筒六ルート21話 ちびっ子パワー

「…………」

土曜の休日だから、この時間まで適当に暇つぶししてたが、家ではあまりにもやることがなさすぎて、公園に来てから、かれこれ2時間はこのベンチに座っている。久乃さん、まだ来ないのかな……。歩いているアリさんの数を数えるのも飽きてきたよ。

「あれ? 誠くん?」

「久乃さん! やっと来てくれましたか!」

「なになに? 私のこと待ってたの?」

「はい、今日起きたときから、ずっと会いたかったです」

「だ、だめよ、誠くん……。あなたが愛してるのは筒六でしょう?」

「その手にはノリません」

つくづく、筒六と親子なんだなって思い知らされる。

「釣れないなあ。私を待ってたってことは、昨日のことね?」

「俺、思いつきました。筒六に自分自身のことを気づいてもらう方法」

「聞かせてもらおうかしら」

「えっとですね――」

俺は昨夜、思いついた策を久乃さんに話した。

「ふむ、いいんじゃないかしら」

「本当ですか?」

「成功する保証はないけど、試してみる価値はあると思うわ」

「あの、それでお子さんのことなんですけど――」

「別にいいわよ。明日、筒六と一緒に誠くんの家に向かわせるわ」

「ありがとうございます」

「でも、あの子たちは一筋縄じゃいかないわよ?」

ただでさえ数が多いうえに、俺もまだあの子たちと深く交流していない。久乃さんの言葉はもっともだろう。

「が、頑張ります。でも、筒六への理由はどうしましょう?」

「それは私のほうでなんとかしとくから、誠くんは『あの件についてだろ?』とだけ言ってれば大丈夫よ」

あやふやすぎるが大丈夫か?

「それにしても、まさか一晩で思いつくなんてね。やれば出来るじゃないか、少年」

「雑な作戦だとは思うんですけどね」

「やることが大事って言ったでしょ? 内容はどうであれ、気持ちが真剣ならそれでいいの」

「久乃さんからは色々と教えられてばかりです」

「あはは、良き師匠に出会いましたから」

「良き師匠?」

誰のことだ?

「私のことより、明日は子供たちをよろしくね」

「はい」

「頼んだよ~? 筒六と結婚したら、支えてもらうんだから」

「け、けけ、結婚って――」

「なによ? 筒六じゃ不満なの?」

「そういうわけでは――」

「はは、まだ早かったね」

「で、でも、意思はあります……!」

「親である私に堂々と言い切るところ、嫌いじゃないよ」

「はあ……」

「ま、よろしくね~」

最近よく話すけど、未だに掴みどころのない人だ。親近感が沸くっていう点ではありがたいんだけどさ。


久乃さんとは話つけたし、明日を待つだけだ。

「明日か……」

俺は明日のことについて、自室をウロウロしながら考えていた。

「不安だ……」

いやいや! そんなこと思っても仕方ないって、久乃さんから教わっただろ! 不安がってたら、勘の鋭い筒六にはすぐにバレてしまう。自信持って望まないとな。

「しかし、相手はあの4兄妹……」

体力温存のためにも、今日はもう寝よう。自信を持て、今日の俺。頑張れ、明日の俺。


翌日、俺は朝からリビングで心を落ち着かせつつ、体はくつろいだ状態で、仲野兄妹の到着を待っていた。

「…………」

久乃さんは家に向かわせると言ってたけど、何時頃来るんだろ。

「!?」

家のチャイムの音で思わず両肩が上がる。来たのか?


「おはようございます、誠さん」

「おはよう、筒六……と――」

玄関の扉を開けると、筒六とその後ろにちびっ子たちが待機していた。

「やっほー、兄ちゃん!」

「こんにちはー」

「…………」

「ねえねえ! あたち、このひとちってるー」

光ちゃん、知っててくれなきゃ少し寂しいよ。

「今日はすみません」

「あー、えっと――」

用件はわからんが、久乃さんに言われた通りにしておこう。

「あの件についてだろ?」

「はい……」

マジで通じた。

「しかし、迷惑かけちゃいますし……」

「気にするなって。ほら、入った入った」

「お邪魔します。ほら、ちゃんと挨拶してから、入るのよ?」

筒六は下の兄妹たちに言い聞かせる。こうして見ると、ちゃんとお姉ちゃんやってるんだな。

「おじゃましまーす!」

「ごめんくださーい」

「……おじゃまします」

「わーい! ちらないひとのいえだー!」

4兄妹はドタドタと俺の家に入っていった。って、光ちゃん!? 俺のこと、知ってるって言ったよね!? ねえ!?

