鈴ルート19話 今できること

「…………」

俺は自分で思っていたよりも、心へのダメージが大きいようで、起きたときから登校して、こうやって教室に着いてからも、明るく振る舞えずにいた。

「あの……鷲宮さん?」

「……なんだ?」

「その……お元気ですか?」

「この状態が元気に見えるか?」

机に突っ伏したまま、三原の質問に答える。

「すみません……」

「ちょっと誠ちゃん! そんな言い方ないでしょ! 麻衣ちゃん、かわいそうじゃん」

「いえ、気分を害するようなこと言った私が悪いんです」

「……鈴ちゃん、誠ちゃんの家にいなかったけど、なにかあったの?」

「…………」

「別に内容まで聞く気はないけどさ、鈴ちゃんは大丈夫なの?」

「自分の家に帰っただけだよ」

「それならいいけど……」

「心配かけてすまんな。悪いけど、今は1人で考えさせてくれ」

「……わかった」

本当にすまない、紗智、三原……。


昼休み、教室の雑多な話し声をうるさく感じた俺は、紗智と三原に断りを入れて、1人の時間をもらうことにした。

「…………」

鈴が家に帰ったのは多分いいことなんだろうけど……俺のせいでまた鈴を悩ませてしまった。また学園で会える日は来るのかな。このまま、学園からフェードアウトするなんてことになったら……。

「そんなの嫌だな」

悪いことばかりが頭をよぎってしまう。屋上で冷たい風に当たって、頭を冷やすか。


屋上に着いた俺は目を疑った。

「…………」

「鈴……」

驚きを隠せない。まさか登校してたなんて……。

「鈴、どうして……」

「来てたらダメなの?」

「いや、そんなことはないが……家に帰っててよかったよ」

「あいつから聞いたの?」

「ああ、電話で聞いた」

「そ……」

「お父さんとなにか話したのか?」

「別に……」

「でも、家に帰ったってことは――」

「うるさいなあ……」

「な、なんだよ、その言い方……」

「もういいでしょ? 放っておいてよ」

「そんなわけにいかねえよ。鈴のこと心配して――」

「それが迷惑だって言ってるの!」

「な……」

「もう話しかけないで」

「あ、鈴……!」

振り向くことなく、鈴は屋上から去ってしまった。

「やっちまった……」

鈴が登校してたことに舞い上がって、踏み込んでしまった。昨日、鈴太郎さんにあまり刺激しないほうがいいとか言っておきながら、自分でそれを破るなんて、アホとしか言いようがない。もし、これでまた悪い事態になってしまったら……。

「くそ……」

拳を握り締めることしか出来ない自分に腹が立った。


屋上から下りてきた俺はため息を吐きながら、アテもなく廊下を歩いていた。

「はあ……」

これからどうすりゃいいんだ……。自分のせいでもあるが、最悪の方向にばっかり進んでいく。

「鷲宮君?」

「うわっ! ……会長? いつそこに?」

「ずっとここに立っていたぞ。君が通りかかったから、声をかけたんだ」

「あ、そうですか……」

「そんなに俯いているから、周りに注意が向けられなくなるんだぞ」

「すみません……」

「なにかあったのか?」

「……俺、わからなくなって」

「わからない?」

「自分がしてきたことは、果たしていいことだったのかって」

「…………」

「明らかに事態が悪い方向に進んでいるんです。それも俺のせいで」

「…………」

「もうどうすればいいかわからなくて……」

「悪い方向に進んでいると、なぜ断定出来る?」

「だって、今の状況は最悪なんですよ。出口が全く見えないんです」

「それは今の状況だろう? まだ結果は出ていないんじゃないか?」

「でも、ここから良い結果が出せるなんて……」

「なら諦めるか?」

「それは……」

「君の言動は、早く楽になりたいとしか聞こえないが?」

「…………」

「諦めるのもよかろう。それも1つの手だ」

「…………」

「だが、それを行うのであれば、後のことを考えてからにするべきではないか?」

「後のこと……」

「諦めた末に納得出来る未来があるなら、それでいい。しかし、諦めた末に後悔の残る可能性が少しでもあるなら、決断を待ったほうがいいんじゃないか?」

「諦めた末の……未来」

「なにがあったかは聞くまい。しかし、君は今出来る最良の選択をしたのだろう?」

「そのときはそうでした。でも、今考えると……」

「過去を変えることは出来ん。そして、未来も予測出来ん。であれば、その時その時に自分が良いと思う選択をすることが、最も理想とする未来へ近づくとは思わないか?」

「理想とする未来……」

「その前にはいくつもの難敵が現れるであろう。それらを退けた後に、さらなる難敵が待ち構えているとなぜ言える?」

「…………」

「その先は地獄か極楽か。行ってみなければわからないと思わないか?」

「会長」

「ん?」

「ありがとうございました」

「なに、私は少し例え話をしただけだ。感謝されるようなことではない」

「……失礼します」

「そうだ、鷲宮君」

「なんですか?」

「時には間接的な方法を用いることも大事だよ」

「はい」

「引き止めてすまなかった。ではな」

「間接的な方法か……」

なにを弱気になっていたんだ。自分のせいで今の状況になったんなら、自分でケリをつけないとダメだろ。


「やー、そろそろテスト始まるし、大変だよー」

「普段から取り組んでいるとはいえ、いざテストとなると油断は出来ません」

「ね、今度勉強会しようよ?」

「それはいいですね。そのほうがお互いの得手不得手も補いあえると思います」

「ねえ、誠ちゃんはどうする?」

「あ、悪い。聞いてなかった」

放課後になって、紗智と三原と一緒に下校しながらも、ずっと会長の言葉を考えていた。そのせいで、2人の話が耳に入ってきてなかったと同時に、もう校門付近までたどり着いていることすら、気付かなかった。

