紗智ルート17話 日常に潜む思わぬ刺激

「さーて、ご飯作るよー」

自宅に到着しても、紗智は腰を下ろすことなく、夕食作りの準備に取り掛かる。

「おーう、腹減ったぞー」

「ちょっと待っててね」

そして、別室に姿を消す。夕食作りはこれまで何度も手伝おうとしてきたけど、『あたしが作りたい』と頑なに拒否されてきたため、俺も諦めて紗智に任せている。

「よっし、準備完了」

俺の家に常備してある私服に着替えてから、エプロンをつけ、いそいそと夕食作りの支度をする紗智。そして、それをリビングから見つめる俺。

「ふんふん、ふふーん」

これまで何度も思ってきたことだが、本当に楽しそうに料理するよな。よっぽど好きなんだな。

「お塩お塩っと」

いいよなあ、こういうの。

穏やかな日常……そんな雰囲気があって好きだ。

「わわっと! お焦げちゃんは~ダメですよ~」

なにげないこの風景が色鮮やかに見えるのも、紗智の存在あってこそなんだろう。これをいつまでも大事に――

「……ん?」

「どうかした、誠ちゃん?」

「あ、いや……」

「?」

楽しく料理をする紗智。和やかな日常。そして、それを破る刺激……。

「これだー!」

「うわっ! ビ、ビックリしたー!」

なぜ今まで気付かなかったのか。あるじゃないか、マンネリ打開。日常の中に潜む変化球。

「せ、誠ちゃん?」

「紗智よ、火を止めろ」

「え、なになに、どうしたの?」

「いいから、言う通りにするんだ」

「わかった」

紗智はコンロの火を止める。

「止めたよ」

「よし」

「突然、どうしたの?」

「さっき、1つだけお願いきいてくれるって、言ったよな?」

「もう決まったの?」

「ああ」

「なににするの?」

「聞いて驚け、それはな――」

「それは……?」

そう! これこそ、俺が出した答え! 突拍子過ぎず、尚且つ平穏の中にあって新たなウェーブを巻き上げる! その内容は――!

