13話 紗智と麻衣の友情
「ふわああ」
外気の温度が体に突き刺さるがまだ眠い。昨日はあれから目が冴えて、あんまり寝れなかったからな。
「ほら、誠ちゃん! 行くよ」
こいつはこいつでなんか元通りだし。お前のせいでこっちは寝不足だっての。
「ねみー」
「うりゃ!」
紗智は日課のように俺の腕に抱きつく。
「おわっ! 急にビックリするだろ」
いつものこととはいえ、せめて一言かけてくれ。
「そんなぽけーってしてるほうがいけないんだよー」
「んなこと言っても、寝不足だから仕方ねえだろ」
「そんなの知らないもーん! うりゃうりゃ!」
「わかったから、あんまり揺らすなって」
脳に響いて、視界がいつもより揺れる~。
「なんでそんな寝不足なのさ」
「俺にも色々あんの」
「色々って?」
「なんでもいいだろ」
「あ、わかった。ゲームしてたんでしょ?」
「昨日はしてねーよ。俺がいつもゲームしてるみたいに言うな」
「えー、してるじゃん」
「最近はしてないの」
「あ、そうなんだ。珍しいね」
「そうか?」
「そうだよ、朝までしてたときもあるじゃん」
去年ぐらいにそんなことあったな。
「あのときは本当、学園休みたかった」
「おばさん、カンカンだったもんね。でも、結局その日の授業は全部寝てたよね」
「ああ、もう目が開かなかったからな」
「ほどほどにしないと視力落ちるよ」
「だから、あの日以来ちゃんと睡眠時間は確保するよう気をつけてるって」
「うん、知ってる。誠ちゃんの部屋の電気、最近すぐ消えてるもん」
俺が最近ゲームしてないの知ってるじゃねえか。
「なら言うなよ」
「ごめんごめん。あっ――」
「お、三原だ」
「おーい、麻衣ちゃーん!」
やっと紗智から解放された。
「紗智さん、鷲宮さん。お、おはようございます」
「おはよう、麻衣ちゃん」
「おはよう、三原」
「…………」
三原はチラッと俺を見てきた。紗智に自分のことを告げるとは言ったものの、やっぱり緊張してるんだろうな。
「行こう、麻衣ちゃん」
「あ、はい」
学園に向けて歩き出す。前方に紗智と三原がトークしながらウォーク。俺は後ろで2人の様子を見ていた。紗智は楽しげに三原に話しかけているが、三原は心ここにあらずだ。切り出しづらいんだろう。
「…………」
仕方ない、決心してもすぐに行動に移せるものでもないし、ここは助け舟を出すか。
「なあ、紗智」
「ん? なあに、誠ちゃん?」
「お前、朝からマシンガンすぎだ。三原の話も少しは聞いてやれよ」
「鷲宮さん……」
「あ、ごめん、麻衣ちゃん。あたしばっかり喋っちゃって……」
「気になさらないでください。紗智さんのお話、面白いですから」
「ありがとう、麻衣ちゃん」
「…………」
三原が俺のほうをまたチラリと見る。その瞳には決心の色が見えた。
「…………」
俺もそれに目で返す。三原がそれを受け取ったことは言うまでもない。
「あ、あの、紗智さん!」
「どうしたの、麻衣ちゃん?」
「お、お話が……」
「うん」
「お話したいことが、あります」
「うん……聞かせて」
三原は自分の家のこと、そのことで俺たちと必要以上に接触するのを避けていたことを紗智に告白した。そのきっかけになった昨日のことも。
三原の話を紗智は真剣な眼差しで聞いていた。自分の心にあるメモ帳にしっかり刻み付けるように、紗智は三原の一言一言にきちんとうなづいていた。
「……話は以上です」
「…………」
それはほんの十数分のことだったろう。しかし、俺たちの空間だけいつもの十分の一の早さで時間が流れているように感じた。
「麻衣ちゃん……」
「……こんな話、急にごめんなさい」
「ううん、あたしね、今すっごく嬉しいの」
「紗智さん……」
「麻衣ちゃんがどんな気持ちだったのか、麻衣ちゃんがなにに悩んでいたのか。それを知ることが出来て、嬉しい」
紗智は俺が思ったとおりの反応をしてくれた。
「でも、少しだけ……悔しいかな」
「な、なぜですか?」
「だって、あたしはまだまだ麻衣ちゃんのこと知らなかったんだなって思って。大切な友達って言っておきながら、その程度だったんだって」
「そんな! それは私が――」
三原の言葉を全て聞く前に紗智は三原の手を取る。
「だから、麻衣ちゃん! これからはもっと麻衣ちゃんのこと教えてもらうつもりだし、麻衣ちゃんにもあたしのこと知ってもらうつもりだから、覚悟しておいてね!」
