3話 ゲームセンター騒動
「それでは、放課後のHRを終了する。掃除当番は掃除が終わり次第、部活もしくは帰宅しなさい」
「…………」
「鷲宮ー?」
「はい……」
築島先生の指名に俺はただただ力なく返事をする。
「わかってると思うが、数学の宿題を提出していくんだよ」
「はい……」
「よし、では起立!」
朝と同じよう挨拶を済ませ、担任教師は教室を後にしていった。帰宅する者、部活へ向かう者、掃除の準備をする者。各々自分の役割を果たしていた。そんな彼らに見向きもせず、俺はただじっと机に突っ伏していた。
「誠ちゃーん?」
「…………」
「鷲宮さん?」
「…………」
心配そうに声をかけてくれる紗智と三原に対し、返事をする気力も湧き上がらない。
「はあー、そんなことしても宿題は終わらないよ?」
「うるせー、ほっとけ」
「誠ちゃんが悪いんだよ? ちゃんと宿題やらないから」
「言われずともわかってるよ、そんなこと。だがな、世の中理解は出来ても、納得できないことはいくらでもあんの」
「全部自業自得じゃん。ほら、掃除当番の人の邪魔になるから」
「ああー、引っ張るなって。ちゃんと立つからよ」
「手、貸しましょうか?」
「おお、三原ありが――」
「ああ、いいのいいの。そんなに優しくすると調子に乗るから」
「そ、そうなんですか?」
おのれ~、紗智め。
「さ、立った立った!」
「だから、引っ張るなって」
紗智に引っ張られるまま、廊下へ出る。
「じゃあ、誠ちゃん。あたし、買い物して帰るから」
「わかったよ」
「はい!」
「あ? なんだ手を差し出して? お前には1銭も恵まねえぞ?」
「そうじゃなくて、お弁当箱」
「ああ」
午後の授業で食ってたの、見てたのか。
「ほれ」
「あたしはお昼のお弁当があるから、誠ちゃんの分だけ作っておくね」
「おう、よろしくな」
「それじゃ帰ろうか、麻衣ちゃん?」
「え、あの、私……」
「どうしたの?」
「私……その……よ、寄るところがあるので……」
「そっか、じゃあまた明日だね」
「す、すみません。それでは――」
「またねー」
三原は俺たちに一礼して、足早に帰っていった。
「素直で良い子だよね、麻衣ちゃん」
「ああ、そうだな」
「誠ちゃんの宿題さえなければ、放課後も学園の案内しようと思ってたのに」
「悪かったよ」
「明日は居残りしないように、宿題してきてね?」
「はいはい」
「また後でね、誠ちゃん。寄り道せずに帰ってくるんだよ?」
「いいから、さっさと帰れ」
「またねー」
遠くなる紗智の背中に、俺は小さく手を振ってやった。
「早く掃除終わんねえかな」
10分後、掃除を終えたのを確認してから教室へ戻った。
「はあ、だるい」
自分のせいとはいえ、居残ってまでの宿題は辛い。
「後、何枚だ?」
外はすっかり夕暮れ。校庭から部活生の腹から絞り出しているであろう活気のある声が響いていた。BGMにしてはうるさいことこの上ない。
「おや?」
「ん?」
突然教室に入ってきた声の方向を見る。
「か、会長!?」
「やあ、鷲宮くん。こんな時間までなにをやっているんだね?」
「あ、いえいえ、別に……」
宿題の居残りだなんて、こんな完璧超人の会長に言うのは些か恥ずかしい。
「用がないのなら、早く帰りたまえよ? 下校時間はすぐそこだよ」
「いや、用がないわけでも……。そ、それより、会長は部活、大丈夫なんですか?」
「ん? 私が部活動に所属しているのを知っているのか?」
「え、ええ。紗智に聞きました。――あ、上坂です」
「言い直さなくても大丈夫だよ。部活はしてきた」
「え、剣道部ってそんな早く終わるんですか?」
部活って日が暮れるまでやるもんだと思ってた。
「私は顧問から自由練習の許可をもらっているんだ。生徒会長の仕事もあるからね」
「あ、そうなんですか」
「それで君の用とは、机にあるプリントのことかな?」
「え、あ、そうでもあるような、ないような」
「なんのプリントだ?」
「いや、本当なんでもありません!」
近づいてきた会長に見られまいと、手でプリントを覆い隠す。
「……数学?」
隠しきれるわけもなく、あっけなく見破られる。
「じ、実は宿題の提出忘れで……」
「別に隠すようなことではないんじゃないか?」
「なんというか、会長のような完璧な人に宿題忘れを見られるのは恥ずかしいなと」
「…………」
「会長?」
いきなり、黙り込んで……なにかまずいこと言ったか……。
「あ、すまない」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
「なら、いいですけど」
「……なあ、鷲宮くん?」
「はい」
「私はそんなに完璧に見えるだろうか?」
「そりゃもう」
会長を差し置いて、誰が完璧と言えようか。
「……鷲宮くん」
「なんですか?」
「私は完璧な人間ではないよ」
「……え?」
今日知り合ったばかりだけど、会長は表情豊かな人じゃないのはなんとなくわかる。その会長がこんなにも悲しい顔をするなんて……。
「あの、会長?」
「すまない、なんでもないんだ」
「…………」
「それより、その数学のプリント終わりそうなのか?」
「え、あ、ああ、あと2枚です。でも、なかなか難しくて……」
「少し見せてくれ」
「はい」
「どれどれ……」
か、会長の顔がこんな近く……。それになんか良い香りもするし。近くで見るとよくわかるけど、すごい美人だな。
「この問題か……」
古風な美人というか、大和撫子という言葉が似合う。
「綺麗だ……」
「え……」
「あ……」
や、やべー! つい口に出ちまった!
