紗智ルート15話 初デート後編

「お腹いっぱーい!」

「安くて美味くて量も多いから、良い店だよな」

「うんうん」

「他に行きたいとこあるか?」

「う~ん、少しこの辺りを歩こうよ」

「おう、いいぞ。――ほらっ」

「えへへ、やった!」

俺が差し出した手を紗智は喜んでつないだ。

「行こうぜ」

「うん! ――あ、ねえねえ!」

「なんだ?」

「あのお店、見てもいい?」

「アクセサリーショップか?」

「うん、ダメかな?」

「いいぞ」

「やったあ!」

紗智に引っ張られ、アクセサリーショップに向かう。この商店街はわざわざ店内に入らずとも、外にまで陳列してる店が多いから、店員の目を気にせず、手に取って見れるのが利点だな。

「わあ、このハートのイヤリング可愛いね」

「そうだな」

「どうかな? 似合うかな?」

耳元にそのイヤリングを当てながら、聞いてくる。

「ああ、似合ってるぞ」

「ホント? じゃあ、こっちの星のとは?」

「ハートのほうが紗智に合うと思うな」

「そっかー――このネックレスとか、どう?」

「うーん、派手すぎ?」

「なら、こっちのは?」

「控えめだな。これぐらいがいいんじゃないか?」

「なるほどー。そうするようにするね」

「買うのか?」

「ううん、そういうファッションも試してみようと思っただけ」

「そうか」

「あ、じゃあさじゃあさ!」

なぜ紗智がこうも執拗に俺にこんなことを聞いてくるのか、今の俺にはわかる。紗智はまだ不安なのだ。本当に俺が紗智のことを想っているのか、知りたいんだ。だから、自分に関心があるかどうかのような質問を投げかけてくるのだろう。もちろん、紗智自身は無自覚だろうが、学園祭でも同じような状況があった。紗智は俺とこんなやり取りがしたかったんだと思う。でも、あの時の俺は紗智の気持ちに気づいてやれず、テキトーな返事ばかりしていた。それを紗智はまだ心のどこかで恐れている。恋人同士になったとはいえ、その不安が完全に消えるわけではない。その不安は俺が言葉と態度で取り除いてやらないといけない。そうじゃなくても、今の俺なら紗智にそうしてやりたいと思う。

「なかなかいい店だったな」

「うん、可愛いものもいっぱいあったし、楽しかったね」

「ああ――ん?」

「どうかしたの、誠ちゃん?」

「あの雑貨屋……」

「え――ああ、あそこね。あたしたちが子供の頃からあるよね」

「やっぱり、そうだよな。まだあったんだな」

「当時とは置いてる商品は違うだろうけど、外見はほとんど変わってないよね」

「ああ、店先にキャラもののキーホルダー置いてるとこなんて、まんま一緒だし――」

あれ、なんかこの店……。

「誠ちゃん?」

「あ、ああ、なんだ?」

「あたしのセリフ。ボーッとしてたよ?」

「いやあ、懐かしいなって思ってさ」

「そうだよね」

「次行こうぜ」

「うん」

なにか引っかかるような感じがしたけど、大したことないだろう。

「あれ? あそこって、なんかの店やってなかったか?」

「あ、本当だ。前は確かにあったんだけど、閉まってるね」

「よく見ると、ところどころ閉まってる店あるな」

「最近、隣町に大きなデパート出来たらしいから、そのせいかもね」

「みんな、そっちに流れてるってことか?」

「そうだと思う。1つの建物に複数のお店があるし、なにより商店街のお店より安いんだよ。だから、ここのところ閉まっていくお店が増えてきてるよ」

「時代の流れってやつなのかな」

「でも、なんか嫌だなあ」

「なんでだ? 個人営業の小さな店はなくなるかもしれないけど、小規模なスーパーぐらいならさすがになくならないだろ」

その点で言えば、買い物が不便にはならないはずだ。

「近くで買い物できないのが嫌なんじゃないの。どんどんお店がなくなっていっちゃうのが嫌だなって」

「紗智はここによく買い物に来るから、余計そう感じるかもな」

「それもあるけど、1番は小さいときから来てるからかな。買い物もそうだけど、遊んだりもしてたし、商店街の人との思い出もある」

「紗智……」

「思い出のある場所がなくなっちゃうのはやっぱり嫌だよ。とくに誠ちゃんとの思い出があるところは……」

「ここでなにかしてたっけ?」

「特別なにかしてたわけじゃないけど、ここも遊び場のひとつだったでしょ」

「まあ、そうだな」

「そんな場所が寂しくなってっちゃったら、あたしも寂しいよ」

「紗智の気持ちもわかるけど、心配することなんてないぞ」

「え?」

「確かに昔の思い出の場所はなくなっちまうけど、これからはもっといい思い出作れるじゃないか。昔の思い出の場所がなくなるんなら、新しい思い出の場所を作ればいい。それも昔とは比べ物にならないぐらい、幸せなやつをだ」

