15話 買い物、神社、高台
「ふあ~あ」
「結局、午後の授業も全部寝てたね」
俺の大きなあくびを見て、紗智は今日の俺を振り返る。
「もう放課後ですよ」
「おかげでばっちり目覚めてるぞ」
「そんなの当たり前だよ」
「鷲宮さん、今朝とは目つきが大違いです」
「朝は完全に死んでたからな」
「誠ちゃんの目も覚めたことだし帰ろうよ」
「そうだな」
「あの……」
「どうした、三原?」
「私も……一緒に帰って、いいですか?」
「三原……」
「…………」
「もちろん! 一緒に帰ろう!」
「――はい」
気のせいではなく、三原の声はいつになく弾んでいた。
「あ、それでさ、誠ちゃん」
校門を出て、いざ帰路へというところで紗智が話しかけてきた。
「なんだ?」
「明日はどうする?」
「明日?」
「あ、そうですね。どうしましょうか?」
「ちょっと待ってくれ、明日ってなにかあるのか?」
「えー、聞いてなかったの?」
「なにをだ?」
「ちゃんと返事してたじゃん」
「いつ?」
「今朝だよ」
「まあまあ、紗智さん。鷲宮さん、朝は寝ぼけていたことですし、きっと覚えてないんですよ」
「ぶー」
「悪いって。明日がどうしたって?」
「学園祭でのクラスの出し物あるでしょ?」
「ああ、創作パズルの」
「今朝のHRで私たちが材料の買い出しを頼まれたんです」
そんなことになってたのか。しかしそれは――
「頼まれたんじゃなくて、押し付けられたの間違いだ」
「ともかくそういうわけだから明日は土曜でお休みだし、誠ちゃんと麻衣ちゃんとあたしの3人で行くって話だよ」
「あー、なるほど」
「麻衣ちゃん、こっち来たばかりだし街の案内も兼ねてと思って」
「そのことで、どうしようかと思いまして」
「それなら明日は朝から校門前に集合でいいんじゃないか?」
「なんで校門前なの?」
「行くにしてもそんな距離があるわけじゃないんだ。ここに集合のほうがわかりやすいし、行きやすいだろ」
三原がこの町に詳しくないなら尚更だ。
「そっか」
「私はそれで構いません」
「決まりだな」
「よーし、それじゃ明日はここに集合だね」
「はい」
どうせ休日は暇だし、3人で行くのも悪くねえな。
「それじゃ麻衣ちゃん、あたしたちは買い物があるから」
俺と紗智は夕飯の食材買い出しのため、商店街へ。
「はい、本日はこれで――」
「うん、また明日ね、麻衣ちゃん」
「はい、楽しみにしてます」
「あたしも楽しみにしてるね」
「またな、三原」
「失礼します」
三原は頭を下げ、自宅の方向へ向かった。
「ふーん、ふふーん」
鼻歌交じりに紗智はスキップでもし始めそうな勢いだ。
「楽しそうだな?」
「えー、そりゃ楽しいよ」
「なんで?」
「だって今日はいいことあったし、明日は3人でお出かけだし、楽しくないわけないじゃん」
「そうだな」
「今日はちゃんと早く寝なきゃダメだよ?」
「わかってるよ」
寝れるかどうかわからんが……。
「さ、今日のお夕飯のお買い物に行くよ」
「ああ」
「うん! 行くよ、誠ちゃん!」
「おう」
「今日は誠ちゃんもいるし、買い貯めしておこうかな」
「なんで俺がいたら、買い貯めするんだよ?」
「だって、あたし1人じゃ限界があるもん」
「なんの限界だ?」
「そんなの荷物持ちに決まってるじゃん」
「は? んな重たい物、俺は持ちたくねーぞ」
「ダーメ! 毎日買い物行くのだって楽じゃないんだぞ」
「えー、面倒だな」
