紗智ルート22話 見つけた光明

「誠ちゃん、本当に大丈夫?」

翌朝、俺と紗智は朝食を済ませ、学園へと向かう。今日は1人で歩かせてもらえている。

「足のことか?」

「うん」

「大丈夫だって。昨日、紗智にマッサージしてもらったからか、痛みもねえし引きずる感じもほとんどないぞ」

「それならいいけど」

実際のところ、足はほぼ治りかけていた。本当に昨日のマッサージが効いたのかもな。

「おはようございます」

「おう、三原。おはよう」

「おはよう、麻衣ちゃん」

「鷲宮さん、もう足のほうは良くなったのですか?」

「もうほとんどなんともねえな」

「それはよかったです。紗智さん、これで安心ですね」

「うん」

「なにか言ってたのか?」

「昨日、一緒にお買い物してるときに、しきりに鷲宮さんを気にかけていたんですよ」

「ま、麻衣ちゃん……」

「あ――すみません、つい……」

「ありがとな、紗智」

「え……?」

「そんなに心配してくれて。おかげでほら! へっちゃらだぞ!」

その場でピョンピョン跳ねてみせる。

「せ、誠ちゃん!? まだそんな無茶しちゃダメだよ! 治りかけなのが、再発したらどうするの!?」

「鷲宮さん、調子にのってはダメですよ?」

「はい……ごめんなさい……」

まさか三原にまで怒られてしまうとは……。まだ引きずる感じが取れてないし、もう少しおとなしくしておこう。さて、昼休みまでに隙を伺って、三原にメモ書きを渡さないとな


「おはよう、3人とも」

学園に到着し、廊下でばったりと会長に会う。

「おはようございます、会長」

「おはようございます」

「おはようございます」

「鷲宮君、足はもういいのかい? まだ引きずってる様子ではあるが」

「ほぼ治りかけてます」

「そうか、それはよかった。紗智さんもこれで少しは安心できるな?」

「はい、でもなにかで再発するといけないので、もう少し様子を――」

よし、紗智と会長が会話している今がチャンスだ! 三原の肩をちょいちょいと軽めに叩き、注意を向ける。三原が声を出さないように、人差し指を口の真ん中で立てる。

「?」

気づいたところですかさず、メモ書きをサッと渡す。

「!」

なんのことか気づいたみたいだ。俺の手から、素早くメモ書きを受け取り、そのままスカートのポケットにしまう。後は会長にも渡さなくては――

「うむ、鷲宮君は少し無茶が目立つから、完治するまでは紗智さんが見守っておくのがいいな」

「はい、そのつもりです」

会長のほうをチラリと見るが、まだ紗智と喋っているようだな。俺が目配せしているのに気づいたのか、会長はチラッと俺のほうを見た。

「鷲宮君もあまり紗智さんの気苦労を増やさないようにするんだぞ?」

会長は俺の眼前にまで歩み寄ってきた。ま、まさか今ので意図が伝わったのか?

「か、会長……!」

「また怪我でもしたら、紗智さんの看護が台無しだぞ?」

会長は小さくだが――紗智に見えないよう――俺に向かって、手を広げている。間違いない、会長には俺の意図が伝わっている。あれだけでよくわかったな。いや、そんなことよりも――