「誠ちゃん……」

「それじゃダメか?」

「ううん、あたしもそっちのほうがいい!」

紗智は俺に抱きつきながら、肯定する。

「あたし、もっと誠ちゃんとの思い出作りたい。楽しいのも嬉しいのも苦しいのも全部、誠ちゃんと一緒がいい!」

「おいおい、苦しいのはいらないだろ?」

「あたしはどんなことでも、誠ちゃんと一緒なら乗り越えられるから」

「紗智……」

「だから、いーの!」

ここが商店街じゃなけりゃ、よかったのに……。

「誠ちゃん?」

「いや、なんでもない。でも、紗智の言う通り、昔の思い出も大事だ。だから、思い出の場所に行ってみないか?」

「それどこ?」

「行けばわかるよ」

「うん」


「ここ……」

俺は紗智を連れて、公園に来た。

「ここだって、立派な思い出の場所だろ?」

「うん」

「ここは商店街と違って、ほとんど昔のままだしな。変わったとこと言えば、遊具の塗装がさらに剥げているとこかな」

「あ、でも来年の4月には塗り直すらしいよ」

「そうなのか? この錆が趣があっていいのに」

「そんなのないよー。だって、あの滑り台なんて、もうなんの動物かわかんないじゃん」

「像だろ? 覚えてないのか?」

「あたしたちのときは、まだかろうじて塗装が残ってたから知ってるけど、今の子たちのこと」

「そういうことか。確かにあまり見れたもんじゃないな。なぜか目の部分だけはえらく綺麗に残ってるせいで、若干ホラーだし」

夜、ここ通ったら、恐怖体験間違いなしだな。今でさえ、子供にトラウマ与えそうな雰囲気なのに。

「他にも色々古くなってきてるし、塗装も兼ねて大型点検もするみたいだよ?」

「その期間は遊具の使用禁止になるのか」

「どうしても危ないのは撤去するかもって話もあるし」

「ここだけは変わらないって思ってたけど、そういうわけにもいかないんだな」

「だから、今日は少し遊ぼうよ」

「別にいいけど、子供がいるぞ?」

休日の親子連れの目がある中、遊ぶのは多少気が引けるな。

「それは少し勇気がいるね」

「お、あそこは空いてるぞ?」

「あ! あの鉄棒懐かしい」

トタトタ走り出す紗智を追って、鉄棒に向かう。

「懐かしいなあ。これ、こんなに低かったっけ?」

「俺たちが大きくなったってことだろ。でも、これは高さ的には明らかに大人向けな気がするな」

「子供の頃はあんなに高く見えてたのにね」

「本当だな」

「よっと!」

紗智はチョイっとジャンプして、鉄棒にぶら下がる。

「今では簡単に届くな」

「昔は絶対、届くわけないって思ってたのにね」

「それが今じゃジャンプすればいいぐらいだもんな」

「あたしたちも成長したんだねえ。――誠ちゃん子供の頃、ここから落ちて怪我してたもんね」

「そんなことあったか?」

「あったよー。絶対届くんだって言って、よじ登って鉄棒に掴まったはいいけど、落ちて怪我してさ。それでおじさんとおばさんにすごく怒られてたじゃない」

「あー、あったなそんなこと」

「誠ちゃんは昔っから、やるって決めたら曲げなかったもんね。そういう意地っ張りなとこは変わらないよね、あはは」

「なにをー、そういう紗智だって、鉄棒で逆上がり出来ずに泣いてたじゃねえか」

「うっ……い、今は出来るもん!」

「本当か~? 強がって言ってるんじゃないだろうな?」

「出来るったら! 見ててよ~……とりゃっ!」

紗智は見事、逆上がりをしてみせる。ん? この動き……もしかしたら――

「どう、誠ちゃん?」

逆上がりを終えた紗智は鉄棒にぶら下がったまま、感想を求める。

「すまん、瞬きして見てなかった。もう1回やってくれ」

「え~、仕方ないなあ。――うりゃっ!」

紗智が逆上がりする瞬間、咄嗟にしゃがみ姿勢になる。俺の睨んだとおり、可愛い下着が丸見えだぜ。

「今度はちゃんと見てくれた?」

「ああ、しかし、まだ足りないな。もう1回見せてもらおうか?」

「え~、しょうがないなあ。――そりゃっ!」

おーけー! ベストショット! 良い三角形だ。

「これでどう?」

「悪くない。だが、まだまだだ。もう一度」

「また~?」

「早く」

「――よっ!」

おー! ビューティフルアンドデリシャス! ありがたや~、ありがたや~。

「も、もういいでしょ?」

「あと少しだ! 紗智ならもっとできるぞ!」

「もう1回~?」

「うむ、スタンバイおうけい!」

「――はっ!」

「いいぞいいぞ!」

「なんか、さっきから異常に喜んでない?」

「それは紗智の成長を喜んでいるんだ」

「本当かな~?」

「ああ、ついに紗智もそういう柄の下着を――あ……」

「あ、な、な、な――」

しまった! ついうっかりバラしてしまった!

