12話 麻衣の素性

「戻ったぞ」

「誠ちゃん! どこ行ってたのさ」

「戻ってこないかと思いました」

「それはないから安心しろ」

「お弁当は?」

「授業中食う」

昼はあんま食えなかったし。

「ほどほどにしないと見つかったら怒られるよ?」

「大丈夫だって、入学してから見つかったことねえから」

「すごいですね」

「だろ?」

「麻衣ちゃん、なにもすごくないから。それにそんなこと言うと誠ちゃん調子にのるんだよ」

「せっかく褒めてくれてるんだから、素直に受け取らないでどうするよ」

「はいはい。ほら、お弁当」

紗智は呆れながらも、律儀に弁当を手渡してくれた。

「サンキュー」

「見つかったらダメだからね」

「そんなヘマするかよ」

「大丈夫でしょうか」

「誠ちゃんのことだから上手くやるよ」

その信用に応えてやるよ。


「どうよ、俺の隠れ食べっぷりは?」

放課後になり、午後の授業での俺の成果を自慢する。

「すごいです」

「あの生徒監視の鬼って言われてる物理の先生の目まで盗むなんて……」

「これが実力ってものだ」

「別に自慢できるものじゃないよー」

「そういえば、紗智さんはこの後お勉強会でしたね」

「うん、会長さんに教えてもらうの」

「頑張ってくださいね」

「ありがとう、麻衣ちゃん」

「迷惑だけはかけるなよ」

「わかってるよ」

「じゃあ、三原。帰ろうぜ」

「え、あ、あの、私は急ぎなので……すみません。また明日!」

「あ、おい!」

三原は少し強引に俺たちを振り切って、帰っていった。

「行っちゃった」

「三原、いつもさっさと帰るよな」

「麻衣ちゃんにも事情はあるんだから、気にしないの」

「そうだけどさ」

「それより、麻衣ちゃんと一緒に帰ろうとして、なにかしようとしてたんじゃないよね?」

「アホか、おめえ。するわけねえだろ」

「麻衣ちゃんはあたしの大切な友達なんだから、変なことしないでよね」

「あのな、俺は三原にそんなことした覚えないっての。いいから、お前はちゃんと勉強してこいよ」

「ぶっー、わかったよ」

「俺、帰るからな」

「うん、なるべく早く帰ってくるから、それまでご飯我慢しててね」

「おう、じゃあな」

「後でね、誠ちゃん」

俺は紗智に別れを告げ、1人帰路に就いた。


にしても、三原はなんであんなにそそくさと帰るんだろうか。家の門限が厳しいとか、あるいはなにかバイトをしているとか。紗智の言う通り、気にしない方がいいかもしれないが――

「ん、あれは……?」

「…………」

まだ校門から出て間もない場所に三原がいた。さっきは走っていってたようだけど、今は歩いている。急ぎの用事があるんじゃなかったのか。

「…………」

よし、三原には悪いが後をつけよう。なにかわかるかもしれないしな。


「…………」

「…………」

商店街まで尾行したが特に異常はなし。どこかに寄るわけでも、誰かに会うわけでもなく、ただただ歩いている。それにしても歩くの遅いな。いちいち立ち止まらないと、追いついちまうぞ。


朝、三原と合流する場所に来たところで変化が起きた。

「…………」

俺の目がおかしくなってなけりゃ、すごいものを見てるような気がする。

「――――」

「――――」

全身黒いスーツを身にまとい、長身でサングラスをかけた男が途中で三原と合流して一緒に歩いている。最初はどっかの悪者かと思ったが、三原は平然とその男と談笑している。距離があるから、会話内容は聞こえてこない。知り合いのようだがどういうわけだ。

「三原は一体、何者なんだ?」

「!?」

「やべっ!」

黒服の男がいきなり振り返って、こちらを見てきたがなんとか身を隠しやり過ごす。

「…………」

「どうかしましたか?」

「いえ、お気になさらず」

黒服の男と三原が再び歩きだしたのを見て安堵した後、尾行再開。

「ふう……」

あぶねえ。もう少しで見つかるところだった。あの黒服の男は三原のなんなんだ。ま、まさか彼氏じゃ――いや、それはないだろ。そういう雰囲気でもないし、言っちゃ悪いが不釣り合いに感じる。