「あ、こら! ごめんなさい、誠さん」

「え、あ、いや、元気があっていいじゃないか」

「……本当によかったんですか?」

「ん?」

「母が急用で出かけないといけなくなったとはいえ、兄妹みんなでお邪魔したりして」

「平気平気」

そういう理由か。

「それにいい機会だからって、誠さんを私の彼氏に相応しいか試すために、1人で下の兄妹たちの面倒を見させろなんて」

そういう理由か!? いやまあ、久乃さんらしいっちゃらしいから、不自然ではないが。

「任せとけって。筒六への気持ちが示せるのなら、この程度へっちゃらさ」

「誠さん……」

「だから、筒六は適当にくつろいでいてくれ」

「ありがとうございます、誠さん。夕方には母がこの家に直接迎えに来るそうなので、それまでよろしくお願いします」

「うん、わかった。ほら、ここにいても仕方ない。入った入った」

「お邪魔します」

さあ、ここからが勝負だ。昨日、俺が久乃さんに話した作戦は、家で筒六がしていることを俺がやって見せて、自分がどれだけ大変かを知ってもらうことだ。そのために久乃さんから筒六が普段、家でやっていることを色々と聞いた。内容を聞いて、改めて筒六のすごさを思い知ったが、挫折するわけにはいかない。ただ心配事は俺があの兄妹たちをまとめられるかどうかだが……そこはガッツで乗り越える!


「…………」

リビングの惨状を見て、俺は思わず固まってしまう。

「あー、つつむ姉と兄ちゃんおそかったねー」

「きっと、ちゅーしてたのよ、ちゅー」

「ち、ち、ちゅ、ちゅー……!?」

「えー! ちゅーちゅー! あたちもたべたい!」

光ちゃん、この場合のちゅーはアイスやジュースの類じゃないんだ。いや、それよりも――

「なんじゃこりゃー!?」

まだ数分しか経ってないはずなのに……あーあー、部屋が滅茶苦茶だ。

「こら! 人の家なのに、こんなに――」

「待て、筒六」

「誠さん……?」

「こういうのも含めての久乃さんからの試練なんだ」

「しかし――」

「大丈夫だ。俺に任せて、座っててくれ」

「……わかりました」

筒六はそう言うと食卓の椅子へ静かに腰掛けた。さて、ここからが本番だ。俺は威勢良く、小さな兄妹たちへ向かっていく。

「こら、こんなに部屋を――」

「兄ちゃん! 遊んでよ!」

「ぐえっ!」

太一くん、なぜタックルを……。

「どーん!」

「ぐほぅ!」

タックルで倒れ込んだ俺の腹に光ちゃんは容赦なく全体重をかけ、飛び乗ってくる。

「わたしも、そりゃ!」

「おれもおれも!」

「ま、まっ――ぎゃああ!」

そこへ太一くんと空ちゃんも加勢するかのように、飛び乗ってくる。いくら子供とはいえ、腹の上に飛び乗られたら相応の苦しみが生じる。

「大和! お前もこいよ!」

いや、太一くん!? 君たちだけでも辛いのに、なぜ援軍を要請するんだ!? そんなことを頭では考えられているものの、俺の顔は青ざめ、体はグッタリとしていた。

「俺は……いい」

「あれー? どしたの、兄ちゃん?」

空ちゃんはそんな俺の状態を見て、キョトンとした表情をする。

「アホか! 死んじまうわ!」

「えー? そんなに元気なのに?」

「おおげさに言ってるんだよ」

「おおげさだー」

こんのガキども……!