「だ、大丈夫ですって。俺だってこれ以上、紗智を心配させたくありませんから」

会長との会話を続けつつ、スッとメモ書きを渡す。受け取った後、渡した俺ですら気づかない手さばきでポケットにしまった。

「そうか、それを聞いて安心したよ」

会長は自然の流れのように、俺から距離を取る。

「私は校門での挨拶がある。またな、3人とも」

「頑張ってください」

「教室に行きましょう」

「うん」

ふう~、なんとか成功したな。昼休みに昨日の教室に集合出来れば、ミッション終了だ。


昼休みになり、俺は”あること”で教師に呼び出しをくらっているため、席を外す。

「悪い、紗智。すぐ帰ってくるから」

「うん、待ってるね」

「鷲宮さん……」

ふっ、どうだ、この秘策。成功するのは目に見えていたぜ。


職員室から出てきた俺は頭に手を当て、痛みを堪えていた。

「くう~、あの野郎、ゲンコツくれやがって……」

紗智のためと思って、我慢するしかない。早く昨日の教室に行かないと。俺は小走りで教室へ向かった。


「遅くなってすまん」

「きぬから呼び出されて来てみたら、呼んだ張本人が遅れてどうすんのよ」

「逆にこれが鷲宮先輩クオリティと思うしかないよ、鈴ちゃん」

「紗智さんには上手い理由を告げられたのか?」

「それはもう」

「まさかあんな方法で抜け出すなんて思いませんでした」

「あんな方法ってなによ?」

「先生の呼び出しを見越して、わざと宿題をしてこなかったんです」

「どうよ、俺の完璧な作戦は?」

室内が残念な空気に覆われる。

「鷲宮先輩……」

「……あれ?」

「さて、本題に入ろうか」

え~、なにそれ。俺、超頑張ったのに……。ゲンコツくらってまで頑張ったのに……。

「それで昨日の天使猫はどうなったのよ?」

「おお、そうだった。結論から言うと、天使猫はなかった」

「そ、そんな……鷲宮さん……」

「商店街の店はけっこう探したけど、どこにもなかった。多分、この近辺では手に入らない」

「どうすんのよ!? あれだけ啖呵切ってたのに、ありませんでしたで済ませるの?」

「そんな気はサラサラない。かといって、なにか案があるわけじゃないんだ」

「では、どうするんですか、鷲宮先輩?」

「それを相談したいと思ってたんだ」

「私たちに、ですか?」

「ああ……正直、どうやって手に入れればいいかの見当がつかない。だからって、簡単に諦めるなんて俺には出来ない。それでどうすればいいか、みんなの知恵を俺に貸してくれ」

