筒六ルート20話 本気の気持ち

「筒六?」

「…………」

まただ。昼休み、いつものように中庭で昼食を共にして、これで3回目。俺が話し始めてると、最初のうちは聞いてくれてるんだけど、次第に返事がなくなって筒六のほうを見ると――

「…………」

呆けた状態になってるんだよな。どうしたものか。

「筒六」

「! ――なんですか?」

「…………」

「あの……私また――」

「ボーッとしてたぞ」

「……すみません」

「本当に大丈夫か? 具合悪いとか、悩み事があるとか、そういうのはないのか?」

「いえ、大丈夫です」

「もし、なにかあるんなら言ってくれよ? そうでないと、寂しいぞ?」

「寂しい?」

「筒六が俺のこと、信頼してくれてないのかなって思っちまう」

「決してそんなことは……でも、本当にわからないんです」

「…………」

「なぜ自分が呆けてしまうのか……」

「筒六……」

「でも、私が誠さんのこと嫌うわけありません。それだけは――」

「ああ、わかってるよ。俺のほうこそ、不安にさせてごめんな」

「謝るのは私のほうです。私が自分で自分を把握できてないから」

「少し休んでみたらどうだ?」

「え?」

「さすがに学園を休むのは厳しいかもしれないけど、部活とか家のこととかさ。それで俺と2人でリフレッシュとかどうだ?」

「申し出はありがたいですが、それは……」

「ダメなのか?」

「水泳の調子はまだ戻りきってません。そんな状態で休んだら、もっと――」

「なら、家のことは――」

「母に全て任せるのは嫌です。あんな母ですが、私たちのために仕事頑張ってるのに、その上、家のことまで任せっきりにしたら――」

「…………」

「下の兄妹たちはまだ小さいので、私しか母を支えてあげることが出来ません。それなのに、休むなんて……」

「悪い、野暮なこと言って……」

「いえ、誠さんは私のためを思って言ってくれているだけですから。私が変な状態だから、無用な心配を――」

「そんなことは……」

「大丈夫です。そのうち、なんとかなりますよ」

「…………」

「うん、大丈夫です……大丈夫……」

「筒六、やっぱり――」

俺の言葉を遮るかのように、昼休み終了の予鈴が鳴る。

「予鈴、鳴りましたね。また明日、誠さん」

筒六は校舎へ向かっていった。

「筒六……」

どうして筒六があんな状態なのか、そんなこともわかってやれないなんて……。

「それでも恋人かよ、俺は……」


放課後、俺は昨日と同じ場所で、同じベンチに座っていた。

「…………」

「や、少年!」

「久乃さん……」

ベンチで筒六のことを考えていると、約束の人物が現れ、俺は立ち上がる。

「忙しい中、お呼び立てしてすみません」

「大丈夫よ。娘の恋人の頼みなんだから、聞かないわけにはいかないっしょ」

「ありがとうございます」

久乃さんがベンチに座ったのを見て、俺も隣に腰掛ける。

「んで、私になにを話したいのかな?」

「筒六のことで、ちょっと……」

「ま、そうだろうって気はしてたけどね」

「なんで――」

「誠くんがわざわざ私に話があるっていったら、筒六以外ないでしょ?」

「そ、そうですね」

「それに最近の筒六を見てれば、誠くんが相談に来るのも予想できたわ」

「最近の筒六って――」

「……話って、あの子の様子がおかしいことでしょ?」

「気づいてたんですか?」

「親である以前に同居してるんだから、気づかないほうがおかしいわよ。ま、下の子たちは気づいてないみたいだけどねー」

そりゃそうか。昼休みにしか会わない俺ですら、気づくんだから。

「それで誠くん? 筒六があんな状態なの、なんでかわかる?」

「えっと……それをアドバイスしてもらおうかと……」

「少しもわからない?」

「筒六には疲れてるのかとか、悩みがあるのかとか聞いてみましたが、本人はなにも……」

「なんだ、わかってるんじゃない」

「え?」

「正直言うと、あの子は疲れてるのよ」

「でも、具合悪そうな感じでは――」

「精神的によ」

「精神的にって……」

「言ってしまえば、軽く鬱状態ってところね」

「そんなあっさりと――」

「遠まわしに言っても仕方ないでしょ?」

「そうですけど……」

「あの子さ、心配してるようなこと言っても、大丈夫って言うんでしょ?」

「はい」

「一応聞いておくけど、それ、鵜呑みにしてるわけじゃないわよね?」

「当然です。全く大丈夫そうに見えませんから」

「よかった。もし鵜呑みにしてたなら、今頃ゲンコツかますとこだったわ」

恐ろしいな……。

「誠くんには先に言っておくわ」

「なにをですか?」

「あの子がなんであんな状態なのかをよ」

「原因はわかってるんですか?」

「ええ」

「是非、教えてください!」

「最初に誠くんと会ったとき、私があの子について言ったこと覚えてる?」

「えーと、性格とかの話ですか?」

「そう」

「真面目だけど不器用だから、ガス抜きが下手なんですよね?」

「そうよ。まさにそれが原因ってわけ」

「どういうことですか?」

「私のせいって部分もあるから、そこは突っ込まずに聞いてほしいのだけど――」

「わかりました……」

久乃さんのせい? どういうことだ?

