麻衣ルート4話 親友(ライバル)

「えー、今日は学園祭お疲れさんでした。明日は振替休日だが、学園祭の余韻に浸りすぎず、問題は起こさないこと」

そっか、明日は休日だったな。

「明後日からまた通常どおり授業が始まる。今後は大きな学園行事もない。お前たちも来年は3年生になる。今のうちにきちんと自分を見つめ直して、将来のことを考えるように」

「…………」

「…………」

「では、以上でHRを終わる」

いつの間にか時間は過ぎ、気づけば学園祭は終わっていた。しかし、この2人の間に流れる不穏な空気は未だ健在だった。どうやって切り出そうか……。

「麻衣ちゃん……」

「――っ!」

紗智からいった……!?

「なんでしょうか……?」

「ちょっと時間あるかな?」

「はい」

「ありがとう。――誠ちゃん」

「なんだ?」

「ちょっと麻衣ちゃんと話したいことがあるから、先に帰ってて」

「俺――」

「ごめんなさい、鷲宮さん。今日は――」

「……わかった」

俺から言わないとって思ってたけど、2人がそう言うなら従うしかないだろう。

「じゃあ、明後日な?」

「はい」

「またね、誠ちゃん」


校門付近まで歩く最中、ずっと同じこと考えていた。

「2人で話すって、なにをだろう……」

まさかケンカするんじゃないだろうな……。

「いや、あの2人に限ってそこまではしないだろう」

なんだか、気楽に帰宅出来ないな……。

「寄り道して帰ろ……」


「はあ……」

公園の高台――ここからの景色は心が洗われるようだ。日の出良し、夕焼け良し、夜景良しの三拍子揃ってる場所なんてそうそうお目にかかれないだろう。そんな場所が身近にあるのは素直に喜ばないとな。

