鈴ルート18話 好きな理由

俺と鈴太郎さんは少し遅れて、家を飛び出した。

「二手に分かれよう。そうだな……20時までに見つからなかったら、商店街で落ち合おう」

「わかりました!」

鈴、変な気でも起こさないといいけど……。時間帯は夕方だが、すでに日は傾き始めていた。


俺はまずゲーセンへと足を運んだが――

「いないか……」

心当たりがあるとしたら、ここなんだけど……いないみたいだな。

「となると、断定が難しい……」

どこへ行ったんだ……。


「鈴太郎さん!」

「鷲宮君……鈴はいなかったか」

「はい……」

結局、20時まで探し回ったが鈴は見つからず、指定の場所で鈴太郎さんと落ち合った。

「そうか……。なら、ひとまず自宅へ戻ろう。もしかしたら、すれ違いで帰っているかもしれないからな」

「そうですね……」

「これ、私の家の電話番号だ。君のも教えてくれないか?」

「はい」

手渡されたメモ紙に、自宅の電話番号を書き記す。

「もし、鷲宮君の家に帰っていたら、連絡してほしい。私も……家に帰ってきていないだろうが、いたら連絡するよ」

「わかりました」

「それでは、今日はすまなかったね」

「いえ、こちらこそすみませんでした」

「鷲宮君はなにも悪くないよ。それじゃ」

「…………」

鈴、どこへ行ったんだ。鈴太郎さんの言う通り、すれ違いになったのかもしれないな。一旦、家に帰るか。

「……もう一度だけ、ゲーセンに行ってみよう」

それこそすれ違いで、今いるかもしれない。


時間も時間だし、ゲーセンの客層は大人が多かった。まして、女性客はほとんどいない。だからこそ、目立っていた。

「…………」

鈴はそこにいた。格ゲーの筐体に座り、時折現れる乱入者をいとも簡単に倒している。その腕前だけは、どんな状態でも発揮されるんだな。

「鈴……」

俺はそんな鈴の背後から、声をかける。

「――っ!?」

「待てって!」

再び逃げ出そうとした鈴の腕をがっしり掴み、阻止する。

「離してよ」

「逃げないなら、離す」

「…………」

「おい、なにやってんだ! 対戦中に放置プレイしやがって! やる気あるのかよ!」

筐体の向こう側から、対戦者らしき男の怒号が聞こえてくる。すまないが、こっちは今それどころではない。

「悪い、事情があるんだ。抜けさせてもらう!」

「ちょ、勝手に――」

「行くぞ」

「だから、離してってば」


俺は鈴を連れて、公園へ来た。

「…………」

「こんなところに連れてきて、どうするつもりよ」

「どこ行ってたんだ?」

「……別に、その辺をブラブラしてただけよ」

「心配したんだぞ」

「…………」

「鈴太郎さんと俺で探し回ってたんだ」

「…………」

「でも、見つかってよかったよ」

「言いたいことはそれだけ?」

「……なんであのとき、出て行ったんだ?」

「…………」

「…………」

長い沈黙が続く。鈴は口を開こうとしてはためらう様子を何度か見せるが、一向に言葉は発しない。

「…………」

「……今すぐ言えないなら、別に構わない」

「…………」

「これからどうするんだ?」

「……わからない」

「…………」

「わたしもどうしていいか……わからないの……」

「鈴……」

「わたし、どうすればいいと思う?」

「それは……」

「……わたしも、ゲームのキャラクターみたいに強くなれたらいいのに」

「どういうことだ?」

「あいつと仲違いしてから、もうなにもかも嫌になった。この世に楽しいことなんて1つもない。そう思ってたの」

「…………」

「そんな時だった。わたしがゲームをやり始めたのは」

「なんでゲームをやり始めたんだ?」

「最初は全く興味なんてなかったけど、家にいたくなくて暇つぶしにやってみたの。そしたら、知らないうちにハマってて、お金が尽きるまでやってた。感動したわ。あんなにちっちゃなキャラクターたちが、たくさんの敵に立ち向かっていく姿。ステージを進むごとに現れる色んな世界。ハッピーエンドで終わるストーリー。自分の力で世界を救ったんだという達成感。どれをとっても、わたしの心を満たしてくれた」

