11話 2人の後輩

「おし、食料確保」

売店へ急いだが、さすがに人気メニューは品切れだった。ま、昼飯としては十分だろ。だが、ここはすでに満席だし別の場所で食うしかねえな。

「屋上へ行くか」

鈴下もいるだろうしな。


「よっと」

人がいないのはいいが、ここまで登るのは少々疲れる。

「…………」

いたいた。今日はおにぎりとコロッケパンか。わざわざ売店で早くに買ってきて、こんなところまで出向くとはねえ。それにノートとペンもある。それは必需品なのか。

「よう」

「…………」

無視かよ。

「俺もここで飯食っていいか?」

「……好きにすれば」

「お言葉に甘えて」

鈴下と少し距離を置いて座り、俺も飯にありつく。

「聞いてなかったんだけど」

「なに?」

「鈴下は何年生だ?」

「1年生だけど」

「1年生って、年下か」

「どうでもいいでしょ」

「俺は2年生なんだから、タメ口はどうにかならんのか?」

「じゃあ、話しかけないでください、先輩」

「鈴下が面倒なら俺は気にしないけどさ。気にするやつもいるってのは忘れるなよ」

「……わかってるっての」

――って、説教たれたらウザがられるか。

「いつもここで食ってるのか?」

「だったらなによ」

「物好きだな」

「わたし、うるさいの嫌いだから」

「気持ちはわからんでもない」

「…………」

「なんだよじっと見て」

「イヤミ、なんだけど?」

「うっ……」

なんてサバサバしたやつ。

「悪い、目障りならどっか行くよ」

「…………」

鈴下と喋ろうと思ってここまで来たけど、邪魔はしたくないし退散するか。

「……別に」

「ん?」

「別に……目障りってわけじゃない」

「…………」

「な、なによ?」

「あ、いや……」

「ふん……」

嫌われてはないようで安心だ。立ち上がっていた俺は再び腰を下ろした。

「鈴下のクラスは学園祭なにやるんだ?」

「さあ」

「さあって……」

「わたし、あんまりあそこにいないし」

「いないって……授業は?」

「…………」

「サボってるのか?」

「そんな感じ」

「成績、大丈夫か?」

「テストではちゃんと点数取ってる」

テストでは、ねえ。

「わたしがいないほうが、クラスのやつらも気楽だろうし……」

「なんでだよ?」

「あんたには関係ない」

「なら、そんなこと言うな」

「…………」

納得してない顔だな。

「友達、いないのか?」

「……1人なら」

「その子、心配してるんじゃないのか?」

「どうでもいいでしょ……わかってるわよ」

「サボるのもほどほどにしとけよ」

「はいはい」

いかんいかん。今の俺、余計なお節介焼きになってしまってる。話題を変えよう。

「そういや、『ころエク』の調子はどうだ?」

「相変わらず、弱いのばっかで相手にならないわね」

今までの不機嫌はどこへやら。ゲームの話題を出した途端、少し明るくなった気がする。

「そりゃ、鈴下が強すぎるんだよ」

「わたしが強いのは知ってるわよ。わたしより、強いやつに会いたいの」

「今の、『ストライクファイター』に出てくる『ドラゴン』のセリフだろ?」

「そ、それがなによ?」

鈴下はハッとなって、顔を赤くする。俺が知らないと思って、言ったのだろうか。

「もしかして憧れてるのか?」

「う、うるさいわね! いいじゃん、別に!」

「へえ~、イメージないけど、やっぱりゲーマーだな」

「かっこいいから、仕方ないでしょ」

「気持ちはわかるよ。俺も『ストファー』なら『ドラゴン』使うし」

「あんたが使う『ドラゴン』……」

「なんだよ?」

「……よわそー」

「なにおう!」

「だって、あんたの戦い方って無鉄砲突撃戦法でしょ? 『ドラゴン』がかわいそうよ」

「な、なぜそれを……」

「この前対戦したとき、ずっと同じ戦い方だったから」

「ぐっ……」

「『ドラゴン』の『反動拳はんどうけん』って技、使えんの?」

「それぐらい使えるわ!」

「本当にぃ~? まさか敵の目の前でやってないでしょうね?」

「遠距離技を接近して使うほど突撃バカじゃねえよ。ただ、あんまり使いたくねえけど……」

