10話 もうすぐ学園祭
「誠ちゃーん!」
「…………」
「誠ちゃーん!」
「……うう」
なんだよ、朝っぱらからうるせえな。
「はあ、もう、これなんだから」
「ううん……」
「もうご飯出来てるんだから、冷めちゃうよ」
ああもう、手引っ張るなよ。
「うむう……」
「わひっ!」
ん? なんだ? 手を払ったと思ったら、いつの間にかマシュマロを掴んだのか。
「うっ、ちょっと!」
「こんなに大きいマシュマロは……食べられな……」
「マシュマロじゃなくって、あう……」
「でも、もう少し……大きくても……」
「……お、の、れ~」
「ううん、むにゃ……」
「さっさと起きんかー!」
「ぶふう!」
「…………」
「だから、わざとじゃねえって」
さっきから無言で飯食うなよ。
「…………」
「毎度のように枕ぶん投げんな」
いきなり枕引かれるだけでもビックリするのに、その上顔面に衝撃が来るとか寝起きとしては最悪だ。
「誠ちゃんが悪い」
「だから~」
「悪い!」
「は~」
「ため息つきたいのはこっちだよ。またあの夢でも見てたの?」
「いや、今日はなんかでかいマシュマロを食べようとしてた夢だったな」
「スケベ」
「なんでだよ」
「あたしはマシュマロじゃない!」
「わかってるよ、そんなこと」
どうやら俺の寝起きの行動は夢と直結してるらしい。
「すまんて。この通りだから、な」
「……ま、いっか」
「お、許してくれんのか」
「こんなことされて許してくれるの、あたしぐらいのもんだよ」
「そうだな。だからもう枕投げるのはナシな」
「それは誠ちゃんの教育のためだから、間違いを犯したらヤルよ」
「教育ってなあ……。その前にお前も成績どうにかしろよ」
「うっ……」
「進級できるのか?」
「で、できるよ!」
「もし出来なかったら、下級生としてパシリに使ってやるから」
「できる、できるよ! ぜっったい、誠ちゃんの下級生なんかにはならないからね!」
「本当か~? 進級できたとしても、今度は卒業できるかが心配だな~」
「できるよ!」
「この先もっと勉強も難しくなっていくからな~」
「うっ……」
「ついてこられるかな~」
「もー、バカにしてー! いいもん! もし進級できなかったら、麻衣ちゃんや会長さんに教えてもらうから!」
「ははは、バカか! 俺たちが3年生になったら、会長は卒業してるんだぞ?」
「あ、そうだった」
「やっぱり卒業できねえんじゃねえか?」
「自分でも心配になってきたよ」
「お、おいおい」
自分で心配になってどうするんだよ。
「もー、先のこと考えててもしょうがないよ! ほら誠ちゃん! 食べたんなら支度して出発するよ!」
「おう」
外に出ると冷気が体中に襲いかかってきやがる。
「本格的に冷え込んできたな」
もう冬だな。
「本当、寒いね。でも、大丈夫だよっと!」
いつもように腕に抱きついてくる紗智。
「お前な……」
「えへへ、これなら温かいでしょ?」
「そういう問題じゃなくて」
「もう捕まえたから、だめー」
「ったく」
まあいっか。
「そういえば、もうすぐ学園祭だね」
「そういやそうだな」
この前体育祭やったかと思えば、今度は学園祭だからな。この季節はイベント事が多くて濃密だ。
「2、3週間後ぐらいか」
「うちのクラスはなにやるんだろ」
「そろそろ決めとかないと色々とまずいんじゃねえか」
「そうだよね、あっ――」
お、三原だ。
「おーい、麻衣ちゃーん!」
紗智は俺の手を離して、三原の元へ駆け寄る。紗智とはいえ、感じていた温かみがなくなり、少し肌寒い。
「あ、お二人共、おはようございます」
「おはよう、麻衣ちゃん」
「おはよう、三原」
「最近寒くなってきたね?」
「そうですね、特に朝と夜はもう冬のようです」
「晴れてれば昼間はまだ少し暖かさがあるのにね」
「はい、厚着してたら暑いぐらいです」
「でも朝と帰りのこと考えると、着込まないわけにもいかないよね」
「難しい季節ですから」
「季節と言えば、さっき誠ちゃんと話してたんだけど」
「なにかあるのですか?」
「あと少しで学園祭があるの知ってたか?」
三原の疑問に俺がこたえる。
「いえ、存じ上げません」
「クラス別だったり、部活別で模擬店やら出し物やらをするんだよ」
「それは楽しそうですね」
ん? 楽しそうって――