「紗智……さん。わた、わたし……ううう」
「わ、わわ! な、泣かないで、麻衣ちゃん!」
「ごめん、なさい。でも、でも、わたし……紗智さんに、置いて行かれるんじゃないかって……」
「大丈夫だから、ね! あたしはずっと麻衣ちゃんの友達だよ」
「ありがとう……ございま……紗智、さん」
三原は紗智に寄りかかり涙を流している。昨日もだったが、よほど嬉しかったんだろう。もしかして、こんなに心を許せる相手は初めてだったのか。
「うう……紗智さん……」
「うわわ、大丈夫だよ、大丈夫」
なんにせよ、紗智のおかげで三原も気が楽になったわけだ。……そういや、俺も――
「誠ちゃ~ん」
「ふう……」
しゃあねえ、今度は紗智に助け舟だ。
「ほら、三原。そろそろ泣き止まねえと遅刻しちまうぞ?」
「はい……すみま、せん……」
「麻衣ちゃん、ほらこれで顔拭いて」
紗智はスカートのポケットからハンカチを取り出し、三原に手渡す。
「なにから、なにまで……すみません……」
「落ち着いたか?」
「はい、少しだけ……」
「歩ける?」
紗智は三原の顔を覗き込みながら心配する。
「はい、大丈夫です」
「うん、行こうか」
「はい」
またも前方に紗智と三原。俺はその後ろからついてくる。三原は徐々にいつもの調子に戻っていった。これで一件落着かな。
「ふわああ~あ」
俺のほうは相変わらず眠いが。
「それでね、そのお店が――」
「わあ、それはいいですね」
女子は本当おしゃべりが好きだな。もう学園の校門だってのに、まだ喋ってる。俺なんて眠くてロクに頭回らねえのに。
「おはよう」
会長だ。てことはもう8時回ってたのか。今日は仕方ないな。
「おはようございます、きぬさん!」
「おはようございます」
「おはようです」
ん? 今、紗智のやつ、会長のこと『きぬさん』って呼ばなかったか?
「今日は少し遅かったじゃないか?」
「そんな日もありますよ」
「やけに楽しそうだな、紗智さん」
「そうですか? えへへ」
「昨日の放課後とは段違いだな」
「あ、昨日はありがとうございました! すっごくわかりやすかったです」
「助けになったようでなによりだ。また時間があるときに来るといい」
「ありがとうございます、きぬさん」
「あのー」
「そんなだらしのない声でどうした、鷲宮君?」
「なんか前より2人の距離が近いのは気のせいですか?」
「ああ、そのことか」
「昨日、勉強教えてもらったときに仲良くなったんだ」
「ああ、それで――って、そういえば勉強はどうだったんだよ?」
「うん! 誠ちゃんの言った通り、きぬさんすっっごく教え方上手でさあ! 今まで出来なかったのが嘘みたいなの!」
「紗智さんは勉強が出来ないわけじゃない。本当はすごく飲み込みが早いんだよ」
「きぬさんの教え方がよかったんですよ! こう教えれば、あたしが理解出来るって最初からわかってたみたいだった」
「…………」
「きぬさん?」
「ああ、いや、紗智さんが優秀なのだよ」
紗智が優秀って過大評価じゃねえか。
「本当ですか~? とてもそうは見えませんよ」
「そう言うな、鷲宮君。紗智さんは少し物事を難しく考えてしまう傾向があるんだ。だから、理解するのに時間がかかってしまう」
「へえ~」
「きちんと道を示してあげれば、後は自力でも出来るんだよ」
「えっへん!」
紗智は大きく胸を張る。
「今は打倒、鷲宮君だそうだよ」
「なに~? 紗智のくせに生意気だぞ」
「そんなこと言ってられるのも今のうちだよ」
「頑張ってください、紗智さん」
「ありがとう、麻衣ちゃん」
み、三原まで……。
「ん? 三原さん?」
なにかに勘付いた様子で三原を見つめる会長。
「なんでしょう?」
「……ふふ、いい顔だ」
「え?」
「昨日まで感じていた負の感情が顔からなくなっている。なにかあったかい?」
「……はい、とても良いことがありました」
「それは喜ばしいことだ。差し支えなければ、今度時間があるときに聞かせてほしいな」
「その際は是非に」
「うむ。さ、君たちは教室に行きたまえ。直にHRが始まるぞ」
「はい! それでは、きぬさん、また」
「失礼します」
「ああ、また」
「…………」
「鷲宮君、なにをボッーと立っているんだ?」
「いや、なんか……」
俺ってもしかして存在感薄い?
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