麻衣ルート2話 学園祭、始まります

「あ、誠ちゃん! お財布あった?」

「おう、バッチリだ――って、紗智と三原だけか?」

「鈴さんはアルバイト、筒六さんは用事があると言って先に帰ってしまいました」

「きぬさんはもう少し学園に残るって言ってたよ」

「そっか。じゃ、俺らは帰ろうぜ」

「うん」

「はい」

「明日は学園祭かー」

「改まってどうしたの、誠ちゃん?」

「色々あったなって思ってさ」

「そうですね。この数日間、きぬさんのお手伝いをしていた印象が強いです」

「長いようで短かったよね。あ、そうだ。誠ちゃん、麻衣ちゃん」

「はい?」

「なんだ?」

「2人とも、明日は誰かと回る? それとも、なにか用事ある?」

「いえ、私はなにも」

「俺も」

「じゃあさ、明日は3人で学園祭回ろうよ」

「いいぞ」

「私までいいんですか?」

「当たり前だよ」

「そうだぞ? むしろ、紗智はいらないぐらいだ」

「なんだとー!」

「鷲宮さん、紗智さんに失礼ですよ?」

「うう……、誰かさんと違って、麻衣ちゃんは優しいなあ……」

「よ、よろしい。では、特別に紗智の同行を認めよう」

「あたしが言いだしたのに、なんで誠ちゃんがえらそーなのさ」

「ま、まあまあ。紗智さん、お誘いいただいてありがとうございます」

「友達なんだから、当然だよ」

「紗智さん……」

「明日は一緒に楽しもうね?」

「はい……!」

「ついでに誠ちゃんも」

「ついでかよ!?」

「ふふふ、それでは私はあちらなので」

「うん、また明日ね、麻衣ちゃん」

「じゃあな、三原」

「失礼します」

三原の背中を見送った後、俺たちも帰宅した。


「ふい~」

紗智との夕食を終え、風呂に入った後、自室でくつろぐ。この寒い時期、風呂の暖かさは骨に染みるな。安眠待ったなしだ。

「なんだか幸せそうな顔だね~」

向かい側の部屋から話しかけてくる幼馴染。

「お前が話しかけてこなければ、そうだったな」

「なにさ、冷たいなあ」

「そりゃもう冬だからな」

「そうじゃないよ」

「で、どうした? 湯冷めするから手短に頼むぞ?」

「あ、ごめんね。それならいいや」

「なにか話があるんだろ?」

「大したことじゃないんだけどさ……」

「言ってみ?」

「なんだか明日は新鮮だなって思っちゃって」

「学園祭がか?」

「うん」

「去年とそんなに変わらないだろ?」

「ううん、そういうことじゃなくてさ。ほら、去年はもちろんだけど御守学園に入学する前もなにかの行事がある時って、誠ちゃんと2人きりだったじゃない?」

「そうだな」

「でも、今年は麻衣ちゃんも一緒にいて、なんか新鮮な感じしない?」

「確かにな」

「だからね、明日はすごく楽しみなんだ」

「それは俺も同じだ」

「それだけ! お風呂上がりなのに、ごめんね!」

「気にするな」

「それじゃ、誠ちゃん。明日も起こしに行くから、寝坊したらダメだよ?」

「ああ、頼むぞ」

「うん、おやすみー」

「おやすみ」

俺と紗智は同時に窓を閉めた。

「うう、寒っ……」

本当に湯冷めする前に寝てしまおう。


「誠ちゃーん、モーニングだよ! 起きて!」

「うう……さぶいよー……」

「グッドモーニングだよ! 学園祭だよ! は・や・く!」

「はいはい……」

「着替えるの待ってるから、早く起きてよ?」

「りょーかい、しましたー」

ふああ……さっさと着替えて、寒さから身を守ろう。


「お待たせ」

朝食を済ませ、先に玄関先で待っていた紗智の元へ行く。

「行こ、誠ちゃん!」

「ああ」

「今日はいよいよ学園祭だね」

「って、昨晩も今朝も言ってるだろ」

「そうだけど、改めて今日が学園祭なんだなあって思っちゃって」

「学園祭の準備を手伝っていたのに、1番身近に感じねえな」

「あー、それわかるわかる。なんか逆に自分とは関係のないことだと思っちゃうよ」