「前の学園ではそういうのしなかったのか?」
「学園祭はありましたけど、文化部の創作物を展示して評価したり、生徒の小論文の発表会などで模擬店などといった賑やかなものではなかったですね」
「なんか随分お堅いな」
「はい、正直面白いというものではありませんでした」
「でも麻衣ちゃん、うちの学園祭はそんなことないよ」
「文化部の創作物の展示とかはあるけど、気軽に見て回るような代物だし、クラスの模擬店なんかの当番さえしてれば後は自由行動だ」
「今から楽しみです。それで私たちのクラスはなにをするのでしょう?」
「いやー、そのことを誠ちゃんと話してたんだけど」
「まだ決まってないんだな」
決まってないというか、決める気がないというか。
「決めなくてもよろしいのですか?」
「いやマズイな」
「では――」
「うちのクラス、みんな積極的じゃないからな」
「大丈夫なのですか?」
「うーん、なんだかんだ言って最後にはきちんとやるから大丈夫だよ」
紗智のこの無責任な発言から、うちのクラスがどれだけやる気がないかが伺える。俺も同じようなものだけど。
「それなら安心ですね」
大慌てになるってことを除けばな。
学園に到着し、廊下を歩いていると会長が前から歩いてきた。
「やあ、おはよう」
「おはようございまーす!」
「おはようございます」
「おはようです」
会長、昨日は少し様子が変だったけど大丈夫かな。
「今から校門で挨拶ですか?」
「ああ、そろそろ時間だからね」
「毎朝ご苦労様です」
「日課だからね。平気だよ」
紗智や三原の心配をよそに会長は何事もないかのように返事をする。
「でも、すごいなー。憧れちゃいますよ」
「憧れる? 私にか?」
「だって、勉強も出来て運動も出来て、言うことなしですよ」
「紗智さんの言う通りです、会長さんは憧れの的になっても仕方ないと思います」
紗智も三原も尊敬の眼差しで会長を見ている。
「そんな大層なことはしてないよ。君たちは君たちにしか出来ないことがあるんだ。それが出来ていれば、充分立派なんだよ」
「いや会長、紗智の場合、成績ヤバイですから」
「もう、恥ずかしいから言わないでよ」
「そうなのか、上坂さん?」
「うっ、誠ちゃんの言う通りです」
「それはいかんな」
「ごめんなさい……」
「いや、私に謝る必要はないよ。勉強、難しいのかな?」
「はい、授業はちゃんと聞いてるし、家でも少しだけですけど勉強してます。でも、頭に入ってこなくて……」
「ふむ、それは考えないといかんな」
「…………」
俯く紗智に会長は優しげに話しかける。
「上坂さん?」
「はい」
「今日の放課後、時間はあるかな?」
「え?」
「迷惑でなければ、私が少し教えてもいいよ」
「でも会長さん、部活や生徒会のお仕事があるんじゃ……」
「生徒の助力をせずに、生徒会長は名乗れんよ。君が本気で成績向上の意があるのなら、だがね」
「…………」
紗智、会長の言葉に迷ってるんだな。後押ししてやるか。
「紗智」
「なに?」
「会長の話、受けてみろよ」
「誠ちゃん……」
「前言ったと思うけど、会長教え方上手だしさ」
「…………」
「それに――」
「それに?」
「一緒に卒業出来ないのは、嫌だからな」
「誠ちゃん……」
柄にもないと自分でも思った。でもそれが本心だ。今さら紗智が近くにいなくなるなんて考えられないからな。
「どうするかね?」
「……会長さん」
「ん?」
「ご迷惑でなければ、お願いします」
「うん、わかった」
「ありがとうございます!」
「よかったですね、紗智さん」
「うん、ありがとう、麻衣ちゃん」
「それでは放課後に君は教室で待っていてくれ。私も片付けたい仕事があるから、それが終わったら出向くよ」
「そんな! あたしが会長さんのところに行きますよ」
「知らない場所でするよりも、馴染んだ机でするほうがリラックス出来る。そのほうが勉強も捗るからね」
「た、確かに……」
「だから、待っていてくれるね?」
「はい、ありがとうございます!」
やっぱ会長はすげえよ。単に勉強を教えるだけじゃなくて、メンタルの部分まで気にかけられるなんて。この人、マジで欠点ないんじゃないか。
「おっといけない。つい話し込んでしまったな」
「すみません」
「時間を気にかけなかった私のミスだ。それでは私は行くよ」