「男の子なんだからそのぐらい手伝ってよ。いつもご飯作ったり、お洗濯してるんだから」
「あーはいはい。わかりましたよ。それでどこ行くの?」
「ありがと、誠ちゃん。スーパーなら色々揃うし、そこに行くよ」
「お好きなようにどうぞ」
「よーし、まずはお野菜を買うよ」
「はいはい」
スーパーに着くなり手馴れた手つきで買い物カゴを手に取り、野菜コーナーへ赴く。
「なーにに、しよっかなー」
「テキトーでいいだろ、テキトーで」
「そういうわけにもいかないよ。お野菜によって、栄養も作るお料理も違うんだから」
「わかったって。じゃあ、良いものを選んでくれ」
「お任せあれ。――えーと、まずはキャベツっと」
「…………」
買い物の付き合いほど暇なものはねえな。特に女の買い物は無駄が多い気がするんだよな。目的の物をさっさと買えばいいのに。
「ねえ、誠ちゃん?」
「あ~?」
「こっちのトマトとこっちのトマト、どっちがいいと思う?」
両手にそれぞれ別々――と思われるトマトを見せてくる。
「は? どっちも同じだろ?」
「ちーがーうーよー。こっちは小さいけど綺麗だし、こっちは大きいけど形が悪いの」
どうやら右のがちっこくて綺麗なやつで、左がおっきくて形が悪いものらしい。
「どっちも同じ値段だから迷うなー」
「お前、おばちゃんみたいだな」
「失礼だなー。少しでも安くて良い物を買うのは当然なの。誠ちゃんはこういう買い物しないからわかんないんだよ」
「俺はどうせ食うしか能のない人間ですよ」
「もう、すぐ面倒くさくなるんだから……。形は悪いけど大きいほうにしよ。切ればわかんないし」
わざわざ俺に聞かんでもいつも自分でやってるんだから、いつもの決め方で決めればいいのに。
「あ、これも忘れたらダメだよねー」
「ん? 紗智、ちょっと待て」
紗智が買い物カゴに入れた物体を見て、ストップをかける。
「なに?」
「なぜピーマンをカゴに入れる?」
「だって、お料理で使うし――」
「そんなものは使わんでよろしい」
俺はカゴに入ったピーマンを元の野菜棚に戻す。
「あ! なにするの!? これも買うから勝手に戻さないでよ」
紗智は戻したピーマンを再びカゴに入れ直す。
「いーや、こんなものを使う料理は料理とは言わん。別の野菜を買いなさい」
再び棚へ。
「ダーメだって! 好き嫌いなんて、あたしが許さないから!」
「させるか!」
再々カゴに入れようとした紗智の手にあるピーマンを掴む。
「あ、コラ! 離しなさい!」
「離したらカゴに入れるだろ?」
「そんなのあたりまーえーだーよー!」
「紗智こそ離しながれ!」
「誠ちゃんだって離したら棚に戻すでしょ?」
「んなもん、あたりまーえーだー!」
「じゃあ離さない!」
「なんの、俺だって!」
くそ、俺の腕を掴むとき並みのパワーを発揮してやがる。
「おい、いい加減離せって。俺もうピーマンに触れるだけで全身に
「あたしだって、ピーマン買わないと……えーと、えーと……そう! 血! 血吐くんだから!」
「どんな症状だよ、そりゃ!? 多分、新種のウイルスに感染してるから、いますぐどっかの研究所にでも行ってこい! 新発見の代価として、遊んで暮らせるぐらいの金がもらえるかもよ?」
「そんなものいらないよ! あたしが今欲しいのはピーマンなんだから!」
「いいから離せって!」
「誠ちゃんこそ~!」
「ぐぬぬぬ~」
「ふぬぬぬ~」
本当に紗智のパワーか!? なら、これでどうだ!