「なんで?」

「”待ち”って、思われたくないから」

「ああ……」

俺の気持ちを察してくれたようだ。

「そりゃ連発しなけりゃいいって話だけどさ。なんか届かないところからチマチマやってるのは性に合わねえんだよ」

「あんた、もしかして”待ちザイル”された?」

「……そんなところだ」

「今は改善されてるけど、あれはひどかったわ。遠距離攻撃の『スマッシュブーム』、回避するために飛び込んできたところを対空技『スルーソルト』で撃墜」

「俺も『反動拳』で対抗したけど、コマンド入力の難度でどうしても競り負けるんだよな」

「あんなんやる奴はゲーマーじゃないわよ。ただのゴミよ、ゴミ」

「それもあってか、なんか遠距離技に嫌悪感覚えるんだよな」

「ふうん……」

「な、なんかおかしいか?」

鈴下はニヤリと笑みをこぼす。

「あんた、ただの突撃バカだと思ってたけど、違うんだなって」

「うるせえよ」

「わたしは好きよ」

「え?」

「い、いや、誤解しないでよ!? あんたのプレイスタイルの話だから!」

鈴下は必死に弁解する。漫画じゃねえんだから、そこで勘違いしないっての。

「ははは、わかってるって」

「ふん」

鈴下はプイッとそっぽを向ける。

「なあ、鈴下?」

「なによ?」

「また今度、対戦しようぜ?」

「…………」

「嫌か?」

「べ、別に……いいけど」

「そう言ってもらえて嬉しいぜ?」

「わ、わかったって! わたし、ご飯食べるから! どっか行きなさいよ!」

「おいおい、俺も一緒じゃダメなのか?」

「1人で食べたい気分なの!」

「んーむ、そうか」

もう少し喋りたかったが、そう言われてはな。

「んじゃ、またな」

「……また」

鈴下はそう言って、ペンでノートに何やらかき始めた。飯食べるんじゃなかったのか。ここもダメとなると中庭へ行くしかねえな。


「なんとまあ……」

さすが人気スポットってだけはあるな。食堂ほどじゃないけど、けっこう人が多い。

せめてどこかで座れる場所を見つけねえと。最悪、地べたで食うのもありか。

「……ん?」

「…………」

ありゃ、仲野だ。こんなところで飯食ってたのか。昨日の礼、言わないとな。

「よお」

「え?」

「俺だよ、鷲宮だ」

「あ、鷲宮先輩。こんにちは」

「1人で飯食ってるのか?」

「私1人なのは一目瞭然だと思いますが――まさか、鷲宮先輩って”見える人”なんですか?」

「”見える”ってなんだよ?」

「凡人には見えない所謂いわゆる、魂だけの――」

「んなもん見えねーし、見たくもねえ」

「なんだ、驚かさないでくださいよ」

「どうしてそうなる?」

「だって、明らかに私1人で食べてるのにそんなこと言うから」

「誰かと待ち合わせしてるとか、連れが少し席を外してるとかって考えないのか? もしそうなら、長居するのは迷惑かと思ったんだよ」

「鷲宮先輩って――」

「今度はなんだ?」

「そういう気遣い、出来るんですね」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

「うーん……」

そこまで真剣に考えなくてもいいんだが。

「……スケベ、かな」

「な、なぜだ……」

「昨日のこと、忘れたわけじゃありませんから」

「ぐっ……それは本当にすまんかった。だけど1つ気になっていたんだ」

「なにがですか?」

「なぜあの時、紗智たちに本当のこと言わなかった?」

「…………」

「それになんで見逃してくれたんだ? 水泳部としては許せないんじゃないか?」

「私が言うのもあれですけど」

「ん?」

「鷲宮先輩、自分のことだって自覚、あります?」

「そ、そりゃもちろんあるさ」

「それなら普通そのことを追求しないと思いますけど。自分の傷口に塩は塗りませんよ?」

「いやそうだけど、なんか釈然としないというか」

「罰を受けたいんですか? マゾヒスト?」

「そういうことじゃなくて。見逃してくれた理由が気になってさ」

「鷲宮先輩って、面白い人ですね」

