筒六ルート9話 親友

「……毎日毎日なんですか?」

昼休み、仲野が座っているベンチへ近づいた俺を、仲野は横目で確認しつつ、ため息混じりに言う。こういうことを言われるだろうなとは思ってたけど、実際言われるとダメージを受けるが、そんなことで負けてられない。俺は許可を得ず、仲野の隣に座った。

「さあ、なんだろうな?」

「バカにしてるんですか?」

「そんなことするわけないだろ。ただ仲野に会いたくなったっていうのは確かだぞ」

「…………」

「昨日は部活行ったのか?」

「休みましたけど」

「理由は……教えてくれないのか?」

「鷲宮先輩には関係ありませんから」

「そっか」

「あの、もういいですか?」

「待てって、話があるんだ」

弁当をしまい、立ち上がろうとした仲野を引き止める。

「……なんですか?」

「仲野、やっぱりなにか悩みがあるんじゃねえか?」

「…………」

「ここ何日か仲野と話して、ずっとそんなことばっかり考えてるんだ」

「…………」

「俺は仲野の力になりたいんだ。悩みがあるなら相談に乗ってやりたいし、俺が出来ることだったら協力もしたい。でも仲野は関係ないの一点張りだから、本当に迷惑なのかもしれないって、これ以上はやめといたほうがいいかもって、そう思ったけど……」

「…………」

「それでも俺は仲野のことが心配なんだ。仲野がなにかに苦しんでいる姿を見たくないんだ」

「…………」

「もし解決法の一端があったり、他の誰かに相談しようと思っているのなら、それでもいい。内容は聞かないから、その気持ちがあるならそれだけ教えてほしい。そうしてくれれば、俺もこれ以上は仲野に構わない。関係ないってだけじゃ、なにもわからないからさ」

「…………」

「仲野の気持ち、少しでいいから聞かせてくれよ。そうしないと、俺――」

「なら……」

「うん?」

「これ以上、私に構わないでください……」

「仲野……」

「これ以上、私を苦しめないでください……」

「苦しめるって……俺は仲野のことが心配で――」

「そうやって……『心配』とか便利な言葉、使わないでください」

「そんなつもりは……」

「『心配だから』とか、『お前のために』とか、そんな便利な言葉を使って、私の心に踏み入ってこないでください」

「…………」

「鷲宮先輩に、私のなにがわかるんですか?」

「…………」

「鷲宮先輩に相談すれば、私の問題は解決するんですか?」

「それは……」

「内容を知れば、鷲宮先輩は即座に解決してくれるんですか?」

「仲野……」

「……もういいです」

「おい、仲野……」

「私のことは……放っておいてください」

「…………」

仲野の背中を見ながら、追いかけるべきか否かを迷っていたが結局、決められないまま仲野は校舎へと姿を消した。

「……くそ」

しくじった……。俺は単に仲野を怒らせちまっただけじゃねえか……。挙げ句の果てに、もう話しかけることすら出来ない状態かもしれない。状況は最悪になってしまった。もう仲野のこと諦めるしかないのか……。

