筒六ルート10話 本心語りて

翌日の昼休み、俺は早速、中庭へと来たのだが――

「……あれ?」

いつもここにいるはずなのに……今日はいない。

「来るのが早すぎたかな……」

少し待ってみるか。

「…………」

数十分経過したが、仲野の気配すら感じない。

「別の場所にいるのかな」

昼休みもそう長くないし、探しに行くか。


「いねえな……」

1年生の教室とかプールとか、心当たりがある場所は全部探したつもりなんだけど……。

「そうだ、鈴下なら……」

仲野がどこにいるのか、知っているかもしれない。


屋上へ着くと、やはりそこには鈴下がいた。

「鈴下ー」

「な、なに?」

ん? 鈴下、なんだかうろたえてないか?

「どうした?」

「な、なにが?」

「汗、かいてるぞ?」

「ほ、ほら、今日暑いじゃない?」

鈴下は右手で、顔を扇ぐ。

「寒いんだけど?」

「そ、そう? あんた、風邪引いてるんじゃない?」

「むしろ、この季節に外にいるのに暑いって言ってるほうが、なにかの病気なんじゃねえか?」

冬だぞ。

「そ、そうかもね、あはは……」

「今日の鈴下、変だぞ?」

「そんなことないって、フツウでしょ?」

「なんか妙に焦ってるし、言葉も棒読みだし」

「き、気にしすぎよ。本当に大丈夫よ」

「ふーん、まあいいけど」

「で、何しに来たの?」

「そうだった。鈴下さ、仲野がどこに――」

「し、知らないわよ? わたしはなんっにも!」

「……お、おお」

そんな食い気味に来なくても。

「今日は筒六に会ってもないし、ましてやどこにいるかなんて全然よ」

「会ってないって……朝礼のときもいなかったのか? なら、休んでるのか?」

「あ、うそうそ! 会ってないわけじゃなくて、学園にはちゃんと来てるわよ」

「どっちなんだよ」

「えーっとつまり……そ、そう! 今日は会話してないの! うん、してないしてない」

なんか自分に言い聞かせてるかのようだ。

「ま、いいや。知らないなら、しょうがない」

「……ほっ」

「今、安堵しなかったか?」

「うえっ!? さあね……? 気のせいよ」

「そうか」

「筒六を探してるの?」

「ああ」

「なら、こんなところにいつまでも居座ってないで、探してきなさいよ。いないところを探しても仕方ないでしょ?」

「そうだな。じゃあ、俺行くわ」

「あ、ちょっと!」

「なんだ?」

「筒六はちゃんとあんたの話を聞いてくれるはずだから……だから――」

「ああ、ありがとう」

「…………」

それだけ言って、俺は屋上の階段を下りた。

うーん、結局空振りだったか……。鈴下の様子は妙だったけど、昼休みももう終わるし、放課後また探してみるか。


昼休み同様、仲野を探すも姿は見えなかった。部活にも行ってないみたいだし……。

「帰っちまったかな……」

これ以上の捜索を断念し、俺は肩を落としながら、校門へ向かう。

「鷲宮先輩……」

「え、あ、仲野……?」

「…………」

校門をくぐると仲野が1人でポツンと立ち尽くしていた。

「帰ったんじゃなかったのか?」

「いえ……」

「こんなところでなにしてるんだ?」

「…………」

「まあ、いいや。仲野に話があるんだ。ちょっと付き合ってくれるか?」

「……はい」

「ありがとう。ここじゃなんだし、場所を変えよう」

「わかりました……」


俺は仲野を連れ、公園へ赴いた。ここなら、ゆっくり話が出来そうだ。

「よいしょっと……」

「…………」

数人の子供が遊具で遊んでいるのを母親たちが見守っている中、空いてるベンチに2人で腰掛ける。

「仲野」

「はい……」

「昨日はごめんな」

「なぜ……謝るんですか?」

「仲野を嫌な気持ちにさせてしまったからさ」

「…………」

「俺はそんなつもりじゃなかったんだけど、結果として仲野に不快感を与えてしまったんだ。だから、謝るのは当然だろ」

「…………」

「俺は仲野の力になりたいって思ってたけど、それは仲野にとってはお節介ってだけで、結局は俺の自己満足でしかなかった。俺は、俺の仲野を助けたいって気持ちを、仲野に押し付けていただけなんだ。今思えば、仲野が怒って当然だと思う」

