5話 朝の失態
「ここ……どこ? おーい、さちー!」
少年は森の木漏れ日を浴びながら辺りを見回し、自分が迷子になっていることを自覚する。
「だれか……だれかぁ……」
「…………」
目に涙を浮かべた少年を背後から見つめる女性。
「うっ……うう」
「……どうしたの?」
その女性は巫女服を着こなし、凛とした面持ちながらも優しげに話しかける。
「え……?」
「迷子?」
「おねえさん……だれ?」
「覚えていてくれる?」
「え……?」
「……なんでもない。行きましょうか」
女性は少年に手を差し伸べる。
「…………て」
「んん……?」
どこからか聞き覚えのある声が聞こえた気がして、少年は後ろを振り返る。
「……きて」
「さち?」
「……おきて」
「どうしたの? ほら、手握ってないとまた迷うよ」
「……うん」
少年は女性が差し伸べる手を躊躇なく掴む。
「ひっ!」
「あれ? 手ってこんなに柔らかかったっけ?」
この突起物は覚えがある。
「ちょっ――また――」
「うーん、もう少し大きさが……」
「誠ちゃ~ん――」
「ん……んん……」
「…………」
「ああ……紗智か」
「おはよう、誠ちゃん……」
「おはよう」
昨日と一緒で朝から面白顔芸とは精が出るな。
「誠ちゃん、まさかとは思うけど――」
「なんだ?」
「わざと……じゃないよね?」
「ああ、決してわざとじゃないぞ。ちなみに今、手を動かしてるのも断じてわざとじゃないから、勘違いするなよ」
「わざとじゃなかったら、揉む必要あるかー!」
「もぶう!」
顔面枕投げはやめてくれ。
「なあ……」
「…………」
「なあ、紗智よ」
「…………」
デジャヴだ。昨日とほぼ同じ光景。唯一違うのは朝食のおかずだ。
「悪かったよ。確かに揉む必要はなかったけど、掴んだのはわざとじゃないんだって」
「じゃあ、なんで手動かしたの?」
「それはほら、掴んだチャンスは逃さない、みたいな」
「はあ……もうわかったよ」
「わかってくれたか」
「でも、罰はちゃんと受けてもらうよ?」
「罰ぅ? なんだそりゃ?」
「それは……今は内緒」
「ふーん」
紗智のことだ。どうせ大したことじゃねえだろうし、時間が空けば忘れるだろ。
「さ、ご飯食べよ」
「おう」
「いただきまーす!」
「いただきます。――ん、うまい」
「本当? えへへ……」
「てか、思うんだけどさ」
「なに?」
「お前、何時ぐらいからいるの?」
「う~ん、6時30分ぐらいかな」
「そんな早くからかよ」
「だって、お洗濯も干さないとだし、朝ごはんと昼のお弁当も作らなきゃだから」
「ほへー」
「誠ちゃんも起こさなきゃだし」
「そこは時間かからんだろ」
「誠ちゃん、寝ぼけてるから……」
「どういう意味だよ?」
「起きるまで10分以上かかってるの、知らないでしょ?」
「は? そんなことねえよ」
「やっぱりね。いつも起きるまで、うーうー、うーうー、唸って起きないんだよ。自覚ないの?」
「身に覚えがないな」
「はあ……」
この反応はマジってことか。無意識ってこわいな。
「紗智ってさ――」
「なに?」
「けっこうすごいんだな」
「な、な、どうしたのいきなり?」
「そんな早い時間から来て、洗濯やら料理やらするから。素直にすげーなって思っただけだよ」
「い、いやだなー、照れるからやめてよー」
なに焦ってんだ?
「誠ちゃん、今日の晩御飯なにがいい!? 好きなもの言っていいよ!」
「な、なんだよ、いきなり」
「いいからいいから!」
「じゃあ、ハンバーグで」
「おっけー! 任せといて!」
「妙に張り切ってるな」
「え~、そうかな?」
明らかにそうだろ。機嫌直ったみたいだしいいか。2日連続で紗智の胸を揉んでしまうとはな。本当は手を握って……あ……。
「そういやさ」
「どうしたの?」
「昨日と今朝のことには理由があるんだよ」
「自分で掘り返すの?」
「俺もそう思うが聞いてくれ」
「それで?」
「夢見てるんだよ」
「夢?」
「ああ。なんか俺が子供でさ、迷子になってんの」
「うん」
「それで紗智を呼ぶんだけど、全然来なくてさ」
「うん」
「そうしたら知らない女の人が来るんだよ」
「それで?」
「その人が出口まで連れてってくれるって言うから、手握ったんだ」
「それであたしの胸を掴んだってこと?」
「そういうことだ。全く迷惑な夢だぜ」
「揉んだのは誠ちゃんが悪いけどね」
「それは……。でも、なんであんな夢、2回も見たんだろうな」
「子供の頃の記憶だから、じゃない?」
「はあ? 俺にそんな記憶ねえぞ」
「忘れてるだけだよ。昔、迷子になったことあるじゃない」
「そうだっけ?」
「『御守神社』……覚えてる?」
「それは知ってるよ。この町にある目立たない神社だろ?」
爺さんや婆さんぐらいしか、行かねえよな。
「そうそう。そこで、あたしと遊んでるときに誠ちゃん、裏の森に入っていって迷子になったの」
「う~ん……」
「あたしもどうしたらいいか、わからなくて泣きそうだったけど、ひょっこり誠ちゃんが帰ってきて」
「…………」
「女の人に助けてもらったって。そのときの誠ちゃん、言ってたよ? あたしは見てないけど」
「……全く覚えてない」
迷子になるぐらいなら覚えてそうなものだけど。
「おじさんやおばさんも知ってると思うよ。帰ってきてから聞いてみれば?」
「ああ、そうだな」