「ええーい! バカにしよって! とっちめてやるから、そこになおれ!」

「わー! 顔真っ赤だ!」

「にげろー!」

「ぴゅーん!」

「な、なんて速さだ……」

一瞬で家中に散らばりやがった。

「ん?」

俺は1人だけ残っている大和くんが気になった。

「なに?」

「君は逃げないのかい?」

「俺、なにもしてないし……」

「遊ばないの?」

「関係ない……」

「そっか。じゃあ、俺が今からみんなを捕まえてくるから、集まったら遊ぼうぜ?」

「別に――」

「どこ行った! おまえらー!」

「…………」


「ぐはあ……」

俺は食卓の椅子に力が抜けるように座る。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

午前中だけでこんなに疲れるとは……兄妹を統率するって大変だ。

「うめー!」

「兄ちゃんって、料理できるんだ」

昨日、紗智に用意してもらっただけなんだけどな。

「…………」

「あむあむ」

「光ちゃん、垂れてる垂れてる!」

スプーンですくったスープが口から溢れているのにも関わらず、食事を続けている光ちゃんの口元をタオルで拭いてあげる。

「んむ?」

昼飯の間ぐらいは休めるかと思ったけど、そうはいかないらしい。

「手伝いますよ」

「…………」

「いや、これは――」

筒六が俺の手伝いをしようとしたときだった。ガシャンと、プラスチック容器の倒れる音が鳴る。

「あー、こぼしちゃった……」

「ん?」

見るとスープの入った大和くんのお椀は逆さにひっくり返って、周辺はスープまみれになっていた。

「お兄さん、こぼしちゃったから拭いてよ」

「お、おう」

なんだか上から目線のような気がするが、子供だから仕方ないか。そう思い、片付けをしようとした時、空ちゃんが口を開いた。

「自分でひっくり返したんじゃん」

「え?」

「……違う、こぼしたんだ」

「わたし、見てたよ。大和がお椀をわざとひっくり返してたの」

「大和、そうなの?」

空ちゃんの証言に、筒六は大和くんに問いかける。

「…………」

「大和くん?」

「…………」

「大和!」

返事のない大和くんに、筒六は珍しく大声で怒鳴る。

「……なんだよ、みんなして」

「?」

「こんなやつと仲良くしてさ……」

「大和……?」

「こいつは俺たちから、ねえさんを取ったやつだぞ!」

「!?」

大和くんは俺を指差しながら、声を荒げる。そんな大和くんを見て、筒六も驚きを隠せない様子だった。

「なのに……なのに……」

「…………」

そうか。だから、大和くんは俺にあまり近寄ろうとしなかったのか。姉である筒六を、自分を可愛がってくれている姉を取られるのが嫌だったんだ。

「大和、それは――」

大和くんを説得しようとする筒六を手で制止する。

「誠さん?」

「大和くん」

「うるさい!」

「聞いてくれ、大和くん」

「うるさい、うるさい!」

「俺は別にお前たちから筒六を取るわけじゃないんだ」

「…………」

「ただ、俺もお前たちの中に加えてほしいだけなんだよ」

「…………」

「だから、最初からダメなんて言わずに俺にも教えてくれ」

「教える?」

「そう。俺のことを見てから、どこがダメとかそういうのをさ。言ってくれれば、直すから」

「…………」

「俺はお前たちとも本当の兄妹みたいになれたらいいなって思ってるんだ。俺、兄妹いないからお前たちとそうなれるんじゃないかって思うと、嬉しいんだよ」

「…………」

「だから、な?」

「……わかった」

「ありがとう」

「でも、少しでもダメだって思ったら、もう口きかないからな?」

「そうならないように頑張るよ」

「……ふん」

「おー! かっけえ!」

一部始終を見ていた太一くんから歓声が上がる。

「え、なに?」

「兄ちゃんって、そんなこと言えるんですね?」

「それひどくね?」

空ちゃんはすでに久乃さんや筒六の因子を受け継ぎつつあるようだ。恐ろしい。

「がんばれーがんばれー」

「お、おおう! 光ちゃんの応援があれば百人力だ!」