「…………」
「す、すみません、会長! そのなんというか、あまりにも美人だったのでつい――」
「も、もういいから、それ以上は言わないでくれ」
「ごめんなさい……」
あー、なにやってんだ俺。せっかく会長が宿題見てくれてるのに。
「だが……ありがとう」
「……え?」
「恥ずかしいが、嬉しいよ」
「俺は本当のことを言っただけで――」
「う、嬉しいがあまり言わないでくれ。恥ずかしさのほうが勝るんだ」
「は、はい」
「ほら、宿題に集中」
「はい」
良かった、怒ってないみたいだ。会長が手伝ってくれてるんだし、早く終わらせよう。
「そうだ。あとはこれを――」
「この公式を使うわけですね?」
「うん。よくできたね」
「ありがとうございます、会長。おかげで早く終わりました」
「いや、私は少し助言をしただけだ。君の飲み込みが良いからだよ」
「会長のアドバイスが的確だったし、教え方が上手いからですよ」
実際、会長の教え方はすごく上手い。全部を教えるわけではなく、自分で答えが導き出せるようなヒントの出し方だったから、解いていて気持ち良かった。
「君のためになったのなら、私は満足だ」
「本当、助かりました」
「うむ、では提出を終えたら、そのまま帰宅するんだよ。くれぐれも寄り道しないようにね」
「はい」
「それではな」
会長は静かに背中を向け、教室から出ていった。居残りは面倒だったけど会長のおかげですぐに終わったし、気分が良い。
「とっとと提出して帰りますか」
「腹減ったなあ」
この時間帯の商店街は調理された食べ物の匂いがそこかしこから漂ってくる。揚げ物の匂いがまたたまらんのだ。
「紗智の奴、ちゃんと飯用意してるだろうな」
会長にも言われたし、今日は気分が良いまま帰るとしよう。
「……ん?」
少し日も落ちてきた時間帯には眩しいネオンの光と微妙に聞こえる騒音。
「会長には悪いけど、少しだけ――」
路地裏の入口付近にある”店”へ俺は足を向けた。
「おお、やってるやってる」
少し薄暗い店内を照らすモニターの光。初めから聴かせる気がないかのような混濁したBGMの騒音。
「ゲームセンターとは、こうあるべきよ」
この雰囲気をたまらなく感じたいときがある。今日は気分がいいし、この調子を上乗せするとしますか。
「まずはこの『武者スピリット』で肩慣らしだ」
ちょうど誰かプレイしてるみたいだし、俺の『
「いやー、今日は調子いいなあ」
いくつか格ゲープレイしたけど、どれも全勝だ。これも会長効果か。
「よし、お次は本命『
「ふふふ……」
話にならんよ。いつもはこんなに勝つことは出来んが、今日は本当に調子が良いみたいだ。
「今ならどんな相手でも――ん?」
画面には挑戦者の文字が表示されている。今までの俺の勝負を見てなかったのか。
「今日の俺は一味も二味も違うぜ」
相手は『虎狼伝説 EXTRA』――略して『ころエク』唯一の女キャラである『吹雪
「格ゲーの厳しさを教えてやる」
勝負開始の文字が表示される。
「一気に決めてやるぜ!」
俺の『ギリー』が『吹雪』に突進していく。
「そらそら、もう壁際だぞ」
俺の攻めに押され、相手はどんどん後ろに下がっていく。
「いけるぞ……!」
今日の俺は敵なしだぜ。
「くっ、こいつガードかてえな」
全ての攻撃をガードされているせいで、相手の体力の減りは微々たるものだった。
「無駄なあがきを……!」
しかし、このままいけば時間切れで俺の勝ちは決まったようなものだ――と思っていたそのときだった。一瞬の隙をついて、相手は俺に1発の弱パンチ。
「ちっ、侮ったか。だが――」
それはもう遅かった。1発の弱パンチで出来た『ギリー』の仰け反りを待っていたかのように『吹雪』の連撃が始まった。
「なっ……このやろう!」
反撃を試みようにも、近距離と遠距離の攻撃を上手く組み合わせてくるせいで、壊れたボタンを押しているかのような感覚に陥っていた。
『吹雪』の弱パンチからたった5秒。俺の『ギリー』は地に伏せていた。
「そんなバカなー!」
ほんのさっきまでの攻勢が嘘のように、瞬時に跳ね返された。
「た、たまたまだ。今度はこうはいかねえ」
周りを確認してから俺はコインを投入した。
「…………」
何度『ギリー』が倒れたところを見ただろうか。一度も勝てなかった。それどころか、最初の戦い以降攻撃すら出来ていない。俺はそっと筐体から離れた。