「…………」

「ゲームをしてたら、まるで自分自身も強くなったように感じるの。でも、そうじゃないのよね……」

「…………」

「ゲームでいくら強くったって、現実はなにも変わらない。自分を慰めてるだけなんだ」

「それは違うぞ」

「え……」

「そう思っているんなら、自分も強くなればいいだろ」

「……出来ないわよ」

「いや出来る」

「……バカじゃないの。ゲームと現実を一緒にしないで」

「一緒にするつもりはない。でも、ゲームだけ強くて、現実は弱いなんてことはないんだ」

「だから、出来ないわよ」

「鈴は出来ないんじゃない。してないんだ」

「…………」

「違うか?」

「それは……」

「誰だって悩みはある。でも、みんなそれを抱えながら、自分のやらなくちゃいけないことをしてるんだ」

「……誠まで、そんなこと言うの」

「え……?」

「あいつも学園の教師たちも全員一緒。『みんなやってる』、『みんな同じ苦労をしてる』。そんなんばっかり……!」

「鈴……」

「みんなやってるからなによ!? わたしも同じようにやれっての!?」

「それは……」

「そんなことわかってるわよ! みんなやってることなんだから、自分だってやらなくちゃって、わかってるわよ!」

「…………」

「そう出来るんなら、やってるわよ……」

「鈴……」

「出来るんなら……こんなことになってないわよ!」

「り、鈴……!」

しまった……! 完全に力を緩めてしまっていたせいで、簡単に振りほどかれてしまった。

「鈴……くっ……」

そうだよな……。鈴の言う通りだ。俺はずっと一緒にいたのに、なんでそんなこともわからなかったんだ。『みんなしている』と『誰でも出来る』は違うんだ。だから、鈴はあんなに悩んでいるのに……。そんなことにも気づけないなんて……恋人失格だな。もうゲーセンには戻らないだろうし、とりあえず一度、鈴を見つけることは出来た。鈴太郎さんへ連絡するためにも一旦、家に帰るか。


自宅のリビングの状態は、出て行ったときとなにも変わりなかった。

「やっぱり、ここにも帰ってないか……」

あんなことがあった後だから、当たり前だろうけど。

「ん?」

家の電話が通知音を鳴り響かせる。誰だ、こんな時間に?

「もしもし、鷲宮ですが?」

「もしもし、鷲宮君かい?」

「その声、鈴太郎さんですか?」

「そうだ。実はさっき、鈴が家に帰ってきてな」

「え! 鈴が!?」

「ああ。まあ……押し黙ったまま、部屋に閉じこもってしまったんだけど」

「……少し前に俺、鈴と会ってたんです」

「そうなのかい?」

「はい。でも、怒らせちゃって……家に帰ってるのなら、安心しました」

「なにかあったのかい?」

「鈴……鈴さんは――」

「鈴で構わないよ」

「……鈴は自分のことで相当悩んでいるみたいなんです」

「自分のことで?」

「……ともかく、今は鈴のこと、あまり刺激しないほうがいいかもしれません」

「そうだね。学園には私から言っておくよ」

「ありがとうございます」

「お礼を言いたいのは私のほうだ。君のおかげで、曲がりなりにも鈴が家に帰ってきてくれたんだ」

「でも……」

「今日は君も疲れただろう。今は休んだほうがいい」

「はい……」

「では、また」

「…………」

本当にこれで良かったんだろうか。もしかして、俺は誤った選択をしてしまったんじゃないか。俺が鈴に鈴太郎さんと話してみないかって言わなければ、こんなことにはならなかったんじゃ……。

「なにが正解だったんだ……」

どう考えても、なにもわからない。疲れているのかもな。鈴太郎さんも休んだほうがいいって言ってたし、とりあえず今日は寝よう。そう思って、自室のドアを開けると、不思議な光景が広がっていた。

「なんだ……これ?」

床には複数の紙が散らばっていた。

「これ……」

紙には全て同じような絵が描かれていた。

「鈴が描いた絵だな」

前見たときはなんの絵かわからなかったが、今はわかる。

「この絵……鈴太郎さんだ」

髪型や輪郭、シワにいたるまで本人そのものだった。でも、なんで鈴太郎さんの絵を……。

「これ……なんだ?」

床にはイラストの他に少し色褪せたおもちゃのネックレスも落ちていた。

「これも鈴のかな?」

こんなもの持ってたなんて……壊さないように保管して、後で返そう。

「その前に、返せるようにしなくちゃな」

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