「それが簡単なら、こんな気持ちにならねえよ……」

これからどうするか……。


俺は肩を落とし、俯きながら教室へ戻る。

「はあ……」

ここからどうすればいいのか、皆目見当もつかない。本当にもう諦めるしか――

「ねえ」

突然、目の前で呼びかけられた声に俺は思わず驚き、顔を上げる。

「うわっ! す、鈴下か……」

「ちょっとついてきて」

鈴下は無理矢理、俺の手を取る。

「え、でも、そろそろ昼休み――」

「あんたにはそんなのより、大事なものがあるでしょうが。いいから来なさい」

「ちょ、引っ張るなって」


俺は鈴下に引っ張られるまま、屋上へと連れ出された。

「こんなところに連れ出して、なんの用だよ?」

「筒六のこと、あんたどうする気?」

「な、なぜそれを知ってる?」

「あんたらがここ最近、中庭でなんか喋ってるの屋上から見てたからさ。なに話してるのかまでは知らないけど」

「ああ、それでか」

「あんたと筒六の間で、なにがあったの?」

「そんなこと、鈴下に言っても仕方ねえよ」

「…………」

「俺だってわかんねえのに……」

「ああもう! うざったいなあ!」

鈴下は頭を掻きながら、少し声を荒げる。

「な、うざって――」

「そんなごちゃごちゃごねてる暇あったら、さっさと言いなさいよ。時間の無駄だから」

「無駄って……」

「そうでしょ? わたしに話したところで、減るものなんてないんだし、とっとと言いなさい」

強引だが、間違っていない。鈴下になら、話してもいいか。

「……わかったよ」

「なにがあったの?」

「仲野がなんか悩んでるみたいなのは知ってるか?」

「内容は知らないけど、そんな感じね」

「俺はそんな仲野が心配だったからさ、相談に乗ってあげようとしたんだ。でも、関係ないって教えてくれなくて……」

「…………」

「挙句にもう放っておいてって言われる始末だ」

「それで?」

「というと?」

「あんたは諦めるの?」

「……わかんねえ」

「あんたさ、筒六のこと好きなの?」

「な、好きって――」

「どうなの?」

「…………」

「…………」

好意がないわけじゃない。好きか嫌いかで言えば、もちろん好きだ。しかし、それが愛情なのか、今の関係によるものなのか自分でもわからない。

「……いいわ」

「え?」

「その気持ちは近いうちに答えを出しておきなさい」

「…………」

「質問を変えるわ。あんたは筒六のこと、諦めたいって思ってる?」

「諦めたくねえよ」

「そう」

「俺は本当に仲野のこと、心配しているんだ」

「…………」

「仲野からさっき言われたんだ。心配って言葉で、自分の心に踏み入ってくるなって」

「…………」

「俺にはそんなやましい気持ちは一切ない。あるのは、これ以上仲野がなにかに苦しむ顔を見たくないってだけなんだ」

「……あんたのその気持ちが知れただけで充分」

「どういうことだ?」

「もう1回、筒六にトライ出来る勇気ある?」

「鈴下……」

「どうなの?」

「……ある」

「そ……なら、明日以降で近いうちにもう1回、筒六と話してみて」

「なにをする気だ?」

「下手なことはしないから気にしないで。ぶっちゃけ、あんたよりはわたしのほうが筒六の気持ちを理解出来てるからさ。筒六は……親友だから」

「そうか。なら、頼むよ」

「はいはい。ほら、さっさと行かないと授業遅れるわよ?」

「うおっ、こんな時間!? って、鈴下もだろうが」

「わたしはもう少しここにいるからいいの」

「そうかい。……仲野のこと、よろしくな」

「りょーかい」

まさか鈴下が協力してくれるとは思わなかったけど、一体何する気なんだ?


あの後、午後の授業に集中できる訳もなく、気が付けば、自宅のリビングで紗智が夕食を作り終えるのを待っていた。

「きょっおのおっ料理なんだっろな~?」

紗智の変な鼻歌を聞いていても、気になるのは鈴下と仲野のことばかり。

「お塩? お砂糖? そっれとっも~お味噌~?」

ああダメだ! ちょっと気分転換に散歩してこよう!

