紗智ルート16話 幸せな日々が幾日か過ぎて
「おっはよー、誠ちゃん!」
「う、ううん……」
「ほらほら、もう朝だよ? 遅刻しちゃうよー?」
「う~……寒いよ~……」
「もう12月も過ぎてるんだから、当たり前だよ。起きなきゃ、ご飯冷めちゃうよー」
「ん……それは嫌だ……」
「はい、じゃあ立ち上がる!」
「う~ん……」
「リビングで待ってるね」
「ああ……」
なんとか布団から這い出ることは出来たが、いかんせん寒い。制服に着替えるのも億劫だな。
初デートからすでに数週間経って、12月も半分が過ぎた。あの日から俺たちは日々の生活だけでなく、デートも身体も何回も重ねて、より一層、2人の愛情を深めていった。
「しかし、どうもなあ……」
制服の袖に手を通しながら、ひとつの懸念を抱いた。いや、正確には最近抱いていた。
「なんか刺激がなあ……」
紗智との行為はもちろん嬉しい。だが、もっとなにかこう掻き立てるなにかがほしい。かと言って、思いつくわけじゃない。だからこそ、こうやって悩んでいるんだけど……。
「あ、やべ……」
寝起きなこともあって、元気になってきた。
「誠ちゃーん、まだー?」
リビングから紗智が大声で呼んでる。早く行かないとな。うむ、落ち着け我が息子よ。
「悪い、待たせちまって」
「もうなにやってたの?」
「寝ぼけ眼で着替えてたら、遅くなっちまって。もう大丈夫だ」
「早くご飯食べて、学園に行こうよ」
「そうだな」
刺激……刺激か……。あまり突拍子のないものだと引かれるよな。しかし、緩いのだと意味がないし。
「誠ちゃーん?」
その前にどういうのがよくて、どういうのがよくないとかがわからんからな。
「誠ちゃんってば!」
「はっ! なんだ?」
「なんだじゃないって。お箸進んでないよ」
「おお、すまん」
「ボーッとしちゃって、どうしたの?」
「いや、別になんでもないんだ」
「なにか考え事でもしてたんじゃないの?」
「そんなことはないぞ。うん、ない」
「怪しいなー」
「人を疑うのはよくないよ、紗智くん? まずは目の前の朝食を片付けようではないか。遅刻はいかんからね」
「それ、あたしのセリフだってー。誠ちゃんのほうが、全然――って、ええー! 食べるの早いって!」
「紗智が遅いの」
「ま、負けないぞー」
「早食い競争やってんじゃねえんだから」
まあそこまでゆっくりできるわけでもないし、好都合かもな。
紗智主催の早食い競争を終え、俺たちは登校を始める。
「行こうぜ?」
「うん」
紗智は返事とともに俺の腕に抱きついてくる。
「ぎゅっ! ――えへへ」
「なんだか、この体勢のほうが落ち着くようになってきたよ」
「えー、前は落ち着かなかったの?」
「そんなことはないけど、今じゃこれしてもらえないと調子出ない感じだな」
「あたしもおんなじー」
「気が合うな」
「そんなのいつものことでしょ?」
「ああ」
「えへへ、ぎゅうー」
「このまま、学園休んでデートにでも行くか?」
「ええ!? ダメだよー! 怒られちゃうよー!」
「嫌か?」
「嫌なわけないじゃん。でも、ズルするのはダメ!」
「ちえっ……」
「もう……あたしだって、学園に行くより、誠ちゃんとどっかにお出かけするほうがいいに決まってるよ」
「はは、悪い。冗談だよ。明日は休みだし、またデートに行こうぜ?」
「うん、行く!」
ずっと2人でいられるときが早く来ればいいのにな。
「あ、麻衣ちゃんだ! 麻衣ちゃーん!」
「おはようございます、鷲宮さん、紗智さん」
「おはよー、麻衣ちゃん」
「おはよう、三原」
「いつも仲良しですね、お二人共」
「えへへ、照れるなあー」
「もうクラスの連中にはバレちまったんだ。隠しても仕方ないからな」
「そんなこと言ってるけど、そうなったの誠ちゃんのせいって忘れてないよね?」
「なんだよ? 逆に好都合だっただろ?」
「そ、それはまあ――」
「私はお二人の仲が良いところをいつも見られるので、楽しいですよ」
「そうか~?」
「ええ。お二人ほど仲が良い方を見たことがありませんから、新鮮です。それに楽しそうにしているところを見ていると、私まで幸せな気分になります」