「ふええ! ちょ、ちょっと! 誠ちゃん!?」
「しまっ――」
思わぬ力の入れ方をしたせいで体勢が――
「う、うわわわわ!」
「どわあああ!」
「あてててて……」
紗智を押し倒すように俺が上から覆いかぶさっていた。しかし、俺が紗智を下敷きにしているわけではなかったことが安心だ。いかな紗智といえど、そんなことになれば体を痛めるだろう。それはさすがに忍びないからな。
「つう~、紗智よ。大丈夫か?」
「あいたた、あたしは大丈夫だよ。誠ちゃんこそ、大丈夫?」
「ああ、なんとかな」
「それはよかっ――あっ……」
「ん?」
「あ、あわわ、うわわ」
「なにを目丸くして……ん?」
「ひゃうん!」
なんだ? こんなクッションのように柔らかい野菜なんてあるのか? それになんだか覚えのある感触だ。
「んん、せい、ちゃあん! うあっ!」
「お前、変な声出すなって」
「だって、誠ちゃんが、んう!」
「俺がなんだ……って」
この展開はもしや――
「お、置いてるから、手」
「ガッデーーーム!」
紗智の胸が俺の手に!? 倒れたとき咄嗟に掴んでしまったんだ!
「い、いいから、早く手どけてよ」
「あ、ああ。ちょっと待ってろ」
「あん! ちょっと! まずは胸から手どけてよ!」
「んなこと言っても、周りに散らばった野菜が邪魔で手を置く場所がねえんだって」
「じゃあ、早く立ち上がって、ううん!」
「わかったから変な声出すな」
ただでさえ人が集まってきてるってのに目線まで痛くなるだろ。
「だって、誠、ちゃんが、うあっ、手置いてる、から」
「少しだけでいいから我慢しろって」
でないと周りのおばちゃん連中のヒソヒソ話が加速するだろ。
「頑張る、から、早く」
「おう、待ってろ」
まずは床についてる手に体重をかけ紗智の胸の負担を減らそう。
「ん、はあ……」
「ぐぬうう」
片手だと体重を支えるのがきつい~。
「ま、まだなの~?」
「も、もうちょい、だ」
くそ、おばちゃんどもの若気の至りどうこうの声が鬱陶しい。あーだこーだ言う暇があったら、立ち上がるの手伝えよな。
「よ、よし、これでえ!」
やった! ようやく立ち上がれたぜ!
「あふう……」
「もう誠ちゃんが余計なことするから!」
「うるせー、お互い様だ」
俺たちは買い物を終え、スーパーを出る。
「でも、なにもなしでよかったよ」
「あれが、なにもなしだって?」
「うっ……」
「駆けつけた店員さんからはお咎めなしだったけど、周りの目はわかってただろ」
「うん……。はあ、あたしもう、隅を歩きながらじゃないとあそこに行けないよ」
「完全に狂気を見る目だったな」
「はあ~あ」
「……悪かったって」
「もういいよ。あたしも意地になってたところあるしさ」
紗智にしては珍しく反発してこないな。
「誠ちゃんの晩御飯、ピーマンたっぷり野菜炒めね」
そうでもなかった。
「やっぱり俺が悪いって思ってるじゃねえか!?」
「だって、買い貯めだってしたかったのにさ……」
「あの熱視線は耐えられんな」
とにかくあそこから早く出たかった気持ちが後押しして、今日の必要分しか買えなかった。
「あ、そうだ」
「どうしたの、誠ちゃん?」
「悪い、俺少し神社へ行ってくるわ」
今朝、会長に紗智の勉強のお礼ちゃんと言ってなかったからな。今なら神社にいるだろし、ここから近いからついでに寄っていこう。
「え、どうして?」
しかし、紗智には神社での会長のことを言うわけにはいかん。なれば――
「ちょっと夢のことで気になることがあってな」
「うーん……ま、いっか」
「荷物と晩飯、よろしく頼む」
「遅くなっちゃダメだよ?」
「わかってる。後でな」
俺は紗智と別れ、神社へと向かった。
「おや、鷲宮君」
意外そうな目で俺を見つめる会長。
