6話 麻衣への学園案内

「はあ……」

やっと到着だ。指定席に腰を下ろし、一息つく。

「ねえ、本当にどうしたの?」

「なんでもねえって」

「ですが……」

「談笑してただけだよ、気にするな」

なんか朝から疲れたな。今日、保つのか?

「はーい、HRはじめまーす」

いつもより遅い登校だったため、築島先生の登場も早く感じる。

「…………」

会長、毎朝あんなことまでやってるのか。後世に偉人として語り継がれるんじゃないか。

「連絡事項は以上です。――あー、それともう1つ」

「ん?」

「三原のことなんですが、昨日転校してきたばかりで皆が興味津々なのもわかります」

「なんの話だ?」

「ただ、彼女も新しい環境に来たばかりだから、戸惑うことも多い」

「先生、なに言ってるんだろ?」

「だから、あまり詰めかけずに適度な距離で接するように」

「…………」

「は?」

どういうことだ、それ。

「もちろん仲良くするのはいいことだ。ただ、彼女も緊張するだろうし、徐々に仲良くしていって――」

「……!」

築島先生の言葉に三原はなにかを察知したような表情になる。

「鷲宮と上坂に関しては引き続き、三原の学園案内を頼む」

「はい」

「わかりました」

「それでは、HRを終わる」

築島先生は教室からそそくさと出ていった。

「…………」

「ねえねえ、誠ちゃん?」

三原の暗い表情を見て、紗智は小声で話しかけてくる。

「内容はわかるから言うな」

「うん……」

「三原」

「……はい」

「なにか、あったか?」

「……いえ」

「本当に?」

「はい、大丈夫です」

「それにしては浮かない顔だぞ?」

「……いえ、お二人とも今日も学園の案内、よろしくお願いします」

「あ、ああ」

「…………」

「なにかあったら、いつでもあたしたちに言ってくれていいからね?」

「ありがとう……ございます……」

「…………」

腑に落ちんが、本人がなにもないってんだから詮索するのはよしとこう。


「おーし、昼だー」

「…………」

今朝のHR、築島先生の発言で昨日はあんなに詰めかけていたクラスの連中が休み時間になっても1人も来なくなった。かと言って、三原のことを悪く言うやつもいないが、なんというか触らぬ神に祟りなしといった感じだ。控えめな性格の三原にとっては大挙して押しかけられるよりは良いんだろうが……。