「今のは忘れてくれ」

「う~……」

「紗智さん?」

「ふう~……」

紗智は鉄棒から手を離し、地面に足をつけた。

「お~い?」

「せ、誠ちゃんになら、別に見られても嫌じゃないけど……恥ずかしいよお」

「お、おお、すまん」

「もうやっちゃダメだよ?」

「わ、わかった」

今朝のことといい、紗智の思わぬ対応でものすごく罪悪感だ。で、でも、やめたくもないような。

「そ、そうだ! 時間も時間だし、そろそろ晩ご飯の買い物しようよ」

「少し薄暗くなってきたし、それがいいかもな。時間的にはまだ夕方ぐらいなんだろうけどな」

「この季節だもん、暗くなるのは早いよ」

「ともかく、また商店街に戻るか」

「うん」


俺たちは再び、商店街へと戻ってきた。

「本当、暗くなるの早いよな」

「もう電気の光が目立つなんてね」

「電気といや、えらく光の数が多いような」

商店街はいつにも増して、多くの光を放っている。

「そろそろ、そういう時期だもん」

「そういう――ああ!」

なんだか、えらく電飾の量が多いと思ったら、もうじきクリスマスか。

「それにしても、早いとは思うけどね。まだ12月にもなってないのに――」

「賑やかになっていいじゃねえか」

「そうなんだけどね」

クリスマスってことはつまり、紗智のも――

「さ、誠ちゃん! 今日の晩ご飯はなにが食べたい?」

「う~ん――そうだ!」

「なにかな? なにかな?」

「オムライスにしてくれ」

「いいけど、なにか理由でも?」

「前に俺が会長に料理教えてもらったときがあっただろ?」

「うん」

「そのとき、なんとか美味しくは出来たんだけど、やっぱり紗智が作ってくれるやつが食べたいと思ってさ」

「誠ちゃん……」

「ダメか?」

「ううん! そんなことないよ! よーし!頑張るぞー!」

「すごい張り切ってるな」

「だって、誠ちゃんがそう思ってくれてるんだもん。頑張らないわけないじゃない」

「ありがとうな、紗智」

「うん。――食材、買いに行こうよ」

「ああ」


食材を買い終えるとそのまま俺の家に直行した。

「ただいまー」

「おお、さむさむ」

日が落ちると一気に冷えるな。

「先にお風呂で温まってくる? その間にご飯作っておくよ?」

「あ、ならさ――」

「ん?」

「一緒に入ろうぜ?」

「え……え、え、えーー!?」

「そんなに驚かなくてもいいだろ」

「だだだ、だってぇー……」

「嫌か?」

「い、嫌なことないよ」

「なら――」

「でも、着替え持ってきてないし……」

「取りに行けばいいじゃん」

「それだと、誠ちゃんの家でお風呂入るって、バレちゃうよ」

「なんだよ、バレたらまずいのか?」

「そういうことじゃないよ。お母さんにはもう……誠ちゃんとのこと、言ってあるし。それでも、そういうことしてるって思われたら恥ずかしいの」

「そんなに深く考えなくてもいいと思うんだけど」

「と、とにかく! それはまた今度ね」

「えー」

「……またお父さんとお母さんがいないときは、一緒に入りたいな」

「紗智……」

「あたしだって……誠ちゃんと同じ気持ち、なんだよ?」

「……ああ、そうだな。困らせてごめんな」

俺は紗智を抱き寄せ、頭を撫でる。

「え、えへへ」

「紗智……」

「誠ちゃ――あっ」

頭から肩へ手を移動させ、キスする。

「んっ……せい、ちゃ……んちゅ、ちゅっ……」

「紗智の唇、柔らかいな」

「やあ……はずかし、んぅ……ちゅむ……」

室内の肌寒さも忘れて、キスに夢中になってしまう。

「んむ……ねえ、誠ちゃん?」

「なんだ?」

「あたし、実はね……デート中、ずっとチュウ、したかったの」

「紗智……」

「だから、うれしい」

「俺もだよ」

「え……?」

「俺も紗智としたかった」

「えへへ、誠ちゃんと同じだあ」

「俺はいつだって、紗智と一緒だぞ」

「うん……」

「俺、先に風呂入ってくるな」