「…………」

ここへ来て、もう数時間は経っているのかと時計を見るがまだ30分も経っていない。こんなに時を長く感じるのは生まれて初めてかもしれんな。

「ふう……」

もういっそのこと、あのトワイライトに溶け込みたい気分だ。

「自分で考えてて、恥ずかしくなってきた……」

これ以上、アホなこと考える前に帰ろうかな。

「鷲宮さん……?」

「え……?」

呼ばれたほうを振り返ると、三原が俺の姿に驚いた様子で立っていた。

「み、三原――っとと、どわあっ!」

「わ、鷲宮さん……!?」

突然の登場に俺も驚いて、ベンチから転げてしまった。

「あいたたた……」

「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫大丈夫」

倒れている俺の顔の近くまで三原は顔を寄せ、心配してくれている。間近で見る三原の顔に俺はドキッとさせられ、それを隠すように立ち上がった。

「すみません、驚かせてしまったようで……」

「三原のせいじゃねえって」

「しかし、私も驚きました。まさか、ここで鷲宮さんに会うなんて」

「俺も同じだ。まだ学園に残ってるかと思ったからさ」

「…………」

「その……紗智とは――」

「心配することはありません」

「え?」

「喧嘩別れしたわけではありませんから」

「…………」

「学園祭、一緒にいられませんでしたので、そのことを話していただけです」

「そうなのか」

「それともう1つ」

「ん?」

「将来のことを話していました」

「将来のこと?」

「はい」

「なにになりたいとか、そういう話か?」

「メインはそうですね」

「なんでそんなことを――」

「私と紗智さんが望んだから」

「なにを?」

「どんなことがあっても親友でいたかったのです」

「親友……?」

「だって、将来の夢って恥ずかしいじゃないですか」

「それはそうだな」

「そういう話が出来る仲って、軽い関係では出来ないと思うのです」

「親友の証として、そんな話を?」

「はい。私も紗智さんも終始照れ笑いでしたけど」

「それを聞いて安心した」

「?」

「もしかして、このまま関係がこじれるんじゃないか心配だったんだ」

「ありがとうございます。しかし、私は当然、紗智さんもそれを望んではいませんでした」

「そうか」

「私は――」

「ん?」

「鷲宮さんとも……軽い関係でいたくないです」

「え、えっと……」

「もしよろしければ、鷲宮さんの夢聞かせてもらえませんか?」

「う、うーんと……そうだな」

「…………」

「すまん……正直、俺には夢とかないんだ」

「…………」

「そんなこと今まで考えたことなくて……ごめん」

「いえ、謝る必要はありません。私のほうこそ、いきなりこんなこと聞いてすみませんでした」

「で、でも! 俺もなにか夢を見つけたときは絶対に教えるから!」

「楽しみにしてます。……約束ですよ?」

「もちろんだ」

「ありがとうございます」

「三原さえよければ、俺にも三原の夢、教えてくれないか?」

「…………」

「嫌か?」

「そんなことありません。ただ――」

「うん?」

「わ、笑わないでくださいね?」

「笑うわけないだろ」

「え、えっと……じゃあ、言いますね?」

「おう」

「か、可愛いお嫁さんに、なりたいです」

「か、可愛いお嫁さん?」

「はい……」

「…………」

「ごめんなさい、変なこと言っちゃって! 今のは忘れて――」

「あ、いや、別におかしいなんて思ってないよ」

「本当ですか?」

「少しは驚いたけど、悪い夢じゃねえって。夢がない俺より断然良いよ」

「ありがとうございます。でも、私には無理な夢かもしれません」

「なんで?」

「交友関係を築くのすら容易に出来ない私なのに、お嫁さんだなんて到底無理ですよ、あはは……」

「そんなことないだろ」

「え……」

「三原なら、絶対良いお嫁さんになれるさ。俺が保証する」

「……じゃあ」

「ん?」

「私を……お嫁さんにしてくれますか?」

「え?」

「……はっ! ごめんなさい! わわ、私なんてことを――」

「……三原」

「は、はい?」

こんなシチュエーションにならなくてもいずれ言うつもりだった。だからってこんな最大のチャンスを逃す理由にはならない。会長に言われたときから、俺の気持ちはもうはっきりと定まっていた。