本当に面白いと思ってるのか? さっきから表情があまり変わらないし、淡々と喋るから仲野の感情の動きが把握出来ん。

「どこがだよ?」

「だって自分の過ちを見逃してもらえたら、触れないようにするじゃないですか。それをわざわざ自分から掘り下げていくんですから、面白い以外ないですよ」

「それ、遠まわしにアホって言ってないか?」

「そんなことはないですよ」

「はあ……それで結局はどうなんだよ」

「確かに覗いていたときは水泳部の先輩へ報告しようと思っていました。でも事情があったようですし、なにより正直に認めたからです」

「でもよ――」

「それに楽しかったですから」

「楽しかった? なにが?」

「鷲宮先輩がですよ」

「どういうことだ?」

「あの時の鷲宮先輩、なんだかいたずらを必死に隠す子供のようでしたから」

「んがっ……」

俺ってそんなにガキっぽいのか。

「よかったですね」

「よかねーよ!」

「ふふふ」

薄くだが仲野は微笑む。

「なんか俺、お前に弄ばれてるだけのような気がしてきた」

「そんなことないですって、鷲宮助平わしみやすけべい先輩」

「誰が助平先輩だ。やっぱり許してくれてねえだろ」

「すみません、名前をよく覚えてなくて」

「鷲宮だけでいいっての」

「じゃあ、お詫びに……はい」

「な、なんだよ?」

「お詫びです。手作りなんですよ?」

箸で切り取ったおかずを俺の顔へ近づける仲野。くれるってんならもらうけどさ。しかも、手作りなら頂かなくてどうする。

「はい、アーン」

うーん、女子にやってもらうとなんだか気分がいいな。

「なら、遠慮なく」

「……あむあむ」

「へ?」

差し出されていたはずのおかずは仲野の口内へと移動していた。

「あれ、どうしたんですか、鷲宮先輩? そんな大口開けて、間抜けみたいですよ?」

「お前がくれるって言うからだろ」

「そんなこと言ってませんけど?」

「なんでおかずを俺に近づけたんだよ」

「お詫びにおかずの匂いを嗅がせてあげようかと」

「おかずの匂い嗅いだだけで喜ぶやついねえよ! アーンって言ったじゃねえか」

「あれは自分に言ったんですよ」

「お前はいつもそうやって食べてるのか?」

「いえ、そう言って食べたら気分変わるかと思って試してみたんです」

「感想は?」

「とくに変わりないです」

「だろうな。それは他人にするもんだ」

「なるほど。勉強になります」

「わかってもらえてなによりだ」

まったく、仲野はなに考えてるかよくわからんな。

「今日は上坂先輩と一緒じゃないんですか?」

「急になんだ?」

「鷲宮先輩と上坂先輩、仲良さそうでしたから。いつも一緒にいるんじゃないかと」

「大抵は一緒だけど」

「恋人ですか?」

「ぶぶふっ!」

予想外の言葉に思わず吹き出してしまう。

「汚いですよ、鷲宮先輩」

「あ、すまん。――じゃなくて! あいつとはそういうんじゃないんだよ」

「では、どういう関係ですか?」

「単なる幼馴染だよ。家も隣だから、昔から一緒にいるのが癖みたいになっちまってるんだ」

「ふーん。でも、今日は1人なんですね?」

「色々あってな」

「幼馴染を差し置いて、知らないところで逢引ですか?」

「そんな言葉、どこで覚えたんだよ。たまには1人で食いたいと思って中庭へ来たら、仲野がいたんで話しかけたんだ」

「そういうことですか」

「なんでお前は屈折した捉え方をするんだ」

「屈折した鷲宮先輩ならやりかねないと思いまして」

「お前、俺を上級生と思ってないだろ?」

「そうだったら、先輩なんて呼びませんよ」

「だったら、今度からはもう少しいたわってくれよ」

「努力します」

そこは普通、『はい』だろ。そんなことを思っていると昼休み終了前の予鈴が鳴り響いた。結局、昼飯にはありつけなかったな。

「俺そろそろ行くから」

「そうですか」

「またな、仲野」

「鷲宮先輩、またねです」

またねですってなんだよ。早く戻らねえと授業に遅れる。俺は急ぎ足で教室に戻った。

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