「…………」

孤立……させちゃってるよな。

「さ、さあ、お昼ご飯にしようよ、2人共!」

こういうときの紗智の明るさには助けられる。

「お、おう! よし、食おうぜ!」

「あ、は、はい」

「麻衣ちゃんは今日お弁当?」

「はい、持参してきました」

「見せて見せて」

「大したものではありませんが……」

「は……?」

「え……?」

「……どこか、変でしょうか?」

いや変もなにも、弁当というよりは……。

「紗智、ちょっとこっちこい」

「え、なに?」

「……?」

少し離れた場所へと移動する。ここなら三原に聞こえないだろうとは思うが、念のため小声で話す。

「どうしたの、誠ちゃん?」

「あれ、どう思う?」

「お弁当?」

「その名にふさわしい代物か? 俺の目にはおせちにしか見えんのだが」

「なに言ってんの、誠ちゃん。あたし、あんな豪華なおせち見たことないよ?」

「そ、それはそうだな……」

「ほら、麻衣ちゃん不安がってるし、その話は後で」

「あ、ああ、そうだな」

何事もなかったかのように元いた場所へ戻る俺と紗智。

「あ、あの……」

「いやー、誠ちゃん、いくらお腹空いてるからって、今から晩御飯の話は早いよー」

「なぬ……」

さ、紗智め~。俺をダシに使いやがって。今日の晩飯はハンバーグだって決まってるだろ。

「食べ盛りだからなー、勘弁してくれよー」

三原の手前合わせてやるが覚えてろよ。

「麻衣ちゃんはご飯いっぱい食べるの?」

「そうですね、少食というわけではないです」

栄養の行き先が非常に気になるところだ。

「そうなんだ。それにしても、お弁当美味しそうだね。自分で作ったの?」

「いえ、そういうわけでは……」

「じゃあ、お母さん?」

「いえ……」

「?」

「は、早く食べましょう。学園のこと、もっと知りたいですから」

三原は誤魔化すように食事を促す。

「あ、ああ」

「そ、そだね」

なにか気に障るようなこと言ったか。

「ところで俺の弁当は?」

「じゃじゃーん! もちろん、あるよ!」

「早くくれ」

「そう急かさない。はい!」

「うむ」

紗智は箸につまんで弁当のおかずを差し出してくる。

「どうかな、おいしいかな?」

「まあまあかな」

「なんかえらそー」

「もう少ししょっぱくしてくれ」

「次からそうするよ。はい、アーン」

「んぐんぐ」

「おいしい?」

「これはうまい」

「えへへ、よかった。はい、次」

うげえ、俺の嫌いなピーマンじゃねえか。

「ピーマンは入れるなって、言ってるだろ」

「ダーメ。ちゃんと食べなきゃ、大きくなれないよ?」

「んぐんぐ、もう十分デカイからいいの。うえー」

「よく食べられました。えらいえらい」

「…………」

「ん、どうした三原? あむっ」

なんとも不思議そうな目で俺たちを見ている。

「いえ……いつもそうやって食べられているんですか?」

「うーん、いつもってわけじゃないよ? ――はい」

「こいつが弁当作ってきてくれたときだけだ。んむっ……」

「こうしないと、残すからだよ」

「俺の嫌いなものいれるからだ」

「好き嫌いはダメっていつも言ってるでしょ」

「お二人共、本当に仲がよろしいのですね」

「そうか?」

「はい、とてもお似合いです」

「お、お似合いだなんて、そんな~」

「誤解を招く言い方はやめてくれ」

「ちょっと、どういう意味?」

「こいつとは単に幼馴染なんだからよ」

「もう、そればっかりなんだから……はい、おしまい」

紗智はすっからかんになった俺の弁当箱をカバンにしまう。

「余は満足じゃ」

「あ、私も急いで食べます」

「自分のペースで大丈夫だよ。あたしも今から食べるしさ」

「ありがとうございます」

「ねえねえ、お弁当のおかず、交換しようよ」

「え、私なんかのでいいんですか?」

「全然おっけーだよ。というより、それはあたしのセリフだと思う」

「そんなことは……すごく美味しそうです」

「ありがとう。一応、手作りなんだよ?」

「すごいですね」

「こんなのでよかったら、食べて食べて」

「では、私のもどうぞ」

「ありがとう、麻衣ちゃん」

「…………」

なんというか、こういうときの紗智はすげえな。今朝のことでなんとなく近寄りがたい感じだった三原に対して、ああも自然体で接してるんだから。俺も紗智がいなかったら、三原に話しかけられなかったかもしれねえ。2人の食事が終わるまで待つか。


