第13章 エッジ(20)

 

 

 礼韻たちは部屋と衣装を与えられた。着替え、座り込み、ようやく人心地ついた。

 

 礼韻はそこで初めて、三成との対面で自分が極度の緊張状態だったことを知った。どっと疲れが押し寄せてきたからだ。ごろんとひっくり返って大きくため息をついた。こんなだらけた姿を人に晒したくなかったが、沈み込むようにだるかった。

 

 考えてみれば、当然と言えた。夢にまで見た、憧れの男との対面なのだ。それも、本来であれば常識的にとても会えるはずのない人間。礼韻にとっては、神と会ったに等しいことだった。おそらくは、自分の持っている「気」というものを吸われてしまったのだろう。そう思ってしまうほど、四肢に力が入らなかった。

 

 それでもごろりと体の向きを変え、こうなってしまった経緯を涼香に話した。一刻ほど一人にさせられたこと、そして突然城に引っ張り込まれ、石田三成と対面させられたこと、それらで涼香がパニック状態になっているように見えたからだ。状況が呑み込めれば、多少は気持ちも落ち着いて来るだろうと、礼韻は意識して丁寧に話した。

 

 礼韻たちを三成が抜擢したことで、まず迷惑をこうむったのは蒲生郷舎だった。家臣が次々と、説明を求めたからだ。

 

 武の男、郷舎は口が滑らかではない。そこへもってきて、真の理由を告げられないとくる。狐火や足軽たちの見せた異能は、とても聞いた人間が納得できるものではない。バカにされるだけならともかく、殿、三成の頭の中を疑われてしまう。この大戦の重圧でおかしくなってしまったのではないか、と。ここはうまいことはぐらかさなければならない場面だった。

 

「左近殿がいてくれたら……」

 

 郷舎は呟く。そして、こう呟いているようでは、自分は左近に代われる器ではないなと苦く笑った。島左近ならうまいこと言いくるめてしまうはずだ。あの豪胆な男は、如才なさも身に着けている。そしてその芸当は、自分にはできない。そう認めざるを得なかった。 

 

 部屋の中では、礼韻が話し終わって沈黙が続いていた。三成を目の前にした興奮が激しかったが、涼香の手前、それは気持ちの奥深くに隠していた。今ここで涼香に取り乱されでもしたら、3人全員が危機に陥ってしまう。なんとしても涼香の気持ちを落ち着かせる。これが最も重要なことだった。

 

 突然、襖が開いた。

 

 礼韻は瞬間的に跳ね起き、片膝を付いて姿勢を低く相手を見つめた。

 

 優丸も跳ね、涼香の前に片膝立ちで身構えた。

 

 襖を開けた男は、2人のその俊敏なさまに一瞬だけ驚きの表情を見せると、すぐに和らげ、ほうと感心した声を上げて瓢げた笑顔になった。

 

 整った顔をいくぶん上に向けた笑い顔は、見ようによっては小バカにしているようにも取れる。それでなくとも、多少かぶいた姿なのだ。髪がいく筋か顔に垂れている。礼韻と優丸を交互に見た男は、殿も面白い連中を拾ってきたものだな、と割合大声で独り言を言った。

 

「前野兵庫と申す。これからよろしくたのむ」

 

 これが、と礼韻は思った。この男が舞兵庫か。

 

 見惚れるほどの顔だった。三成もまた細く整った顔立ちだが、その自分の容姿に対する飾りが一切ない。また気持ちを探っても顔立ちを誇っている意識は微塵も感じられない。しかし舞兵庫は明確に自分の端麗さを強調している。それがありありと表情に出ていた。

 

「似ているな」

 

 クスッと笑い、舞兵庫が呟く。そして礼韻を指さす。

 

「お主、しっかりと髷を結えば殿に似ているぞ」

 

 そしてクスクスと笑い、ではと言って無造作に手を振ると、舞兵庫は襖を閉めた。

 

 少しの間をおいて、礼韻と優丸は険しい表情を緩めた。

 

「舞兵庫、かぁ……」

 

「先ほどの蒲生郷舎もそうだが、いかにもできる男という感じだな」

 

 自然体が表情に表れていた。とっさの行動がいかなるときも取れる自信があるのだろう、表情も体も弛緩していたが、おそらくそれは、非常時にはサッと行動が取れる裏返しなのだろう。つまり、常時には弛緩していても問題ないということだ。

 

 ただどういうわけか、礼韻たちに好意的な雰囲気を感じていた。なにか珍しい動物でも見るかのように、興味津々といった顔で見ていた。

 

 いずれ頻繁に会いそうな気がする。礼韻は漠然と思った。

 

 


 

 

 

 

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