麻衣ルート3話 亀裂
「わあ……中庭にもたくさんありますね」
「中庭は主に運動部の模擬店が並んでいるんだ。ぶっちゃけ、学年クラスの模擬店よりもクオリティが高い」
「なぜですか?」
「売上の半分は学園に納めないといけないんだけど、もう半分は部の予算として使ってもいいんだ」
「それと模擬店のクオリティがどう関係するのですか?」
「予算が増えるということは即ち、用具を買ったり、設備を新しく出来たりするだろ。だったら、なるだけ予算は増やしたいよな?」
「あ……そういうことですね」
「気づいてくれたか」
「つまり、いっぱい売れば予算が増える。いっぱい売るにはいい物でないといけない」
「そそ。言ってしまえば、競争相手の有無だよ。どこの部活動――特に運動部は予算が多いに越したことはないからな」
「なるほど……ここは激戦区なのですね」
「そういうことだ」
「どうりで他の場所よりも活気があると思いました」
「俺たち一般生からすれば、得しかないから助かるんだけどな。そんなわけで、なにか食べないか? 俺、腹減ってきたよ」
「もうお昼どきだったのですね。校舎内を見て回っていたので、時間を忘れていました」
「どうだ、うちの学園祭は?」
「なにもかもが、転校前の学園と違っていて、カルチャーショックを受けました」
「もしかして、お気に召さなかった?」
「その逆です。こんなにも楽しい行事があったなんて……今しかない学生生活を損するところでした」
「大げさだな」
「鷲宮さんにとってはそうかもしれませんが、私にとってはそれほど感動的なのです」
「そう思ってくれてるのなら、紗智も報われるな」
「…………」
「ほらほら、なにしょげてんだよ? 紗智に楽しめって言われたじゃねえか」
「そ、そうですね。すみません。私、今日を全力で楽しみます!」
「おし、その意気だ! つーわけで、美味いもの探しに行こうぜ?」
「はい!」
俺と三原は気の向くままに食べ歩きを楽しんだ。
「いやー満腹満腹」
「美味しかったですね」
「祭りだからしょうがないとはいえ、値段はそこそこ張ったけどな」
「そうなのですか?」
「え?」
「え?」
「……焼きそばさ、あの量で600円って高くない?」
「…………」
「…………」
「た、たた、高かったです……!」
「いや思ってないだろ」
「いえ、すごく高かったです! それにほら、たこ焼きも! 10個で200円は高いですよねー。特売と書いてあったのに――」
「それは安かったぞ?」
「…………」
「三原、買い物したことあるか?」
「……あります」
「財布持ったことあるか?」
「……今日が初めてです」
これはあれか……お金持ちのご令嬢によくあるあのアレか。
「やはり……変ですよね? こんな年になるまで、自分1人で買い物したことないなんて」
「そ、それはまあ人それぞれってことで……」
「遠慮することはありません。前の学園でもそうでしたから……」
「前の学園?」
そういえば、三原の親父さんも前の学園がどうとか言ってたような……。
「…………」
「あ、余計なこと聞いてすまん」
「いえ……」
「えーと……」
どうしよ、ちょっと空気悪くなっちまったな。なにかないか……お!
