麻衣ルート7話 倉庫内の魔法

「ふああ……」

休みも明け、また学園に通う日々が始まる。紗智のやつ、俺と麻衣に気を遣って、先に学園へ行っちまいやがった。

「あ……」

「おはよ、麻衣」

「おはようございます、誠さん」

「待っててくれたのか?」

「一緒に登校したいと思いまして……よろしいですか?」

「こっちからお願いしたいぐらいだ」

「……昨日はすみませんでした」

「大丈夫だよ」

「あんな父ですみません」

「謝る必要ないって」

「…………」

「俺たちにはまだまだ時間があるんだから、ゆっくり説得していけばいいさ」

「誠さん……」

「麻衣と一緒にいるためだったら、頑張れるよ」

「ありがとうございます、誠さん」

「遅刻するといけねえ。早く行こうぜ?」

「はい」

そうさ、時間はあるんだ。どうにかなるだろうって。


「はあ……面倒だ」

「前にもありましたね、こんなこと」

朝礼が終了した後、日直である俺と麻衣は築島先生に呼び出され、なにかと思えば、昼休みに校舎裏の倉庫にある体育用具の整理を依頼だった。あの先生のことだ、自分の仕事を俺たちに押し付けたに違いない。いくら昼休み前の授業が体育だからって、『ついでに頼む』はねえよ。