「うん、寒いからそのほうがいいよ。上がってくる頃には晩ご飯出来上がってると思うから」

「ああ、楽しみにしてる」

本当は紗智と入りたかったし、なんだか忍びない気分だけど、洗濯もあるから早く済ませておこう。


「さっぱりさっぱり」

風呂から上がってくるとなんとも良い香りが鼻腔を刺激する。

「おかえりなさい。ご希望のオムライス出来たよ」

「サンキュ。おー、美味しそうな匂いだ」

「早く食べようよ」

「おう、いただきます」

「いただきまーす」

この少し半熟な感じの玉子がトローっとなってて、食欲を掻き立てるな。

「どうかな?」

「やっぱり、紗智の料理は最高だ」

「本当?」

「ああ、俺が作ったのとは大違いだぜ」

「期待に応えられたようでよかったー」

「この味だ、この味。これが食いたかったんだ」

「そんなに褒められると恥ずかしいよ」

「だって、美味いんだもん。今度、俺にも教えてくれよ?」

「うーん、いいけど……」

「なにか問題でもあるのか?」

「誠ちゃんがこれ作れるようになったら、あたしが作ってあげられなくなっちゃうよ……」

「なーんだ、そんなこと心配してたのか」

「そんなことって……あたし、こんなことでしか誠ちゃんの役に立てないし、喜ばせること出来ないから……」

「ていっ!」

「あたっ!」

紗智の頭にチョップをお見舞いしてやる。

「な、なにするんだよー?」

「バカなこと言った罰だ」

「バ、バカって――」

「俺は別に紗智を家政婦とか召使いだなんて、思ってないんだぞ?」

「え……?」

「もし仮に料理が出来なくたって、俺は紗智を必要とする」

「誠ちゃん……?」

「俺はな、紗智と一緒にいられるだけで幸せなんだ」

「…………」

「だから、絶対にそんなこと言うな」

「うん……ごめんなさい、誠ちゃん」

「わかればよろしい」

「誠ちゃん」

「ん?」

「ありがとう……」

それから紗智と楽しく談笑しながら、夕食を食べ終え、紗智は自宅へ帰るため、玄関へ移動した。

「よいしょっと」

「忘れ物ないか?」

「うん、大丈夫」

「隣の家なのにこんなこと言うのもおかしいけど、気をつけてな」

「うん、また明日ね」

「ああ」

「あの、誠ちゃん」

「なんだ?」

「……んっ」

紗智は目をつぶり、顔を上げ、唇を少し突き出す。その態度に俺も無言で応える。

「ん、ちゅっ……」

軽く唇を交わす。

「えへへ、ありがと、誠ちゃん」

「ああ」

「それじゃね」

紗智はウキウキしながら、自宅に向かっていった。

「俺も部屋に戻るか」

俺が部屋に着いて、まもなく紗智の部屋の電気がついた。

「お、帰ってきたみたいだな」

「えへへ、誠ちゃん」

部屋に着くなり、すぐさま窓を開ける紗智。なんとなく、そんな気がしたので俺も窓を開けておいた。

「どうした?」

「今日は楽しかったね」

「ああ、最高の日だった」

「また今度、お出かけしようね」

「当然だろ」

「次はどこ行こっかなー」

「おいおい、もう決めるのか?」

「想像するだけだよ。楽しみだなあ」

「俺も楽しみだ」

「えへへ、一緒だね?」

「それはいつものことだろ」

「うん、えへへ」

「お前まだ風呂にも入ってねえだろ? 風邪引く前に温まって、早く寝ろよ?」

「わかってるよー。誠ちゃんはもう寝るの?」

「いい感じに眠気来てるし、もう寝ると思う」

「そっか。今日はほとんど歩きっぱなしだったしね。ゆっくり休んでね?」

「そうさせてもらうよ」

「おやすみ、誠ちゃん」

「おやすみ」

紗智が静かに窓を閉めるのを確認してから、俺も閉めた。

「ふあ~あ……」

今日は本当に楽しかったな。その反動で知らぬ間に疲れてたみたいだな。なんだか、すげー眠い。

「紗智……また一緒に……」

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