筒六ルート8話 幼馴染の気遣い

翌日の昼休み、俺は仲野に話を聞くため、中庭へ向かった。

「よお、仲野」

いつものベンチで、いつものように昼食中の仲野へ近づき、コンタクトをとる。

「なんですか?」

「隣いいか?」

「……どうぞ」

仲野の許可をもらい、俺は隣に着席する。

「昨日、部活休んだのか?」

「休みましたが、なにか?」

「具合でも悪かったのか?」

「いえ、別に」

「なにか用事があったのか?」

「どうして鷲宮先輩に、そんなことを言わなくてはいけないんですか?」

「言いたくないならいいけど、仲野が水泳休むなんて珍しいと思ったから聞いただけだ」

「鷲宮先輩には関係ありません」

「気にするぐらい、いいだろ?」

「…………」

「部活でなにかあったのか?」

「…………」

「それとも――」

「いい加減にしてください」

仲野は口調は冷静だが、低い声を出し、苛立ちをあらわにする。

「…………」

「鷲宮先輩には関係ないって言ってるでしょ」

「…………」

「私……教室戻ります」

仲野は食べかけの弁当をしまい、その場から早歩きで立ち去る。

「仲野……」

どうしちゃったんだよ……。


「…………」

今日の昼休み以降、俺は自分でもわかるぐらい俯き気味だった。原因はもちろん、仲野のことだ。そのことばかりが俺の思考を支配している。それは今、紗智との夕食時でも、その状態なのは言うまでもない。

「いっただきー!」

俺は突然の紗智の大声に反応し、バッと紗智のほうを見る。

「あ?」

「もう返さないよ~?」

箸で掴んだエビフライをひらひら見せつけながら、得意顔をしてやがる。

「返せ」

「無視する誠ちゃんが悪いんだよ~」

「無視? 俺が?」

「さっきからずーっと、ずうーっと! 話しかけてるのに、全然答えてくれなかったじゃん! はむっ!」

紗智は箸で掴んだエビフライを勢いよく、口へ放り込む。

「あ、俺のエビフライを――」

「どうしちゃったの?」

「なにが?」

「あたしのセリフ。少し前から様子おかしいよ?」

「…………」

「筒六ちゃん?」

「なぜわかった?」

「だって、この前筒六ちゃんがなにかに悩んでるんじゃないかって、言ってきたじゃん」

「そうだったな」

「なにかあった?」

「……なあ、紗智?」

「なに?」

「自分がなにかに悩んでて、誰かが相談に乗ってくれそうだったら、嬉しいか?」

「え、そうだなあ……。基本的には嬉しいけど、相手によるかも」

「相手?」

「悩みの相談って要するに自分をさらけ出すってことでしょ? だから、そういうのは気の許せる相手がいいかな」

「気の許せる相手……」

「異性だったら尚更かな。あたしは誠ちゃん以外はありえないけど……さ?」

「そうか……」

仲野にとって俺は――

「……誠ちゃん」

「ん?」

「大丈夫だよ」

「え?」

「今見えてる部分が全てじゃないと思うよ?」

「…………」

「そのときの感情ってあるでしょ?」

「でも……」

「心配なんでしょ?」

「まあ……」

「なら、その心配しているって気持ちをぶつけちゃえばいいんだよ」

「…………」

「悪い方向にばっかり考えてたら、なにも進まないし、自分がビクビクしてたら相手にもそれが伝わって、余計不安にさせちゃうよ」

「…………」

「もし不安なら、これまでのこと思い出してみて」

「これまで……」

「そう。これまで相手が誠ちゃんに対してどう接してきたか。どういう反応をしてきたか」

俺に対しての仲野の反応……。

「それを思い出せば、相手が誠ちゃんにプラスなのかマイナスなのか、どっちの感情を持っているのかわかると思うよ?」

「…………」

「あたしに言えるのはこれだけ。後は誠ちゃんがどうするかだよ?」

「ああ」

「さ、話が終わったところでご飯食べてしまおうよ」

「紗智」

「なに?」

「……ありがとうな」

「いいって。誠ちゃんは昔からそうなんだから」

「なんだよ、それ?」

「んーん、なんでもないよ。あ、これ返すね」

紗智は自分の皿に残されていたエビフライを俺の皿に移す。

「これ……」

「誠ちゃんのエビフライはあたしを無視した罰だけど――」

「…………」

「あたしのエビフライは誠ちゃんがあたしに相談してくれたお礼」

「それ、お礼するほどのものか?」

「するほどのものだよ。だって――」

「だって?」

「自分が気にかけてる人が心を開いてくれたら、嬉しいでしょ?」

「……そうだな」

「ほら食べよ? 早くしないと、またエビフライとっちゃうぞ~?」

「させねーよ。これはもう俺のもんだ」

「えへへ、隙を見せたら、パクリといっちゃうからね?」

紗智……ありがとうな。


紗智が帰ったあと、俺は自室で紗智の言葉を思い出していた。

「すう……はあ……よし!」

紗智の言う通り、不安がってても仕方ない。俺の気持ちを仲野にぶつけるしかないんだ。今までの仲野は俺を小馬鹿にしたような接し方だったけど、それは俺のことを蔑んでいるからではない。あれは仲野なりのコミュニケーションなんだ。その証拠に俺を弄っても、最後にはちゃんとフォローを入れてくれる。素直に自分の気持ちを表現できない性格なのかもな。それなら尚の事、自分から悩みを相談してくるなんてことはしないだろ。関係ないって、また言われてしまうかもしれないけど、それでも俺は仲野のことが心配だし、放っておけない。率直に仲野に話を聞くしかない。回りくどいやり方が出来るほど、俺は器用じゃないし、そんなことしても勘のいい仲野のことだからすぐに気づかれる。そっちのほうが不信感を抱かれるだろうしな。こんな風に思えるのも、紗智のおかげだな。お礼に今度なんかおごってやるか。ともかく明日の昼休み、また仲野に会いに行かなくちゃ。

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