「…………」

「だから、ごめん」

「…………」

「でもな、仲野」

「はい……」

「仲野はお節介って思うかもしれないし、仲野を怒らせてしまったことは俺も後悔してる。それでも、俺が仲野に対して思うことは1つなんだ」

「それって?」

「仲野の力になりたい」

「…………」

「こんなこと言ったら、また仲野を怒らせるかもしれない。謝った直後に何言ってんだって、そう思われるかもしれない」

「…………」

「だから、これで最後にする。もし仲野が嫌がるなら、これ以上は俺も干渉しない」

「…………」

「もう一度聞くぞ、仲野。なにか悩んでることはないか?」

「鷲宮先輩……」

「ん?」

「なぜそこまで、私に関わろうとするんですか?」

「…………」

「私、鷲宮先輩にけっこうきつく当たってしまって、鷲宮先輩を傷つけたかもしれません。私のこと、面倒くさい奴だって思われても仕方ないと思ってました。それなのに、私に構ってくるのはなぜですか?」

仲野の言うことは最もだ。普通だったら、少し拒否されたら手を引くのが当然の行動だ。でも、俺は仲野に強く拒絶されたにも関わらず、未だにこうやって仲野に接している。

「…………」

それはなぜなのか……。その答えは昨日、鈴下が仲野への気持ちを聞いてきた理由と一緒だ。鈴下があんなこと聞くのも無理はない。ただの後輩としての関係ってだけで、こんなに干渉するわけないだろ。そうだ、今まで自覚してなかっただけで、俺は――

「仲野のことが好きだからだ」

「…………」

「自分の好きな人が苦しんでいる姿を見ていて、平気なわけない」

「…………」

「仲野が悩んでいるのなら助けてあげたいし、その助力も惜しまない」

「…………」

「それが理由だ」

「そう……ですか」

「すまんな、突然こんなこと言って」

「いえ、聞いたのは私ですから……あの、鷲宮先輩?」

「なんだ?」

「謝るべきは私の方です。鷲宮先輩はなにも悪くないのに……」

「でも、俺は仲野を怒らせてしまった。そのことは――」

「それは、ただの八つ当たりなんです」

「八つ当たり?」

「自分がうまくいかないからって、そのことを気にかけてくれた鷲宮先輩を邪険にしたんです。だから、鷲宮先輩はなにも悪くありません」

「よかったら、なにがあったのか教えてくれないか?」

「……わかりました」

仲野は一呼吸置いてから、口を開いた。

「私が水泳部を休んでいるのは、ご存知ですよね?」

「ああ、知ってる」

「まさにそれが原因なんです」

「部内でなにかあったのか?」

「部内で、ではなく私個人の問題なんです」

「どうしたんだ?」

「最近、水泳が上達しないんです……」

「…………」

「私は幼い頃から水泳をやっていました。やればやるだけ磨きがかかり、どんどん腕を上げていきました。泳ぐことが好きというのはもちろんなんですけど、練習を重ねる度に自分の技術が高まっていくことに喜びを感じて、水泳を続けていました。私にとって水泳はなくてはならない存在だったんです。でも、あるときからパッタリ向上しなくなったんです」

「いつからそんなことに?」

「自覚し始めたのは学園祭が終わってからです。兆候はそれよりも前からありました。しかし、学園祭の準備で部活が休みになり、プールも使用できなかったので、あまり気にしてませんでした。学園祭が終わって初めての部活のとき、明らかに私の能力は衰えていました。最初のうちは休んでいたからだろうと思って、気にも留めてませんでした。ですが、いくら一生懸命練習に取り組んでも、タイムは元通りになるどころか……」

