第13章 エッジ(22)
優丸の調べたところでは、大阪城に向かうのは三成、安国寺恵瓊、大谷吉継、長束正家だという。ここまで帯同した宇喜田、小西、長宗我部、増田はそれぞれ領地に戻っていた。
礼韻はなるほどという気持ちと意外な思いが混ざり合っていた。安国寺恵瓊が同行するのは、これは当然のことだ。元々が毛利家の人間で、この合戦で毛利輝元を総大将になるよう説得したのが安国寺なのだから。安国寺の影の働きがなかったら、いくら三成が家康討伐の号令をかけても合戦にならなかったろう。西軍の形は安国寺が作ったといってもいい。
長束は現職奉行ということからか。これほどの大事を秀頼と淀殿に報告する場にはある程度の格を整えたいものだが、大老は毛利輝元がいるとして、奉行はいない。三成は現在、元奉行だ。だから、合戦ではなんら重要な役割を担っていないが、長束が選ばれたのではないか。
「なかなか考えた人選だな。しかし大谷吉継は格としては同行するに違和感があるが、やはり今の三成の、心の支えになっているのだろう」
「そうだな。しかし問題は供まわりの方だ」
「供まわり?」
つまりは同行する護衛部隊のことだ。
「100人ほど、ということだ」
「100人?」
礼韻は間髪を入れず聞き返した。
「あぁ」
「たったのか、たった100人なのか!!」
「そうだ」
三成は勝ったとはいえ、全国を平定したわけではない。100人程度の手薄な護衛でおよそ50キロほどを進むなど、考えられるものではない。現代とちがって車でも鉄道でもないのだ。100人では、感覚としては丸腰のようなものだ。これが、家康の伊賀越えや信長の姉川からの逃走のように突発的な状況であれば仕方がないが、今は火急ではなく、誰かに追われているわけでもない。大編成を組める時間くらいはある。礼韻は三成の、自分の命に対する野放図さに、あらためて呆れた。
「反対した家臣もいたが、三成は聞かなかった。東軍の生き残りたちは、今、それどころではないはずだというのが、三成の言い分だ」
たしかにそれはある。皆それぞれが領地に戻り、守りを固めるなり誰かしらと組む算段をしていたり、西軍のつてを探していることだろう。自身の保身で精一杯だという三成の読みは頷けるものだった。しかしそれにしても、たったの100人で移動とは。なにしろ今、おそらくはこの世で最も嫌われている存在なのだ。礼韻は思わず腕を組んで唸った。
三成の家臣は精鋭ぞろいで、それの自信もあるのかもしれない。しかしこの時代は鉄砲が普及し、少数の精鋭部隊など鉄砲隊に狙われたらひとたまりもない。事実戦の鬼である島左近が鉄砲隊にあっさりとやられている。
信長が本能寺で殺されたのも100人程度の供まわりだったからだ。大丈夫なのだろうか。礼韻は顔をしかめどおしだった。
礼韻、優丸の心配をよそに、三成たちは翌朝西へと向かって行った。
なるべく出歩くなという三成の指示のとおり、彼らは与えられた部屋からほとんど外に出なかった。
ときおり、関ヶ原に戻ってみたいという、涼香の念を礼韻は感じた。関ヶ原のあの松尾山を望む小山に戻れば、もしかしたら帷面の迎えが待っているかもしれない。そんな一縷の希望が、礼韻の頭の中にも流れてくるのだ。責任を感じている礼韻は、できることなら涼香の願いどおり関ヶ原に連れて行ってあげたい。しかし今は到底無理だった。すまない、と心のなかで謝りながら、このところめっきり口数の減った涼香をじっと見つめるしかなかった。
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