「そうしたいのは山々だけど……」

「売ってない以上、どうすることもできませんよ、鷲宮先輩」

「探すにしても、この近辺でないのでは……」

なんとなく想像は出来てたけど、こうなるよな……。くそ! どうすれば――

「みんな、落胆するのはまだ早い」

「え……」

会長の思わぬセリフに皆の視線が集まる。

「なにか良い案でもあるのですか、きぬ先輩?」

「売ってないのに、どうするのよ、きぬ?」

「ないのであれば、作ればよかろう」

「作る……?」

「まさか、同様の品を作るのですか、きぬさん?!」

「そうだ――鷲宮君」

「は、はい」

「君が作るんだ」

「え……えええ!」

「ちょ、ちょっと、きぬ!?」

「どうした?」

「無茶ですよ、そんなの!?」

「鷲宮さん、裁縫の心得は?」

「針に糸通すことも出来ん」

「そういえば、紗智先輩の誕生日はいつですか?」

「12月24日」

「あ、後、2日しかないじゃない!?」

「きぬ先輩、いささか無理があります」

「鷲宮君、君はさっき簡単には諦められないと言ったね?」

「はい」

「昨日、私とした話覚えているか?」

「昨日の話……」

「君はそのとき、なにを言った?」

「あ……」

会長は俺に質問した。迷ったとき、どうするか。俺が今、するべきこと。俺が今、やりたいこと。その2つと会長の問いに対する俺の答えを組み合わせれば、簡単なことだ。

「やります。時間はないけど、作ってみせます」

「君ならそう言うと信じていたよ」

「ちょっと、あんた正気!? 無理よ、針に糸も通せないのに、どうやって――」

「通せるまでやればいい」

「はあ?」

「もう迷ってる時間はないんだ。そんな暇があったら、針の扱いを覚えたほうがいい」

「鷲宮先輩……」

「それはいいですが、材料や道具は……」

「鷲宮君、壊れた天使猫はあるか?」

「はい」

ポケットに入れておいた天使猫を差し出す。

「麻衣さん、鈴さん、筒六さん。今日の放課後、時間はあるかな?」

「あ、あるにはあるけど……」

「私も大丈夫です」

「私も今日は部活、休みです」

「鷲宮君、これを1日借りててもいいかな?」

「はい、平気です」

「私たち4人は今日の放課後、これの材料になり得るものを買ってくる」

「じゃあ、俺も――」

「ダメだ。君は紗智さんの傍にいるんだ」

「そんな俺のことなのに、任せられませんよ」

「ただでさえ、昼休みに紗智さんの元から離れているんだ。紗智さんは今、万全な状態ではない。そんなときに心の支えである君が頻繁に離れては紗智さんの不安は増すばかりだ。材料集めは私たちに任せるんだ。これから忙しくなるんだからな」

「会長……」

「焦って物事に取り掛かると、失敗するだけだ」

「わかりました」

「君は戻りたまえ。後は私たちがやっておく。明日の昼休み、またここに来てくれ」

「ありがとうございます」

「ではな」

俺は4人を残し、教室を後にした。結局、会長たちに頼りっぱなしだな。天使猫作りか。俺に出来るかどうかの不安しかないけど、やってやるさ。


「よし、帰ろうぜ、紗智」

放課後HRも終わり、俺たちは立ち上がる。

「うん。麻衣ちゃんも帰ろう?」

「すみません、私、今日は用事がありまして……」

「そっか、用事なら仕方ねえな。そういうわけだから、俺たちだけで帰ろうぜ、紗智?」

「え……あ、うん」

「紗智さん、また明日」

「また明日ね、麻衣ちゃん」

これで三原は会長たちと合流できるな。


「ねえ、誠ちゃん?」

学園から離れて少ししてから、紗智はなにやら悩ましげに語りかける。

「なんだ?」

「気のせいかもしれないんだけど、なんか最近、みんな忙しないというか、少し変な感じがすると思わない?」

ぎくっ!

「ほ、ほら、今月は12月。師走って言うだろ? そういう季節なんだよ」

「12月って、そんな風に言うんだ」

「そ、そうさ。1年の終わりだから、色々やることがあるんだよ」

「大掃除とか?」

「そうそう。だから、あんまり邪魔にならないようにしておいたほうがいいんだよ」

「そうだね。邪魔しちゃ悪いもんね」

ふとしたときに勘が冴えてるからな。油断ならねえぜ。

「でも、鈴下と仲野には昨日会っただけだろ? そのときはそんなことなかったじゃねえか」

「今日も休み時間に会ったの」

「どこで?」

「お手洗いに行く途中、廊下で。そのときもなんだか、落ち着きなかったみたいで――あ」

「どうした?」

「な、なんでもないよ」

「なんだよ、気になるだろ?」

「言えないよ。鈴ちゃんと筒六ちゃんがかわいそう……」

ま、まさか、バレたか!?

「鈴下と仲野がなんだって!? なんかあったのか?」

「そ、そんなこと言えないって……」

「いいから、教えてくれ!」

まだ天使猫を作ってもいないんだぞ。鈴下と仲野、なんかヘマやったんじゃねえだろうな。もし、紗智が知ってしまってたら――

「う~、鈴ちゃん、筒六ちゃん、ごめんね……」

「あいつらがなにしたんだ?」

「が、我慢してたのかなって……」

「我慢?」

「わ、わかるでしょ?」

「我慢って、なんのことだ?」

「だから……お手洗い、だよ……」

「は?」

「2人とも、なんだか焦ってるっていうか、落ち着きなかったし、早く立ち去りたいような雰囲気だったから」

「な、なんだ……」

てっきり、あの2人がボロ出したのかと思ったぞ。

「悪いこと聞いちまったな」

「だから、言いたくなかったのに……」

にしてもあの2人、隠し事下手だな。鈴下はなんとなくイメージあるけど、仲野も普段はクールなくせにそういうことになると途端に崩れるからな。そこが共通してるから、仲が良いのか?