「あのときも昼休みだったな」

「そうでしたね。……お腹空きました」

「同じく……」

「……愚痴を言っても始まりません。早急に用具の整理を済ませて。教室に戻りましょう?」

「そうだな」

鉄の擦れる金属音を発しながら、倉庫の扉を開く。中に電灯はなく、校舎の影に位置していることもあって、昼間だというのに倉庫内は薄暗い。

「中はけっこう暗いですね……」

「外の光を頼りにするしかないな」

俺と麻衣は倉庫内に入り、片付けを開始する。それにしても散らかってるな。麻衣の言う通り、さっさと済ませよう。

「うんしょ……」

「どっこいしょ……」

「うっんしょっと……!」

「はあ~あ、日頃からちゃんと片付けていればこんなことしなくいいのに……」

「日々の積み重ねが良い方にも悪い方にも傾いてしまうのですね」

「そんなこと、身を以て感じたくなかったわ」

「しかし、教訓になります」

「麻衣はポジティブだな」

「そうですか?」

「表向きは控えめだけど、ふとしたときにそういう一面が見えるって感じかな」

「なんだか恥ずかしいです」

「ポジティブなのはいいことだろ? ――よし、こんなもんかな。麻衣のほうはどうだ?」

「大丈夫です」

「じゃあ、教室に――」

その時、わずかに射し込んでいた日光がなくなったと同時に鉄の扉が閉まる重たい音が空間に響き渡り、カチッと施錠する音も聞こえた。

「え……?」

「…………」

「誠さん、今のって――」

「は、ははは……きっとなにかの聞き間違えだろ。扉が閉まったのも、強い風でも吹いて――」

閉ざされた鉄の扉に手をかけ、引いてみるもガチャガチャと開くのを否定する雑音が聞こえるだけだ。

「うそ……だろ?」

「誠さん……」

「おーい! 待てー! 誰かは知らんがここを開けてくれー! 俺たち、中にいるんだ! おーい!」

俺の声だけが狭い空間にこだまするだけで、外界からはなんの反応もなかった。この倉庫、外からは鍵なしでも開けられるが、中からは絶対に開かない仕組みになっている。

「これって……おいマジかよ……」

「誠さん、もしかして――」

「ああ……閉じ込められたっぽいな」

俺はその場に腰を下ろしながら、冷静に答える。

「どど、どうしましょう……。私たち、ここから出られずに……はっ! このまま、ここで暮らすしかないのでしょうか?!」

「落ち着け、話が飛躍しすぎだ。俺たちが戻らなければ、誰か探しに来るだろうから、今日中には出られるよ」

「ほっ……それを聞いて安心しました。すみません、少しパニックになってしまいまして」

「こんな状況になれば仕方ないよ」

「その割には随分落ち着いてますね?」

「俺はガキの頃、こんなことしょっちゅうだったから慣れてるだけだ」

「過酷な幼少時代だったのですね……」

「重く捉えすぎだ。ただ遊んでるときに無茶やって、どっかに閉じ込められたりとかたまにあったからさ」

「そのとき、怖くなかったのですか?」

「最初は怖かったけど、そんなことが何回かあるうちに慣れてきてさ。それで今もあんまり焦ってないわけ」

「勇敢なのですね」

「そこまで大したものじゃないけどな」

「……あの、誠さん?」

「ん?」

「もしよろしければ……隣いいですか?」

「ああ、いいよ」

「失礼します」

麻衣は暗がりの中、静かに俺に近づき、密着するように座る。

「どうしたんだ?」

「私、暗く狭いところが苦手で……」

密着した部分から感じる微妙な麻衣の震えが、その言葉を確信させる。

「そういうことか」

「すみません」

「いいって」

「…………」

本当に苦手なんだな。漫画とかだと主人公がヒロインを驚かせて、抱きつかれるとかよくあるよな。

「…………」

ちょっと試してみようかな……。

「……ちゅーちゅー」

どう聞いても人がマネしているネズミの鳴き声だから、騙されないかな。

「!?」

「ちゅーちゅー」

「せ、せせ、誠さん……!?」

「ちゅ――ごほん、なんだ?」

「い、いい今の聞きました?」

「今のって?」

「ネズミのような鳴きご――」

「ちゅちゅ」

「きゃああ!」

「うおっ!」

急に抱きつかれるも、なんとか受け止めることに成功する。マジでこんなことになるとは……。

「います、います! ネズミが、ちゅーちゅーって、きゃあ!」

「お、落ち着けって――おうふ」

胸が俺の股間に……何度かこの体勢を経験してきたが、健康男子にとっては慣れるわけがない。

「でも、でも……!」

「ごめん、俺が悪かったよ! だから、落ち着いてくれ!」

「へ……?」

「俺が鳴き声をマネしただけなんだ。まさか騙されるとは思ってなくて、ごめん」

「ほ、本当ですか?」

「本当本当! ネズミなんてどこにもいないから、安心して」

麻衣を説得しながらも、俺の股間はムクムクと成長を続けている。早くこの体勢を変えなければ……。

「はあ……よかったあ。本当にネズミが出たのかと思いました」

「は、ははは……」

マジで信じたのか。

「鳴き真似、お上手ですね」

「そ、そうでもないと思うぞ。それとさ――」

「はい?」

「そろそろどいてくれないと……次は恥ずかしいことになるぞ?」

「?」

「えっとだから、俺も健全な男子であって……」

「え……わわっ!」

制服ならいざ知らず、薄い体操着のため、まるわかりだった。

「あの、これって……」

「みなまで言うな。俺だって恥ずかしい」

「ごめんなさい……」

麻衣は再び俺の隣に座り直し、自分のせいで俺に恥ずかしい思いをさせたことに落ち込んでいた。

「落ち込むことはないぞ? むしろ、ちょっと嬉しかったし」

「嬉しい?」

「あーいや、こっちの話だ。ともかく、麻衣は気にするな」

隣に座っている麻衣を抱き寄せ、頭を撫でる。

「ありがとうございます、誠さん」

撫でていた頭を俺の胸に預けてくる。サラサラの髪からほんのり甘い匂いが漂って、いい気持ちだ――と、その時。

「あれ? もういないのかな?」

「!?」

「これは紗智の声――おーい、紗智!」

間違いない、扉の向こうには紗智がいる。

「せ、誠ちゃん?! もしかして、中にいるの?」

「ここにいるのに気づかれないで、誰かに閉じ込められたんだ。麻衣も一緒だから、早く出してくれ」

「わ、わかった! 今、開けるね!」

紗智は重たい鉄扉をゆっくりと開く。

「はあ、やっと出れた」

「ありがとうございます、紗智さん」

「2人がいつまで経っても戻らないから、心配してたんだよ?」

「ご心配おかけして申し訳ありません」

「無事だったから、よかったよ――ところで、誠ちゃん?」

紗智はジットリとした目で俺を見つめてくる。

「な、なんだよ、その目は?」

「暗がりで2人きりだからって、麻衣ちゃんにひどいことしてないでしょうね?」

「!?」

「ば、ばっかおめえ! そんなことしてないっての!」

ひどいことはしてないから、嘘は言ってないはずだ。

「本当にぃ~? 誠ちゃんなら、やりかねないからなあ?」

「だから、してねえって! なあ、麻衣?」

「も、ももも、もちろんですのです!」

テンパりすぎだっての!

「大体、俺たち恋人なんだから、お前には関係ないだろ」

「べ、別に2人が同意ならいいんだよ? でも、麻衣ちゃんが嫌がってたら、しちゃダメだからね!」

「わかってるよ」

「あ、あの……!」

「どうしたの?」

「誠さんは私が嫌がることはしませんし、わ、私は誠さんならなんでも――はっ!」

「…………」

「…………」

「ご、ごめんなさい……」

「あ、謝る必要はないよ! あたしが変なこと言っちゃったから……でも、麻衣ちゃん可愛いから、いつ誠ちゃんが狼になるわからないからね。なにかあったときは遠慮なく、あたしのところに来てね?」

「おい、誰が狼だよ」

「わかりました……!」

「納得するのかよ!?」

「そうだ、早く教室に戻らないと午後の授業始まっちゃうよ!」

「もうそんな時間か」

「お腹、空きました……」

「麻衣、とりあえず今は諦めろ。午後の授業の休憩を使って、食べるしかない」

「そうですね……」

「そんなこと言って、自分は授業中に食べる気でしょ?」

「もちろん」

「私にはとても真似出来ません……」

「ほら、2人とも急ご! 本当に遅れちゃう!」

「はい!」

「おう」

麻衣は休憩時間を使って、弁当をちびちび食べてたようだが、俺は宣言通り、午後の授業中に弁当を平らげ、放課後を迎えた。

「じゃ、誠ちゃんまた後で! 麻衣ちゃん、また明日ね!」

「さようなら」

「俺たちも帰ろうぜ?」

「はい」

紗智の姿が見えなくなったのを見計らって、麻衣は昼休みの出来事を振り返る。

「今日は大変な目に遭いましたね」

「全くだ」

「でも、誠さんが隣にいてくれたから、なにも怖くありませんでした」

「お、おう……」

「どうしました?」

「あ、いや、麻衣ってさ、たまに恥ずかしいようなことを平然と言うよな?」

「あ、あー……」

自分の発言内容を思い出しているのか、顔が真っ赤になっていく。

「えっと、あの……わ、私はこちらなので!」

「あ、麻衣!?」

「また明日です、誠さん!」

「…………」

顔真っ赤にしたまま、帰っちまった。自分で言っておいて、照れすぎだぞ。

「明日になれば元に戻ってるだろう」

家に帰り、夕食を済ませて、俺は自室の布団で横になる。

「ふああ……」

うー、さぶっ……。

「…………」

しかし……今日のはすごかったな。前々から気になってはいたが、まさかあれほどとは――

「男はな……男は……おっぱいの魔力には勝てないのだよ」

うんうんと1人で頷く。

「……寝よ」

自分で考えておいて、アホみたいだ。

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