「三原」
「はい?」
「食後といえば、デザートだ。ほら、あそこにチョコバナナ売ってる。食ってみようぜ? 奢るからさ?」
「え……それでは鷲宮さんに迷惑じゃ――」
「いいって。これは気持ちだ」
「でも――」
「素直に受け取ってくれたほうが俺としては嬉しいぞ?」
「で、では、お言葉に甘えて……」
「よしきた」
ほっ……話題が逸れてよかった。さてと、ではチョコバナナを――げっ、1本500円もするのか……。三原だけ買って俺が買わないのは不自然だし、俺の身分で1000円は痛い出費だが言い出した手前仕方ない。店番をしている生徒に1000円払い、チョコのついてないただのバナナを受け取る。なるほど、チョコフォンデュか。1本500円の理由はチョコつけ放題だからか。
「鷲宮さん、これはどうすればいいんでしょうか?」
「これはこうやって……ほい!」
割り箸に刺さったバナナを液体状になっているチョコの中へ投入。
「おお……」
「さらにこうして――」
円を描くようにバナナをチョコの中で泳がせる。
「ほお……」
「んで、とうっ!」
十分絡め取った後、バナナを引き上げる。
「わあ……」
バナナからタラタラ滴るチョコが口内の唾液をよく分泌させてくれるのだ。
「な?」
「わかりました。……えい!」
三原は俺のやった通りにバナナにチョコを絡め、引き上げた。
「出来ました!」
「おお、上手だ」
「ありがとうございます」
三原はテラテラ光るチョコをキラキラした目で見つめる。
「それにしても、すごく美味しそうですね」
「食べたことないのか?」
「恥ずかしながら、これは初めて食べました」
「チョコフォンデュをってこと?」
「それもそうなのですが、このチョコバナナという食べ物自体が初めてです」
「へえ、そうなのか」
「鷲宮さんは食べたことありますか?」
「あるよ」
「簡単に手に入るものなのですか?」
「こういうイベントのときじゃないとなかなか見ないかな。チョコフォンデュにしてるのは初めて見た」
「チーズフォンデュなら食べたことがありますけど、チョコフォンデュは私も初めてです」
「え、チーズフォンデュ食べたことあるの?」
「はい」
「あれ美味しそうだから、1回は食べてみたいんだよな」
「食べたことないのですか?」
「チーズフォンデュはないな。日常的に食べるものでもないじゃん」
「そうですね。私が食べたときも会食のときでした」
「会食……」
「?」
「いや気にするな」
「はあ……」
会食って単語を使っている人を初めて見た。
「ん、おい、三原!」
雑談しているとバナナを覆っていたチョコが固まりきらず、重力に従って流れている。
「わわっ! チョコが――」
三原は慌てて、チョコを下から舐め上げる。
「れろれろ、んっ……」
予想以上にチョコが多量に付着しているのか、タラタラと下へ流れていく。
「んっは、ぺろぺろ、れろ、んちゅっ……」
取っ手部分の割り箸にチョコが到達するのを防ぐため、三原は必死にバナナを下から上へ舐め上げる。
「んちゅ、れろれろ……チョコが多すぎて、全然止まらないです……」
この絵面は色々とまずい気が……バナナがいつも以上に大きくそそり立っているのは目の錯覚だと信じたい。
「鷲宮さ~ん……これ止まりません……ぺろぺろ」
「そ、そうだ。下から舐めとるんじゃなくて、上から吸い上げるのはどうだ?」
「んちゅ……吸い上げる?」
「上から咥えて、こうずずっと」
「れろ……そうですね、やってみます。あむっ――」
三原はバナナを勢いよく深く咥える。
「んぐっんぐっ……んっずず、ぢゅっぢゅる……」
予想以上にチョコが多量に付着しているのか、咥えた部分からタラタラと下へ流れていく。
「んっ、ぢゅっぢゅっ……」
それを追いかけるように深く咥え、吸い上げるも流れていくチョコが留まることはない。
「んんっ……! んはっ……わわっ! れろれろ……」
こぼれ落ちそうになったチョコを間一髪、舌ですくい上げる。
「はっ、ふう……」
下へ流れるチョコをあらかた片付けた三原は、その格闘に少し疲れた様子と同時に口の周りにはチョコがついていた。普段ならあまり行儀の良い代物ではないが、未だ溶けたままのチョコは三原の唇や頬の線に沿って、ツツツと流れているそれは多少なりとも思春期男子の性的欲求を刺激するものだ。というわけでこのまま少し様子を見ることにするべ。
「どうされました、鷲宮さん?」
「え、なにが?」
「いえ、なにやらただならぬ雰囲気で私の顔を見ているような気がしたので」
「そ、そうか? 気のせいじゃないか?」
「あの……もしかして――」
まずい……よからぬことを考えていたのがバレたか?