「筒六はね、親の私が言うのもなんだけど、すごく良い子なの。学園の成績も悪くないし、部活も頑張ってるし、非行に走ったりもしないどころか、私の手伝いまでしてくれる」

「今日、筒六が言ってましたよ」

「なにを?」

「久乃さんが自分たちのために仕事を頑張ってくれてるから、家のことまで任せられない。でも、下の兄妹は小さいから自分が支えてあげるしかないって」

「そう……本当に良い子に育ってくれたわね、あの子」

「そうですね」

「話を戻しましょう。誠くんにそういうことを言うぐらいだから、あの子がどれだけ私のことを想ってくれているかはわかるでしょ?」

「はい」

「だから、家の手伝いも積極的にやってくれるのよ。私がご飯作ってるときは下の子たちの面倒見てくれたりとかね。そのせいで兄妹はみんな、筒六っ子になってるんだけど」

「それは昨日のことでなんとなく」

「そんな状態だから、筒六は兄妹にせがまれて相手してあげてるんだけど、なにせ4人もいるじゃない。大変なのは一目瞭然よね?」

「それはまあ」

「でも、あの子のことだから妙に責任感抱いちゃって、ちゃんと相手にしてあげてるの」

「偉いですね」

「そう、偉すぎるのよ」

「え?」

「私が時間出来たときに代わってあげようとしても、自分がするってきかなくって……筒六にも他にやることがあるはずなのに……」

「どうして、そんな――」

「言ったでしょ? あの子は真面目なんだって」

「あ……」

「自分の中で決めたルールを絶対に曲げないのよ。だから、無理をしてでもやり遂げようとするの」

「すると、つまりこういうことですか? 休まないといけないぐらい疲れているのに、自分のルールに反してるって理由でそうしないってことですか?」

「そう。だから、学園にもちゃんと通うし、部活も休まない、家の手伝いもきちんとこなす。そして……」

久乃さんはなぜか躊躇っているような様子で言葉を閉ざす。

「久乃さん?」

「……ごめんなさい、誠くん」

「どうして謝るんですか?」

「……あの子はそんなだから、誠くんとの時間も疎かにしないのよ」

「それってつまり、俺との時間も負担になってるってことですか?」

「…………」

「…………」

今までの話の流れを察すれば、そうなんだろうって簡単に予想出来ることだ。無論、このことを筒六は意識して思っているわけではない。知らずうちに筒六の負担になってるってだけだから、筒六が俺を嫌がってることではないとわかっている。しかし、結果として筒六の負担になってることは確かなんだ。

「ごめんね……ショックだったよね」

「……少しは」

「少し? 本当に?」

「はい」

「どうして?」

「筒六が望んでいるわけではないので」

「そうだけど……」

「それよりも今は、筒六をどうにかしてあげることのほうが重要です。あんな筒六を俺は長くも見たくない」

「……ありがとう、誠くん」

「久乃さんから、筒六に言うことは出来ないんですか? ちょっとは休めとか」

「無駄だと思うわ。私以外からでも、それは同じこと」

「どうしてですか?」

「1番の理由は自分が疲れているって自覚がないからよ」

「あ……」

久乃さんの言う通りだ。昼休み、どんなに聞いても自分はなんともないって口ぶりだった。というか、今の自分の状態に疑問を覚えていたぐらいだ。自覚のないことを誰かから指摘されても納得しないのは当然か。

「これでも私の出来ることはしてるのよ? 下の子に筒六を休ませてあげなさいって言ったりとか、筒六にも休んだら? とかは言ってるのよ?」

「失礼なこと聞いてすみません」

「いいわよ」

「一応、聞いておきたいんですけど、反応はどうなんですか?」

「筒六は休まないし、下の子供たちに言ったら、筒六がつっかかってきて……」

「筒六が?」

「『なんでそんなこと言うの? みんな、私と遊びたがってるだけだし、自分もそうしたいのに』って……」

「…………」

「はあ、もう……私だって、普通に見守っててあげたいわよ」

久乃さんの態度から、いつもの飄々とした感じは消えている。筒六のこと、本気で心配してるんだろうな。

「筒六のこと、どうすればいいんでしょうか」

「誠くんは筒六にどうなってほしいって思ってる?」

「強く思うのは元気な筒六に戻ってほしいです。そして、自分を見つめ直してほしい」

「……そうね。誠くんの言うことはもっともだわ」

「でも、俺にはどうすればいいのかわかりません。その術があるのかどうかも……」

「手ならあるわ」

「え?」

「筒六が元気になる方法よ」

「ほ、本当ですか?!」

「ええ」

「その方法ってなんですか?」

「筒六自身に気づいてもらうのよ」

「筒六自身に?」

「人間はね、自分の体験こそが1番のステータスって思うの。それを糧に成長するし、価値観も決まる。だから、自分が体験してもないことをいくら人から説得されたところで、多くの人間は認めない。もしくはわかったふりをするの。今の筒六を見てればよくわかるでしょ?」