「…………」

「練習すればするほど成長していたはずなのに、なぜと思いました。今までだって、練習を数日間休むことはありました。でも、タイムが落ちるなんてことは一度もなかった。それなのに……」

「今は調子が悪いとか、そんなんじゃないのか?」

「水泳部の先輩にも同じことを言われました。しかし、そんな単純なものじゃないんです。明らかに違うんです。自分のことだから、よくわかります。私の水泳の技術は落ちている。大きな壁が立ちふさがっているように感じます」

「今だけだって。仲野ほどの水泳の才能があれば――」

「鷲宮先輩、すみませんがその『才能』って言葉、私は嫌いなんです」

「すまん……。けど、なぜだ?」

「私は才能というのはほとんどないものだと思っています。あるとすれば、それは運の強い人のことだと思います」

「でも、才能があるって言われるのは嫌なことなのか?」

「才能があるから、お前はやれる……それって、その人の努力を踏みにじってると思いませんか?」

「努力を踏みにじる……」

「そうです。人から賞賛されるに至るまで、本人は相当な努力をしているはずなんです。私だって一生懸命に練習してきたから、今があると思ってます。それを『才能があるから』と簡単な一言で済ませてほしくないんです。では、その人の努力は必要なかったのか……そう考えられませんか?」

「そう言われたら、確かにそうだな」

「才能という言葉を平気で使う人は、努力の価値を知らないんです。だから、能力の長けた人間を才能があるなんて言うんです」

「悪い……今度から気をつけるよ」

「……話が逸れてしまいました。前、昼休みに私が下着を履き忘れてしまったこと、覚えてますか?」

「ああ」

「あの時言った、履き忘れの理由は半分嘘なんです」

「どういうことだ?」

「水泳のことで悩んでいて、それでボーッとして……」

「なるほどな。仲野らしからぬミスだと思っていたけど、それなら納得出来る」

「私の頭の中では、もう水泳のことしか考えられませんでした。次第に苛立ちも覚えて、気にかけてくれた鷲宮先輩にも八つ当たりして……」

「…………」

「鷲宮先輩はただ心配してくれているだけなのに……そのときの私は、自分の気持ちのなにがわかるんだって、事情も知らないのに軽々しく聞いてくるなって……そう思ってしまいました」

