きぬルート15話 忘れた代償
「……はっ!」
俺、寝てたのか!?
「目、覚めたかい?」
外が暗くなっていることを除けば、さっきと変わらない光景。
「ごめん、寝てた」
「疲れているだろうし、退屈だったろう? 仕方ないことだ」
「それより、時間は――」
「下校時間は過ぎているが、完全消灯までまだ時間はある。最悪、私は鍵を持っているから、それで出ることもできるからな」
「ならいいんだけど」
きぬが頑張ってるのに、悪いことしちゃったな。
「なにか手伝おうか?」
「もう終わるから、大丈夫だよ」
「そうか」
うーん、でもこのままってのもなあ……そうだ!
「きぬ、マッサージしようか?」
「大丈夫だよ。気遣ってくれて、ありがとう」
「そんなこと言わずにさ、きぬが頑張ってるのに俺1人で寝ちゃって申し訳ないよ。だから、それだけでもさせてくれ」
「そうか。なんだかこちらのほうが申し訳ないな」
「いいっていいって。それじゃ、いくよ?」
「ああ、よろしく頼む」
きぬの肩に手を置き、そのまま力を入れる。
「けっこう固いな」
「んっ、そうか? 自分ではあまり自覚がないのだが」
「机仕事が多いから、こってるんだろ。力加減はこのぐらいでいいか?」
「ああ、ちょうど良い。さすが男の子だけあって、力が強いな」
「それほどでも。この機会だから、しっかりほぐしておかないと」
「んっんっ、これはなかなか気持ちの良いものだ」
きぬの肩、本当に固いな。いつも遅くまで頑張ってるせいだろう。少しでもきぬのためになるなら、このぐらい平気だ。しかし――
「んっ、そこ、いい感じだ」
微かに触れている首筋の柔らかい感触。
「はっ、あっ、良い力加減だ」
漂ってくるいい匂い。
「うっ、段々と肩が軽くなっていくのを感じるよ」
そして、マッサージの気持ちよさで微妙に漏れている吐息が、前日の風呂場での一件を彷彿とさせる。
「君のほぐしは本当に気持ちいい。このまま眠ってしまいそうだよ」
後ろから間近で見るきぬの胸はけっこうなボリューム感だ。
「だいぶ、ほぐれてきたよ」
「ああ、先ほどとは比べ物にならないほど、体がスッキリしている。ありがとう、誠君」
「それはよかった。もう少しやってあげるよ」
「すまぬな、誠君」
もっとこのシチュエーションを楽しみたいしな。
「よし、終わった」
マッサージを終え、きぬの仕事も終わり、俺たちは帰宅の準備をしていた。
「時間も遅いし、私の家で夕飯を食べていくか?」
「いいのか?」
「構わん。質素なものでよければな」
「きぬが一緒にいてくれれば、どんなものでも美味しいよ」
「……ばかもの」
「その後は一緒にお風呂だな」
「…………馬鹿者」
きぬの誘いもあって、俺はきぬの家で夕食をご馳走になる。
「ふい~、食った食った」
「お粗末さま。食器洗うから、くつろいでいてくれ」
「手伝うよ」
「大丈夫だよ。私がするから」
「なら、せめて食器は運ばせてくれ」
「ありがとう、誠君」
「早く終わらせて、一緒に風呂へ――」
「却下だ」
「えー、なんでだよー。風呂は純粋に一緒に入りたいだけだって」
「誠君はスケベなところがあるからな。辱めにあうかもしれん」
「ホントのホント! ほら俺の目をよく見てくれ」
「…………」
「…………」
「うむ、破廉恥な目をしている」
「バカな!」
「そんなことより、勉学の予習復習はきちんとしているんだろうな?」
「え……」
「後少しで君も3年生になるんだ。進路をどうするかしっかり決めて、それに伴った行動を今のうちからしておかないといけないぞ」
「だ、大丈夫だって。ちゃんとやってるよ」
「本当だろうな? よもや、宿題すらロクにやってないことはないだろうな?」
「大丈夫大丈夫。それはさすがにやらないとまずいから、やってるよ」
「私の目にはいつも遊びほうけてるようにしか見えないのだが……」
「そんなことないって、授業だってちゃんと受けてるしさ」
「……紗智さんから、授業中はいつも寝てると話に聞いているが?」
「おのれ、紗智の野郎~。余計なことを……」
「ともかく宿題ぐらいは忘れずにきちんとやるんだぞ?」
「大丈夫だって。その辺りは抜かりなくやってるからさ」
「そんなこと言って、翌日に罰を受けるなんてことにならんだろうな」
「ははは、そんなの今時の漫才でもやらないって」
「そうか。では、次の休日に一緒に出かける約束をしても平気だな?」
「平気だけど、なにか関係あるのか?」
「宿題忘れの罰で、休日補習になる恐れがあるだろ?」
「ご心配なく。そんなことにはならないから」
「よし、決まりだな」
「どこへ出かけるか、決めておかないとな」
「楽しみにしてるよ、誠君」
それから数日経過したある日の終礼中、俺は身を震わせていた。
「…………」
まずいまずいまずい。どうしよどうしよ。
「今日はここまで」
築島先生の号令が聞き、俺はすかさずカバンを手に持ち、廊下へ走り出す。奥義! 高速下校!