「私、変な顔してました?」
「へ?」
「私、チョコに必死になっていたのであまりその……女性らしからぬ表情をしていたのではないかと……」
「そ、そんなことないぞ?」
むしろ女性らしいといえば女性らしい表情をしていたのではなかろうか。
「本当ですか?」
「ホントホント。ほら、もうチョコも流れてないし、ゆっくり食べな」
「ほっ、それを聞いて安心しました。それでは改めていただきます。んぐっ、んぐっ……んん、チョコとバナナがこんなに合うなんて思ってもみませんでした」
「それはよかった」
「あっむ、んむんむ……ん~、美味しいです」
やはり、これは少しイカン気がする。
「あむ、んぐんぐ……」
一口サイズのものならいざ知らず、あんな棒状の――しかも黒光りしているものを口一杯に咥えて……。
「あむあむ、これは癖になりそうです」
どんな言葉でもいやらしく聞こえてしまうな。勘違いしないように頭に刻みつけておこう。三原は正常、三原は正常。おかしいのは俺の頭、おかしいのは俺の頭。
「鷲宮さん?」
「は、はい?」
「どうしたんですか?」
「いえ、なんでもございやせん」
「ならよいのですが……」
依然として三原は自分の口周りの様子に気づいてないようだ。周囲からお行儀の悪い子と見られるのはさすがにかわいそうだし、そろそろ教えてあげようかな。
「あー、でも1つだけ――」
「なんでしょう?」
「口の周り、チョコだらけだぞ?」
「!?」
三原は俺にそっぽを向け、ポケット濡れティッシュで急いで拭っている。
「…………」
「三原……?」
「鷲宮さん……」
「なんだ?」
「私、なんてはしたない姿を――」
「しょうがないって。あれは三原の食べ方が悪かったわけじゃない。食べ物自体が悪かったんだ」
「だからといって、お口周りを汚すなんて……お子様のようです」
「は、はは……あまり気にするなよ」
「しかし……」
「ほら、子供っぽい一面って可愛らしいって言うじゃん?」
「へ……か、可愛い?」
「そうそう」
「鷲宮さんは……そういうの可愛いって思いますか?」
「思う思う」
「本当ですか?」
「そうだな……毎度されてたらさすがにって感じだけど、たまになら可愛らしい一面として捉えられるかな」
「そうですか。鷲宮さんがそう思ってくれるのなら、よかったです」
「おお、そうか」
なにがよいのかわからんが。
「わ、鷲宮さんも食べましょうよ。美味しいですよ」
「あ、ああ……」
俺の分があることをすっかり忘れていた。三原のに夢中で俺のチョコはすっかり固まっていた。なんのためのフォンデュだったのか……。
「じゃあ、俺もいただきま――」
「あ――」
「わあああ! 俺のチョコバナナが――!」
ずっと割り箸を握っていた俺の手からは知らぬ内に汗が出ていたらしく、割り箸が手から滑り落ち、床に落ちたチョコバナナは見事お陀仏となった。
「鷲宮さん……」
「さささ、3秒ルールというものがあって――」
「だ、ダメですよ! 下に落ちたものを食べては病気になってしまいます!」
1本500円という安くない食べ物を諦めきれない俺は埃まみれになっているであろうチョコバナナを拾おうと手を伸ばしていた。しかし、その意思を否定するべく三原は俺の手を掴み、阻止していた。その姿勢は自然と2人が密着する形となっていることに数秒して気づく。
「あ――」
「あ……すみません!」
三原も俺の目を見開いた表情でその姿勢に気づき、顔を赤らめパッと後退る。
「いや、俺のほうこそすまん」
「あの……それは――」
床に落ちたチョコバナナに目配せする。
「心配しなくてもちゃんと捨てるよ」
言葉通り、もう食べられなくなった物体を生ゴミ入れへシュート。
「ほっ……本当に食べてしまうのではないかと驚きました」
「はは……そんなことするわけないだろ?」
半分はその気だったけど……。
「はあ……でも俺も分はなくなっちまった」
この際、チョコバナナはもうどうでもいい。500円が無駄になったことのほうが口惜しい。
「あの、鷲宮さん……?」
「ん?」
「少ないですけど……よかったら――」
「うえ?」
本来の状態から8割ほど消失しているが、それはまさしく俺が落としたチョコバナナと同じものだ。しかも、三原の食べかけ。
「…………」
それはつまり間接キッシュということに……。
「え、ええっと、つもりそのあれか? これ食べさせてくれるとか、そういうことですか?」
「え、ええ!? 私が……食べさせるのですか?」
「う、うわわ! そういうことじゃなくて――」
「そ、その……鷲宮さんがそれを望むのなら、私は――」
マ、マジか……? 黙って突き出してくるってことはマジなんだよな?