「今日も美味しかった」

紗智が作ってくれた晩ご飯を食べ終え、一息つく。

「ありがとう、誠ちゃん」

紗智は食器を片付け終えると、昨日と同様に俺の前に跪いた。

「今日もしてあげるね?」

「ほぼ治ってるし、大丈夫だぞ」

「お願い……させて?」

「してくれるのは嬉しいけどさ」

「ありがとう」

捻挫とは関係なく、紗智のマッサージは気持ちいいな。

「よいしょ、よいしょ……力、このぐらいで平気?」

「ああ、ちょうどいい」

「よかった……んしょ、うんっしょ……」

な、なんだか……足元でサラサラの髪が揺れて、スベスベの手で足を触られてるこの状況。

「んっ、はっ、しょっ……んはっ……」

そんな気はさらさらないんだろうけど、声まで艶っぽく聞こえてきて、かなりギリギリだ。

「大丈夫、誠ちゃん?」

「な、なにがだ?」

「体、固くしてるみたいだったから」

まずい、なんとか抑えてるのが逆に怪しまれてしまった。しかし、この状態で本能のまま体を反応させてしまうと確実に見られる。

「もしかして、痛かった?」

ここは男として、耐えねば……!

「平気だ。気持ちいいぞ」

「本当に?」

「ああ」

「痛かったら、言ってね?」

「うん」

「よいっしょ、んっと……」

普段であれば、とくに問題はないが俺を心配してやってくれてるのに、そんな真似出来ない。俺の理性よ、どうか本能に流されないでくれ。


「あ、危なかった……」

紗智が帰宅後、俺は自室で安堵する。紗智のマッサージが終わる数十分間、気の抜けない戦いが繰り広げられていた。理性の勝利で戦いの幕を閉じることが出来て、幸いだったぜ。

「誠ちゃん、疲れてるの?」

窓の向こう側から、心配そうに話しかけてくる。

「少し考え事してただけだ」

「本当に? やっぱり、さっきのマッサージ痛かった?」

「そんなことないって、気持ちよかったよ」

色んな意味でな。

「それならいいんだけど。――ねえ、誠ちゃん?」

「なんだ?」

「天使猫のことなんだけど――」

「!?」

や、やっぱり知ってるのか?! でもどこで……? 誰かうっかり喋ったか? 押入れから持ってきた裁縫箱を無意識に紗智の死角へ移動させる。

「あ、聞いちゃいけなかった?」

どうする……? なんとかしてごまかすか? でも、知ってるのなら意味ないし――

「誠ちゃん?」

「天使猫がなんだって?」

「この前、預けてたでしょ? どうしてるのか、気になって……」

「預けてる?」

「あたしが壊しちゃったの……」

「あ……」

なんだ、そっちか。驚かさないでくれよ。

「もう少しだけ預かっててもいいか?」

「いいけど……」

「悪いな」

紗智の頭にあるのはやはり、それのことか。待たせてすまない。でも、あと少し、あと少しだけ待っててくれ。

「あたし、そろそろ寝るね」

「おやすみ、紗智」

「おやすみなさい」

紗智の部屋の電気が消えたことを確認して、俺は裁縫箱を開いた。

「練習ぐらいはやっておかないと」

ともかく、針に糸を通すことから始めねば話にならんからな。

「くっ、この! なんだよ、これ」

全然、通る気がしねえ。しかも、糸の先が分かれちまってさらに通しにくくなってる。

「そういや、濡らして細くすれば通しやすいんだっけ」

糸の先を口に咥え、ペロっとひと舐めする。

「お、細くなったぞ」

今度こそ――!

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