紗智ルート21話 プレゼントの行方

放課後になり、教室からぞろぞろとクラスメイトが出て行くのと同じように俺と紗智と三原も廊下に出る。

「誠ちゃん、帰ろ?」

「悪い、先に帰っててくれ」

「なにか用事でもあるの?」

「また先生に呼び出しされててな」

「あたし、待っておくよ」

「時間かかるかもしれんから、飯作って待っててくれよ。腹ペコで帰ってくるからさ」

「うん……わかった。お買い物して、お家で待ってるね」

「紗智さん、私もご同行してもいいでしょうか?」

「うん、いいよ」

買い物か……。商店街だよな……。最低でも1時間ぐらい時間つぶさないと鉢合わせになっちまうな。

「誠ちゃん、気をつけて帰ってきてね?」

「大丈夫だ」

「では、行きましょう、紗智さん。鷲宮さん、また明日」

「ああ、じゃあな、三原」

適当に理由つけて回避できたはいいものの、紗智の買い物がどの程度時間かかるかわからない以上、すぐには動けないな。

「今のうちに宿題でもしておくか」

やってれば、1時間ぐらいは経つだろ。俺は掃除が終わるのを待ってから、再び自分の席に着いた。

「おや、鷲宮君」

10分ほど経過して、なぜか会長が教室に現れた。

「会長、どうしたんですか?」

「それは私も同じだ。校門で紗智さんと麻衣さんに会ってな。君がいないのが気がかりになったのだ」

「わざわざすみません」

「それでなぜ帰らないのだ? ――勉強か?」

「勉強というか、宿題を……。時間つぶしがてらですけど」

「時間つぶし?」

「昼休みに言ってた天使猫を探しいこうと思って」

「なるほど。しかし、紗智さんたちはもう帰ったのだから、時間をつぶす必要はないのでは?」

「紗智は晩飯の買い出しで商店街に行ったみたいなので――」

「目的地が一緒、というわけか」

「鉢合わせになるわけにはいきませんから。でも、時間つぶしとはいえ、宿題は面倒ですけど」

「やらねばならないことだから、早めに終わらせておいて損はないはずじゃないか?」

「そうなんですけどね」

「……では、宿題が面倒なら少し私の話に付き合ってくれないか?」

「はい、喜んで」

「これは単に君への質問だから、他意があるとは思わんでくれよ?」

「? ……わかりました」

「君は自分の行動に疑問を持ったことはないか?」

「それって……」

「他意はないと言ったろ? 君の考えが知りたいだけだよ」

「自分の行動に疑問、ですか……」

「今、自分が行っていることは正解なのか。あの時、自分が行ったことは正解なのか。そう感じたことはないか?」

「それは……あります」

「では、その問いに向き合った時、君はどうした?」

「俺は……貫きます」

「…………」

「悩んだこともありますし、戸惑いを感じたこともしょっちゅうあります。でも、結局は自分が選択するしかない。疑問を持っても、行動しないと解決は出来ない。だから、俺は自分の行動を貫きます」

「そうか……君は強いな」

「何言ってるんですか、会長」

「え?」

「そういうことは全部、会長をはじめ、みんなが俺に教えてくれたことです」

「鷲宮君……」

「みんなと会って、紗智と向き合って、俺は気づくことが出来ました。俺は強くなんかありません。もし、会長が俺のことをそう思うのなら、それはみんなの強さなんです。俺はその強さを少しづつ分けてもらったんです。だから、今の自分がある。俺はそう思っています」

「ふ……ふふ」

「あ、あれ? 俺なにかおかしなこと言いましたか?」

「いや、すまない。君はなにもおかしなことは言ってないよ。そうか……やはり、変わらぬな、ふふ……」

「会長?」

「くだらない話に付き合ってくれて、ありがとう。そろそろ時間も良い頃合ではないかな?」

「そうですね。そろそろ、出ようかな」

「足、気をつけたまえよ?」

「はい、ありがとうございます」

「ではな」

「失礼します」

俺と会長は廊下に出たあと、すぐに別れた。

「会長、なんであんなこと聞いてきたんだろ……」

それに会長、目に涙が浮かんでたような……。

「いやいや、んなわけねえって」

それより、今は天使猫だ。ガキの頃、紗智にプレゼントした天使猫キーホルダーを買ったあの店。あそこに賭けるしかない。


俺は足を引きずりながら、商店街へ到着した。えーと、確かこの辺りにあったような――

「あ、あれだ!」

あの店だ! 店先にキャラもののキーホルダーを置いてあるあの店で間違いない。

「どこにあるんだ、天使猫……!」

置いてあるキーホルダーを片っ端から見ていくが、どれもこれも違うキャラクターばかりだ。最近の流行りに全部入れ替えてあるな。こういう片田舎の商店街の店なんだから、一昔前のキャラクターグッズを置いてあるのが鉄板だろ。キャラもの以外はそこまで新しくないくせに、なんでこれだけは最新を取り入れてるんだよ。

