麻衣ルート8話 わがまま

「…………」

翌朝、麻衣はいつもの場所で俺を待っていた。なんだか表情が暗いな。

「おはよ、麻衣」

「あ、おはようございます……」

「どうした? やけに元気がないみたいだけど?」

「そうでしょうか?」

「うん」

「……だ、大丈夫です。大したことではありませんから」

「本当か?」

「はい……。急ぎましょう? 遅刻してしまいます」

「……わかった」

なんか釈然としないな。

「ん?」

「どうかされました?」

「麻衣のカバン――」

両手で抱えているそれはいつもより2倍ほど膨れていた。

「あ――」

ササッと、後ろ手にカバンを隠す。

「……なんでもありません」

「なんでもなくないだろ――もしかして……」

「…………」

「今日、時間割変更で体育あるの?」

「え?」

「体操服で膨れてるんじゃないのか?」

「変更はありませんよ。それに体操服はカバンに入れません」

「そういや、そうだな」

俺は分けるの面倒だから、カバンに押し込めちゃうけど。

「なら、それどうしたんだ?」

「お気になさらずに」

「そうは言ってもな――」

「本当に……なんでもありませんから」

「……そうか」

「…………」

なんか今日の麻衣はおかしいな。家でなにかあったのか?


麻衣と一緒に教室に着くと、紗智は自分の席から手を振って出迎えてくれた。

「おはよー、麻衣ちゃ――あれ?」

「おはようございます」

「どうしたの、そのカバン?」

「え、あの、これは……」

気になるよな。教科書やノートであんなに膨れることはまずないからな。

「なんでもありません……」

「そ、そう?」

「はい……」

紗智にも言えないことなのか。

「……あ、そういえば、昨日の数学の宿題難しくなかった?」

「そ、そうですね。公式をうまく応用しなければいけませんでしたから」

「ちょっと待て、数学の宿題ってなんだ?」

「昨日、プリントもらったでしょ? 忘れたの?」

「えーと……ちなみに期限は?」

「今日の数学の授業までです」

「一発目の授業じゃん!?」

「やってないの?」

「プリントはある」

「中身は?」

「白紙」

「はあ……」

「あの……よろしければ私のお見せしましょうか?」

「いいのか!?」

「はい」

「助かったぜ」

「ちょちょ、麻衣ちゃん、ダメだって。1回見せたら、味をしめるんだから」

「そこの女学生、言いがかりはやめたまえ」

「まあまあ、紗智さん。今回は誠さんも故意ではないみたいですし、大目に見てください」

「麻衣ちゃんがそう言うなら、いいけどさ」

「わかったら、ちと静かにしてくれ。集中できん」

「ぐぬぬぬ……」

「誠さん」

「すみません……」

俺の名を呼んだだけで俺へのたしなめだと感じ取れた。この迫力は父親譲りというわけか。紗智なんて相手にしてる場合じゃなかった。早くしなければ、数学の授業までに間に合わん。


なんとか授業までに宿題を終わらせた俺は無事平穏にその日の放課後を迎えることができた。

「それじゃ、麻衣ちゃん。週明けにね」

「はい、さようなら」

「誠ちゃん、週明けまでの宿題はちゃんと自分でしなきゃダメだよ?」

「わーってるよ」

「また後でね」

紗智が教室から出て行くまで、俺はジト目で睨んでやった。

「紗智さんは誠さんを思ってのことですよ?」

「わかってるって」

見られてた……。

「さ、俺たちも帰ろうぜ」

「はい」


「今日は麻衣のおかげで助かったよ。ありがとうな?」

校門を出て、少ししてから俺は今朝のお礼を述べる。

「いえ、誠さんの力になれるのでしたら」

「次からは気をつけるよ」

「はい」

「…………」

「…………」

うーん、なんだか今日は話題が切れちゃうな。今朝から少し様子が変だし、どうしたんだろ。

「あの……」

「なんだ?」

「もし……もし、誠さんがよろしければ――」

「どうした? 今日は麻衣に助けられたし、多少の無理は聞くぞ?」

「……今日、誠さんのお家に泊まってもいいですか?」

「……へ?」

麻衣が俺の家に泊まりに来る――って、えええ!?

「やはり、ダメでしょうか?」

「あ、いや、ダメなことはないけど」

「けど?」

「麻衣はいいのかなって――ほら、親父さんのこととか」

「……構いません」

「本当か?」

「はい」

「それならいいぞ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、どうする? 1回、家に寄ってから俺の家に来るか?」

「出来れば、このまま誠さんの家に行きたいです」

「着替えとか――」

「持ってきてます」

「どこに?」

「……カバンです」

「あ、だから、膨れてたのか?」

「……はい」

「別に隠すことなかったのに」

「泊まりに行くことを言い出しづらかったので……」

「そっか。気づいてやれなくてごめんな」

「誠さんは悪くありません。――それでは、本日はよろしくお願いします」

「おう、任せとけ」


「『任せとけ』じゃないよぉ~!」

自宅に麻衣を連れて帰り、先に夕食作りを行っていた紗智に事情を話すと困惑したような表情で叱られた。

「あの……すみません、私のせいで――」

「麻衣ちゃんを責めてるわけじゃないから、安心して」

「だから、すまんって」

「麻衣ちゃんが来るなら来るで教えてくれなきゃ、ご飯用意できないでしょ」

「帰ってるときに知ったんだから、仕方ないだろ」

「……ごめんなさい」

「それならそれで商店街まで教えに来てくれればよかったじゃん。遠いわけでもないんだし」

「うるせーな、過ぎたことをグチグチと」

「なによそれ!」

「なんだよ!」

「お二人とも、落ち着いてください!」

「麻衣ちゃん……」

「…………」

「私が悪いんです。私が今朝言ってれば……だから、お二人が喧嘩することはないんです。責めるのなら、私を――」

「……紗智、これ以上過ぎたことを言ってもしょうがねえ。今回はちゃんと知らせなかった俺が悪かった、すまん」

「私こそ、誠ちゃんが謝ってるのに文句ばっかり言ってごめんなさい」

「あ、あの……」

「心配すんなって、麻衣」

「え?」

「大丈夫だよ。このぐらいはいつも通りだから。心配かけてごめんね?」

「し、しかし、私が――」

「気にしなくてもオーケーだよ。買ってきた食材と余ってる食材を三等分すれば……まあ、いけるでしょ」

「さすが家事に関しては安心できる紗智だな」

「ふっふーん、もっと褒めたまえ」

「ま、それ以外は全然だけど」

「なんだとー!」

「ぷっふふ……」

「あ、なに笑ってんだよ、麻衣」

「ほら、誠ちゃんが変なこと言うから」

「事実だろ」

「ぶー!」

「誠さん、紗智さん……」

「ん?」

「なに?」

「ありがとうございます」

「えへへ……さ、料理作るぞー!」

「あ、私も手伝います」

「よーし、2人で頑張っちゃおう!」

「お、おー!」

「さーて、どうやって暇つぶしを――」

「誠ちゃんも手伝わんかーい!」

「ふふふふ……」

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