「……どうぞ」
右手はチョコバナナを差し出し、左手は添えるだけ。これ食ったら、後でヒットマンとかに襲われないだろうな?
「もしかして、私のだと嫌だったでしょうか?」
「そ、そんなことはないぞ! よし食うぞ! 俺は食う! 一気にいくぞ!」
「ど、どど、どうぞ!」
「あーむ……んぐんぐ」
ああ……甘いよ。バナナのねっとりとした食感とチョコのほんのりとした甘さが絶妙にマッチしている。シチュエーションのせいか、俺が忘れているだけなのか、昔食べたときより断然甘く感じる。
「どうですか?」
「うん、美味しいぞ」
「そう言っていただいて、嬉しいです」
「お、おお……」
な、なんだ……いつもと同じ笑顔のはずだが、今のこの表情はなんでこんなに可愛く見えるんだ……。
「はあ……よかった……」
「…………」
なんか喜ばれてるみたいだから、いいか。
「せ、誠ちゃん……麻衣ちゃん……?」
「え……?」
「ん?」
なんでこんなところに紗智が?
「…………」
「どうしたんだよ、紗智? お前、仮装大会の係は――」
「ち、違うんです、紗智さん! これは――」
「あ、あはは……ごめんね」
「?」
「…………」
「あ、あたし、もう休憩終わっちゃうから、また放課後ね!」
「お、おい、紗智!」
「ま、待って、紗智さん!」
行っちまった……。どうしたんだ、あいつ?
「…………」
「三原?」
「私なんてこと――」
「三原!?」
「わ、鷲宮さん……」
「なにがどうなってんだよ? 紗智も三原もなんかおかしいぞ?」
「…………」
「なあ――」
「ごめんなさい、鷲宮さん。今は1人にさせてください」
「ちょ、おい……!」
俺の言葉も聞かず、三原はトボトボとその場を後にした。
「なんなんだ、2人とも……」
紗智は逃げるわ、三原は落ち込むわ、それも急にさ。わけわからん。
「てか、残り時間なにすればいいんだ……」
とか、言いながら俺は自然と屋上へ来ていた。ここなら、誰もいないと無意識で思ったからだろう。先客がいるようだけど。
「あんた――」
「鈴下、当番があるんじゃなかったのか?」
「わたしにだって休憩ぐらいはあるわよ。あんたこそ、何しに来たのよ? 麻衣と学園祭、回ってるんじゃなかったの?」
「俺もそのつもりだったよ」
「はあ?」
「それがわけわからんぜ。さっきまで三原と一緒だったんだけどさ、そこになんでか紗智が来て――」
「あーわかったわかった」
「俺まだなんも言ってないんだけど?」
「どうせあんたはなにが起こったのかわからないけど、気まずい空気になって、2人から逃げられたとかそんなんでしょ?」
「雑だが正確だ」
「で、なにしたの?」
「なにしたってなんだよ?」
「紗智が来る前に麻衣となにかしてたんじゃないの?」
「とくに変わったことはしてないと思うけどなあ……」
「してたからそうなってんでしょうが。いいから言え」
「あ、そういえば、三原にチョコバナナ食べさせてもらった」
「あんたが麻衣のを食べたの? それとも、麻衣があんたに差し出したのを食べたの?」
「同じこと言ってるような気がするが……後者かな」
「あんたそれまずいわ」
「は?」
「自分が蒔いた種だから、がんばんなさい」
「ちょちょ、待てよ。俺が悪いの?」
「うーん、全部じゃないけど……大半?」
「いやだって、俺がチョコバナナを落としたのを見かねて、三原が――」
「はあ……だから、こんな事態になってんのよ」
「はあ?」
「理由はどうだっていいの。それそのものの行動がもうダメなんだって」
「意味わからん」
「じゃ、それでいいんじゃない?」
