第13章 エッジ(27)
解熱剤で熱の下がった涼香が、朦朧とした状態から脱した。
「優丸は?」
白湯を飲まして意識をはっきりさせたところで、まず放ったのはその言葉だった。
「どうしても動かなければならないことがあって、城外に出て行っている」
礼韻はぼやかして説明した。
「それは危険なこと?」
涼香の表情はけわしい。
「それはまぁ、城外に出れば危険も増すだろうよ。でもなんで?」
「実は、夢を見たの」
「夢? どんな?」
涼香の顔が曇った。
「あんまりいい内容の夢じゃないらしいな」
「そう」
「優丸に危険が迫る夢か?」
涼香は答えない。
危険が迫る以上の夢か。礼韻はそう確信した。正夢だの逆夢だの信じる礼韻ではないが、しかし拈華微笑が使える涼香が熱にうなされて見た夢だ。さらりと流してしまうわけにもいかない。それでも今は、それを聞かされても何ひとつ対抗策が取れない。優丸とは拈華微笑が効かないほど離れてしまっているのだ。だから礼韻は、夢だから心配するなと、敢えて平凡な返答をした。
また眠り込んだ涼香を見た礼韻は、厠に行く途中明かり取りから暗い城下を眺め、優丸のことを思った。再び会えるのだろうか、と。
馬がバテて、優丸は馬を乗り換えた。それもまた農耕馬だった。とにかく速度が出ない。大阪城に早く着きたいだろう三成は、途中休まず向かってしまうおそれが強かった。帯同する安国寺恵瓊も長束正家も、武の面では頼りにならない。大谷吉継は軍としてならともかく、個人としては一行の足を引っ張る存在になってしまう。あとは、どの家臣が帯同しているかだ。少なくとも島左近は佐和山に残っている。蒲生郷家は付いて行っているはずだ。蒲生がいれば、ある程度は戦える。
優丸は城の中を探るにあたり、牧野成里を監視していた。その牧野が気になる行動を取ったのは2日前のことだった。折った紙片を、梁の隙間にポンと入れたのだ。それが何を書いた紙かは分からない。しかし優丸はその裏にまわってみたときに紙片が消えていることを知った。誰かに送ったのだ。
佐和山で探っていて気になることはその一点だった。だからこれほどまでしても、なにも起こらない率が高い。三成を追っても無駄足になりそうだった。しかしそれならそれでいい。また佐和山に帰ればいいだけの話だった。
突然馬が足を止め、斃れた。
優丸は一緒に倒れるわけもなく、飛び上がってそのまま地面を転がりながら草むらに身を突っ込んだ。
馬が倒されたのはあきらかだ。破裂音が響かなかったことで、鉄砲ではないと見当をつけた。おそらく弓だろう。しかしこの暗い中で倒すとあっては、見事な腕前と言ってよかった。
優丸は息を潜め、動きを止め、状況を探った。馬の苦し気な呼吸音しか聞こえないが、この暗闇の中、どこかにいるはずだった。自分を狙っているのか、それとも足止めを企んでいるのか、分からなかった。
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