なんでそんな覚えてないこと、いまさら夢で見るんだろうな。夢って無意識に見るもんだし、それになぜと問うても仕方ないのだが。
「いけない、もうこんな時間」
「さっさと食っちまおうぜ」
放課後、神社に行ってみるか。
「寒いな」
朝、まだ日が昇って浅い時間ということもあって余計に気温が低いんだろう。
「行くよ、誠ちゃん」
「ああ」
「よっと!」
紗智はいつも通りに俺の腕に抱きついてくる。
「ん……」
「今日は文句、言わないんだね?」
「もう慣れっこだし、寒いからちょうどいい」
「うーん、それでもいいや」
なんだそれ。
「途中までだぞ?」
「わかってるよー」
本当だろうな……。
「でさ、誠ちゃん」
「ん?」
「今日は麻衣ちゃん、どこ案内しようか?」
「そうだな。めぼしいところは売店とか御守桜ぐらいか」
「あたしたちが使うのはそれぐらいだもんね」
「三原にも希望があれば聞いておくか」
「うん。――あ」
「あれは……」
遠くのほうで三原が歩いている。
「おーい! 麻衣ちゃーん!」
「……!」
お、三原も気づいたみたいだな。俺たちはお互いに距離を詰める。
「おはよう、麻衣ちゃん」
「よう」
「あ、お、おはようございます」
「昨日は寝れた?」
「はい」
「初めてだらけで疲れたでしょ?」
「いえ、そんなことは……」
「昨日は中途半端だったし、今日はちゃんと学園の案内するからね」
「はい、よろしくお願いします。ところで――」
三原は俺と紗智を見て戸惑っているようだ。どうかしたのか?
「どうしたの?」
紗智も俺と全く同じ気持ちを三原に尋ねる。
「あの、なんといえばいいのか……。お二人は……密接な関係、なのでしょうか?」
「え?」
「げっ!」
しまった、うっかり紗智に腕つかまれたままだった。
「わあ!」
急いで紗智の腕を引き離す。
「そ、そうじゃねえって! 俺と紗智は単なる幼馴染で、決してそんな関係じゃ――」
「む……」
「でも、腕を……」
「ガ、ガキのときからの癖みたいなもんだよ。俺はやめろって言ってんのに、こいつが利かなくて――」
「そこまで否定しなくても……」
紗智はポツリとなにかをつぶやいたようだが、今は三原に誤解されることを避けねば。
「と、とにかく、俺と紗智はなんでもねえから」
「そうなのですか。でも、お二人共、本当に仲が良いようで羨ましいです」
「そ、そうかな~」
「そんなことねえって」
俺は紗智の反応を真っ向から否定する。
「誠ちゃん?」
「な、なんだよ?」
「うふふ」
「ほら、おめえのせいで三原に笑われちまったじゃねえか。このコアラ!」
「だから、コアラじゃないよ!」
「鼻、黒く塗ってやろうか?」
「誠ちゃ~ん?」
「わりい! 遅刻しちまうから、先行ってるぞ!」
「あ、待てー!」
三原を置いてきちまうのは気が引けるが、これも俺の安全のためだ。
昨日と同じく1人で校門に到着した。
「またマラソンしちまうとは……」
よーし、今日も紗智の奴を脅かしてやるぜ。
「…………」
遅い。おかしいな、昨日はもっと早く来てたはずだが――
「……なっ!」
紗智の野郎、走ってもねえ。三原と楽しげにおしゃべりしながら来てやがる。
「俺、なんかアホみてえだな」
「……君はそんなところで、なにをやっているんだ?」
「どへえ!」
突然背中から降り注いだ声に驚き、奇声を上げてしまう。
「か、かかか、会長!?」
「おはよう、鷲宮君」
「お、おはようございます」
会長の登場により、俺はスッと直立する。
「それで、その行動の意味は?」
「あー、いえその、なんと言いますか……」
「あ、誠ちゃんと会長さん」
会長への言い訳を考えていると紗智と三原が到着した。どうしてこうも間が悪いのだろうか。
「上坂さん、三原さん、おはよう」
「おはようございまーす」
「……おはようございます」
「誠ちゃん、なにか悪いことしたの?」
「してねーよ!」
「ふむ、実はだな――」
まずい! 会長の口をなんとか封じねば!
「そ、そんなことより、会長はなぜここへ?!」
「ん? 朝の挨拶だよ」
「なんですか、それ?」
よし! 紗智が食いついてくれた!
「8時からは私が校門に立って、登校してくる生徒に挨拶するんだよ」
「毎朝、やってらっしゃるのですか?」
「もちろんだ」
というか会長、そんなことしてたのか。
「知らなかった」
「あたしも」
俺と紗智が登校するとき、会長の姿を見たことないもんな。
「君たちの姿は見たことないから、その前に登校していたのだろう。感心すべきことだ」
「そんな、会長さんのほうがすごいですよ」
「生徒会長の座に就かれているのも納得です」
紗智と三原はそれぞれに会長への賛辞を呈する。
「仕事の一部だ。褒められるようなことではない」
「あ、それで会長さん」
「ん?」
「誠ちゃんがどうしたんですか?」
「ああ、それはだな――」
おい紗智! せっかく話題を逸らせたのに掘り返すな!
「うわあ! 会長! 俺たちは教室に行きますので、これにて!」
「ちょ、ちょっと誠ちゃん!?」
「あ、あの……」
「ほらほら、2人共! 遅刻はいかんからね!」
あんなアホなところ、2人に知られるわけにいくか。紗智と三原の背中を押して、校舎へ向かっていく。
「なにを焦っているのだろうか?」
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