第13章 エッジ(26)

 

「解熱剤を使おう」

 

 優丸が言い、隠していたズタ袋から錠剤を出した。

 

「あまりに高熱が長い時間続くと危険だ」

 

 優丸の行動は素早い。すぐさま、粗末な椀に水を汲んできた。

 

 涼香の上体を起こし、薬を飲ませた。朦朧とする涼香は口の端から水を滴らせたが、かろうじて呑み込んだようだった。

 

「効くかな?」

 

 呟くように、礼韻が言う。小さく、優丸が首を振った。分からないという意思表示だ。

 

「ところで……」

 

 涼香を見つめる礼韻を、優丸が振り向かせた。そして注意を向けて、拈華微笑で話しかけた。

 

「自分はこれから、三成一行を追おうと思う。やはりあの手薄な軍勢では不安だ。途中で襲われる危険が高い」

 

「たしかにな」

 

 礼韻も頭の中で返す。

 

「でも優丸一人で向かったって、なにかあったときに抑えられるものでもないだろう」

 

「まぁ、そうだろうが、でもいないよりはマシだろう」

 

 そこで優丸は微笑む。

 

「単独で動き回るのも危険だし、ここは三成が帰ってくるのを待った方がいいと思う」

 

「その考えもあるが、しかし……」

 

 優丸が言いよどむ。もしかしたら城内を探るうち、優丸はなにかしらの情報をつかんだのではないか。礼韻は思う。三成がほとんど丸腰のまま大阪に向かったと、誰かが東軍の生き残りに伝言したなどと……。

 

「危険すぎる。そのわりに、行って、なにかあったときに優丸が役立つとはとても思えない」

 

「自分でも、そう思う」

 

 優丸が素直に認めた。

 

「それなら、ここにいた方が」

 

「いや、とにかく追ってくる。礼韻は涼香をしっかり看病しておいてくれ。礼韻がいなければ、治る病気も治らない」

 

 その言葉は、逆らえぬ気配を満たしていた。やはり優丸は、三成たちが襲われることを確信しているのだ。ここで行かせたら優丸は大きな危険に飛び込むことになる。しかしどういうわけか、礼韻は引き留める言葉が出てこなかった。

 

「この、闇に閉ざされた時間がいい。さっそくこれから向かう」

 

 優丸はスッと立ち上がると、小さく手を振って部屋から出て行った。優丸が去ったあと、礼韻は心細くなった。誰か他人が周囲から去って心細くなるなど、これまでなかったことだ。礼韻は優丸の存在が大きかったことを、あらためて思った。

 

 闇に紛れて佐和山城を出た優丸は、まずは中山道を西へと向かった。

 

 急がなければならない。三成は大阪城に着くまでに、必ず襲われる。なんとかして、それを阻止しなければならない。

 

 優丸は彦根で馬を盗むと、それを駆った。木曽馬のようにでっぷりとした農耕馬で速度は遅いが、徒歩よりはよっぽどいい。三成たちが宿場で足を止めれば、追いつくはずだった。

 

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