「おっ?」

三原と黒服の男はとある建物に入っていった。

「なんだ……ここ……」

入っていったのを確認してから、俺は2人が入った門の前に来た。

「すげー……」

俺の目の前には、それはもうデカイとしか言いようがない木造の門があった。2人はこの中に入っていったよな。こういう門だと中にはすごい豪邸があったりするのがセオリーだと思うんだけど。

「と、とにかくなんだかヤバイ臭いがしてきたな」

さっさと帰って、紗智の帰りを待つか。

「おい」

「うひぃ! は、はい!?」

後ろを振り返ると、さっき三原と一緒に歩いていた黒服の男が立っていた。

「貴様、先程からお嬢をつけていたな?」

「い、いや~なんのことでしょうか?」

「シラを切るか。私が気づいてないとでも思ったか?」

「お、俺にはさっぱり……」

「私がさっき貴様のほうを振り返ったときに去っていれば、見逃してやろうと思ったが――」

「えっ! じゃあ、最初から気づかれてたのか」

「ふっ、やはりな」

「あっ……」

「ふん、自ら墓穴を掘るとは間抜けめ」

俺っていつも自分でバラしてるような気がする。

「…………」

冗談抜きでヤバイ感じだし、ここは――

「!!」

逃げるが勝ち――え?

「ほほう、逃げる選択を出来る余力が残っているのは感心だ。しかし!」

「ぐっ、ふおお!」

ほんの一瞬のうちに俺は地に伏せさせられ、身動きが取れなくなっていた。

「私が貴様のような男を逃がすことはない」

「う、ぐぐ」

「来てもらう」


「うむ、うぐぐ」

目隠しと猿轡さるぐつわをされ、歩かされる。

「立ち止まらず歩け」

「…………」

ああ、俺は今日ここで短い人生に幕を閉じるんだ。紗智、悪いな。もうお前のハンバーグ食えそうにないや。親父、お袋……こんなクソガキをここまで育ててくれてありがとう。俺は先に上で待ってるぜ。