「…………」

「すみません……怒りました、よね?」

「いや、やっぱり謝るのは俺のほうだなって思ったよ」

「なぜですか? 鷲宮先輩は悪いどころか、私を心配してくれて――」

「さっきも言ったが、それは俺の自己満足なんだ。仲野の気持ちなんて全然考えてなかった」

「…………」

「仲野がそういう風に思ってるとも考えずに、仲野を助けてやろうなんて、俺って都合いいよな……」

「そんなこと……私が自分の気持ちを言わなかったんだから、仕方ないです」

「……やめよう。どっちが悪いとか、そんなこと言ってても時間の無駄だ」

「はい……」

「仲野」

「なんですか?」

「仲野が今抱えている問題は正直、俺はどうすればいいかわからない。助けてやりたいって言ってたのに、ごめんな?」

「いえ……」

「でも、俺はさほど気にすることでもないと思うんだ」

「え……?」

「これは俺が水泳とか、なにかに打ち込んでるわけじゃないから、思ってしまうんだろうけど――」

「…………」

「焦らなくてもいいんじゃないか?」

「どういうことですか?」

「俺が思うに、今までの成長が早すぎたんだよ。だから、天井に到達しちゃったんだ」

「では、もう私に伸びしろはないと?」

「逆だ。まだまだあるんじゃないか?」

「でも、天井に着いたって――」

「それが壁ってやつじゃないのか?」

「壁……」

「その壁を越えれば、もっと成長出来るはずだ。でも、それが厚いからなかなか越えられないんだ」

「…………」

「今の仲野はそういう状態だと思うぞ。だから、焦って能力を伸ばそうとしなくてもいい。まだ1年生だし、これからだろ?」

「……鷲宮先輩」

「なんだ?」

「鷲宮先輩の言っていること……よくわかりません」

「ええ~……」

俺なりにけっこう力説したつもりなんだけど……。

「でも、鷲宮先輩の気持ちだけはよくわかりました」

「言ってることはわからんのに?」

「はい」

「なんだか、そっちのほうがよくわからんな」

「いいんですよ、ふふふっ……」

仲野は少しだけ声を上げて、微笑んだ。

「おっ、やっと笑ったな?」

「こうして話していると、なんでもっと早く鷲宮先輩に相談しなかったんだろうって、後悔してます」

「そうだぜ? 仲野に冷たくされて、俺けっこうショックだったんだぜ?」

「すみません、今度はもっとうまく冷たくしますから」

「結局、変わんねえじゃん」

「そうですね、ふふっ……」

「このことを教訓にして、もう少し素直になってくれよ?」

「気をつけます。――それで、1つ聞きたいことがあるんですけど……」

「なんだ?」

「さっきの……私のこと、好きっていうのは――」

しまった。さっきは勢いで言っちゃったけど、改めて考えるとけっこう大胆なこと言ってしまっていた。

「あ、え、あれはその、言葉の綾っていうか、なんていうか――」

「嘘……だったんですか?」

仲野は上目遣いで俺を見てくる。

「嘘でそんなこと言うわけないだろ……!」

「鷲宮先輩……」

その求めるような目は効くぞ。もうごまかしてもしょうがねえ。

「……いや、その……ううん、そうだよ! 俺は仲野のことが好きなんだ!」

「…………」

「わ、笑いたきゃ笑えよ?」

「……いえ、面白くはないので」

「ああ、そうかい……」

「ですが……」

仲野は俺を真っ直ぐと見つめる。

「ん?」

「鷲宮先輩がそういう気持ちなら、収まるべき形に収まるしかないですね?」

「え……?」

「…………」

「仲野……それって、どういう……?」

「私も……鷲宮先輩のことが好きってことです」

「えっと……」

突然の告白に、俺は戸惑いを隠せなかった。

「…………」

「冗談じゃないよな?」

「冗談でこんなこと言いません」

「俺をからかっているわけでもないよな?」

「物事の分別はついてます」

「じゃ、じゃあ、つまり……仲野は俺のことが好きってこと?」

「わかりきっていることを二度も言わなくていいです」

「収まるべき形ってことは……俺と仲野は――」

仲野は頬を赤くし、目を逸らす。

「……今日から恋人です」

「…………」

逸らした目をまた俺へ向ける。

「もしかして……嫌でした?」

「そ、そんなわけない! 嬉しいに決まってるだろ」

「……私もです」

「嬉しいついでに仲野のこと、名前で呼んでいいか?」

「……どうぞ」

「ありがとう……筒六」

名前を呼ぶと、さっきよりも頬を赤く染める。

「なんだか……照れますね」

「そ、そうか?」

「私も名前で呼んでいいですか?」

「お、おう」

「ありがとうございます……誠さん」

「なんか照れるな」

「お互い様ですね」

「そうだな。というか恋人なんだから、さんづけもいらんし、敬語も使わなくていいぞ?」

「いえ、急にそれは……」

恋人になったからって、急にできるものではないか。

「そうだな……」

「学園を卒業するまでは、このままがいいです」

「えー、そんなに長くか?」

「だって、今しか味わえないじゃないですか? 先輩と後輩という関係」

「確かにそうだが、なにか意味はあるのか?」

「意味なくてもいいんです。気分が大事なんです」

「筒六がそれでいいならいいけどさ」

「はい……はっ!?」

なにかに気づいたように、辺りを見渡す筒六。

「ん? どうし――あ……」

公園にいた主婦の方々が、俺たちの様子を横目でチラチラ伺っている。小さくしか聞こえないが、若いわねーという声がチラホラ。

「…………」

「つ、筒六?」

「なんですか?」

「場所、変えるか?」

「はい……」

俺たちは主婦の方々に見守られ、時には、手を繋がないのかしら? なんて会話を聞きながら、公園を後にした。

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