「おばちゃん! おばちゃん!」

「あ~? なんだい、クソガキ?」

ぐっ……客に対してなんて対応だ。いや、今はそんなことどうでもいい。

「キャラもののキーホルダーって、ここにあるのだけなの?」

「見てわからんのかい?」

「いや、わかるけどさ。よりによってなんでここだけ最新を揃えてるんだよ」

「阿呆か? こういうのは流行り廃りが激しいんだ。売れ残っちまう前にさっさと売って、次に移行しないとすぐ見向きもされなくなるからね」

このおばちゃん、見かけによらずなんて経営手腕の持ち主なんだ。いや感心してる場合じゃねえ。

「昔の売れ残りとかないの? 裏に在庫があるとかさ」

「あ~? んなもん、ないよ。在庫余らす阿呆と一緒にしないでくれ」

「もしかしたら、忘れてるだけでどこかに片付けてるかもしれないぞ」

「だから、そんなもんは――」

「頼むよ、どうしても手に入れたいものがあるんだ! それがないと……」

「……ふん、欲深いだけのマニアかと思ったけど違うみたいだね」

「え?」

「たまに来るんだよ、昔のレアものを狙って言い寄って来る奴がさ。面倒ったらありゃしないよ。あんたはなにか事情があるようだがね」

「おばちゃん……」

「それで? なにを探してるんだ?」

「て、天使猫のキーホルダーを――」

「あ~、あれか。昔は随分、流行ってたもんねえ」

「お願いします、定価の2倍でも払いますから、どうか……」

「ふん、廃れたもんに価値なんかありゃしないよ。そんなのくれてやるわ」

「おばちゃん……」

「在庫の中にあればの話だよ?」

「はい! お願いします!」

「ちょっと待ってな」

店主のおばちゃんは裏に消えていった。よかった。後は売れ残ったのがあれば万々歳なんだけど。数分後、おばちゃんは再び、俺の前に姿を現した。

「…………」

「あ、ありましたか!?」

「すまないね、なかったよ」

「そ、そんな……」

「あんたには悪いけど、この店になかったら多分この商店街にはないよ」

「う、嘘だろ……」

「どんな事情があるかは知らないけど、諦めな」

何言ってんだよ……。諦められるわけねえだろ。あれがないと――

「く……」

「あ、あんた! ――行っちまった。それにしても、あの顔どこかで……。足引きずってたけど、大丈夫かいな」


「くそ……」

おばちゃんの言ったことを無視して、あれから商店街を探し回ったけど、どこにもねえ。そりゃそうか。そんな昔に流行ったのが、あるわけねえよな。少し楽観してた。解決策があるってことに頭がいきすぎて、失敗を考えてなかった。こうなったら、他のプレゼントを――

「ダメだダメだ!」

何考えてるんだ! 他のプレゼントが通用するなら、こんなに悩まなくてもいいんだろうが。あれじゃなきゃ……あれじゃなきゃダメなんだ。

でも、どうする。ないものをどうやって用意すりゃいいんだ。絶望的だ……。


自宅前までたどり着き、中の電気が付いていることを確認する。

「紗智、帰ってきてるな」

はあー、紗智には天使猫のこと知られてないとはいえ、顔合わせづらいな。誕生日まで日にちがないのに、どうするよ。

「ただいまー」

リビングには紗智が大人しく俺の帰りを待ってくれていた。

「おかえり、誠ちゃん。遅かったね? それに……疲れてるの?」

「遅くなって悪い。少し疲れたかな」

「やっぱり、足が――」

「それは関係ないから、安心しろ。引きずる感覚はあるけど、痛みはほとんど感じないから」

「それならよかったけど……あ、ご飯出来てるよ?」

「食べたい」

「すぐに準備するね。誠ちゃんは座って、待ってて」

「ああ、よろしく頼む」

紗智、いつも通りに振舞ってるようだけど、やっぱりどこか暗いな。元気じゃない紗智を見るのはもうこれで2回目だ。二度と見たくないって思ってたのに、こうも早くそのときが来てしまうなんて……。