「そりゃよかったぜ」
「あたしだって、麻衣ちゃんが楽しそうにしてたら、嬉しくなるし楽しいよ」
「ありがとうございます」
ああ、平和だなあ。これがドラマなんかだと、俺1人を巡って泥沼の三角関係が展開されるんだろうけど――
「昨日の宿題どうだった?」
「少し難問でしたが、どうにか片付きました」
「えー! あれ解けたの?」
「はい、一応は」
「教室、着いたら教えてもらってもいい? あたし、全然出来なかったよ」
「もちろんです」
「やったー! 麻衣ちゃん、ありがとう」
うーむ、なんと争いのない素晴らしい景色。泥沼三角関係なんて、俺じゃ耐え切れねえ。いやそんなことよりも、今朝のことをどうするか。新たな刺激……。斬新過ぎず、且つマンネリを打開する方法。
「誠ちゃんはどうだった?」
言うなれば、日常の中に潜む変化球。普段、見えないものが見える――そんな喜びだ。なにかないか……なにか……。
「誠ちゃんってば!」
「お、俺はカレー派だ」
「は?」
「へ?」
「大丈夫ですか、鷲宮さん?」
「だ、大丈夫だぞ」
「またボーッとしてたでしょ?」
「うっ……」
「またというのは?」
「今朝からボーッとしてることがあってさ。本人はなんともないって言うけど、明らかにおかしいんだよねえ?」
「疑いすぎだって、なにもねえよ。それでなんの話だ?」
「だからあ、昨日の宿題!」
「鷲宮さんはどうでした?」
「あ、ああ、宿題、宿題ね。俺はもちろん――あ……」
「鷲宮さん?」
「どうしたの?」
「俺、やってない……」
「えーー!?」
「それは本当なのですか?」
「まずい、どうしよう……」
「ど、どうするのさ?」
「宿題提出の授業は今日の1限目ですよ?」
「……やるしかない」
「やるしかないって――」
「まさか、1限目までに終わらせるってことですか?」
「ああ、それしか手はないだろ」
「そうだけど、無理だよ!」
「正直、絶望的だと思います。あの難度と量……とても時間が――」
「紗智、三原――」
「はい」
「なに?」
「男にはやらなきゃいけねえときがあるんだ。その姿をしっかりと――」
「って誠ちゃん、自分のせいだって忘れてないよね?」
「うがっ……」
「すみません、フォローのしようが……」
「三原まで~……」
「昨日はなにしてたの?」
「昨日は~――」
ゲームしてたな。でも、そんなこと言えるわけねえ。
「いや~、はっはっは、昨日はやるべきことが山積みでね。それの処理に追われて――」
「ゲームやってたんでしょ」
「そんなことは――」
「部屋から見えてたよ? てっきり、宿題終わってからしてると思ったのに」
「おい! わかってるのなら、なぜ聞いた?」
「誠ちゃんがどんな言い訳するのか、聞きたくてさ」
「くっ、汚いやつめ……」
「しかし、理由がどうであれ、このままでは……」
「それもそうだね。急ごうか」
「おお、あなた方は神様ですじゃ~」
「そんなのはいいから、早く走る!」
「はい……」
「はあ、はあ、はあ」
「はあ、ふう、はあ」
走ってきたせいで、学園に到着する頃には体はすっかり温まっていた。三原、大丈夫かな。
「あんたたち、どうしたのよ?」
「朝からなぜそんなに息切れを?」
「あ、鈴ちゃんに筒六ちゃん。はあ、はあ」
「これには深いワケが、ぜえ、ぜえ」
「今日は麻衣、一緒じゃないの?」
「それが諸事情で、遅れることに、ぜえ」
走ってきたはいいものの、著しく体力のない三原はとうとうギブアップし、歩いてくるとのことだ。悪いことしてしまったな。
「それにしても、先輩方は本当にラブラブですね」
「ふえっ、いきなりどうしたの、筒六ちゃん」
「そんなに息が切れるまでになっても、腕を組んでるんですから、これをラブラブと言わずしてなんと呼べば?」
「あ、本当だ……」
走るのに夢中で気がつかなかった。
「ま、ケンカしてるよりいいけどね。また手間かけさせないでよ?」
「わかってるって、現にあれ以来なんの問題も起きてねえだろ?」
「当分は大丈夫じゃないかな、鈴ちゃん?」