「後は会長がどうにかするだろうし、俺たちは俺たちで学園祭を楽しむとしようぜ」

「あたしたちがやれることはやったしね」

「そういうことだ」

「あ、麻衣ちゃんだ。おーい!」

紗智の声に三原も気づいたようだ。

「おはよう、麻衣ちゃん」

「よお」

「おはようございます、紗智さん、鷲宮さん」

「今日はいよいよ、学園祭だよ!」

「はい、そうで――ふわあ……」

「なんだ三原、寝不足か?」

「はい、少々そのようです」

「なにかあったの?」

「いえ、そういうわけでは――」

「夜更かしでもしてたのか?」

「故意ではないのですが……」

「なにか急用でも?」

「あ、あの、その――」

「ん?」

「わ、笑わないで聞いてくださいね?」

「うん」

「実は今日の学園祭が楽しみで、眠れなかったのです」

「へ?」

おいおい、子供じゃないんだから、そんなのってあるのか。

「ぷっ、ふふ……」

「わ、鷲宮さん、笑わないって……」

「いや、すま、ぷふ、そうくるとは思わなくて」

「だ、だから、あまり言いたくなかったんです……」

「ちょっと誠ちゃん! 笑いすぎだよ! 麻衣ちゃん、かわいそうでしょ」

「す、すまん、三原。もう笑わないから」

「絶対ですよ?」

「ああ、了解だ」

「そんなに楽しみだったんだ?」

「はい、こういう行事が初めてということもありますが――」

「他にあるのか?」

「紗智さんと鷲宮さんとの3人でと考えたら、気持ちが膨らんでしまって……」

「三原……」

「麻衣ちゃん……」

「ごめんなさい、急に変なこと言って――」

「麻衣ちゃーん!」

「え、え、紗智さん?」

紗智の突然のハグに三原は驚きを隠せない様子だ。

「嬉しいよお~、麻衣ちゃーん。そんなふうに思っててくれて、ありがとう」

「そ、そんな、当然ですよ……友達ですから……」

「麻衣ちゃーん!」

「ひゃああ……!」

その後、学園へ歩き出すまで5分かかった。俺が引き離さなかったら、後10分はあのままだったろうな。


校門に着いたときから感じていたが、校舎内に入ると学園祭の雰囲気がより一層伝わってくる。

「わあ、昨日も見ましたが学園祭の雰囲気が溢れてますね」

「昨日より、装飾増えてない?」

「それは今朝、取り付けたものなのだよ」

俺たちの背後から、知らぬ間に会長が近づいていた。

「あ、会長、おはようございます」

「おはよう」

なんだか会長、浮かない顔をしているような……。

「おはようございます、きぬさん」

「おはようございます、きぬさん」

「あ、あんたたち――」

「おはようございます、先輩方」

と思っていたら、階段から鈴下と仲野も下りてきていた。

「とオプション先輩」

「俺の方見ながら、さらりと言うな」

「それで、今朝取り付けたっていうのは?」

紗智が会長にさきほどの疑問を伝える。

「ああ、今朝早くに生徒会役員と教員で飾り付けを増やしたのだ」

「なんで、そんなことを?」

「別に隠していたわけでも、遠慮したわけでもないんだが、当初からの予定だよ」

「予定というのは?」

「今朝、取り付けたものは学園祭当日に行うと当初から決まっていたものだ。校門に設置してある入場門のようにね」

「確かにそれは昨日の時点ではまだ設置されていませんでしたね」

三原の言う通り、昨日俺と紗智が飾り付けをした入場門は、昨日の放課後にはなかったが今朝には設置してあった。

「まあ、学園側にも色々と都合があるんだよ」

「でも、大変ですね」

「ぼやいても、やらねばならないことはやらねばやらない。口を動かしてる暇なんてないさ」

「なんだか、きぬさんらしいですね」

「そうかな?」

「はい」

「ともあれ、君たちのおかげで無事、当日を迎えることが出来た。本当に感謝しているよ。しかし、1つ問題が起きてな……」

「問題?」

浮かない顔の理由はそれか?