「だーかーらー、勉強会を――」

「鷲宮せんぱーい!」

紗智が言い直そうとしたとき、仲野が後ろから走ってきた。

「仲野?」

「はあ、はあ、捜しました」

「筒六ちゃん、誠ちゃんになにか用なの?」

「はい、あの――」

仲野の態度でなんとなく話の内容を察することが出来た。

「紗智、三原、悪いが先に帰っててくれ」

「……うん、わかった」

「すまんな」

「麻衣ちゃん、帰ろ?」

「はい。筒六さん、鷲宮さん、それではまた」

「はい……さようなら、紗智先輩、麻衣先輩」

紗智と三原を見送って、改めて仲野に話を聞いた。

「それでなにか用か?」

「鈴ちゃんが今日、学園に来たんですよ!」

「ああ、昼休みに会った」

「先輩、そのときに鈴ちゃんとなにかありましたか?」

「ああ、少しな」

「だからか……」

「鈴がどうかしたか?」

「昼休みに教室へ戻ってきて、早退しちゃったから、先輩ならなにか知ってるかなって思って」

「……すまない」

「鈴ちゃん、今はどうしているんですか?」

「今は実家に戻っているよ」

「本当ですか!? それは良いことですね」

「そう一概にも言えないんだ」

「なぜですか?」

「なんというか、今の鈴は不安定なんだよ」

「不安定……」

「実家へ戻ったのも、もしかしたら気まぐれみたいなものかもしれないし、良いかどうかはまだ判断出来ない」

「そう、なんですか……」

「でも、絶対に良い方向にいくようにする」

「先輩……」

「だから、安心しろ。きっと元の状態に戻るから。それまで申し訳ないが、我慢しててくれ」

「お願いします、先輩」

鈴のことを心配する仲野。俺のことを心配してくれる紗智と三原。俺と鈴だけじゃない。周りを取り巻く人たちに、これ以上心配させないためにも俺がしっかりしなくちゃ。


夜、1人になってから俺は自宅の電話の前に立った。

「…………」

俺は昨日、手渡されたメモ紙に書かれた電話番号に電話をかける。

「もしもし、鈴下です」

「こんばんは、鷲宮です」

「鷲宮君か。どうしたね?」

「あの、鈴は帰ってきてますか?」

「ああ、帰ってきているよ。相変わらず、部屋に篭っているけどね」

帰っててよかった。

「今日、登校していたの知ってますか?」

「知っているよ。今朝、鈴のことで学園へ電話したときに聞いた」

「早退したのも知ってますか?」

「それは知らなかったな。なにかあったのかい?」

「昼休み、俺とちょっと揉めてしまって」

「そうか……」

「すみません。昨日、電話で刺激しないほうがいいって言っておきながら、登校していた喜びでつい……」

「なってしまったことを、とやかく言っても仕方がない。そのことで電話を?」

「いえ、それだけではないんです」

「本題があるようだね?」

「はい。明日、時間ありますか?」

「明日は半休だから、午後からなら時間取れるよ」

「俺は授業があるので、夕方から会えませんか?」

「構わないが、なにか急用かな?」

「少しお話したいことがあって」

「……わかった。では明日の夕方、君の家に伺おう」

「俺がお願いしたんですから、俺が行きますよ」

「話というのは鈴関係だろう? 私たち2人が話しているところを見られては、さらなる不信感を抱かれるかもしれない」

「それは……そうかもしれませんね」

「私のほうが出向くよ」

「こっちからお願いしたのに、すみません」

「気にしないでくれ。それではまた明日」

「はい。よろしくお願いします」

ツーツーと通話が終了する音を聴いて、俺は受話器を置いた。

鈴のことをどうにかするには、まず聞いておかなくちゃいけない。鈴と鈴太郎さんの間でなにがあったのか。原因自体はわかっているが、鈴の鈴太郎さんへの気持ちと、鈴太郎さんの鈴への気持ちにここまでの齟齬が生まれているのはなぜなのか。なぜその原因が出来てしまったのか。それを知るには鈴の気持ちだけでなく、鈴太郎の気持ちを知る必要がある。鈴が鈴太郎さんに自分の気持ちを明かさないのなら、それを知っている俺が鈴太郎さんの気持ちを聞いて、照らし合わせるしかない。それで全てが明らかになるかはわからないが、今出来る最善の方法はこれしかない。

「後は結果が良い方へ傾くのを願うだけだ」

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