「あら? ちょっと待ってください!」

なんか聞き覚えのある声だな。

「お嬢、近づいてはいけません。この男は――」

「この方は私の大事な友人です。乱暴な真似はしないでください」

「しかし――」

「…………」

「……わかりましたから、その顔はやめていただきたい」

「広間へお通ししてください」

「わかりました」

な、なんだ。なにがどうなってるんだ。

「こっちだ」

また少し歩かされ、止まる。

「じっとしていろ」

「ぷはっ! こ、ここは……?」

一面畳が敷き詰められたこんな広い部屋、俺の記憶の中にはねえぞ。

「鷲宮さん……」

「え、あ、三原!?」

「……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「い、いや……」

「…………」

「俺はどうしたら……」

戸惑う俺に三原は困惑したような申し訳ないような――とにかく静かだが、落ち着きのない様子だ。

「もう少々お待ちいただいて、よろしいですか?」

「はい」

周りを見るとさっきまでいた黒服の男はいつの間にか姿を消し、俺と三原だけになっていた。

「……なぜですか?」

「え?」

「なぜここに?」

「あ、いや、その……」

「…………」

悲しい顔してるな。もしかして、このこと知られたくなかったのか。

「三原があまりにも早く帰るもんだから、気になって」

それなのに俺、すげー嫌なことしてる。

「…………」

「……すまん!」

俺は三原に頭を下げる。

「え?」

「後つけたりして本当に悪かった。別に三原のこと探ろうとか、そんなんじゃねえんだ」

「…………」

「ただの興味本位だったんだ。でも、お前の嫌がることしてしまったのは事実だ。だから、ごめん!」

「……鷲宮さんは――」

「ん?」

「鷲宮さんは、なんとも思わないんですか?」

「俺がお前に嫌がることをしたことに関してか?」

「いえ、そうではありません。私のことです」

「三原のこと?」

「私が普通でないことは、もうおわかりになったでしょう?」

まあ、一般家庭でないのはなんとなくわかるけど。

「それに対して、鷲宮さんはどう思われましたか? 距離を置こうと思いましたか? それとも、関わりたくないと思いましたか?」

「そんなこと思うわけねえだろ」

「え?」

「確かにさっきの黒服の男やこの家を見て、なにも思わないことはないよ」

「…………」

「でも、それで三原と関わりたくないってのは違うだろ」

「…………」

「逆にもっと知りたいって思った」

「もっと……知りたい?」

「ああ、友達なのに知らないことだらけって、なんか距離があるような感じだし。だから、俺は三原の一面が見れたからもっと知りたいって思った」

「鷲宮さん……」

「紗智もそう思ってるはずだ」

「紗智さんが?」

「この前の売店でのこと、覚えているか?」

「売店……」

「おばちゃんのパンによる人気争いの話したとき、興味津々だったじゃねえか」

「はい、覚えています。……恥ずかしいですけど」

「そのときの紗智、なんて言ってた?」

「あ……」

「三原の知らない一面見れて、嬉しいって喜んでただろ」

「はい」

「俺はあいつとずっと一緒にいるからわかるんだけど、あの顔は本当に嬉しがっていた。今日の放課後も三原が帰った後、大切な友達って言ってたぞ」

「さ、紗智さん……」

三原の目は潤み、今にも涙がこぼれてしまいそうだ。

「俺も紗智も三原にどんな秘密があっても、それを受け入れるよ」

「う、うう、鷲宮さん……」

「それが友達だろ?」

「う、はい。……はい」

三原はあふれる涙を手で拭う。

「ほら、泣くなって。別に怒ってるわけじゃないんだから」

「すみま、せん……。でも……これは――」

「ん?」

「ぐすっ……嬉し涙です」

「そうか」

「待たせてすまんな、我が愛娘よ!」

大きな声を出しながら、俺と三原のいる広間の襖を力任せに開いて、1人の男が入ってくる。

「え?」

誰だ、このおっさん。

「ん~?」

いきなり入ってきたこのおっさんは俺と三原を交互に見る。そして三原の涙顔を見るやみるみる険しい表情に変わっていった。

「このクソガキ! なにやっとるか!」

「うえええ!」

俺に向かって、怒声を浴びせながらズカズカと近づいてくる。

「わしを麻衣の父親、三原丸善みはらまるぜんと知ってのことか!」

「はああ!?」

ち、父親!? こいつが三原の父親だってのか!? な、なんちゅうパワフルな親父なんだ。

「そこを動くな!」

激怒の表情を見せたまま俺を指差し、反対の手を後ろにいた黒服の男の方へ差し出した。

「おい!」

「はっ! ここに!」

三原の父親とかいうそのオヤジに言われ、後ろで待機していた――さきほどの黒服の男――はさっと両手で”それ”を差し出す。

「叩き斬ってくれる!」

「に、に、日本刀!?」

んなもん、なんで持ってるんだ!? それよりマジで俺の命が危ない。

「じょ、冗談じゃねえぞ! ――うわっ!」

「きゃっ!」

その場から逃げ出そうとしたとき、目の前に三原がいることを忘れて、ぶつかってしまう。

「んなっ!」

後ろから三原の父親が驚いたような声を上げるが、今はそれよりも三原の安否の確認が先だ。

「あ、あててて……大丈夫か、三原?」

「はい……え?」

「ん?」

「……!?」

三原の父親が息を呑む音が微かに聞こえる。なにがどうなって――

「…………」

一瞬、時間が停止したような感覚に陥る。目の前の白い逆三角はまさか……。

「あ、ががが……」

後ろで聞こえてきた奇っ怪な声は多分、三原の父親のものだろう。

「あの、鷲宮さん……」

「はい……?」

「その、ですね」

「…………」

「は、恥ずかしいです……」

「ぎゃああ!」

体勢としては俺が両手で三原の股を開かせている状態だ。女の子のそこは男子にとってはまさに秘境! それが――しかも三原のが目の前に!?

