鈴ルート17話 真実への謝罪

「あたしたちは先に帰るね」

「さようなら、鷲宮さん」

「またな」

翌日の放課後、俺は1人、校門で鈴太郎さんが来るのを待つ。今日も来ることは知ってるからな。ここで待ってれば、会えるだろう。

「…………」

昨日、鈴が提示した条件は2つ。

その1、『そんなに自分が心配ならば、向こうから出向かせて』。

その2、『2人きりは嫌』。

その条件の下、決まったのは俺の家で、俺が立ち会うのなら話をする、ということだった。この際、話をしてくれるのならなんでもいい。これで少しでも先に進めることが出来ればいいんだけど。

「来た……!」

校舎のほうから鈴太郎さんが歩いてくる。その姿はやはりどこか寂しげだ。

「こんにちは」

「君は昨日の……えっと……」

「名乗るのを忘れていました。鷲宮誠です」

「鷲宮君か。今日はどうしたんだね?」

「鈴太郎さん、俺、謝らなきゃいけないことがあります」

「なにかな?」

「俺、実は鈴さんの恋人なんです」

「!?」

穏やかな表情をあまり崩さない鈴太郎さんだったが、さすがにこの一言には驚きを隠せないようだ。

「えっと、鷲宮君……もしかして、私をからかっているのかい?」

「いえ、本気です」

「…………」

「それで……鈴の居場所を知っています」

「本当かい!?」

「……はい」

「娘は今、どこに?」

「俺の家にいます」

「そうか。娘は元気にしているか?」

「はい」

「よかった。無事で、本当によかった」

「あの、鈴太郎さん……」

「なにかな?」

「鈴さんと話をしていただけないでしょうか?」

「娘と?」

「はい」

「しかし、娘は私のことを――」

「鈴さんにはすでに、俺から話をつけています。一緒に来てもらってもいいですか?」

「それはもちろんだが、相手にしてもらえるだろうか」

「大丈夫だと思います。でも、鈴さんが2人きりだと話はしないと言ったので、俺も同席させてもらいます」

「構わないよ。鈴と話が出来る、またとない機会だからね」

「それでは行きましょう」


「ここです」

いつもの下校ルートを鈴太郎さんと歩いて数分、自宅前に到着した。

「ここに……鈴が……」

「行きましょう」

「鷲宮君」

「なんですか?」

「君はどうして、私にこんなことをしてくれるんだ?」

「質問の意味がよくわからないのですが」

「君と鈴は恋人なんだろう? 鈴が嫌がることをしたくないと思うんじゃないかと思ってね」

「最初はそう思っていました。でも、このままじゃいけないし、それに……」

「…………」

「昨日、鈴太郎さんと話して思いました。どうにかしたいって」

「鷲宮君……」

「だから、鈴さんにも鈴太郎さんにも申し訳ないです」

「なぜだ?」

「これは俺のわがままだから。お節介って言われても仕方ないです」

「いや、君の行いは私にとって非常にありがたいよ。君がいなかったら、鈴と話し合うことすら出来なかっただろう」

「お礼を言われる筋合いはないですよ。それよりも、鈴さんの話を聞いてあげてください」

「ああ、わかった」

「では……」

俺と鈴太郎さんは深呼吸を一度して、家に入った。


「ただいま」

「お邪魔します」

「…………」

鈴はすでにリビングで待機していた。

「鈴……」

「…………」

しかし、鈴太郎さんのほうを見ようともしない。

「元気そうでよかった」

「……来たのね」

「…………」

ここからは親子の話だ。俺は固唾を飲んで見守るしかない。

「心配していたんだぞ」

「へえ、あんたでも心配するのね」

「当たり前じゃないか」

「でも気づくまで、随分遅かったじゃない? 学園からの連絡がうるさくて、仕方なく来たんでしょ?」

「それは……遅くなってしまったことは、本当に申し訳ないと思っている」

「言い訳しないんだ?」

「どんな理由があるにしても、遅くなったのは事実だ。それで鈴が不快な気持ちになったのなら、謝ることしか出来ない」

「謝れば許されると思ってるの?」

「そうではない。許しを請うてるわけではなく、私の気持ちを伝えたいだけなんだ」

「そんなのただの押し付けじゃない」

「…………」

ダメだ。鈴がなにかにつけて揚げ足を取るもんだから、話が一向に進まない。そこまで鈴太郎さんのことが嫌いなのか。

「だいたいさ、言い訳しないのって、なにか後ろめたいことがあるからじゃないの?」