「なんだよ。なにか知ってるなら――」
「あのさ、わたし別にあんたの相談役でもなんでもないんだけど?」
「そ、そうだけど……」
「あ、もう時間だ。良い方向に傾くことは祈っておくからガンバ」
「お、おい……!」
なんだよ、鈴下のやつ。人を小馬鹿にしたような態度しやがって。お前のせいでこっちはさらに混乱だぞ。鈴下がいた屋上にそのままいるのもシャクだったから、俺も屋上から出て行く。
ちくしょー、思い出しただけでも腹が立つぜ。なにが自分が蒔いた種だっての。俺のなにが悪いんだよ。
「鷲宮先輩?」
「仲野か」
「あれ? 麻衣先輩は?」
「いやそれがさ、さっきまで一緒だったんだよ。そこに紗智が来てさ、知らない間に気まずい空気になっててさ」
「…………」
「それでさっき鈴下に会ったから相談したら、俺が悪いってよ。そんなこと言っておいて、自分で考えろだぜ? ひどくねえか?」
「先輩……」
「仲野なら俺の気持ち――」
「ファイト」
「は……?」
「私、まだやることがあるので、それでは」
「ちょ、おい……!」
なんだよ、仲野まで。ファイトって……俺はなにと闘えばいいんだよ。
校舎にいてもうるさいだけだから、誰もいない静かな御守桜の元へ足を運んだ。
「あーくそ……」
ったく、あの後輩組は俺のことバカにしやがって。まるで先輩と思ってねえ。こっちは本気で困ってんだぞ。他人事だと思いやがってよ。
「…………」
この場所で横たわってなきゃ、俺の心はもっと荒れていたかもな。どうしてか、ここは少し心を鎮められる。――が、それでも怒りはあるんだけどさ。
「あーこんちくしょー!」
「随分、騒がしい者がいるな?」
俺が怒りの雄叫びとともに掴んだ雑草を引き抜くと目の前に会長が現れた。俺は召喚術を手に入れたのか。
「勝手に草を荒らすのも関心せんぞ? 一応、ここの雑草は整理しているのだ。知らなかったか?」
「……すみませんでした」
「珍しく、機嫌がよろしくないな?」
「そりゃ俺は機械じゃありませんから」
「どうした? 君がそんなに荒れているのは初めて見るぞ?」
「…………」
「そこまでの理由があるのか?」
「…………」
「それはもしかして……君が今、麻衣さんと一緒にいないことと関係しているのかな?」
「……会長も、どうせなにも教えてくれないんでしょ」
「ん、どういうことだ?」
「他人事だからって聞くだけ聞いて、後は知らん顔なんでしょ」
「おいおい、なにも決めつけなくてもいいじゃないか。君が私にどんなイメージを持とうが構わないが、それを口に出して言われては私だって黙っていないよ?」
「…………」
「君がそんな考えを持ってもいい。しかし、それを公言することは誰かしらに影響を与えるということを覚えておけ」
「……すみません。少しカッとなってて――」
「いいよ。君がそこまで本気になっているのには訳があるのだろう?」
「それは……まあ」
「よければ、聞かせてくれないか?」
「……俺が三原と学園祭を回っていたのは知ってますよね?」
「ああ。今朝の状況からも察したし、紗智さんからも聞いてるよ」
「ついさっきまでそうしてたんです。でも、係に行ってるはずの紗智と廊下で出くわして――」
「係にだって休憩はあるさ。合間を縫って、そこにいたんじゃないか」
ああ、そっか。だから、あそこにいたのか。
「出くわしたのはいいんですけど、俺と三原を見て、なぜか逃げ出して――」
「その時、君と麻衣さんはなにかしてたかい?」
またそれか。そんなに重要なのか。
「三原が俺にチョコバナナを食べさせてくれました」
「…………」
やっぱ、そこに問題があるのか?