「実はとある係に1人欠員が出たんだ」

「どうかしたんですか?」

「昨日から風邪を引いていたらしく、今朝になって悪化したらしい」

「大丈夫でしょうか……」

三原は心配の表情をする。

「病院に行くと言ってたようだから、あまり心配はいらんだろう。だが、問題は――」

「欠員の補充ってわけね」

「うむ……。そこで心苦しいのだが、この中で代わりを務めてもらえる人はいないだろうか?」

「手伝いたいのは山々なのですが、クラスのお化け屋敷の係と水泳部の係があるので――」

「私もクラスのお化け屋敷の係があるわ」

となると俺たちのうち、3人からということになるが――

「…………」

「…………」

あれだけ楽しみにしてたんだから、あまり名乗り出たくねえよな。

「どうしても無理ならば他を当たるから、無理しなくてもいいんだよ」

とは言っても、今まで手伝ってきたのにそんなわけにもいかんだろ。しょうがない、ここは俺がするか。

「俺、やりますよ」

「鷲宮さん……」

「誠ちゃん、でも――」

「すまない、鷲宮君。君じゃダメなのだ」

「え?」

「申し出は非常にありがたいのだが、この係は君では無理なのだ」

「ど、どうしてですか?」

「体育館で仮装大会があるのは、知ってるな?」

「はい」

「例年通り、参加人数が多いため着替えを手伝う係なのだが、それが女子のほうでな」

「あ……」

確かにそれは俺では無理だ。

「すまないな、鷲宮君」

「い、いえ……」

「あたし、やります」

「え……?」

「紗智さん……」

「あたしでよければ、やります」

「それなら、私が――」

「ダメだよ、麻衣ちゃん」

「なぜ――」

「今日、楽しみにしてたんでしょ? 引き受けちゃったら、学園祭楽しめないよ」

「でも、それじゃ紗智さんが――」

「あたしは去年、楽しんでるから大丈夫だって。誠ちゃんに案内してもらって」

「紗智……」

「いいのか、紗智さん? 2人との約束を優先してもいいんだよ?」

「いえ、ずっと手伝ってきたのに今更放っておけません」

「しかし、この係は10分程度の休憩が数回はあれど、1日中しなくてはいけないんだよ?」

「大丈夫です。間近で仮装している人たちが見れるんですから、ラッキーですよ」

「本当にいいんだね?」

「もちろんです」

「では、お願いするよ。学園祭が開始したら、すぐに体育館に来てくれ。どこかに私がいるはずだから、話しかけてくれ」

「りょーかいであります」

「うむ。それではまた後ほど」

「よろしくお願いします」

会長はまだやることがあるのか足早に去っていった。

「ふう~……」

「よかったの、紗智?」

さすがに心配なのか鈴下は気遣いの言葉をかける。

「え?」

「鷲宮先輩と麻衣先輩とで約束してたのに……」

「それは残念だけど、きぬさん困ってたし、仕方ないよ」

「すみません、私たちが力になれなかったせいで……」

「ごめん、紗智……」

「鈴ちゃんも筒六ちゃんも、そんなこと思う必要ないって。2人は自分がやること頑張って!」

「はい」

「紗智も頑張ってね?」

「うん!」

「それじゃ、わたしたちは教室に戻るから。行きましょ、筒六」

「うん」

鈴下と仲野は自分のクラスに向かって行った。

「もうあの2人、そんなに気にすることないのに」

「紗智さん……」

「もう麻衣ちゃんまでそんな顔しないでよ」

「ですが――」

「また来年もあるしさ、その時一緒に楽しもうよ。だから、いつも通りでいて、ね?」

「はい、ありがとうございます」

「誠ちゃん、麻衣ちゃんのこと頼んだよ?」

「おう、任せとけ」

「こんなところで立ち話もなんだし、あたしたちも教室に行こうよ」

「はい」

「ああ」


「えー、みんなも知ってると思うが今日は御守学園祭だ。楽しむのはけっこうだが、ハメを外しすぎて問題を起こさないように。後は臨時担当役員やクラスの出し物の当番を忘れずに、自分の役割はきちんとこなしつつ、楽しむように。いいか、ただのイベント事と思わず、これも社会勉強の一環だということを忘れないこと。時間まで教室で待機。以上」