「鷲宮さん……?」

定まっていた上でのこの状況は俺の決心をさらに揺るぎないものとし、言葉として発せられる。

「好きだ、三原」

「え……?」

「お前のことが好きなんだ、三原」

「わ、鷲宮さん? そんな冗談は――」

「俺、こういう冗談は嫌いなんだ」

「あ、え、その……」

「三原」

「は、はい!?」

「俺の気持ちは伝えた。三原の気持ちを聞かせてほしい」

「え、えっと、その……」

「…………」

「本当に、私なんかでいいんですか?」

「こういう冗談は嫌いだって言っただろ?」

「で、では――」

「俺は心から三原のこと、好きなんだ」

「鷲宮さん――」

三原は少し潤んだ目で見つめてくる。

「私も、鷲宮さんのこと……好きです」

「三原……」

「す、すみません……。悲しいわけじゃなくて――」

「わかってるよ」

「胸の中の気持ちがすごく溢れてきて、こんなにも嬉しいものだなんて……」

「俺も同じだよ。今は三原のことしか考えられない」

「嬉しいです……。鷲宮さんにそう思ってもらえるなんて……」

「なあ?」

「はい?」

「名前で呼んでもいいか?」

「名前で?」

「気持ちが一緒なのに、苗字で呼ぶのは他人行儀だろ? だから、俺のことも名前で呼んでくれよ?」

「わかりました、わしみ――あっ……」

「はは、いきなり間違えてるぞ、みは――あっ……」

「一緒です」

「はは、そうだな。……麻衣?」

「なんですか……誠さん」

「俺、麻衣のこと、好きだ」

「私も誠さんのこと、好きです」

「そのうち慣れるだろうけど、やっぱり照れるな?」

「はい……でも――」

「ん?」

「私、すごく幸せです」

「麻衣……」

俺たちは数秒間見つめ合った後、一度だけ顔の影を重ねた。

「誠さん?」

「どうした?」

「明日、なにか用事はありますでしょうか?」

「とくにないよ」

「で、では……明日は振替休日ですし、よろしければその……どこかお出かけしませんか?」

「デートか?」

「えっと……は、はい」

「いいぞ。どこか行きたい場所あるか?」

「すみません、まだこの辺りには疎くて……」

「そうだよな。どうしよう……」

「それは明日にしましょう。私も明日までにどこか行きたい場所を探しておきますので」

「ナイスアイデア。待ち合わせはどうする?」

「10時に商店街はどうでしょう?」

「じゃあ、それで決定」

「はい。――あ、時間……」

「もう帰らないといけないのか?」

「すみません。家の者が心配しますので」

「途中まで送っていくよ」

「ありがとうございます、誠さん」


麻衣の自宅の玄関である大きな門の前に到着し、名残惜しくも別れの体勢に入る。

「それでは誠さん、また明日」

「おう、またな」

「……誠さん」

「ん?」

「……好き、です」

「お、おぉ……」

「そ、それでは……!」

麻衣はダッシュで玄関をくぐっていった。いくらなんでも不意打ちだぞ。すげードキドキした。


そのドキドキは自宅に帰るまでずっと収まらなかった。

「ただいま」

「おかえり、誠ちゃん。遅かったね?」

紗智は調理をしながら、俺に話しかける。

「寄り道してたからな」

「またゲームセンターに行ってたんでしょ?」

「ちげーよ」

「ごまかそうたってそうはいかないよ? 誠ちゃんの行動はお見通しなんだから」

「だから、違うって。公園に行ってたんだよ」

「公園? なんで?」

「それはその……」

「珍しいね。子供の頃でも思い出しに行ってた?」

「そうじゃねえよ、俺は――」

「あ、わかった! 昔あそこに埋めたおもちゃのメダルを掘り起こしに行ってたんでしょ? いつか掘り起こすって、せんげ――」

「麻衣に会ってたんだ」

「…………」

紗智は少し間を置いて、コンロの火を消し、俺のほうへ向きを変える。

「ど、どうしたの? 誠ちゃんが麻衣ちゃんの名前呼ぶなんて珍しいね?」

「…………」

「あ、そっか。今日の学園祭でそのぐらい仲良くなったってことだよね。それはいいことだなあ……」

「違うんだ、紗智」

「なにが違うの?」

「俺は……麻衣が好きなんだ」

「そ、そりゃ嫌ってたらおかしいよ」

「そういう意味じゃない。女性として、恋人として好きってことだ」

「…………」

「だから、さっき公園で告白したんだ」

「誠ちゃんから?」

「ああ」

「それで麻衣ちゃんは?」

「了承してくれた」

「そっか……」

「紗智、俺は――」

「あー、やられちゃった!」

「さ、紗智?」

「麻衣ちゃんに負けちゃったな。あたし、けっこう自信あったのに」

「どういう――」

「放課後さ、あたしと麻衣ちゃんで話があるって言ってたじゃん?」

「ああ」

「あの時にね、あたしも麻衣ちゃんも自分の気持ちを言い合ったの。そしたら、どっちも誠ちゃんのこと好きだったんだ」

「…………」

「麻衣ちゃんは自分が控えるって言い始めたからさ、それはよくないよって話になって、それで勝負することにしたの」

「勝負?」

「どっちが誠ちゃんの恋人になるか」

「…………」

「でも、あたしはずっと誠ちゃんと一緒にいたから不公平じゃない? だから、誠ちゃんへの告白は麻衣ちゃんに先を譲ったんだ。それがまさか……もう勝敗が決まっちゃうなんて思ってもみなかったよ」

「すまん……」

「誠ちゃんが謝る必要はないよ。だって、誠ちゃんの心は決まってたんでしょ?」

「ああ」

「ならそれでよし! むしろあたしに気を遣って、ズルズル関係を先延ばしにしてたほうが辛かったよ」

「紗智……」

「……ごめんね、誠ちゃん」

「なんで謝るんだ?」

「今日学園祭のとき、あたしが変な雰囲気にしちゃったせいで……悩ませちゃったよね?」

「いや……」

「もう安心していいから!」

「え?」

「だって、誠ちゃんにはもうお似合いの相手がいるんだし、あたしも……あ、あきらめ、ついたから……」

「…………」

「えへへ……。麻衣ちゃんになら、誠ちゃんを任せられるよ」

「紗智……」

「誠ちゃん、麻衣ちゃんに迷惑かけちゃダメだよ? あたしの親友なんだから」

「ああ、もちろんだ」

「うん……。さて、お腹空いたでしょ? すぐにご飯作るからね!」

紗智は再びコンロの火を点け、調理を再開した。

「…………」

ありがとう、紗智。


紗智は夕食を早々に食べ終え、いそいそと帰っていき、俺も自室へと戻った。

「…………」

もう向かいの窓が開くことはない。麻衣との関係がある以上、それをしてはいけない気がする。だから、その分を麻衣に注力するべきだ。それが紗智への礼儀にもなると思うからな。

「……明日、どこに行こうかな」

デートっていっても、この辺りにそういうスポットあったっけ?俺が知らないだけか?

「どうしよ……かな……」

あー、まだ思いついてないのに……睡魔が……。明日、会ってから決めればいいか……。

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