「そうか、そんなことが……鷲宮君」
「はい?」
「すまない、これは私にも責がある」
「え?」
「本来であれば、君は紗智さんと麻衣さんの3人で学園祭を楽しむはずだったのに、私が協力を要請したせいで――」
「待ってくださいよ。なんで会長にも責任があるんですか?」
「君のことを他人事と思ってないという前提で聞いてほしいんだが……」
「はい」
「これは君の気持ちの問題でもある。だから、私の口からは原因を正確に言うことは出来ない」
「俺の気持ち?」
「そうだ」
「会長はこの問題の答えがわかってるってことですか?」
「ああ。しかし、紗智さんと麻衣さんと君の問題だ。外野の私が代弁してはいけないことなんだよ」
「俺たち3人の問題……」
「そこで鍵になっているのが君の気持ちなんだ」
「鍵……」
「こうなった原因の一端を私も担っているから、無下にしたくはないが……こればかりは私の手に負えない」
「…………」
「すまない。本当は君の力になってあげたいんだが……」
「そうですか……」
あの後輩2人みたいに手放しではないが、結局なにもわからない。
「……解決の手がかりは教えるよ」
「手がかり?」
「解決するには2つ。紗智さんと麻衣さんの和解」
「紗智と三原の和解……」
「次が1番重要だ」
「なんですか?」
「君の気持ちを2人に示すこと」
「それが鍵ですか?」
「うん。それが成せれば、2人の和解も即座にされると思う。君の行動がなくとも、あの2人ならばいずれは和解するだろうがな」
「…………」
「私からはこれだけしか言えない」
「いえ、ありがとうございます」
「後は……そうだな。頑張れとは言わん。だが、自分の気持ちに嘘をつくことだけはするなよ」
「はい」
「私はまだ仕事があるから戻るよ。今回のこと、すまなかった」
「いえ、相談に乗っていただいてありがとうございました」
「ではな」
静かに去っていく会長の後ろ姿から俺は目を離すことが出来なかった。その背中がとても魅力的だったから。
「…………」
あの時――俺と三原が一緒にいて紗智が現れたとき、なんであんな雰囲気になったのか。会長の言葉を聞いて、冷静に――客観的に捉えて初めて気づいた。だから、鈴下も仲野もあんな態度だったんだ。けど、本当にそうだろうか。いくらなんでも、考えすぎ――いや、自意識過剰ではないのか。だって、俺のことで2人が気まずくなるってことは、それってつまり……。
「俺はどうなんだろ……」
考えたことなかった。俺にはまだ早い、いやそんな出来事に合うなんて思ってなかった。でも、現に状況は訪れている。なら、それに対して俺は答えるしかない。問題の先延ばしは出来るのかもしれないが、俺がそんなだと俺だけじゃなく、紗智も三原もずっと苦しいままだ。俺1人が苦しいのなら別にいい。でも、あの2人を巻き込むことはしたくない。気持ちを示したことで一方は今以上の苦しみを味わうのかもしれない。だからってこのままでいいわけない。俺が救ってやるとかそんな大層なことを言うつもりも、そんな身分でないことも承知の上だ。しかしだ、この袋小路から抜け出すには俺の気持ちを2人に伝えるしかない。
「違う違う……!」
理由や言い訳はしなくていい。俺がどうしたいか。それを示すだけでいいんだ。その後のことはその時に考えればいい。今はともかく、自分が最良だと思える選択をするだけだ。
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