第13章 エッジ(21)

 

 

 その後、巨体を揺らしながら襖を開けた男は大山伯耆と名乗った。

 

 間を置かずに来た男は渡辺勘兵衛と名乗る。

 

 さらには森久兵衛が顔を出す。

 

「ほとんどの家臣が生き残ったのだなぁ」

 

 誰かが来るたびにいちいち構え、気を緩めることのできない煩わしさからか、辟易したような声で優丸が言った。

 

「島左近も、回復すれば来るだろうな」

 

 礼韻も苦笑しながら返す。

 

 次に来た男が牧野成里と名乗り、礼韻と優丸はグッと表情を引き締めた。

 

 牧野成里は礼韻たちの世界の、あの東軍の勝利した関ヶ原において、少々眉を顰めたくなる生き残り方をしている。三成が敗走したあとに池田輝政の元に逃げ、そこから驚くべきことに家康に仕える。そして家康隠居後は二代秀忠に。三成の家臣で徳川家に仕えたのはこの男だけだった。

 

 そのことから礼韻は、牧野成里と聞くとどうしても、裏切りや日和見といった言葉を想起させる。だから他の家臣よりも杓子定規で、必要以上に慇懃なあいさつとなってしまった。

 

 牧野も表情が硬かった。しかしこれは三成の家臣全般に言えることだった。やはり三成が厳格な性格だけあり、それが家臣にまで影響していた。だからこそ、余計に舞兵庫の振舞いが印象深く刻まれた。

 

 この状況の中、優丸は危険を顧みずに城内の様子を探ってくる。この世界に来て、優丸が本来持つ資質が開花したようだった。彼の体には異能集団である帷面の血が流れている。忍びの働きを難なくこなせるのだ。

 

「各軍それぞれ、自分の領地に戻って行ってるな」

 

 城外の様子を探って戻った優丸が、拈華微笑で礼韻と涼香に伝える。

 

「城外にはもう人がいない。それから、三成は治部少輔の地位に戻ったぞ」

 

 佐和山に戻ってまだ3日だが、三成は早くも以前の地位に復活した。急ぎ、大阪城に手紙を出し、各武将に指示を出しやすいよう復権させてくれと願ったのだ。家康が死に、三成の役職を剥奪した七将はすべて東軍だったことで、復権はあっさりと済んだ。さらに言えば、治部少輔はたいした官職ではないので戻しやすいこともあった。これが中納言などであれば、さすがに合戦後数日でパッと与えるわけにはいかない。

 

「あともう一つ、三成はすぐさま大阪城へ向かうらしい」

 

 これは当然のことと言えた。戦勝報告を西軍総大将の毛利輝元と豊臣秀頼にしなければならないし、また秀頼の名で、各武将に沙汰を出さなければならない。佐和山に戻らず、直接大坂に向かう手も考えられたくらいだ。

 

 東軍加担の各武将は、とりあえず領地に戻っている。時が経てば経つほど、武将たちは力を戻し、そして結託を試みるだろう。あの合戦で反豊臣を表明したのだから、黙っていれば待っているのは処罰だけだ。ダメ元で最後にひと騒動起こしてやろうと開き直って不思議ではない。だから三成は彼らが息を吹き返す前に抑えつけなければならない。そこで秀頼の元へ向かう必要があった。

 

「我々も帯同するのかな?」

 

「いや、ごく少数で行くらしい。我々のことには触れていなかった」

 

 その言葉に礼韻は半ば呆れた。そこまで具体的に知っているということは、三成の居場所まで近づいたということだろう。西軍は大阪城を事実上仕切っている秀頼の母、淀殿が忍び嫌いということで、三成も宇喜田も大谷も忍びを雇っていない。だから天井裏で他の忍びとかち合うことはないだろうが、それでも中枢に近付きすぎれば危険の度合いも増すというものだ。

 

「あまり危険なことは、まだこの時点では控えた方がいいのでは」

 

 情報には感謝しながらも、礼韻が言う。

 

「大丈夫だ。眼や耳だけでなく、気配で感知できる。周囲に人が近づいてきたり、誰かがこちらに殺気を持てば、すぐさま分かる。そこから逃げても充分に間に合う」

 

 優丸はそう伝えると、もう一周探りを入れてくると言って、音もなく襖を開いて出て行った。

 

「気を付けて……」

 

 頭の中にその言葉が流れ、ふと横を見ると、涼香が口元で指を組んで心配そうに襖を見ていた。

 

 


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