「鷲宮ー、逃げても無駄だぞー」
「ぐえ!」
突然の声掛けに、顔から転倒してしまう。
「大丈夫、誠ちゃん!?」
「ああ、なんとかな」
「鷲宮君。君に逃げるという選択肢は存在しない。なぜだか、わかるか?」
「なぜでしょ――」
床でうつぶせになっている俺の顔面すれすれに出席簿が振り下ろされる。
「鷲宮~、私はコメディが趣味じゃないんだよ?」
「わかっております、担任教諭殿……」
「では、確認のために自らの口でその理由を述べよ」
「私、鷲宮誠は数日前に配布された莫大で――こんなの人間が出来る量じゃねえ! こんな量の宿題出す奴は相当、性格ひん曲がってやがる! きっと結婚適齢期をゆうに過ぎているにも関わらず、未だ独身のせい――」
「鷲宮~、余計なことは言わんでよろしい。正確に簡潔に述べよ」
築島先生は振り下ろした出席簿で俺の顎を持ち上げ、笑顔で問いかける。すげーこえー。
「日本史の宿題を忘れました」
「そうかそうか。では、罰は必要だな?」
「はい……」
「次の休日に、優しい私が特別に補習を行ってやる。拒否権はない。以上」
「はい……」
「最低でもノート3冊は用意しておけよー」
築島先生は上機嫌で教室を出て行った。
「…………」
「誠ちゃん、おいたわしや……」
「なぜこのようなことに……」
「うるせー! そんな哀れむような目で見るんじゃねー!」
「築島先生のあの目、本気だったよ」
「ノート3冊とは、どんな補習が行われるのでしょうか……」
「誠ちゃん、骨は拾ってあげるからね」
「私は土をかけますね」
「えーい! うっとしい! もういいっての!」
「でも、本当に大丈夫? 先生の個人授業って相当ヤバイんでしょ?」
「そうなんだが……」
むしろ、それよりもヤバイことが……正直に言うしかねえな。
「鷲宮さん?」
「ああ、なんでもねえ。お前ら、もう帰るんだろ?」
「うん。誠ちゃんはきぬさんのとこでしょ?」
「ああ」
「では、私たちは先に帰りますね」
「じゃあね、誠ちゃん」
「またな」
はあ……本当やらかしちまった。きぬ、怒るだろうな。謝るしかねえよな。埋め合わせもしなきゃ……。
「ちーす……」
俺は重たい足取りで、きぬの待つ教室へ入る。
「なんだ、だらしのない声を出しおって」
気が重い。自分のせいとはいえ、なんて言えばいいのか。俺は無言で机にうなだれる。
「誠君?」
「…………」
「大丈夫か? 気分でも悪いのか?」
「いや、そんなことは……」
あー、もう! こんなことしても状況は変わらん! 素直に謝ろう。
「ごめん、きぬ」
「急にどうした?」
「今度の休日、一緒に出かけられなくなった」
「……理由は?」
「数日前に出された宿題をやってなくて、それで休日補習になってしまって」
「…………」
「本当にごめん!」
「そうか……」
「怒ってる……よな?」
「ああ、それはもう」
「…………」
「だから、罰は受けて当然であるな?」
「ば、罰?」
「当たり前だ。約束を破ったのだから、当然だろう?」
「はい……」
「よし、では顔を正面にこちらへ向けて、目をつぶれ」
「えーと、それって――」
「男だろ? 覚悟を決めろ」
「は、はい!」
ぐっと目をつぶり、顔を強張らせる。
「そのままだぞ?」
あー、きぬのことだから容赦ないだろうし、すげー痛いんだろうな。俺が悪いんだから、仕方ないよな。きぬの左手がすっと、俺の右頬に添えられる。
「いくぞ……」
来る! えーい! どっからでもかかってこい!
「んっ……」
な、なんだ? 唇に湿った柔らかい感触が――
「んちゅっ……」
「!?」
キ、キスされてる……!?
「ん……はあ……」
「き、きぬ?」
「今度の休日、君がいないとなると寂しくなるだろ? だから、今のうちに味わっておこうと思ったのだ」
「きぬ……」
そんなこと言われたら、俺だって――
「ならぬ」
きぬの唇を奪おうと顔を近づけたようとしたが、きぬの両手に阻まれる。
「なんでだ?」
「罰だと言ったろう? 私の好きにさせよ」
その後数分間、俺はきぬに委ねていた。
「誠君?」
「ん?」
「私は御守神社にいる。だから、補習が終わったら――」
「ああ、急いで会いに行くよ」
「ありがとう」
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