「はい、ありがとうございました」
「あ、会長」
校門に向かおうとする会長を俺は引き止める。
「ん?」
「紗智を、よろしくお願いします」
「うん、できる限りのことはするよ」
会長なら安心だな。
「あ、そうだ」
「はい?」
「学園祭のクラスの出し物の提出、そろそろ期限だがきみたちのクラスはまだ提出されていない。悪いがクラス委員長に伝えておいてくれないか?」
「わかりました」
「私がわざわざ言わずとも、君たちの担任教師が言うと思うから余計なお世話かもしれんが」
「いえ、会長も色々忙しいのにすみません」
「では頼むよ」
「わかりました」
会長はそのまま校門のほうへ向かっていった。
「勉強の件、よかったですね、紗智さん」
「うん、助かったよー」
「せっかく会長が教えてくれるんだから、あんまり手間取らせるようなことするなよ?」
「が、頑張る……!」
「なんだ? あまり自信が感じられないぞ」
「意気込みはあるんだけど、勉強のことと思うと自信もてないんだよ……」
「大丈夫ですよ。紗智さんなら頑張れます」
「うう……ありがとう、麻衣ちゃん」
本当に大丈夫か。
「というか、学園祭の件。やっぱり我がクラスはギリギリになるんだな」
「やっぱり、とは?」
「去年も出し物の提出が期限ギリギリだったの。しかも、その出し物も全然作業してなくって――」
「前日になって慌てて準備したってわけ」
「よく間に合いましたね」
心底、心配そうな顔をする三原。
「簡単なものだったからね」
「めちゃくちゃつまらんかったが」
「なにをされたんですか?」
「えーっと、大きい画用紙を用意して、折り紙やらペンやらを用意するの」
「訪問してきた人がその画用紙に好きなことするって感じだ」
「そうそう、画用紙に折り紙ちぎって貼ったり、ペンで絵描いたり」
「でも、なんだか楽しそうですね」
「突貫物にしては良いアイデアだったな。準備も楽だったから、前日でも間に合ったんだけど」
「あんまり人、来なかったけどね」
「それは残念でしたね」
「クラス連中はとくに残念がってなかったな」
俺は1年前のクラスの情景を思い出す。
「でもでも、あたしはあれでもけっこう頑張ったんだよ」
「どうかなさったのですか?」
「ああ、前日に大急ぎで買い出しに行ったの俺と紗智だからな」
「それは大変でしたね」
あのとき、なんでか俺と紗智に押し付けられたんだよな。全員がニヤニヤしながら『2人がいいだろ?』なんて言ってさ。わけわかんねえ。
「折り紙の種類見たりとか、ペンだって太さとか色々考えたんだよ」
「だからあのとき俺、言ったじゃん? そんなのテキトーでいいって」
「そうだけど……あたしなりに少しでも楽しくしようっと思って」
「そんなのに情熱かけるだけ無駄だって。全員が真剣ならまだしも」
「無駄ってなによ。楽しくしようとしたら、ダメなの?」
「ダメとは言ってねえだろ。なにムキになってんだよ?」
「ムキになってないよ。誠ちゃん、あのときだって――」
「ま、まあまあ、お二人ともその辺りで――きゃあ!」
「ぬわっ!」
俺と紗智の口論を止めようと割って入ってきた三原だったが、どこを間違えたのか、俺を押し倒してきた。
「ううう、だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。――!?」
ふお、またも三原の爆弾が俺の股間に!? あ、朝からこれは年頃の男子としては良いような悪いような。
「す、すみません。私、また――」
「そ、そんなに気にすんなよ」
「どうして、私ってこうなんでしょう」
俺に聞かれても……。いや、口ぶりから自問自答か。
「…………」
紗智の殺気が――
「あ、あの、三原さん?」
「はい?」
「そ、そろそろどけていただかないと……」
後ろの悪魔が俺を威圧してくる。
「す、すみません! ただいま!」
「おふうん……」
どけるのに手間取っているのか、ずりずり押し付けられる。は、早くしないと石化しちまう。
「ふう……」
三原は立ち上がり、襲いかかってきた刺激も退けられる。
「ご迷惑おかけしてすみません」
なんとか石化は免れた。
「俺は大丈夫だから、心配すんな」
「…………」
この後がこえーけど。
「本当にすみません」
「誠ちゃーん」
「よーし、遅れるといかんよ諸君! 教室にまいろうではないか」