「後ろめたいこととは?」

「例えば、遊んでたとかさ」

「おい、鈴――」

さすがに言い過ぎだと思い、介入しようとしたが、鈴太郎さんに手で制止される。

「後ろめたいことなんてない。仕事で出張に行かねばならなかったから、帰れなかったんだ」

「体のいい理由ね。所詮、娘より仕事のほうが大事なんだ」

「そういうわけではない。父さんが鈴のことを考えなかったことなんて一度もないぞ。だが、生きていくためにはやらねばならないことがあるんだ。どんな気持ちを抱いていようとそれをこなさねばならない。それが義務というものだ。だから、私は仕事で出張に赴いた。しかし、心は鈴のことでいっぱいだったのも事実だ」

鈴太郎さんの言葉を聞いて、ふと思い出される。

『誰しも事の大小はあれど、なにかしらの問題を抱えているものだ。それでも、自らがやらねばならぬことから目を背けず、生活している』

「…………」

昨日、会長が言っていたことが瞬時に頭をよぎった。鈴太郎さんはそれをきちんとこなしているんだ。それを知ったら、確かに今の鈴はただ逃げているだけだ。子供のようにわがままを言って、現実逃避しているだけだ。会長はこのことを言ってたんだ。情に流されているだけの俺にも、このことを教えようとしてたんだな。

「出張ね……。じゃあ、楽しめたでしょ?」

「楽しむ? なにをだ?」

「あの女と2人きりで、さぞ旅行気分を味わえたんじゃない?」

「鈴……やはり、あのときのことを……」

「どうなの? 娘のことなんて忘れるぐらい、楽しかったんでしょ?」

「……出張は私1人で行った。あの人は関係ない……」

「ふーん、なら、こんなところにいていいの?」

「なぜだ?」

「出張で会えなかったんでしょ? 早く会いたいんじゃないの? 愛しの彼女にさ」

「…………」

鈴の言っている女性っていうのは、この前の話に出てきた鈴太郎さんが実家に連れてきた人のことだろう。しかし、こんなことを言われているのに鈴太郎さんは全く怒りを表していない。強い人だな。

「ほら、早く行きなよ?」

「……私が1番大事なのは鈴だ。そんなことするわけない」

「……うそ」

「嘘ではない。私は――」

「じゃあ、なんで家にあんな奴連れてくるのよ!」

「だから、お世話になっている同僚で――」

「まだ嘘つくんだ?」

「本当だ。嘘では――」

「ふっ、ふふっ……」

「どうしたんだ……鈴?」

「鈴……」

鈴は笑っているが、目から涙を流している。それまで平然を保っていた鈴太郎さんも、鈴の状態に度肝を抜かれている。

「ふふっ、これがどうして笑わずにいられるのよ」

「鈴……」

「わたしが知らないとでも思ってるの?」

「――っ!?」

やめろ、鈴……。それは言ってはいけない……。

「だって、あんたさ――」

それだけはダメだ……!

「り――」

「あの女とホテルに入っていくの、わたし見たんだから」

「!?」

「く……」

言っちまった……。それだけは越えてはいけないラインかもしれないのに……。

「見てたのか……」

「どう言い逃れするのよ? 自分じゃなかったとでも言うの?」

「…………」

「なによ……なんとか言いなさいよ!」

「鈴、ちょっと落ち着けって……」

「誠は黙っててよ!」

「…………」

「鈴……」

「なに? どんな言い訳するの?」

「本当にすまない……」

鈴太郎さんはただ深々と頭を下げ、謝る。

「…………」

「謝って許されることではないが、私にはやはりこれしか出来ない……」

「なによ、それ……」

鈴は鈴太郎さんの姿を凝視している。

「なんで謝るのよ……」

「故意でないにしても、君を傷つけてしまったからだ」

「やめてよ……」

「…………」

「謝らないでよ……。言い訳ぐらいしてよ!」

「そんなことは出来ない。私は鈴を――」

「あんたが謝っちゃったら……認めなくちゃいけないじゃない……」

「…………」

「あんたが認めたら……自分すらも……」

「鈴――」

「うっ、ううっ……!」

鈴は勢いよく、リビングを――家を出て行った。

「待てよ、鈴!」

「…………」

「鈴太郎さん、追いかけないと!?」

「あ、ああ、そうだな」

「行きましょう!」

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