16話 鈴の一面

「うう~ん……」

朝……か。寝ぼけ眼で時計に目をやる。

「時間は……余裕だな」

紗智は心配しすぎなんだよ。

「とはいえ、ゆっくりする時間もないし、着替えて出るか」

寝起きの重たい体を起こし、外出用の私服に着替え始める。


「…………」

自宅を出て数十分、学園はもう目と鼻の先だ。しかし、ここに来るまでいつもは紗智と歩く道だったから違和感を感じたな。慣れって怖い。

そんなことを思っていると校門が見え、人影が――紗智に三原に……。

「なんか1人多いぞ?」

「あ、おーい! 誠ちゃーん!」

「おはようございます、鷲宮さん」

「おはよう、鷲宮君」

近づいてみるともう1人は会長だった。

「あれ、会長?」

「挨拶ぐらい返してほしいな」

「あ、お、おはようございます」

「うむ」

「それで、どうして会長がここに?」

「私がいたらまずいのか?」

「ひどいよ、誠ちゃん」

「きぬさん、かわいそうです」

「話がややこしくなるから、広げなくていい。それより、三原も会長と仲良くなったのか?」

「はい、鷲宮さんを待っている間に紗智さんときぬさんとお話してて」

「私は学園に用があったんだ。来たら2人が校門にいてな。これからお出かけすることも聞いたよ」

「そういうことだったんですか。俺はてっきり会長もついてくるのかと」

「ついていきたいのは山々だが、学園祭前で生徒会の仕事が積まれている。それを片付けないとな」

「もしなにかあれば、いつでも手助けしますから言ってくださいね!」

「大変だと思いますが、頑張ってください」

紗智と三原の言葉に会長は微笑む。

「ありがとう。そのときはよろしく頼むよ。――っと、鷲宮君も来たことだし行くのだろう? 楽しいひと時だった」

「私も楽しい時間でした」

「今度、時間があるときに一緒にお出かけしてくださいね」

「ああ、是非よろしく頼む。それじゃ」

会長は背を向け、校舎へ歩いていった。

「会長、休日なのに大変だな」

「ですが、嫌な顔一つされず、ご立派です」

「きぬさんに負けないように、あたしたちはあたしたちで頑張ろう!」

「はい」

「だな」

「よーし、それじゃしゅっぱーつ!」

紗智の一言で歩き出す俺たち。買い出しは面倒だけど、この3人で出かけるのは少し楽しみだ。


「けっこう歩いたな」

商店街に到着したが買い出しの前にまず、三原にこの街を案内した。それはよかったが色んなところに行ったから少し疲れたな。

「麻衣ちゃん、大丈夫?」

「はい、少し疲れましたが大丈夫です」

「この季節で助かった」

「そうだね。夏なら確実に汗びっしょりだよ」

「体が温かくなったので、むしろよかったです」

「ああ。でも、ちょっと疲れたし腹減ったぞ」

「お昼頃だしね」

「どこかでお食事しますか?」

「買い出しの前にそうしようぜ、紗智?」

「そうだね。あそこ行こうよ」

紗智が指さした方向には喫茶店があった。

「いいぜ」

「私も構いません」

「けってーい」


「一息つけるなあ」

どうやらここは喫茶店兼ファミレスのようだ。ランチもあるみたいだし助かる。

「麻衣ちゃん、どれにするー?」

「色々あるんですね。こういう場所は初めて来たので迷います」

「外食したことないの?」

「ありますが、いつも決められたものがきますので、自分で注文するのは初めてです」

それってコース料理とかいうやつでは。

「誠ちゃん、決まった?」

「おう、日替わりランチだ」

「麻衣ちゃんは?」

「私はこのプレートランチにします」

「おっけー。あたしはミックスサンドイッチにしよう」

「すみませーん」

俺は手を挙げ、店員さんを呼び出す。

「ただいま、まいりまーす」

「な、なんだか緊張してきました……」

「大げさだよ~」

「ですが――」

「三原~、こういうところで注文するときはちゃんと手を上げてから、大声で商品を伝えるのがルールなんだぞ」

「な、なるほど」

「ちょっと誠ちゃん――」

「いいっていいって」

恥ずかしがり屋の三原のことだから、結局出来ずに終わるのが目に見えてるからな。

「は、恥ずかしいですが……頑張ります」

「お待たせいたしました」

「ん?」

なんか聞き覚えのある声だな。

「ご注文は、お決まり――」

「うあっ!?」

笑顔を振りまきながら注文を取りに来た女性店員に俺は見覚えがある。その笑顔とは正反対のイメージしかない俺は驚きを隠せずにいたと同時に、女性店員も俺と同じ反応だった。

「!?」

鈴下ぁ!? なんでこんなところに!? いや、というかその格好は――

「どうしたの、誠ちゃん? いきなりビックリして店員さんに失礼だよ?」

「あ、いや……」

「ごめんなさい、騒がしくて」

「い、いえ……」

鈴下は紗智と三原に見えないように鋭い視線で俺を睨みつける。なぜだ……。

「ねえ、誠ちゃん?」

「な、なんだ?」

「もしかして、この人と知り合い?」

別に隠すことでもないし、言っておくか。

「え、あ、実は――」

「!?」

「ぐわっ!?」

あ、足が――踏みやがったな!?

「ぐべっ!」

「すみませ~ん、手が滑ってしまいました」

足を踏むだけに飽き足らず、注文を取る機械で顔面を殴打してきやがった。なにが手が滑っただ。ゲームじゃあんなに繊細な操作が出来るやつがそんなミスするか!