「ちょっと外出てくる」

「え、もう外暗いよ?」

「飯までには帰ってくる」

「あ、誠ちゃ~ん……」

紗智の名残惜しそうな声を無視して、俺は玄関先に出る。

「…………」

ただでさえ、頭の中ぐるぐるしてるのにあんな珍妙な歌を聞かされてたら、気が狂いそうになる。

「さぶっ……」

寒いからあんまり出ていられないけど、公園のベンチでボーッとしておくか。


公園に到着し、ベンチのほうまで歩く。こんな時間だし、さすがに人は――

「で、どうしたの?」

「え……?」

「!?」

あ、あれは鈴下と仲野……! どうしてこんなところに――とにかく、見つかったら、気まずいし隠れよう。俺は公園の茂みにさっと身を隠し、2人の会話に聞き耳を立てた。

「筒六、あいつとなにかあったんでしょ?」

「あいつって?」

「鷲宮よ」

呼び捨てかよ。

「なんでそのこと……」

「あいつと筒六が、昼休みに中庭でなんか話してんの、屋上で見てたのよ」

「…………」

「別に内容までは聞かないけどさ、筒六のこと、わたしだって心配してるのよ?」

「え……?」

「とぼけちゃって。筒六が最近、なんか悩んでるって、わたしが気づいてないとでも思った?」

「…………」

「気づかないわけないじゃん。だって、親友なんだから」

「鈴ちゃん……」

「あいつだって、同じ気持ちなんじゃない?」

「…………」

「わたしほど筒六の気持ちを理解出来てないかもしれないけどさ、心配してるのは本当だと思うよ?」

「でも私、鷲宮先輩に放っておいてって、構わないでって言っちゃったし……」

「筒六はあいつから心配されたくないの? 迷惑?」

「……わからない」

否定は、しないんだな。

「半々かもしれない」

「なにとなにが半分なの?」

「迷惑って気持ちと嬉しいって気持ち」

半分でも、嬉しいという感情を持ってくれていたことに、俺は少しだけ気持ちが晴れやかになる。

「なにも知らないくせに余計なお節介って思っちゃうの。でも、私のこと気にかけてくれて嬉しいって気持ちにもなる。だから、自分でも鷲宮先輩に対して、どう接していいのかわからない。それに嬉しいって気持ちをさらけ出して、鷲宮先輩に嫌な顔されないかって……」

「なんで嫌な顔するって思うの?」

「私が今まで鷲宮先輩に対して、そういうのを正直に出したことないから……」

「そんなこと心配しなくても大丈夫だって」

「そうかな……」

「そうだよ。だって、あいつ単純そうな顔してるじゃん?」

鈴下め~、俺がいないのをいいことに、滅茶苦茶に言いやがって……。

「そんなあいつだから、きっと気持ちも単純だよ」

「…………」

「筒六のこと、なんとかしてあげたいって、ただそれだけを思ってるんじゃないかな?」

「…………」

「あいつのこと、一度くらいはちゃんと受け止めてやってもいいんじゃない?」

「鈴ちゃん……」

「もし、あいつがなにかしでかしたら、わたしのとこに来てよ。生き地獄を見せてあげるから」

こえー……鈴下が言うと冗談に聞こえない……。

「ふふっ……ありがとう、鈴ちゃん」

話が終わったみたいだし、場所を変えるかもしれない。俺もそろそろ帰らないと、紗智に怒られちまう。


ほどなくして、自宅のリビングに戻ると、紗智はテーブルに肘を付いて、俺の帰りを待っていた。

「誠ちゃん、どこ行ってたの?」

「ん? お前の奇妙な歌に洗脳されないよう、避難してたんだ」

「奇妙な歌ってなんだよー。あたしが作った、お料理が美味しくなる歌なのにー」

「そうか。歌詞はそのままでいいから、曲調だけ変更することをおすすめする」

「頭に染み込んでるから無理だよー……あ、そうだ」

「どうした?」

「ごめん、誠ちゃん。明日はお父さんとお母さんと一緒に出かけないといけないから、明日の晩ご飯はどうにかして?」

「ああ、わかった」

明日の晩飯はカップ麺に決定だな。


夕食を終え、紗智が帰宅した後、俺は自室の布団に横たわる。

「ふう……」

鈴下が昼休みに言ってたのは、ああいうことだったのか。それにしても、鈴下も仲野も2人だけのときはいつもとえらい違ったな。本当にお互いのことを信頼し合ってる親友なんだな。鈴下のおかげで俺も勇気が湧いてきた。まずは、仲野に謝らないとな。迷惑だって気持ちもあるって言ってたんだから、当然だ。その上でもう1回、仲野の悩みを聞いてみよう。それで少しでも嫌な顔を見せたら退こう。過度な親切は逆効果なんだ。

「鈴下が手伝ってくれたんだから、後は自分を信じるだけだ」

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