「兄ちゃん! これ食べ終わったら、また遊ぼうよ!」

「おう、いいぜ!」

「あそぶあそぶー!」

「じゃあ、またかくれんぼがいい!」

「いいぜ? 俺が鬼になってやる。大和くんもするよな?」

「……やる」

「よーし! なら、さっさと飯食べてしまおうぜ」

「たべるー!」

子供たちは早く遊びたいのか、目の前の昼食を我先にと口へ運んでいく。

「ふう……」

「ありがとうございます」

「ん?」

「兄妹たちと仲良くしてくれて」

「そうしたいから、してるだけだって」

「でも、大丈夫ですか?」

「ん? なにが?」

「大変そうなので……。兄妹の面倒だけでなく、ご飯も用意してもらったり、色々していただいて、大丈夫なのかなって……」

この筒六の反応は――

「大変そうに見えるか?」

「はい、とても」

「そうか」

これはいい感じじゃないか?

「やっぱり、私も手伝います」

「心配するなって。大変だけどなんとかやれてるし、それに久乃さんの試練だ。自分の気持ちにウソつきたくないから、やらせてくれよ」

「ですが……」

「大丈夫大丈夫。せめて、今のうちに休んでおくよ。午後からはまた兄妹にせっつかれることになるだろうしな」

「兄ちゃん、ごちそうさま! 遊ぼうぜ!」

休む時間などなかった……。

「…………」


昼食を終えた後、兄妹たちご所望の遊びにトコトン付き合い、一段落してからリビングの床に寝っ転がった。

「ぐはー!」

「なんだよ、兄ちゃん? そんな疲れたみたいな声出して」

「みたいじゃない。そうなの」

「えー、まだ遊びたいよー?」

マジかよ……。子供の体力は底が知れないな。昼飯食ってからずっと遊び続けてるのに、まだ足りないと申すか。こちとら、まだ昼飯の食器すら洗えてないのに……。

「ギブアップするの? お兄さん?」

「あっぷあっぷ!」

「するかっての!」

少し遊べば、疲れておとなしくなると思って相手にしてたが、このままでは埒があかん。かくなる上は――

「よし! では、君たちにはこれをしてもらおう!」

「なにそれ?」

「輪っか?」

「ふっふっふ、これはな――」

「知恵の輪でしょ。これをこうやって……はい」

俺が差し出した4つの知恵の輪の中から大和くんは1つを選び、即座にそれを解き、兄妹たちに見せる。うそだろ……。

「なーんだ、輪っかから外すだけか」

「これのどこが面白いの?」

「普通にしても外れないよ?」

「ん? なんだこれ?! ぐぬぬ……」

「なんで? 外れないじゃない!?」

「かちゃかちゃー」

「こう見えて、パズルなんだよ」

大和くんは経験者のようだ。他の兄妹たちに少し得意気になって見せている。

「そうだよ、君たち? もしこれを解くことが出来たら、別の遊びをしてあげよう。おっと大和くん! 手助けするのはなしだぞ? 1人1つ解くのがノルマだ。全員が解くまでクリアではないぞ?」

「いいですよ」

ふい~、大和が簡単に解いてしまったときはドキリとしたが、他の3人は知恵の輪すら知らないみたいだし、今のうちに食器を――

「お、外れた外れた!」

「私もー」

「なぬ!?」

太一と空の手には確かに解かれた知恵の輪があった。この兄妹、化物かよ……俺、そのどれも解いたことねえのに……。

「しかしだ……!」

「んーんー……」

くっくっく、さすがに光ちゃんぐらいの年齢で、あれを解けるはずあるまい。まぐれだとしてもありえん。

「とーれた!」

「マジっ!?」

こんなまぐれってあるかよ!

「やるなー、光。どうやってしたんだ?」

「えっとね、ここをこうちたらこうなるから、それでね、こうするの」

「本当だ。何回しても解ける」

まぐれでもなかった。もう本当この兄妹なんなんだよ……。光ちゃんにすら負ける俺って……。

「さ、兄ちゃん! そろそろ、別の遊びを――」

太一くんが言葉を続けようとしたのを、家のチャイムが遮った。

「ちょっと待っててくれ」

お迎えかな?

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