「だ、大丈夫、誠ちゃん!?」

「あ、ああ。それより、こいつは――あだだだ!?」

痛え! マジで痛えから、足どけてくれ!

「お客様、”余計なこと”は仰らずにご注文をお願いします」

鈴下は該当部分を強調する。

「もう騒がしいよ、誠ちゃん」

「んなこと言ってもよ――て、店員さん、注文だけしますから勘弁してください」

「ご理解ご協力ありがとうございます」

鈴下は営業スマイル全開で応える。やっと足が解放された。あざになってねえだろうな。

「それでは、ご注文をどうぞ」

「あ、あの!!」

「は、はい」

三原の唐突に出した大きな声で鈴下は面食らいながらも受け答えする。

「私はプ、プ、プレートランチでお願いします!」

「…………」

「…………」

あまりにも元気ハツラツとしたその発言で店内が沈黙に覆われる。マジでやるとは思わなかった。

「え、え……私、なにかいけないことを――」

「あ、いやそんなことはないぞ」

「もう誠ちゃんのせいだからね!」

「…………」

鈴下の目は明らかに「お前のせいか」という言葉を発していた。

「うっ……」

紗智と鈴下の睨みが一気に襲いかかってくる。

「すみません……」

いたたまれない空気の中、紗智が取り仕切る。

「ごめんなさい、店員さん」

「い、いえ、おかまいなく」

「えーと、プレートランチとミックスサンドイッチと日替わりランチください」

「はい、かしこまりました。しばらくお待ちください」

「うっ……」

用が済んだ鈴下は俺のことをもう一度睨みつけてから去っていった。

「ごめんね、麻衣ちゃん。誠ちゃんのせいで」

「あの、どういうことでしょうか?」

「すまん、三原。俺の言ったことは嘘なんだ。本当は紗智みたいに普通に伝えればよかったんだよ」

「え……」

「まさか、本当にやるとは思わんで――すまん!」

俺はテーブルに額が当たるぐらい頭を下げる。

「ひ、ひどいですよ、鷲宮さん」

「本当に悪かった」

「ごめんね、麻衣ちゃん」

「い、いえ、大して気にしてないので大丈夫です。少し恥ずかしかったですが……」

「誠ちゃん、ここはおごりだよ?」

ぐぬぅ、悔しいが自業自得だ。

「はい、反論ありません」

「やったね、麻衣ちゃん。昼食代は誠ちゃんが払ってくれるって」

「それは悪いですよ」

「気にすんな、俺のせいで三原に迷惑かけたしな。せめてものお詫びとして、おごらせてくれ」

「鷲宮さんがそう仰るなら」

アホな事しなきゃよかった。俺の貴重な小遣いが……。

「お待たせいたしました。ご注文の商品、お持ちいたしました」

テーブルにそれぞれ頼んだ品が置かれていく。俺が頼んだ日替わりランチはハンバーグのようだ。

「ん?」

俺は運ばれてきたハンバーグに違和感を覚える。

「以上でお揃いでしょうか?」

「あの、店員さん」

「……なんでしょうか?」

俺との対応だけ冷めた声になるのやめてくれ。

「このハンバーグにかかってるトマトソースなんですけど……」

「なにか?」

「これ、文字になってませんか?」

俺の目には『アホ』って書かれてるように見えるんだけど。

「そういうお店ではございませんので、変な期待はしないでください」

「これ、誰がかけたんですか?」

「わたしですが?」

「…………」

なんと堂々とした態度だろうか。

「お客様?」

「はい」

「つべこべ言わず、食べてください」

「……わかりました」

「ごゆっくり」

見事な営業スマイルで鈴下は席を離れていった。

「やっぱり、知り合いなんじゃないの?」

「その話はいいから、食おうぜ」

「怪しいな~」

これ以上、掘り下げても疲れるだけだ。俺は紗智からの訝しげな視線を無視しながら、メッセージ付きハンバーグをいただいた。


「食った食った」

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま~」

トマトソースはともあれ、美味いのに変わりねえな。

「あたしたちは先に外で待ってるから、誠ちゃんはお支払いよろしくね」

「わかってるって」

「ありがとうございます、鷲宮さん」

「おう」

紗智と三原が外に出ていくのを確認してから、無愛想な顔見知りの店員が待つレジに向かった。

「…………」

「あの……」

「…………」

「あの!?」

「……なに?」

「会計したいんだけど」

「はいはい」

俺の手にある注文票を奪い取る鈴下。

「1750円」

「なに怒ってるんだよ?」

俺は財布からお金を取り出しながら言う。

「別に……」

「もしかして、知られたくなかったのか?」

「うるさい」

「バイトぐらい隠すこともねえだろ」

「…………」

「はあ……ま、いっか。あいつらには鈴下のことは黙っとくよ」

「あっそ」

興味ないような素振りしてるが、嫌がってたのはお前だろうに。

「飯、美味かったぞ」

「わたしが作ったわけじゃないし」

「それとその制服、似合ってるぞ」

「は……な、な――」

「それに鈴下って、笑うと可愛いんだな」

「……!? いいから、早く帰りなさいよ!」

「また学園でな」

「……なんなのよ」

店を出ようと背を向けた俺に鈴下はなにか言ったみたいだが聞き返さないようにしておこう。また面倒なこと言うに決まってる。

さて、午後からは本格的に創作パズルの買い出しをしないとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る