筒六ルート22話 2人だけの電波

「はーい?」

「やっほ!」

玄関の扉を開けると、予想通り、久乃さんのお迎えだった。

「やっぱり久乃さんでしたか」

「どう調子は?」

「死にそうなのと、敗北を味わいました」

「どういうこと?」

「あ、いえ……大変です」

「そんな顔してるわ。筒六はどう?」

「下の兄妹の相手をすることに手一杯で、筒六の様子はあまり見れてません……」

「そっか。ま、後は2人で頑張りなさい」

「後は……?」

「お邪魔するわね」

「あ、はい」

久乃さんは俺の横をスルリとすり抜け、リビングへ向かっていった。


「あー、かあかあだー」

久乃さんの姿を見て、真っ先に光ちゃんは駆け寄っていった。

「迎えに来たわよ」

久乃さんの太もも辺りに抱きついてきた光ちゃんを、両手で受け止める久乃さん。

「お疲れ、お母さん」

「お疲れ、筒六。誠くん、頑張ってた?」

「うん……」

「どうしたの、筒六? 元気ないわね?」

「お母さん、いくら誠さんを試すためって言ってもひどいよ」

「なにがひどいの?」

「だって、太一たち4人を誠さん1人で面倒見ろだなんて……」

「大変だと思う?」

久乃さんは少し笑みを浮かべながら、筒六に問いかける。

「当たり前だよ。誠さん、すごく大変そうにしてたのに……」

「筒六は助けてあげなかったの?」

「だって、お母さんがしちゃダメだって……。それに誠さんに言っても――」

「筒六……」

「筒六がそう思ってくれてよかったわ」

久乃さんの考えていることと俺の考えていることは多分、同じだ。

「え……?」

「誠くん?」

「はい」

「後、よろしくね」

「はい」

その言葉だけで、俺は久乃さんがなにを言っているのかが、理解できた。

「?」

「ほら、帰るわよ、あんたたち。あ、筒六はまだ誠くんと一緒にいていいから」

「え?」

「お、俺も残る」

大和くんは筒六が心配なのか、久乃さんの誘導を渋る。

「だーめ。大和にはお風呂掃除してもらわないと。今日の当番でしょ?」

「そうだけど……」

「自分だけしないのはずるいわよ」

「ずるだずるだー」

「わかったよ……」

「それじゃあね、誠くん」

「はい、お気をつけて」

「また遊ぼうな、兄ちゃん!」

「おう!」

久乃さんは子供たちを従え、家を出て行った。今日1日、あの子たちの面倒を見てたけど、改めて久乃さんの偉大さがわかる。どうやったら、あんな素直に言うことを聞かせることが出来るのだろうか。

「あの、誠さん?」

「ん?」

「お母さん、後よろしくって……どういうことなんですか?」

なにも聞かされていない筒六にとってはわけがわからないだろう。種明かししてやらないとな。

「……なあ、筒六?」

「はい?」

「筒六がさっき久乃さんに言ったことは本心か?」

「言ったこと……?」

「俺が兄妹の面倒見てるのが大変そうだったとか、1人でさせるのはひどいとか」

「本心に決まってるじゃないですか。誠さんのこと、心配してたんですから」

「ありがとう、筒六」

「なんで私に頼ってくれなかったんですか? あんなに大変そうにしてたのに……言ってくれれば――」

「俺も同じなんだ」

「なにを言って――」

「今日、筒六と兄妹たちにここへ来て欲しいって、俺が久乃さんに頼んだんだ」

「え……」

「兄妹たちの面倒を自分1人で見たいって、久乃さんに言ったのも、俺なんだ」

「どうしてそんなことを……」

「知って欲しかったし、見て欲しかった」

「えっと……頑張る誠さんを、ですか?」

「そこまでナルシストじゃないよ」

「では、なにを――」

「筒六自身だ」

「私自身?」

「最近の筒六、ボーッとしてることが多かっただろ?」

「……はい」

「その原因は自分でもわからないんだろ?」

「……はい」

「筒六さ、疲れてるんだよ」

「私が疲れてる……?」

「久乃さんから聞いたんだ。筒六がすごく頑張ってること」

「お母さんが……」

「学園のことも、水泳のことも、家のことも、すごくよく頑張ってるって、久乃さん言ってたぞ」

「そんなことを……」

「だから、心配してた」

「心配……?」

「筒六は真面目だけど不器用だから、ガス抜きが下手だって」

「そんなこと言われても、私はちゃんと――」

「やれてるって言うのか?」

「はい」

「最近の筒六の様子からだと、とてもそうは見えないぞ?」

「それは多分、他に原因が……」

「今日の俺を見て、大変そうだと言ったな?」

「言いましたけど……」

「今日の俺は筒六自身なんだ」

「それさっきの――」

「ああ。今日俺がやっていたことは筒六がいつもやっていることなんだ」

「!?」

「久乃さんから家での筒六のこと聞いて、そこまでして大変じゃないわけないって思った。でも、筒六は全然休もうとしないし、その自覚もない。だから、自分がどれだけ大変なことをしているのか、認識してほしかったんだ」

「…………」

「俺、もう嫌なんだ……。筒六が辛い顔してるのを見るの……」

「誠さん……」

「こんなことが正解なのかわからないけど、筒六が自分自身を見つめ直してくれるきっかけになる可能性があるのなら、そう思って――」

「ごめんなさい、誠さん……」

「筒六……」

「誠さんがそこまで私のことを考えてくれていたのに、私は……」

「…………」

「他人に迷惑をかけたくないって思って、自分1人が頑張らなきゃと思ってました。自分さえ頑張ればいいって。でも結局それって、自分のことしか考えてないのと同じなんですよね」

「…………」

「そのせいで、誠さんやお母さんにもっと迷惑をかけてしまっている。本末転倒もいいところです」

「少し勘違いをしているぞ、筒六」

「勘違い?」

「俺も久乃さんも筒六のことで迷惑に思ってることなんてない。心配しているだけなんだ」

「誠さん……」

「他人のことを大切にするのもいいけど、これからは自分のことも大事にしてくれよ」

「はい。誠さんとお母さんが教えてくれたこと無駄にしたくはありません」

「うん。でも、変な使命感とかは抱かなくていいからな」

「はい」

「はあ……よかったあ……」

綱渡り状態だったが、筒六の理解でそれが解かれる。これがダメだったらどうしようかと思ったぜ。

「誠さん」

「ん?」

「ありがとう」

「ああ」

「それで、あの……誠さん」

「なんだ?」

「キス……したいです」

「いいぞ」

「んっ、ちゅっ……」

筒六の柔らかな唇が、そっと俺の唇を覆う。

「んちゅっ、あ、誠さん……」

さっきまでの緊張から一転して安心に変わったことと、久しぶりに味わうこの感触が筒六への気持ちを昂ぶらせるのは言うまでもなかった。

「ごめん……でも、俺――」

「心配いりません」

「え?」

「私も……誠さんと……」

「筒六……」

「誠さん……んんー……」

口を尖らせ、目を瞑るその行動の意味は考えるまでもなく理解出来た。

「筒六……んっ――」

「んっちゅ、ちゅむっんんんっ……んはっ……えへへ……」

「ふふ……」

なにがおかしいのか、そんなのに理由なんてない。ただ、俺と筒六の間に流れる2人だけの電波を受信し合うことで自然に笑みがこぼれた。

「大好きです、誠さん」

「俺も筒六が大好きだ」

俺たちは再び幾度も唇を重ねた。

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