紗智のことを頭の中でグルグル考えながら、食事をした。紗智の用意してくれた晩ご飯は今日も変わらず美味しかった。

「今日の晩飯も美味しかったぞ」

「ありがとう、誠ちゃん。――ちょっといい?」

「ん?」

紗智は椅子に座ってる俺の前に跪いて、捻挫してる足に触れる。

「なにやってるんだ、紗智?」

「足、大丈夫かなって……」

「大丈夫だって、言っただろ?」

「うん……でも心配で……」

「そんなにまじまじと見られたら、緊張するぞ」

「ご、ごめん……」

「なにか足についてるか?」

「そうじゃなくて……」

「だったら、なんだ?」

「マッサージしてもいい?」

「え?」

「誠ちゃんにこれ以上、不憫な思いしてほしくないし、早く治ってほしいから」

「紗智……」

「ダメ?」

「いや、頼む」

「うん……んしょ、んっしょ」

紗智は微妙な力加減で足をさすったり、もんだりする。

「よっしょ……これぐらいの力で大丈夫?」

「ああ、ちょうどいい」

「よかった……」

一生懸命、丁寧に俺の足を癒してくれている。紗智の力具合は絶妙ですごく気持ちいい。このまま眠ってしまいたいぐらいだ。

「誠ちゃんの足、おっきいね」

「そうか?」

「うん……この足であたしを守ってくれたんだね」

「それは……」

「う……うう……」

「紗智?」

「な、なんでも、ないよ……う、うう」

「なんでもないわけないだろ。どうした? なにか俺、気に障ることを――」

「ううん、そうじゃないよ。誠ちゃんは悪くないよ」

「なら、どうして――」

「誠ちゃん!」

「さ、紗智!? どうしたんだよ?」

「う、ううう……うう……」

「なんで泣いてるんだ? なにがあったんだよ?」

「誠ちゃん、ごめんね……。こんな怪我させちゃって、ごめんね……」

「だから、紗智のせいじゃねえって……」

「でも、よかった……。誠ちゃんが無事で、本当に……」

「…………」

「あたし、あのときすごく怖かった……。誠ちゃんにもしものことがあったら、あたしのせいなのに……耐えられないよ」

「だから、紗智のせいじゃ……」

「あたし、あんなに怖いなんて思わなかった……。もうあんな思いするのは、嫌だよ……」

俺は今まで勘違いしてたようだ。紗智はおっちょこちょいで頭悪くて、突然なにしでかすかわからない危なっかしいやつだから、俺が守ってやらないとって思ってた。でも、それは違ったんだ。昔から俺の身になにか起きたときは、真っ先に紗智が気にかけてくれてた。俺はそんなことにも気づかず、紗智を守ってる気でいた。そうじゃなかったんだ。俺のほうがずっと紗智に守られてきたんだ。こんなことになって、やっと気づくなんて。

「ありがとう、紗智」

「誠ちゃん……?」

「俺は大丈夫だ。絶対に紗智を置いて、どこかに行くようなことはしない。だから、そんなに不安がらないでくれ」

「誠ちゃん……」

「紗智、頼みがあるんだ」

「なに?」

「笑顔、見せてくれないか?」

「え?」

「作り笑顔でもいい。心が込もってなくてもいいから、見せてくれないか? 俺、紗智の笑顔が好きなんだ」

「……ダメだよ」

「…………」

そうだよな。今の紗智の状態で笑顔なんて――

「そんなのじゃダメだよ。あたしが誠ちゃんに作り笑顔なんて、できるわけないよ」

「紗智……?」

「誠ちゃん……」

紗智は涙こそ流したままだったが、満面の笑みを俺に向けてくれた。

「どうかな?」

「ああ、紗智の笑顔好きだ」

俺は紗智の頭を撫でる。

「えへへ……」

「可愛いぞ、紗智」

「ありがとう、誠ちゃん」

俺はなにを弱気になってたんだ。たかが、天使猫が見つからない程度で絶望する暇なんてないだろ。

誕生日まで日にちがないだあ?だからなんだっていうんだ。紗智の笑顔に変えられるなら、そんなのあくびをするぐらい簡単なことだっての。

諦めるにはまだ早い。いや、諦めることなんて出来ない。必ず天使猫を――紗智の誕生日プレゼントに渡すんだ。

「どうかしたの、誠ちゃん?」

「紗智、もう不安なことなんてない」

「え……?」

「もうお前を不安になんてさせない。だから、お前も俺を信じてくれ」

「誠ちゃん?」

「頼む」

「うん……誠ちゃんの言うことなら……」

「ありがとう」

「ごめん、誠ちゃん。あたし、そろそろ……」

「すまないな、こんな遅くまで」

「ううん、大丈夫だよ」

「気をつけてな」

「また明日ね」

「ああ」

紗智が帰宅した後、俺は自室の布団にこもる。

「紗智……」

口ではああ言ってたけど、実際はまだ気にしてるんだろうな。あの日から窓越しで喋ってこないのがその理由だ。もう何日もそれをしてない気がする。

「必ず、天使猫はなんとかしてみせる」

でも、無策に探し回るのは無駄なことだ。明日、みんなに相談しよう。それから、どうするか考えるんだ。明日も紗智を騙してしまうことになるのは気分が悪いが……。その分、この件が解決したらいっぱい紗智の傍にいよう。

しかし、明日の昼休み、俺は紗智に不信に思われず、教室から抜け出す方法を思いついている。俺はそれでもいいけど、みんなにも紗智にバレずに集まってもらわないといけない。メモ書きを仕込んでおくか。

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