築島先生は言うべきことを終え、教室から出て行った。

「9時になったら、学園祭の始まりだよ」

「後、20分程度。ワクワクとドキドキです」

「開始とともに外部の人も来るからな。今年も戦争が始まるぞ」

「な、なにか争いごとが起きるのですか!?」

「当たってるような、外れてるような」

「パンフレットにフリーマーケットゾーンってあったろ?」

「はい、それは見ました」

「ここは生徒から集めたものや、保護者から集めたもの、御守町の人から集めたものなんかを安くで売ってるんだよ」

「そうそう。このエリアだけ町内会に貸し切っていて、毎年フリーマーケットを開いてるんだ」

「それと戦争と何の関係が?」

「この町のおばちゃんたちがこぞって、なにかないかと集結するんだ。なにせ、値段が値段だから、来客数も半端じゃない」

「去年もすごかったよね」

「これ目当てで来る人もいるぐらいだからな」

「なんだか、この学園祭は色々とすごそうです」

「食堂もおばちゃんたちがいつもより、さらに安くで売ってるから、それ目当てで来る人なんかもいるよ」

「なんか言葉にするとこの学園祭って、大々的にやってるんだな」

「前いた学園とは大違いです」

「じゃあ、今日は目一杯楽しまないとな?」

「はい……」

紗智のことがあるからか、三原の表情が曇る。

「麻衣ちゃん、その顔禁止!」

「え……」

「あたしに気遣ってくれるのは嬉しいけど、本当に大丈夫だって」

「…………」

「あたしがいない分、麻衣ちゃんに全力で楽しんでもらえたほうが、あたしが係の代役をした甲斐があるんだよ?」

「……わかりました。紗智さんが係を頑張ってくれてる分、私は学園祭を楽しみます」

「うんうん、後で感想も聞かせてね?」

「はい! 鷲宮さん、今日は案内よろしくお願いします!」

「おう、任せときな」

三原と紗智のためにも、テキトーに案内することはできんな。

「!?」

学園中に校内放送の合図が鳴り響く。

「みなさん、おはようございます。生徒会長の小谷きぬです」

開始5分前。会長の放送が校内中に流れる。

「今日は御守学園祭です。身に余る行動を起こさず、しかし、精一杯楽しんでください。今日この日を無事に迎えられたのも、みなさんの力あってのことと思います」

「会長……」

「このような大きなことを成すには、1人の力では限界があります。今、私はこうして話していますが、私が行ったことは小さなことに過ぎません。この学園生全員の力あったからこそ、この学園祭は出来上がったと理解してます。今日の主役はここで喋っている私ではなく、みなさんです。なので、今日は多いに楽しみ、盛大に盛り上げて行きましょう。これより、御守学園祭の開催を宣言いたします。以上、生徒会代表の小谷きぬでした。ありがとうございました」

時間はジャスト9時。御守学園祭の始まりだ。

「それじゃ、誠ちゃん、麻衣ちゃん。あたし行ってくるね?」

「はい、頑張ってください!」

「迷惑かけんなよー」

「誠ちゃんこそ、麻衣ちゃんに迷惑かけちゃダメだよ?」

「わかってるって」

「それじゃあね!」

紗智は別れを告げ、ダッシュで体育館へ向かっていった。

「鷲宮さん!」

「は、はい」

「行きましょう!」

「お、おう」

三原は戦国武将の如く、先陣を切り堂々と歩き出した。普段はそこまで感じないが、こういう部分があの父親から遺伝されたのかな。

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