「なんでそう言い切れるのよ?」
「だって、息が切れても腕を組み続けるぐらいだもん。そんな2人がすぐにでも険悪な仲になると思う?」
「確かにね。こんなことしてるの、世界中であんたたち2人ぐらいでしょ」
「なんか、バカにしてねーか?」
「全然してない。あー、全然してないわよ」
鈴下めえ、もうその態度で明らかじゃねえか。
「鷲宮先輩、鈴ちゃんはこんなこと言ってますけど、本当はお二人のこと、とても心配してるだけなんですよ?」
「ちょ、筒六――」
「お二人を見てると元気が出る、とまで言ってるんですよ?」
「ちょっとー!」
「そんなこと言ってたのか?」
「いや、それは――」
「ありがとう、鈴ちゃん」
「も、もう! 勝手にして!」
「あ、誠ちゃん! それより――」
「そうだった! 急がないと!」
「なにか急用ですか?」
「ああ、そういうわけでじゃあな!」
「またね、鈴ちゃん、筒六ちゃん!」
「ふ、ふん!」
「それでは」
鈴下と仲野を後にして、俺たちは教室にたどり着いた。
「よし、到着」
「はい、誠ちゃんは宿題する!」
「わかってるって」
宿題であるプリントを数枚、机に出す。
「うげ~……」
「落ち込む暇なんてないよ」
「おう……」
あんなこと言ったけど、この量は片付く気がしない。いや、死ぬ気でやればあるいは――
「……はい」
「え?」
「貸してあげる」
プリントを突き出しながら、紗智は言う。
「これって――」
「宿題のプリント。あたしが解いたやつで、間違えだらけだと思うけど……」
「気にしねえって! ようはやったか、やらなかったかが問題なんだから、ありがたく借りるぞ」
「うん、頑張ってね」
「サンキュな、紗智」
よーし、これなら終わりそうだ!
「いやー、危なかったぜ」
昼休みになって、今朝のことを思い出す。
「なんとか間に合って、よかったね」
「あの短時間ですごいですね」
「紗智に見せてもらったんだけどな」
「それでも早いです。……紗智さん、宿題のプリント教えて差し上げられなくてすみません」
「大丈夫だよ、麻衣ちゃん。あたしと誠ちゃんのせいで走らせちゃったし、ごめんね」
「それに宿題なら問題ないぞ」
「どういうことですか?」
「あたしが間違ってたり、解けなかったところは誠ちゃんに教えてもらったんだ。だから、逆にあたしも誠ちゃんに助けられたんだよ」
「そうだったのですか。でも、そちらのほうが良いと思います」
「どうして?」
「私が教えるよりも、恋人である鷲宮さんが教えたほうが紗智さんも嬉しいんじゃないですか?」
「ええ!? そんなことないよ! 本当は麻衣ちゃんに教えてもらいたかったんだから」
「それ俺に対して、失礼じゃないか?」
「いつも授業中に寝てる誠ちゃんより、麻衣ちゃんのほうがよっぽど頼りになるよ」
「なぬ~」
「ま、まあまあ。宿題の件は片付いたのですから、解決としましょう。お昼休みですし、お弁当食べましょう」
「さんせーい!ほら! 誠ちゃん、食べようよ」
「はいはい」
「今日のお弁当はなんだと思う?」
「うーん、焼き鮭?」
「ぶっぶー、正解は――」
「…………」
「たっこさんウインナー!」
「おおー、タコさんですか」
「別に感心するところじゃないぞ、三原」
「そうなのですか?」
「ああ」
「なんでよー、可愛いでしょ?」
「可愛いのはいいけど、わざわざためて言うぐらいじゃないだろ」
「えー、ちゃんと足を10本にしてるのに」
「足を10本ですか?」
思わず疑問を述べる三原。
「うん、細かいでしょ~?」
「……あのなあ、紗智」
「なに?」
「足が10本なのはイカですよ」
「……え?」
「タコの足は8本だぞ」
「え、え、えーー!」
「もしかして、今までずっと勘違いしてたのか?」
「だって、だって! 誠ちゃん、なにも言ってくれなかったじゃん!」
「俺のせいかよ。勘違いしてたなんて、知らなかったんだぞ?」
「今までずーーっと、タコさんウインナーのときは足を10本にしてたんだよ? なんで言ってくれなかったの?!」
