第13章 エッジ(36)
「なぜ、こんな素性の知れぬ者に、それほど重要な判断を仰ぐのです?」
礼韻は、ストレートに左近に聞いた。この答によっては、左近は命を落とすかもしれない。あるいはそれが元になり、石田軍が滅びるかもしれない。それは西軍崩壊にも通ずる。とても重大な問いだった。
カッと目を開いて礼韻を見つめていた島左近は、クックックと笑い出した。
唖然として見つめる礼韻の前で、左近はしばらく笑い続けた。
「どうなさいました?」
とめどない笑いを切るため、礼韻が逆に問うた。
「いや、いや、まぁ、実は、な」
笑いの切れ切れに言葉を吐くが、要領を得ない。
「どうなさったのです?」
礼韻は重ねて問うた。左近の笑いの理由を、心底知りたかった。
「すまぬ。実はな」
ようやく笑いを抑えられるようになった左近が、小さく詫びた。
「実は?」
「あぁ。実は、わしと殿の、初めて会ったときのやり取りとまったく同じだったもので、それで可笑しくて可笑しくて」
「初めて会ったとき?」
「そうじゃ」
左近はまだ表情を緩めている。
「まったく、同じ?」
「そう、同じじゃよ。その言葉のやり取りが。わしを呼び寄せ、殿の前に初めて出たとき、殿がいくつか聞いてきたのだ、わしに」
「なにを、ですか?」
「治世のことなど。いずれも重要な事柄じゃ。そこでわしは、今のおぬしと同じ言葉を殿にぶつけた」
「同じ言葉というと?」
「なぜ、こんな素性の知れぬ者に、それほど重要な判断を仰ぐのです? とな」
「しかし左近殿は、素性の知れぬ者ではなかったはずですが」
「わしの素性を知っているのか? では言ってくれ」
表情を緩めたまま、左近が促す。
そこで礼韻は、背筋を伸ばし、スッと息を整え、目を閉じると、
「嶋清興は、左近、勝猛とも言い……」
島左近について知っていることを、時系列に沿って語りだした。その礼韻の口から出る言葉に、左近がギョッとした表情になり、ススッと上半身が前にのめった。
冗長にならない程度に収めた礼韻は、言葉を止めると目を開き、左近を見た。
驚愕の表情だった左近が、フッと頬を緩めた。
「400年後には、かなり知られた存在になっているのだな」
おどけて言う。
「私のように、素性の知らない者ではないでしょう、左近殿は」
「いや、素性の知らぬ者だ。400年かけて調べてくれて悪いが、半分も当たっておらぬ」
その言葉に、今度は礼韻の表情が固まる。
「まぁしかし、殿にとって素性のまったく知らない者ではなかっただろうが、しかし会ったばかりの男に重大な治世の判断を仰ぐなんてと、わしもおどろいたわけだ」
礼韻は言葉が詰まっていたので、こくりと頷いただけだった。
「おぬしもおどろいただろうが、答えてくれ。わしは今から西へ上がるべきだろうか? それともこの佐和山にとどまるのが吉か?」
左近が射るような目つきに変わった。
『エッジ』(関ヶ原 レヴェレイション) 勒野 宇流 (ろくの うる) @hiro-kkym
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