「……んうんっ!」

それだけじゃない。俺の手のひらに三原の太ももの感触が直に伝わってくる。

「わ、鷲宮、さん……うっ」

なんか甘酸っぱい匂いがするような。それにそんな声出されたら、なにも考えられなくなる。

「貴様、さっさと麻衣から離れんか!!」

三原の父親が俺に一喝してくれたおかげで、俺の蕩けていた脳に電流が走る。

「はっ!? 俺はなにをおおぉぉ!」

「わしみや、さん……」

「す、すまん!」

俺は正気に戻り、その場から飛び退いた。

「あ、焦った……」

「こぞ~」

「へ? うがっ!?」

三原の父親は俺の胸ぐらをグイッと掴む。

「覚悟は出来とるだろうな?」

「す、すみませーん!」

それを振りほどき距離を置く。

「待て! このクソガキ!」

「お父様! 待ってください!」

「お、おお、我が愛娘よ。どこか怪我はしとらんか?」

間に入ってくれた三原に、その父親は気を取られる。

「大丈夫です」

「待っておれよ。今すぐそこの小僧を斬って――」

「落ち着いてください、お父様! まずはお話を」

「しかし――」

「…………」

三原は上目遣いでジッと父親を見つめる。すると父親はさっきまでの勢いをなくしていった。

「わかった。わかったから、そんな目で見るのはやめてくれ」

「ありがとうございます、お父様」

「た、助かった……」

力なくへなへなと座り込む俺。

「ひとまず座れ。話を聞こうじゃないか」

「鷲宮さん、どうぞ」

「失礼します」

俺は三原の父親にここへ来たことや、三原が泣いていた理由を話した。後、さっきの誤解も……。三原も俺の説明に度々注釈してくれた。それがなかったら俺の首はなかったかもしれん。

「ふむ、大体はわかった」

「ありがとうございます、お父さん」

「誰がお義父さんじゃ!」

なんだその定番のツッコミは! いや今は従っておこう。

「す、すみません! ええと、丸善、さん」

「ふん」

「ふう……」

以後、言葉を気を付けないとな。

「お父様、鷲宮さんは決して悪い人ではないんです。私も学園では良くしてくださっています」

「わかったわかった。麻衣よ、すまんが少し席を外してくれ」

「え、でも……」

三原は俺を横目でチラリと見る。

「安心せえ、危害を加えるようなことはもうせん。おい、頼む」

「はっ! さあ、お嬢、こちらへ――」

「はい……」

三原は黒服の男に連れられ、別室に向かって行った。

「…………」

この父親と2人きりは心苦しい。

「鷲宮と言ったな」

「はい!」

「ふん、こんなガキのどこがいいんだか……」

「へ?」

「まあいい。おめえさんの話はよく聞いている。手下からも、麻衣からもな」

三原が俺のことを?

「おめえが学園で麻衣にやったことも全部知ってる」

「げっ!?」

「もちろん、それがおめえのせいでないってこともだ。シャクだがな」

「ほっ」

「おめえと上坂とかいう女の子か。うちの麻衣と仲が良いんだってな」

「はい。特にさ――上坂とはすごく仲が良いみたいです」

「やっぱり、越して正解か……」

「なんの話ですか?」

「ここでおめえが知ることじゃねえ。色々手を尽くしたがおめえさんらは予定外だったんだ」

「手を尽くした? 予定外?」

「おめえよ、おかしいとは思わなかったか?ある日突然教室に席が1個増えて、しかも他の奴の席ずらしてまでよ」

「あ……」

そういえばそうだ。三原が転校してくる前日までは席なんて用意されてなかった。もし転校がわかってたら、何日か前に用意するし席だってわざわざずらさない。ということは……。

