鈴ルート21話 雨と涙と体温と

俺は家を出て数分してから、自分の体が濡れていることに気づいた。

「しまったな……」

鈴を追うことしか考えてなかったせいで傘を忘れた。かといって、取りに戻ってたら、鈴が遠くへ行く時間を作ってしまう。

「えーい! 雨を凌ぐことよりも、今は鈴だ!」

心当たりがあるとしたら、あそこしかない。


「いない……」

まず出向いた場所は、やはりゲーセンだ。雨でびしょ濡れになっている俺へ視線を送る奴らがいるが、そんなこと微塵も気にならなかった。くそ……鈴がいそうな場所をここしか思い浮かばない自分が憎たらしい。俺は鈴のこと、なにも知らねえじゃねえか。

「どこにいるんだ、鈴……」


俺はゲーセンを出て、商店街の表通りへ。ゲーセンにいないとしたら、後はどこだ……? 神社には行かねえだろうし、公園は可能性ありそうだけど……まさか学園に戻ってるってことはねえよな。こうなったら、全部見て回るしか――

「…………」

その時、トボトボと歩く1人の見慣れた少女を見つける。

「り、鈴……!」

「――!」

「待て、鈴!」

俺の姿を見るなり、走り去ってしまう。鈴も傘を持っておらず、ずぶ濡れだった。

「鈴! 待てよ、鈴!」

「うるさい! こっち来ないでよ!」

そういうわけにいくか! そっちがその気なら、止まるまで追うだけだ!


「鈴! 鈴!」

鈴を追って、公園まで来ていた。この雨で公園に人はいない。

「なによ! もうついてこないでよ!」

「いいから! まず止まれって!」

もうそろそろ体力の限界だ。さっきより、走るスピードも落ちてきているし、このままじゃ――

「…………」

止まった……!

「はあ、はあ、はあ……り、鈴」

「…………」

ゆっくりと俺の方へ振り向く鈴。

「お、俺の話を……はあ、はあ」

息が上がって、上手く喋れない。

「あんたの話を聞いて、一体なにになるっていうのよ」

「鈴……」

「あいつもあんたも、わたしを騙してたんでしょ!」

「違う」

「2人で協力して、わたしを懐柔させようって、そういう腹積もりでしょ!」

「違う!」

「なにも違わないじゃない! 最初、わたしにあいつと話し合いさせようとしたのも、そういうことなんでしょ!」

「違う!」

「どう違うっていうのよ!」

「…………」

「2人でわたしのこと騙して、納得させようとしたんでしょ?」

「そんなことするわけないだろ」

「嘘言わないでよ!」

「嘘なんてついてない」

「じゃあなんで、あいつは結婚しようとするのよ!」

「それは……」

「私のこと、あいつに話したんでしょ? なら、なんで止めてくれないのよ!」

「全部……聞いてたのか?」

「やっぱり、話したんだ」

しまった……。

「でも、誠はあいつの結婚を止めてくれないんでしょ?」

「…………」

鈴太郎さんの気持ちを知ってしまっている以上、そんなことないとも言えない。

「それどころか、私をどう納得させようか、2人で話し合っていたんでしょ?」

「それは違う」

「なら、2人でなにを話してたのよ?」

「鈴と鈴太郎さんのことを聞いてたんだ」

「わたしとあいつのこと?」

「それでわかったんだ」

「なにがよ?」

「鈴は鈴太郎さんの子供だし、鈴太郎さんは鈴の親なんだって」

「なにそれ」

「鈴太郎さんは、鈴のことを考えない日はなかったって言ってるぞ」

「そんなのに騙されるわけないでしょ」

「鈴太郎さんは後悔していた」

「え……」

「自分の行動が、鈴に不快な気持ちを与えてしまったって。鈴のためにしようとしたことが、鈴の負担になってしまったって」

「わたしのためって、どういうことよ」

「母親の愛情を欲しているんじゃないか心配だったようだ」

「そんなの……自分の母さんじゃないと嫌よ」

「だから、それを知って後悔していたんだ。それに鈴は、その女性との時間を作るために自分の時間を割いたって言ってたよな?」

「だって、そうでしょ」

「実際は仕事が忙しかったんだ。その時期はその女性とも会ってないって言ってたぞ」

「そんなの本当かどうかわからないじゃない」

「鈴太郎さんもそう思われても仕方ないって言ってた」

「…………」

「自分がその女性とホテルへ行った日、その日だけは確かに、鈴の言ってる理由で間違いない。でも、その日以外は本当に違うんだ」

「そんなこと言われて、素直に信じるわけないじゃない」

「…………」

「あいつはわたしも母さんも捨てた。わかるのはそれだけよ」

「…………」

「わたしの寂しい気持ちなんて考えてない」

「鈴……」

「く……うう……」

鈴は泣きそうになっている自分を見られたくないのか、咄嗟に後ろを向いた。

「あいつにとって、私なんて……」

「鈴……」

「あんたも……そうなんでしょ!」

「…………」

「わたしがこうやってダダこねるから、それを鎮めたいだけでしょ!」

「鈴……」

「こっちに来ないでよ!」

「…………」

「もう誰も信用出来ない……」

「鈴ってさ――」

「話しかけないでって――」

「鈴太郎さんに、絵を描いてあげたんだって?」

「え……」

「今の鈴からは想像出来ないくらい、下手だったけどな」

「なんで……それを……」

「鈴太郎さんな、鈴からもらった自分の絵を今でも大事に持っていた」

「…………」

「それを俺に自慢気に見せてきてさ。どこへ行くにも持ち歩いてるって言ってたぞ」

「そんなこと……」

「鈴の次に大事だって、言ってたぞ」

「なんでそんなことするのよ……。だって、あいつはわたしのこと……」

「決まってるじゃねえか」

「…………」

「それだけ鈴のことを想っているからだよ」

「う……うう……」

俺は鈴を後ろから、そっと抱きしめる。

「それだけ鈴のことが大事なんだ」

「うう……ううう……」

「それは鈴太郎さんだけじゃない。俺だって、一緒なんだ」

「う、ううっ……うそ、言わないでよ……」

「嘘じゃない。鈴太郎さんも俺も、ずっと鈴のことを考えている」

「ぐすっ、ひっく……」

「鈴だって、本当はそうなんだろ?」

「うううっ、うわあ……あ……」

「じゃなきゃ、そんな涙は流せないはずだ」

「うわあああん!」

「よしよし……」

「わたし、ずっと寂しかった……」

「うん……」

「母さんもいなくなって、ずっと近くにいたあいつも離れていって……」

「…………」

「なら、もう1人でいいやって思ってた……」

「…………」

「でも、あんたと……誠と出会って、やっぱり1人は嫌だって……そう思うようになって……」

「鈴……」

「だから、誠までわたしの傍から離れてしまったら……そう思ったら、もうどうすればいいかわかんなくなって……」

「ごめんな、鈴……」

「もう嫌なの、自分の大事な人が離れていくのは……」

「…………」

「いなくならないでよ……近くにいなきゃ、やだよ……」

「安心しろ、鈴。いなくなったりしない。ずっと鈴の傍にいる」

「もう寂しい思い……したくないよぉ……」

「鈴……!」

俺は鈴の気持ちに応えるべく、強めに抱きしめる。

「鈴のこと、絶対に離さない! 俺が寂しい思いなんてさせない!」

「誠……誠……!」

「だから、安心してくれ」

「う……う……うわああああん!」

鈴の大きな泣き声は、土砂降りの雨音にかき消されていた。でも、俺の耳にだけは、それがしっかりと聞こえていた。誰よりも鈴の近くにいる、俺だけには。

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