「こんちは、会長」
「また来るとは思わなかったよ」
しかし、すぐにいつもの微笑みを顔に宿す。
「近くまで来てたんで会長と話していこうと思ったんですよ」
「それは嬉しいが、紗智さんは一緒じゃないのか?」
「あいつなら先に帰りました」
「なら、紗智さんについていたほうがいいんじゃないか?」
「平気ですって。あいつといるより、会長と話してるほうがいいですから」
「私を優先してくれるのは喜ばしいが、紗智さんが不憫で仕方ない」
「気にしすぎですって」
「それでなにか話があるんじゃないのか? それとも本当に談笑しにきただけかい?」
「いえ、紗智のことでお礼を言おうと思いまして」
「紗智さんのお礼? なんのことだ?」
「昨日、勉強教えてもらったんで、そのお礼です」
「そのことなら気にしないでいい。おかげで私も紗智さんとの距離が近くなったからね」
「でも、あいつに教えるの大変だったでしょ? 物分り悪いし」
「君は少し紗智さんを過小評価しすぎだ。その内、本当に足元をすくわれるぞ」
「会長、冗談きついですよ。相手はあの紗智ですよ?」
「鷲宮君、1つ良いことを教えてあげよう」
「なんですか?」
「1番脅威となる敵は己自身だ」
「うっ……」
「せいぜい油断しないことだな」
「会長が言うと言葉に重みがある気がします」
「そうか? 私が言うからというよりは自分にその自覚があるからではないのか?」
「そ、そんなことはないはず……です」
「であれば、心配いらんだろう。紗智さんのことだが、彼女は本当に賢くて良い子だよ」
「賢い紗智って想像しにくいです」
「端から見ても、彼女が知的に見える人間は少ないだろう」
「やっぱりそうですよね」
「それは彼女の持ち前の明るさ故だ。それで救われた者もいるのではないか?」
「それは、まあ」
真っ先に三原のことが頭に浮かんだ。
「彼女の明るさ……羨ましいよ」
「羨ましい?」
「変かな?」
「変ではないですけど……会長ほどの人が紗智を羨ましがるなんて」
「鷲宮君は誤解しているよ。私だって1人の人間だ。完全無欠ではない」
「そうですけど――」
「いや、その前に私はもう……」
なんだか遠い目をしてる。
「あの、会長?」
「鷲宮君」
「はい」
「君から見て、私はどう見える?」
「どう、とは?」
「言葉通りの意味だよ」
「…………」
俺から見た会長か。なんだろうな。色々思うことはあるけど、どれもしっくりこない。
「すみません、よくわかりません」
「それは何を考えているのかわからない人間、という意味か?」
「そうじゃなくて、言葉で言い表せないだけです。会長から感じることはいっぱいあるんですけど」
「……そうか」
「でも1つだけ、確かなことがあります」
「なんだ?」
「会長は優しいです」
「私が……優しい?」
「はい」
「なぜそう思う?」
「だって、俺たち学園の生徒のことを1人1人きちんと考えてくれてるし助けもしてくれる。でも、叱ってもくれるから甘いわけじゃない。それって優しさがないとできないことだと思うんですよ」
「それは会長として――」
「そうやって、会長としての責を果たしてるだけっていう姿勢も俺たちへの気遣いになるんですよ」
「…………」
「会長こそ自分を過小評価しすぎです」
「え?」
「俺なんかに比べたら立派すぎるぐらいですよ。俺なんて今日の授業、全部寝てたんですから」
「それは感心しないぞ」
「へへ、反省してます」
「笑い事ではないぞ」
「すみません」
「――ふっ、ふふ、君は本当に面白い男だ」
「そうですか?」
「ああ。ふふふ、君といると時間を忘れてしまいそうだよ」
「俺も会長といると同じ気持ちです」
「ふ、ふふふ、ふふ……」
「え……?」
会長の目……泣いてる?