「その顔、気づいたみてえだな」

「なぜそんなことを?」

「あの席が最適だったのよ。外から麻衣を見張れるから警護が楽な上、廊下側からなにかあってもは周りに人の壁があるからな」

なにかって、こんななにもないところでそんなの起きるわけねえだろ。

「ん……てことは担任がクラスメイトに、みは――麻衣さんにあまり詰めかけるなって言ったのも――」

「麻衣には負担になっていたと思うからな」

「やっぱり……」

そこまでするか。どんだけ溺愛してんだ。

「だが、そこが1番懸念してたところだ」

「どういうことですか?」

「麻衣は――知ってると思うが、交友にあまり積極的ではない」

「それはまあ。でも、人から退けたのは丸善さんですよね?」

「それとこれはちげーよ。あそこに群がってたのは麻衣が目当てじゃねえからだ」

「どういう意味ですか?」

「転校生――その種類でしか見てねえ奴が友達になるかっての」

「それは……でも、きっかけになるかもしれないじゃないですか」

「否定はせん。だがおめえも奴らを見ただろ? あいつらはちと担任に言われただけで、麻衣に話しかけもしなかった。そんな奴が今後、友達になると思うか?」

「それは……」

「その場限りの友人なんてな、なんの価値もねえ。あの時は楽しかった、あの時はこんな人がいた。そう思い出すだけの材料は脳みその無駄遣いだ」

「…………」

「……悪いな。これはわしの持論なのさ」

「いえ……」

「わしは麻衣に本当の友達ってのを作ってほしい。それは心から信頼し、真の意味で助け合うことの出来る者を言うんだ」

「1つ、気になることが……」

「なんだ?」

「なぜ、俺と上坂には麻衣さんとの交流を許したんですか?」

「……さっき、おめえらは予定外だって言ったよな」

「はい」

「おめえらが学園を案内してくれてるときの麻衣は笑っていた」

「…………」

「まさか、麻衣が知らない土地で知らない奴と一緒に居て、あんな顔するとは思ってなかった」

「…………」

「正直、不安だったよ。麻衣が全く知らない空間でやっていけるのかってな」

「…………」

「だが、おめえらのおかげで学園が楽しいってよ。今まで見たことねえよ、あんな顔」

「…………」

「毎日、話してくるんだぜ? こっちは忙しいのに……疲れが飛んじまうよ」

「…………」

「だから、これでもおめえらには感謝してるんだ」

「1つ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「楽しげにしてるのを見たことないって、前の学園では――」

「ここで知ることじゃねえって言ったろ? それは麻衣に聞け」

「わかりました……」

「わしも反省してる……」

「え?」

「……でもな、今すぐには聞くな。麻衣自身、まだ話せる状態じゃねえ」

「はい」

「あんまり長くなると麻衣が心配する。この辺にしとこう」

「…………」

「麻衣のことくれぐれも頼むぞ。上坂の嬢ちゃんにもそう言っておいてくれ」

「わかりました」

「だがな……」

「はい?」

ギロリと俺を睨みつける丸善さん。

「麻衣に手を出したらどうなるか、わかってるな?」

「き、気をつけます……」

「よし……おい!」

丸善さんが合図して数秒、三原と黒服の男が入ってきた。

「お父様、何の話を……」

「男同士の話だ。聞いてもつまらんから聞くな」

「はあ」

「旦那様、カワウソから連絡が――」

「ああ、わかった」

カワウソ?

「もう日が落ちてきたな。麻衣、お友達を玄関まで送ってやりな」

「わかりました。鷲宮さん」

「ああ。お邪魔しました」

俺の一礼に丸善さんはそっぽを向いた。

「二度と来るんじゃねえぞ」


「ふう」

外はもう真っ暗だ。この季節は暗くなるのが早いな。

「すみません、私の父がご迷惑をおかけして。なにか気分を害されることを言われませんでした?」

「あ、ああ。親父さんも言ってたけど、つまらない話だから」

「なら、良いのですが」

「それより今日は悪かったな。その……色々と」

「いえ……今日は来ていただいてよかったです」

「三原……」

「私、決めました。自分のことをもっと紗智さんに知ってもらいます」

「……そうか」

三原の顔、今までで1番明るい。

「そして私も紗智さんのこと、もっと知りたいです」

「ああ、あいつのことなら耳にタコが出来るぐらい教えてやるよ」

「……嬉しい話ですがお断りします」

「なぜだ?」

「鷲宮さんから紗智さんの話を聞いても、紗智さんに歩み寄っているとは言えません」

「…………」

「私自身が紗智さんに歩み寄ってこそ友情ではないでしょうか」

「…………」

「す、すみません。私、偉そうなことを……」

「すごいよ、三原」

「え?」

「紗智のこと、本当に友達と思ってくれてなきゃ、そんなこと言えねえだろ?」

「鷲宮さん……」

「あんな奴だけど、仲良くしてやってくれ」

「もう、そんな言い方ひどいですよ」

「ははは、いいんだよ」

「……それと」

「なんだ?」

三原は開きかけた口を閉じたが、2秒ほど時間を置いて、また開いた。

「鷲宮さんのことも……もっと知りたいです」

「え?」

「鷲宮さんも……大切なお友達ですから」

「あ、ああ。そうだな。これからもよろしくな三原」

「はい、こちらこそ」

「それじゃ、俺はそろそろ帰るわ。紗智も待ってるだろうし」

「そうですね。紗智さんには私からも明日、口添えいたします」

「ああ、また明日」

「はい、おやすみなさい」


「はあ」

さっきは焦った。あんな顔で言われたら、好きなのかって思うよ。顔可愛いし、胸だって……。本人は引っ込み思案っぽいから、密かに男に人気がありそうだよな。

「…………」

なんか腹立ってきたな。

「そうか。腹減ってるからだ。今日は色々あったから、腹が減ってるんだ」

紗智のやつ、もう飯は出来てるだろうな。


「ただいまー」

ありゃ? 紗智いねえのか。飯の準備は出来てるみたいだが。

「自分の家に忘れ物でも取りに行ってるのか」

こっちは腹ペコなんだぞ。早く戻ってこいよな。

「ションベンでもするか」

あー、腹減ったぞ~。

「紗智ー、まだかー?」

俺はトイレの扉を開きながら、紗智を呼ぶ。

「へ?」

「は?」

俺が呼んだら、紗智が出てきた。トイレから。……トイレから?