「どうなってんだ、ありゃ。次元が違うぞ……」
あんな強い奴、本当にいるんだな。
「この気分の落差をパズルゲームでもやって、落ち着かせるかな」
頭を使えばこの落ち込んだ心も洗い流されようて。
「よし……よし……よっし! 脱出成功だ!」
落ち着きのない主人公をゴールまで誘導するパズルゲームか。今までやったことなかったけど、けっこうハマるな。
「この調子でクリア目指して――」
「てめー! 調子乗ってんじゃねえぞ!」
「!?」
騒音だらけの店内でも確かに聞こえてきた怒声。急に聞こえてきたそれにビクッと体が反応した。
「ありゃ、格ゲーのほうか」
いるんだよな、本気になりすぎてリアルファイトに発展しようとする奴。野次馬精神全開で見に行くと、3人のガラの悪い男たちに1人の少女が絡まれていた。
「あのゲームは『ころエク』か? てことは、さっきの『吹雪』のプレイヤーは――」
「…………」
あの女の子かよ! しかも、あの制服は御守学園じゃねえか。まさか同じ学園であれだけの実力者が……。
「おい、聞いてんのかよ?」
「ありゃ、反則技だろ?」
「違反金払えば許してやらないこともないぜ?」
「うわー……」
みっともねえな。男3人で囲んで、あんなこと言うなんてよ。
「…………」
「なに余裕ぶっこいてんだ?」
「耳ついてんのかよ?」
「それとも、震えてんのか?」
「はあ……」
これは止めに入ったほうがいいかな。誰も見てないフリだし。
「ゲームで勝てないからって、虚勢張るしか能のない連中の相手って本当疲れるのよね」
「は……?」
男たちに対する女の子の対応に俺は戸惑ってしまう。
「んだと、てめえ!」
「女だからって、手出ししねえとでも思ってんのか?」
「あーあー、なんであんたらみたいなのって同じようなことしか言えないのかな」
なんで挑発するんだよ、あいつ! 火に油注いでるだけだろ!
「なあ、もういいんじゃねえか?」
「そうだな、やっちまおうぜ」
「まずい……」
完全に火ついてるじゃねえか。
「…………」
止めないと!
「ちょ――」
「おらあ!」
しまった出遅れた! 男は女の子に向かって右ストレートを放つ。
「――!」
「ぐええ!」
女の子に襲いかかった男の1人がいとも簡単に地面に横たわる。
「…………」
「てめえ!」
「このやろう!」
「ふっ! てやっ!」
「がはっ!」
「ぐむう!」
「…………」
床で力なく横たわる男たちを蔑んだ目で見つめる女の子。
「すげえ……」
ゲームと同じように一瞬で終わっていた。というか、あの女の子何者なんだ。学園でも見たことないし……もしかして、また転校生か!?
「さすがにそんな偶然重なるわけないか」
いや、今はそんなことどうでもいいだろと心の中で自分にツッコミを入れる。
「ふん、もう終わりなの?」
「んな、バカな……」
倒れている連中は、床で小さく動くのみだった。
「あんたたちみたいな連中がいるから、ここが不良の溜まり場みたいに言われんのよ」
「覚えとけよ、クソ女……」
「そう言われて、覚えておいたこと一度もないけどね」
「この借りは絶対、返してやるぜ」
あんな状態なのに、態度だけは人一倍だな。感心するぜ。
「リアルでもバーチャルでも、時間潰しにもならない相手に言われてもね」
「ぐ、くそ……」
正論すぎて言い返せてもいねえな。バーチャルで時間潰しにならない相手なら、ここにもいるが。あの細身の体のどこに、あの男たちを倒す力があるんだか。
「はあ……余計な邪魔が入ったせいでこれ以上は無理か……」
女の子は店内にある時計をチラリと見る。
「少し早いけど……仕方ないか」
「ま、待ちやがれ……」
おいおい、まだやる気なのかよ。どう見てもそんな状態じゃないだろうに。
「誰のせいだと思ってるのよ。今度邪魔したら本当に承知しないからね」
それだけ言うと女の子はスタスタとその場を後にした。倒れた男たちは「ううう……」と小さく唸るだけで、その場から離れようとしない。どうやらあの女の子の攻撃が相当に効いたらしい。
「俺……なにも役に立たなかったな」
もう時間もヤバイし、そろそろ帰らねえと。
「紗智、待ってるだろうな」
雷が落ちなきゃいいが……。
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