「あの、会長?」
「え、あ、なんだ?」
「大丈夫ですか?」
「なにがだ?」
「その、目が……」
「え――あっ」
会長は自分の目が潤んでいたことに気づき、咄嗟にそれを拭う。
「すまない」
「いえ……」
「知らぬ間にゴミでも入っていたようだ」
「それなら、いいんですが……」
「ほら、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか? 紗智さんが待っているかもしれん」
「でも――」
「いつまでも放ったらかしでは、紗智さんが可哀想だよ」
「会長がそう言うなら、今日は失礼します」
「ああ、また学園で会おう」
「それじゃあ」
紗智も家で待ってるかもしれないし、さっさと帰ってやるか。俺は自宅に足を向け、会長のもとを後にした。
「未だに忘れられないとは……。私は……下劣だな」
「ん……?」
神社から商店街へ戻り、自宅へ帰る途中に通りかかる公園でのことだった。
「今の――仲野だったような……」
一瞬だけ後ろ姿が見えただけだから、確証はないけど気になるな。
「高台の方へ向かっていったような」
この公園には遊具のある広場と御守町を眺めることの出来る高台が備わっている。仲野はその高台に向かったように見えたな。
「行ってみるか」
えーと、仲野はどこだ? こっちに来てたと思うんだけど……。
「…………」
「おっ、いた!」
高台の柵に前のめりになっている仲野を発見。景色でも眺めてんのか。
「おーい! 仲野ー!」
うおっ!? 仲野、スカートの中丸見えだぞ。って、スク水だろうからいいんだろうけどさ。
「!? ――なんだ、鷲宮先輩ですか」
仲野は心底驚いたような表情をする。
「急に大声で話しかけたのは悪かったけどさ、そんなに驚かなくてもいいだろ」
「いえ、変質者の声がしたので驚いたんです」
「変質者の声ってなんだよ。しかも、それ俺のことか」
「私もビックリしました。スケベ心って声にも乗るんですね」
「そんなの乗ってたまるか」
俺のツッコミに仲野は微笑む。欲しいリアクションをもらえたことへの満足感だろうか。
「言霊とは、昔の人は良いことを言ってますね?」
「俺に同意を求めるな。認めたら負けのような気がする」
「そんなことより、鷲宮先輩はなぜここに?」
「相変わらずズバッと切るな。公園の前を通りかかったら、仲野の姿が見えたんでな――」
「ストーカーしてたってことですか?」
「ちげーよ。当たらずも遠からずかもしれんが」
「あんまり女性のお尻追っかけすぎると、捕まりますよ?」
「そんなことしてねーから」
「私のなら許してあげますけどね」
ふふんと口の端を釣り上げる仲野。
「な、に……」
「本気にならないでください」
と思いきや、一瞬で真顔に戻る。
「そうだろうと思ったよ。話を戻すが仲野の姿が見えたから、何してるのか気になってな」
「そういうことですか」
「今日は部活なかったのか?」
「水泳部は学園祭で模擬店をするので、その準備があって」
「買い出しか」
「いえ、それは先輩方の役割ですから」
「じゃあ仲野はなにするんだ?」
「なにもしませんよ」
「なにもって……サボるのか?」
「鷲宮先輩と一緒にしないでください」
「俺がいつもサボってるみたいに言うな」
「違うんですか? 真っ先に出てくる言葉って、自分のことを表してると思っているんですけど」
「ぎくっ!」
「図星なんですね。リアクション古いです」
「余計なお世話じゃ」
「……サボるわけではなくて、水泳部の決まりなんですよ」
「決まり?」
「1年生だけはなにもしなくていいんです。その代わり、2年生からは全員参加です」
そんな決まりがあったんだな。
「なるほどね」
「せめて1年生のときはって、数年前の部長が決めたらしいです」
「その人、いい人だな。体育系の部活は下級生こそ色々やらされそうなイメージがある」
「実際それが普通だと思いますよ。私も御守学園に入学する前は雑用するのが当たり前でしたし。今の水泳部はやることさえやれば、下級生と上級生が分け隔てなく協力し合ういい関係です」
「良い部だな」
「はい、とても」
「ところでさ――」
「はい?」
「いくらスク水とはいえ、もう少し気を遣わないとダメだぞ?」
俺はさっきから気になっていた仲野の恥ずかしい1カットを指摘する。
「なんのことを……あっ」
気がついたのか、瞬時にスカートを押さえる仲野。
「み、見ましたね?」
「そんなに恥ずかしがることねえだろ?」
「鷲宮先輩ってとことんスケベなんですね」
「はあ? だったら、女子の水泳見てる奴らみんなスケベってことか?」
「まあ、そういう不純な目線の人もいることは否定しません。だとしても、水着と下着とでは見られる意味が大きく違います」
そりゃあ下着だったら――え? 下着?