「裸エプロンだー!」

「…………」

なんていい考えなんだ。こんなにも簡単でお手軽な特殊プレイはあるまい。

「ふっふっふっ、驚きのあまり声も――」

「えーと、サラダの用意を――」

「こらー! 無視するでなーい!」

「誠ちゃん、それ本気じゃないよね?」

「何を言う? 俺は本気だぞ?」

「だって、裸にエプロンだなんて……エッチだよ」

「バカタレ! それがいいんだろうが!」

「そ、それはダメ! いくら誠ちゃんでも、エッチすぎ!」

「ほほう、断るというのか?」

「当たり前だよ。恥ずかしいで済む問題じゃないよ」

「そうか、それは残念だ」

「わかってくれてなによりだよ」

「あー、まだ喉の奥になんか詰まってる感じだー」

「どうしたの、誠ちゃん?」

「これはなんだろなー……よくわからんが、タコさんウインナーの気がするなー」

「う……」

「なんかまだ息苦しくもあるなー。やっぱり、昼に食べたタコさんウインナーが原因かなー」

「うう……」

「それとは関係ないけど、紗智になにをお願いしようかなー。提案したのは断られちゃったし、どうすっかなー」

「うう、ううう……」

「さっきのをしてくれるだけで、今日の昼のことは全て忘れられそうなのに、残念だなー」

「うああー、わかったよ! やるよ!」

「お、気が変わったか?」

「誰のせいだって……はあ、わかったよお」

「さすが紗智は話がわかるなー」

「こ、今回だけだからね?」

「ああ、お願いは1つきりだからな」

「ちょ、ちょっと待ってて」

観念したように、とぼとぼ別室に移動する紗智。まさかこんな方法があったとは、今日の昼の出来事はこれのためにあったのかもしれん。

「せ、誠ちゃん? 本当にこれしなきゃダメ?」

別室の扉の向こう側から疑問を投げかけてくる。声色から察するに、緊張が爆発しそうになっているな。

「あたた、急に喉が……」

「わかった、わかったよー!」

「楽しみだなー」

「うう、覚悟を決めるんだ! ええーい!」

勢いよく扉を開けて出てきた紗智は紛れもなく、全裸にエプロンをしているだけだった。

「うう……は、恥ずかしいよお……」

な、なんだこれ……。

「あ、あんまり見ないでよお……」

全裸にエプロンをしてるだけなのに……。

「恥ずかしすぎて、死んじゃいそうだよお……」

こんなにも破壊力があるのか……。

「誠ちゃん、見すぎ! 顔がエッチ!」

「よ、よし、俺に構わず、料理を続けてくれ」

「え、えーー! 見せるだけじゃないの!?」

「それだけなんて、言ってないだろ? それで料理をするに決まってるじゃねえか」

「本気~?」

「ああ」

「だ、だってそんなことしたら、お尻が丸見えだよお……」

「俺は一向に構わんが?」

「あたしは――」

「い、息が……」

「わかりました! やります! 料理します!」

「話がわかるねー」

紗智は俺の言う通り、裸エプロンのまま、料理を再開した。



「はああ……」

夕食中、紗智は何度ため息をついただろうか。

「飯食いながら、ため息つくな。なにをそんなに落ち込んでるんだ?」

「だって、あんなこと……あああ! 恥ずかしい!」

1時間ほど前の裸エプロンのことを未だに恥ずかしがってるらしい。また機会があったら、やってもらおう。

「それより、1つツッコミたいんだが……」

「なに?」

「なんで夕飯もタコさんウインナーなんだよ?」

「美味しいからいいでしょ?」

「そうだけど、同じメニューって――」

「リベンジだよ」

「リベンジ?」

「そうだよ。お昼は――あたしのせいだけど、食べてもらえなかったからね。ちゃんと食べてほしいの」

「あまりいい印象じゃないんだけど……」

「でも、今回のはお昼のと違うよ」

「はあ? 一緒だろ?」

「ちがうよ~。よ~く見てよ」

「ん~?」

箸に取って、目の前で凝視するが――

「違いがわからんのだが?」

「えー、なんでわかんないの?」

「なんでって言われてもなあ……」

「足だよ! 足!」

「足?」

「8本!」

「ああ、そういうことか」

「やっと気づいたね」

「こんなの気づかねえって」

「なんでさー、せっかくお昼に言われた通り、10本から8本に手直ししたのに~」

「はいはい、えらいえらい」

「なんかテキトー」

「足はともかく、味はいいぞ」

「もしかして、ギャグ?」

「んなつまらんギャグ言うか」

「ほっ、安心した。――ありがと、誠ちゃん」

「また昼の弁当にも、これいれてくれよ?」

「うん、任せておいて! 今度から、ちゃんと8本足にするからね!」

「ははは、楽しみにしておくよ」


数分後、夕飯を済ませ、紗智は帰宅の準備をする。

「じゃあ、あたし帰るね」

「ああ、気をつけてな」

「……あの」

「ん、なんだ?」

「えーっと……」

「なにか言いたいことでもあるのか?」

「けっこう楽しかったかも……」

「え?」

「さ、さっきの……」

「あ――」

「そ、それだけ! じゃあね!」

紗智は勢いよく玄関を飛び出していった。

「紗智……」

わざわざそんなこと言いたかったのか。顔真っ赤だったじゃねえか。

「……可愛いな」

顔が自然とニヤついていたのに、自室に戻って数分後気づいた。昼間は大変だったけど、さっきのおかげでそれもすっ飛んだ。また隙を伺って、やらせるか。

「なーに、ニヤついてるのさ?」

「ん? さっきのこと思い出してな」

俺の言葉で窓越しでもわかるぐらい、紗智は顔全体を赤らめている。

「誠ちゃんのエッチ!」

「へへへ、それはもう俺だけの話じゃないぜ?」

「あ、あたしは誠ちゃんが喜ぶと思って、のってあげただけだもん」

「はいはい」

「信じてないでしょー?」

「信じてるー信じてるー」

「またバカにしてるなー?」

「してないって」

「うそ。あたしにはわかるもん」

「なんでだよ?」

「ずっと一緒にいたんだから、誠ちゃんのことはわかるもんね」

「本当か~?」

「ホントだもん! ――あ、そうだ」

「なんだ?」

「明日さ、お休みだし、お出かけしようよ」

「おう、いいぜ。どこ行く?」

「んーどうしようかな……」

「明日、決めるか?」

「うん、そうする」

「お前、眠いんだろ?」

「な、なんでわかったの!?」

「ずっと一緒にいたんだから、紗智のことはわかるんだよ」

「本当に~?」

「本当だって」

「えへへ……一緒、だね?」

こういうとき、紗智と幼馴染であることを嬉しく思う。紗智も今、同じことを思っているだろう。そんなときは無言で微笑み合うのも、お互いわかってることだ。

「寝るね」

「おやすみ、紗智」

「おやすみ、誠ちゃん」

向かいの部屋の窓がカラカラと音をたて閉まる。付き合って数週間になるが、デートらしいデートは明日で2回目だ。それまでなんとなく出かけることはあっても、付き合う前に出かけていたのと同じような感じだったから、明日はそれっぽいとこに行きたいな。

「どこがいいか――あ」

そういえば、あるじゃないか。この近くでほとんど行ったことなくて、デートスポットっぽいところ。

「紗智もあそこは忘れてるだろうな」

覚えてたら、真っ先に行きたいって言うだろうし。

「明日が楽しみだ」

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