「…………」

チェック――下半身露出。

「…………」

チェック――便座オン。

「…………」

イコール――トイレイン。

「わわわ……」

便座に腰掛け、下着まで下ろしている紗智は股を内股にして閉じているものの、突然の出来事に右往左往している。

「よ、よお、紗智」

「せせ、誠ちゃちゃ……ん」

「トイレに入ると人間は無防備になるんだ。だからその身を守るためにだね、鍵があるんだ」

「誠ちゃん……うわわ」

「まず、便座に腰を下ろす前に鍵をかけるんだ」

「は、はは、早く……」

「そうすることによって、こういう事態は回避することが出来るんだ」

「い、いいから、早く……」

「わかるかな?」

「いいから、早く出てってー!」

「すみませーん!」

力強く扉を閉め、素早く退散した。


「…………」

「…………」

飯は出してくれたけど、この沈黙は重いな。

「なあ、紗智」

「…………」

「無視するなよ、謝ってるじゃんか」

「ついに……ついに覗きまでするなんて……」

前科があるからなんか後ろめたい。

「俺も悪かったけどさ、鍵かけてないお前も悪いぞ」

「そ、それはそうだけど……」

「今度からは気をつけてくれよ。でないと、俺は冤罪で何回も謝る羽目になるんだから」

「わかってるよ。でも、覗いたのは誠ちゃんだからね」

「はいはい、すみません」

なんで俺、謝ってんだろ。

「それでどうしたのさ?」

「あ? なにがよ」

「今日遅くなった理由。なんで私より早く学園を出て、私より遅く帰ってくるのさ」

「うーん……」

三原のとこ行ってたって言うのは簡単……だけど。

「またゲームセンター?」

三原の気持ちもあるし、言えねえよな。

「悪いが言えねえ」

「なにそれー? もしかして、悪さしてたんじゃないでしょうね?」

「それはしてないから安心しろ。それに明日になればわかる……と思う」

「なんでそんな曖昧なの」

「確信がないから」

「ふーん」

「……三原次第だからな」

これぐらいなら、いいだろ。

「え、なんで麻衣ちゃん?」

「すまんがそれは言えない。三原が明日言えば、わかることだ」

「…………」

「ん? どうした?」

「……そっか」

「ああ」

「…………」

なんか急におとなくしくなりやがって、どうしたんだ。


飯と風呂を済ませ、部屋でくつろぐ。

「…………」

あれからほとんど紗智と喋らなかった。具合でも悪いのか。

「ん?」

向かいの窓が開いたのを確認して、俺も窓を開けた。

「……やっ」

「お前、どうしたんだよ?」

「…………」

「さっきっから、なんか変だぞ?」

「そうかな?」

「ああ」

「あたしも……わかんない」

「は?」

「なんかね、モヤモヤするの」

「風邪でもひいたか?」

「そういうんじゃなくて、なんか胸のあたりがキューってなるの」

「なんかの前兆か」

「ねえ、誠ちゃん」

「なんだ?」

「誠ちゃんは、麻衣ちゃんのこと、どう思ってるの?」

「どうって……」

「うん……」

「友達……だ」

「普通の?」

「クラスで言えば、紗智の次に仲が良いかもな」

「……そっか。……そっか」

「お前、なんか意味わからんぞ」

「ごめん! もう大丈夫だから」

「はあ?」

「もう寝るね! おやすみ!」

「あ、おい!」

紗智は勢いよく窓を閉める。なに勝手に終わらせてんだよ。

「三原のこと……か」

俺にとって三原は友人だ。それはわかってることだ。でも、そうだって言われたら心のどこかで納得出来てない。なんだろうな、これ。

「ああ、もう! 紗智がわけわかんねえことばっか言うからだ!」

俺も寝よう!

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