「だから、筒六に気づいてもらうしかないと?」

「そう。でも、簡単じゃないわ。偶発的に起きた出来事で、価値観が変わるのはありえない話じゃない。だからって、価値観が変わるほどの事が起きるのを待ってたんじゃ、筒六のほうが先に参ってしまう。じゃあ、どうするか――」

「意図的に行う……」

「正解」

「待ってくださいよ! こういってはなんですけど、無茶すぎはしませんか」

「私もそう思うわ」

「なら、どうして――」

「それしか方法がないからよ」

「…………」

「それに、これは私じゃ役不足よ」

「え……?」

「誠くん、あなたがやるのよ」

「お、俺!?」

「そうよ」

「具体的には、なにをすれば……」

「そうねえ……やり方は様々だけど――」

「だけど?」

「誠くんが考えなさい」

「そんな無責任な――」

「筒六のこと、好きなんでしょ?」

「そうですけど――」

「なら、やれるわよね?」

「それは……」

「いいわ。今回は助けてあげる」

「え……?」

「なーんて言いでもして、今後ずっと私に頼りっきりだと困るからね。誠くんがやりなさい」

「そんな……」

「私、この前言ったわよね? まずは挑戦だって」

「…………」

「出来るか出来ないかを考えるんじゃなくて、どうすれば出来るかを考えなさい」

「…………」

俺は思わず、うなだれてしまう。簡単に言わないでくれよ。久乃さんの言うことはもっともなのかもしれないけど、はいそうですかってすぐに納得できねえよ。俺が余計なことして、筒六の状態がもっと悪化したらどうするんだよ。笑い事じゃ済まないんだぞ。

「……顔を上げて、誠くん」

「!?」

ふわりと柔らかい感触が舞い降り、ほのかに甘い香りが吹いてくる。

「よしよし……」

久乃さんは俺を抱きしめ、頭を撫でてくれている。すごく気持ちいいが、この状況は色々とヤバい気が……。

「あの、久乃さん……?」

「ごめんね、誠くん」

「え……?」

「誠くんに意地悪してるわけじゃないんだよ?」

「久乃さん……」

「覚えておいて、誠くん」

「なにを、ですか?」

「苦労して導き出した答えにこそ価値はある」

「…………」

「失敗は悪ではない」

「…………」

「失敗から学ばないことが悪なんだ」

「…………」

「真に本気であれば、失敗を恐れない」

久乃さんはスッと、俺から離れていく。

「おーけぃ?」

久乃さんは頬の肉を上げて、俺を見つめる。そうだよな。久乃さんは俺のこと思って言ってくれてるんだ。俺が動かなきゃ、偽善だ。本当は筒六のことなんて考えてない証拠じゃねえか。俺が――自分が傷つきたくないだけの臆病者になっちまう。俺には誇れるものなんて特にないけど、筒六への気持ちだけは本気でいたい。なら、答えはもう出ている。

「俺、やります」

「ありがとう」

「久乃さんの言葉で気づきました」

「なにを?」

「俺は筒六のことが本当に好きだって」

「…………」

「だから、その気持ちに嘘をつきたくない」

「自分の娘のことをそういうふうに思ってくれてるのは、親として嬉しく思うわ。本当にありがとう、誠くん」

「いえ、久乃さんがくれた言葉のおかげです」

「えへへ~、これねえ、実は誠くんのお父さんの受け売りなんだ」

「親父の?」

「そそ。昔叱ってもらったときに言われたの。私もあのときはハッてなったわ」

「俺の親父って、意外とすごいんですか?」

「うーん、どうだろ? 怠け者だし、優柔不断だし――」

自分の父親ながら、ひどい言われようだ。

「でも、ここぞというときは頼れる人だったよ」

「なんだか、よくわかりませんね」

「だねー。あ、このことは本人には秘密よ?」

「わかってますよ」

「いい子いい子。――さて、私はもう行こうかな」

「今日は相談に乗ってもらってありがとうございました」

「私のほうこそ、話してくれてありがとう。大変かもしれないけど、頑張ってね」

「はい」

「もし協力してほしいことがあったら言ってね。この時間ぐらいなら、ここ通るから、そのとき声かけて」

「ありがとうございます」

「またね、少年」

俺も帰るか……。


俺は布団の上に鎮座した状態で、自分の頬を両手で軽く叩く。

「……うし!」

さて、やると決めたはいいものの、実際その方法をどうするかだ。

「筒六本人に自分の状態を気づかせる方法か……」

他人からの干渉は受け付けないからな、けっこう難題だぞ。

「筒六がもう1人いれば、自分の大変さを筒六自身に見せてやれるのに……ん?」

筒六自身に自分の大変さを見せる……?

「それだ!」

そうだよ、筒六に自分のやってることを見せて、本人が大変だって思えばいいんだ。しかし、そうするには久乃さんと仲野家の兄妹たちにも協力してもらうしかない。

「明日、公園で久乃さんを待つか」

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