「あ、待てー!」
弁解も面倒だ。逃走あるのみ。
「も、もう、誠ちゃん。いきなり、はあ、走り、出さないでよ、はあ……」
「い、息が……」
紗智と三原はぜえぜえと息を荒げる。
「ダ、ダメだな、君たちは……ぜえ。若者たるもの、ぜえ、体力は、ぜえ……」
「そ、そういう誠ちゃんだって、はあ、息、きれて、はあ……」
「で、でも、はあ、鷲宮さんの言う、ことも、はあ、一理は、はあ……」
この中では三原が1番ヤバイ状態だな。
「喋るより、ぜえ、まずは、整えよう、ぜえ……」
「そ、そうだね、はあ……」
「はーい、HRはじまーす」
俺たちの瀕死の状態とはお構いなしに、築島先生はいつもの調子で教室に入ってきた。この状態での朝礼は辛いものがあるな。
「まず初めに学園祭の出し物はもう決めた?」
クラス中の全員が知らん顔するのは言うまでもない。
「その様子だとまだみたいね。提出期限はすぐそこまで迫ってます。1限目の私の授業はその話し合いにするから、今日中に決めて提出するように」
「誠ちゃん」
「なんだ?」
こいつ体力ないくせに回復ははえーな。俺まだ少し息が荒いぞ。
「あたしたちが言うまでもなかったね」
「築島先生が授業潰してまでするってことはけっこうヤバめかもな」
「なにがですか?」
「多分、教頭辺りになんか言われたんじゃね?」
それを危惧して会長は言ったのかもしれんが、少し遅かったな。
「築島先生もクラスと同じでのんびりしてるからな」
というか、築島先生がそうだからクラスに伝染した?
「それではこのまま話し合いを行うように。私は少し職員室に行ってくるから、委員長よろしく頼む」
築島先生が出ていった後、指名された委員長は前に出て話し合いが始まった。
「今年はなにをするのかな」
「去年と一緒だったりして」
「それはないと思うよ」
「なぜですか?」
「学園祭の出し物は連続で同じものをしてはいけないっていう規則があるの」
そんなのあるのか。
「よくそんなこと知ってたな」
「生徒手帳に書いてあるよ」
生徒手帳なんて、入学してこのかた読んだことねえ。
「連続ということは2年生で違うものを挟めば、3年生の出し物は1年生のときと同じでも良いのですか?」
「それは大丈夫みたい。後、飲食店系は品さえ変えれば連続してもいいみたいだよ」
「案外細かくルールが決められてたんだな」
「なんでそんなルールになっているのか知らないけどね」
「単に生徒に楽させないためだろ」
「なにか理由があるかもしれません」
「会長なら知ってそうだな」
「それより、今年はなににするかあたしたちも話し合いに参加しようよ」
「そうですね」
「はいはい」
俺としては簡単なものだとありがたいんだがな。
昼休みの合図が鳴り、肩を撫で下ろす。
「結局、簡単な出し物になったね」
「創作パズルだっけ?」
「しかし、面白そうではありましたよ」
白紙の厚紙をあらかじめパズル状にしておいて、その上に自由に絵を描いてパズルを楽しむって感じだったな。
「去年と大して変わらないと思うんだけど」
「そんなことないよ」
「パズル自体は自分たちで作らないといけない点、前回よりも手間はかかると思いますよ」
「何人来てもいいように、パズルもいっぱい用意しないといけないしね」
「めんどっちいなー」
「もう! すぐそういうこと言うんだから」
「そんなことより、腹減ったー」
「昼休みが待ち遠しかったですね」
「誰かさんのせいで今朝は体力使ったからなー」
「それ誰のことさ?」
「言わずもがな。枕ぶん投げられて起こされるわ、冤罪で威圧されるわで俺の疲労はピークだ」
「誠ちゃんがエッチなのがいけないんだよ」
「どれもこれも俺が望んだことじゃないぞ」
「うそだね」
「なんでだよ」
「鼻の下伸びてた」
「んなことねえっての。大体なあ、お前のなんて三原に比べたらな――」
「…………」
顔を赤くする三原を見て、俺は自分の発言に非があったことを理解する。
「誠ちゃ~ん」
我ながらアホなこと言った。
「昼は用事あったんだ。2人で飯食っててくれ」
「誠ちゃん! 弁当どうすんのさ!?」
「午後に食うから!」
今は己に迫った危機を回避するのが肝要だ。
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