「いや、だってお前、この前はスクみ――」
「今は違うから言ってるんです。鈍感を装った新たな手法ですか?」
「ふえ……?」
じゃあ、あれはスク水じゃなくて、仲野の……。
「ほ、ほぅ……」
そういえばスク水にしてはって感じもしたかな……。人を弄ぶわりには純情な色をお選びなさる。
「思い返さないでください。エッチな先輩です……」
「はっ! いや、思い返してなんかねえぞ」
「あんなに惚けた顔してたらごまかせもしませんよ」
「ぐう……」
「とはいえ、今回は私に落ち度があったのも事実です。だから許してあげます」
「完全に俺1人が悪者扱いされてるのは気のせいか?」
「気のせいですよ、
「微妙に人名っぽく言うのやめろ」
「冗談です」
「はあ……まあ、俺も見えてたのに言わなかったからな。悪いのにかわりねえよ」
「でも、私は……」
「ん?」
「鷲宮先輩になら……見られてもいいかな……」
「んな!?」
「……それじゃ鷲宮先輩、私もう行きますね!」
「あ、おい!」
行っちまった。なんなんだよ、最後のは……。
「まったく、俺のことからかいすぎだぞ」
家に帰ると紗智が晩飯を用意して待っていてくれていた。いつものように紗智と談笑しながら飯を食い、紗智が帰ったあと風呂に入り、自室でくつろいでいた。
「ふわ~あ」
授業中ずっと寝てたのに夜も眠くなって安心だ。
「まだ寝足りないの?」
窓を開けていたら、いつの間にか紗智も開けて話しかけてきた。
「俺自身が1番びっくりだよ」
「でも、そのほうがいいよね」
「なんでよ?」
「もう忘れちゃったの? 明日のことだよ」
「覚えてるぞ」
「今日も寝れなかったら、明日のお出かけも誠ちゃん疲れたままでしょ。そうならないか心配だったんだよ」
「杞憂だったな。すぐ寝ると思うぞ」
「みたいでよかったよ。あ、誠ちゃん」
「なんだ?」
「明日は1人で起きてね」
「あんでよ?」
「校門に麻衣ちゃん1人で待たせてたら、かわいそうでしょ? あたしは先に行って、待ってるから」
「そうか」
「ちゃんと起きてよね?」
「わかってるって」
「遅刻しちゃダメだよ?」
「はいはい」
「本当に大丈夫かな」
「あのな、お前に起こされないと目覚めねえわけじゃねえんだよ」
「うん、そうだね。じゃあ、また明日ね!」
窓が閉まり、紗智の部屋の明かりはすぐに消えた。
「ったく、俺をなんだと思ってるんだ」
起きるぐらいわけねーっての。
「…………」
少し早めに目覚ましかけとくか。
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