「そこまで見てなかったし、それに気づいたとしても、知っててやってるもんだと思うぞ」
「そんなー……白状だよー」
「なんでそうなるんだよ。よかったじゃねえか、またひとつ知識が増えたんだから」
「そういう問題じゃないよー」
「で、でも足が多いほうがいっぱい食べれた気分になって、いいですね」
「うう……なんだか切ないフォローだよお……」
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくていいぞ、三原。紗智もそんなに気にするなよ」
「誠ちゃん……」
「そういうところは今に始まった話じゃないだろ?」
「う、うるさーい! いいから、食べちゃえー!」
「ふごぉっ!」
き、急に口の中に――
「タコさんウインナー攻撃だー!」
「ま、まふぇ! ごふっ! そんふぁに! ごぼぼ!」
「10本足10匹タコさんだぞー!」
「ぐぶぶ! うぐう!」
口に詰め込まれすぎて、息が――
「えい! えい!」
「紗智さん、少し落ち着いて! 鷲宮さんが! 鷲宮さんが!」
「あれ……?」
「…………」
「誠ちゃーん!」
タコで溺れるとは……。
「はーい、それじゃ気をつけて帰るように」
昼休みのタコ事件があって、放課後になるまで頭の回転が鈍っていた。
「…………」
「誠ちゃーん」
「…………」
「誠ちゃんってばー」
「なんだよ?」
「帰ろうよー?」
「わかってるよ」
「鷲宮さん……紗智さんも悪気があったわけでは……」
「わかってるよ。でも、おかげで息できなかったんだぞ? 無茶しやがってよ」
「ごめんなさい……」
「はあ……もういいよ」
「え……?」
「今回は許してやるよ」
「本当に?」
「次からするなよ?」
「うん! ありがと、誠ちゃん!」
急に元気になりやがって――そっちのほうがいいけどな。
「それでは帰りましょうか」
「うん!」
「そうだな」
「それでは、私はここで――」
「じゃあな」
「ばいばい、麻衣ちゃん」
「さようなら」
いつもと同じ場所で俺たちは三原と別れた。
「俺たちも行こうぜ」
「うん」
あ……結局マンネリ打開案は思いつかなかったな。また別の機会にしよ。
「今日はごめんね、誠ちゃん」
「ん、ああ、もういいって」
「でも……」
「俺がいいって言ってんだから、いいの。それより、ほら」
俺は紗智に向かって、腕を突き出す。
「あ……」
「は、早くしろよ」
「誠ちゃん……」
「これしてもらわないと、落ち着かねえの」
「……うん! えい!」
紗智は俺の気持ちに応えるように元気よく抱きついてくる。
「へへ……」
「えへへ、あたしもこっちのほうがいい」
「あったけえな、紗智」
「それは誠ちゃんもだよー」
「紗智……」
俺は紗智にキスを迫る。
「え、ちょ、ちょっと待って!」
「な、なんだよ?」
「は、恥ずかしいよ」
「今さら恥ずかしがることなんてないだろ?」
「そうじゃなくて、ここお外だよ?」
「それが?」
「人に見られちゃうよ」
「困ることねえだろ?」
「恥ずかしいの! お家! お家でしよ? ね?」
「えー」
「う~、そんなこと言わないでよー」
「どうしてもダメかー?」
「ううー――あ、そうだ!」
「どうした?」
「ここで我慢してくれたら、1つだけお願いきいてあげる」
「は?」
「だから、ひとつだけお願いきいてあげるって。お昼のお詫びもしたいし」
「本当か?」
「本当だって。なにがいい?」
「ここで紗智と――」
「それじゃ意味ないよー」
「うーん、そうだなあ……」
いきなりそんなこと言われても、パッと出てこねえよ。
「なにかな、なにかな?」
「思いつかねえな」
「えー、決めてくれないと困っちゃうよ」
「なら、保留ってことで」
「保留?」
「そ、思いつかないから、なにかあったときのためにとっておくということで」
「誠ちゃんがそれでいいなら、いいけど」
「楽しみにしててくれよ?」
「あんまり変なのにしないでよー?」
「さーて、それはどうかな?」
「怖いなー……」
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