日は安静にしなければならないため、止むなしだ」

「その代わりを勤めろってことか?」

「身勝手ではあるが、君にしか頼める人がおらぬ。受けてはくれないだろうか?」

「きぬのお願いだから、断りはしないけどあまり難しい内容は出来ないと思うぜ?」

「それに関しては安心してくれ。校門付近で来客にパンフレットを配るだけだ。机と椅子もあるから、立ち仕事でもない。簡単だろ?」

「それなら出来る」

「ありがとう。せっかくの休日なのに申し訳ない」

「気にするなって。恋人の申し出を断るわけないだろ」

「そう言ってくれると助かる。当日はよろしく頼むよ」

「任せとけって」

きぬのお願いだからってのもあるけど、そんなイベントがあるんなら、その日はそれが終わるまできぬに会えないんだ。だったら、近くにいれるように手伝いをしたほうがいいってもんだ。パンフレット配りか……愛想良くしねえとな。

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