「ごちそうさまでしたー」

「ごちそうさまでした」

2人は食べ終わり、手を合わせて食後の挨拶を済ませる。

「案外早かったな」

「待たせちゃって、ごめんね」

「お待たせいたしました」

「大丈夫だぞ」

「よーし、それじゃ行こうか」

「おう」

「本日もよろしくお願いします」


「まずはここ!」

「ここは昨日、お食事をした場所ですね」

「改めて紹介するとここは学園の中庭だ。昨日の俺たちみたいに、昼休みに昼食を食べる生徒や食事の後に一息いれに来る生徒もいる」

「放課後のんびりする人とか、図書室で本を読まずにわざわざここまで来て読む人もいるよ」

「学園生にとって、ここは憩いの場なのですね」

「それだけじゃねえぜ」

「まだなにかあるのですか?」

「それはまた後で説明するぞ」

「はい。楽しみにしています」

「次、行ってみよー」


「着いたー!」

「人が多いですね」

「ここは食堂兼売店だな」

「昨日のおにぎりやパンはここで買ったんだよ」

紗智は手を広げて、主張する。

「その節はありがとうございました」

「いいよ、気にしないで」

「もし食堂で食べたいなら、それなりに覚悟してたほうがいいぜ」

「覚悟、とは?」

真剣な面持ちで三原は耳を貸す。

「食堂のご飯は安い上に美味しいって評判だから、席の争奪戦が日常茶飯事なの」

「食堂はもちろん売店の人気メニューも競争率高いからな」

「コロッケパン、苦労したんだよ~?」

「ああ、うまかったぞ」

「昨日は奇跡だったよ」

紗智は目を閉じて、昨日の行動を思い出しているようだ。

「人気メニューなのですか?」

「ああ、コロッケパンは10年連続で人気投票2位のようだ」

「最近、売店のおばちゃんが隠し味を研究してるらしいよ」

「聞いたことある。来年はついに1位に返り咲くんじゃないかって、専らの噂だ」

「昔は1位だったのですか?」

「おばちゃん同士でメニューの人気争いをしてるみたいだよ」

「この学園では長らく、多江たえおばちゃんのコロッケパンが首位を独走してたようだけど、事件は10年前に起きた……」

俺は遠い目をして、語り部となる。

「なにやら壮大ですね」

志津香しづかおばちゃんのアンパン……。これの登場により、コロッケパンは2位に転落。その後、10年間も2位の座に甘んじることとなる」

「志津香おばさまは虎視眈々とアンパンでの首位獲得を狙っていたわけですね……」

「ちょ、ちょっと誠ちゃん! なんか話が大きくなっていってるよ!」

「え、違うのですか?」

「いや、間違ってないんだろうけど――」

「ドラマ性のある語りにしたほうが面白いだろ?」

俺はそういうの好きなんだが。

「そんなの求めてないから」

「すごいです……」

三原はスイッチが入ったように俺の話を聞き込んでいた。

「あ、れ?」

「なんか、三原はノリノリみたいだな」

「おーい、麻衣ちゃん?」

「え……あ……すみません」

「三原、そういうのに興味があるのか?」

「……恥ずかしながら」

「へえ、そうなんだ」

「……す、すみません」

「あたしは嬉しいな」

紗智は笑顔で三原を肯定する。

「紗智さん?」

「だって、麻衣ちゃんの知らない部分が知れたんだもん」

「…………」

「距離が近づいたようで嬉しいよ」

「…………」

なんだか三原の表情が曇っている気がする。

「あ、ごめん。もしかして……嫌、だったかな?」

それを察してか、紗智もフォローを入れる。

「いえ、そうではないんです……。むしろ……」

「むしろ?」

「……すみません、忘れてください。でも紗智さんの言葉、私も嬉しいです」

「うん、ありがとう、麻衣ちゃん」

「そろそろ、次行こうぜ?」

「あ、うん」

「…………」

三原、なにかあるのか?


「――っと、こんな感じ」

次なる場所を目指し、廊下を歩きながらおさらいをしている紗智であった。

「古いだけでなく、趣のある良い学園ですね」

「そうか? 俺には単に古臭いだけの学園にしか見えないぞ」

「そんなことはありません。今まで在籍されたたくさんの生徒に愛されていたのだと感じました」

「そうなのか?」

と紗智に振ってみる。

「あたしもわかんないよー」

「お二人共、この町で生まれ育ち、この学園をいつも近くで見てきたからだと思います。少なくとも私のように外部から来た人間ならば、それを感じることが出来るはずです」

「そういうものなのかな」

「す、すみません。出過ぎたことを……。つ、次をよろしく――あっ!」

「ん、え、ちょっと! まっ――」

つまづいた三原の巻き添えを受け、俺は押し倒された。

「だ、大丈夫!?」

心配そうに紗智は俺たちの安否を確かめる。

「あ、ああ。三原はだいじょう……ぶ……」

「は、はい……」

こ、股間に三原のお胸様が!?

「すみません、鷲宮さん!」

この重量……。

「わ、私の不注意でこんなことに……」

「…………」

手で感じたときとはまた違う重みと感触。

「お怪我ありませんでしたか?」

「…………」

こ、こんなに……こんなにも柔らかく弾力のあるものだったなんて。

「あの、鷲宮さん?」

――が、しかし神様、女性の構造をこの形にしてくれて、本当にありがとう。

「鷲宮さん?」

「ふえ!? な、なんでごぜえましょうですか?」

「あの……お怪我は?」

「お怪我なんて、そんなものありえないなのですぜ」

こんな柔らかいクッションで怪我なぞするものか。

「なら、よかったです。すぐどけますね。よいしょ、よいしょ」

「ああ、そうしてく……おおう!」

「え!? やはり、どこかお怪我を――」

「い、いや、そんなことはない! そんなことはないが、おふぅ!」

どけてくれるのはありがたいが、そうする度にずりずり胸を押し付けられて、俺のゾウさんがマンモスになっちゃうよ。

「では、もしかして、その……」

「な、なんだ?」

「…………」

「ど、どうした?」

そこで止まられたら硬直が捗るから早くどけてくれ。

「わ、私の体重が……」

「え……あ、そんなことはない。だ、だから、早く……ううぬ」

このままではバレる。耐えろ、俺!

「すみません、変なこと聞いて。――よいっしょ」

「ふう~」

三原が立ち上がってくれたおかげで難を逃れた。三原も気づいてないみたいでよかった。

「よっと」

俺も続いて立ち上がる。

「あの、本当に大丈夫ですか?」

「ああ、なにも心配しなくていい」

ある意味、非常に危険だったが。

「…………」

紗智が訝しげな目つきで俺を見ている。

「な、なんだよ、紗智?」

「……誠ちゃん」

「お、おう」

「なーにを想像してたのかな?」

「お、おお俺は別になにもないぞ」

「声、うわずってるけど?」

「倒れたときの衝撃で震えてるのかも……」

「やはり、お怪我を……」

「あ、いや、そんなことはもちろんないぞ」

「倒れたとき、すごーくエッチな顔してたよ?」

「き、君は一体なにを言っているのかね?」

「誠ちゃ~ん?」

「…………」

こうなった紗智は聞く耳を持たないのが常だ。やはりアレしか方法はない。

「あ、俺、用事思い出したから、また後でなー!」

「あ、こ、コラー!」

三原には悪いが紗智の相手頼むぜ。

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