第13章 エッジ(19)

 

 

「我々には……」

 

 三成の、涼しげだが、しかし切り裂くような鋭い視線が礼韻を見つめている。

 

「我々、今はまだ、一介の足軽でござる。特にお伝えすることはござらん。もしも本当に、我々の背に炎が見えるのであれば、殿にお仕いさせていただき、その、我々自身で気付かぬ才を殿の非凡な能力で引き出し、そして利用していただければと思う」

 

 礼韻はそう言って、深く頭を下げた。

 

「どうする」

 

 と、三成は蒲生郷舎に向いた。

 

「傍に置いてみるか?」

 

 郷舎の顔が渋面になった。

 

「この足軽たちを、ですか?」

 

「そうじゃ」

 

「足軽として、でしょうか?」

 

「いや、小姓としてじゃ」 

 

 この部屋にいる三成以外の全員が、目を見開いた。

 

「なんと! それは、とても承知できませぬ」

 

「この者たちは、なにかがちがうぞ」

 

「そのなにかが、手前には分かりませぬ」

 

 そこで三成が思案顔になった。

 

「なにか、郷舎に見せつけてくれぬか?」

 

 礼韻に、言った。

 

 礼韻は深く頭を下げ、ゆっくりと立ち上がった。そして蒲生郷舎の方に寄る。あくまでもゆっくりとだ。素早い動きを見せれば、刀を抜かれかねない。礼韻は刺激しないように近付いた。

 

 そして紙と筆を用意させ、礼韻にだけ分かるように文字を書いてもらった。それを折って、蒲生郷舎の懐にしまう。礼韻は一連の行動を、静かに見ていた。

 

「一体何をやろうというのだ」

 

 蒲生郷舎が少し不貞腐れ気味に言った次の瞬間、優丸が紙に書いた文字を発した。

 

「何故!」

 

 自分の書いた文字を言い当てられ、目を丸くした郷舎に、礼韻はもう一度書いてくれと頼んだ。そして再び、優丸がソラで読み上げた。それもまた正解だった。

 

「何故だ。どういう仕組みがあるのだ!」

 

 礼韻が蒲生郷舎に見せられた文字を拈華微笑で優丸に伝え、それを優丸が蒲生郷舎に伝える。たしかに常人には驚くべきことだった。

 

「お主らは忍の者か?」

 

 なにかしらのからくりがあるのだろうと、蒲生郷舎は優丸に刺すような視線を送る。へたに能力を見せつけて危険だったか、と礼韻は小さく後悔した。

 

 三成もまた驚きの表情を浮かべていた。しかしそのなかには、満足そうな気配もあった。ただ者ではないという自分の主張が立証されたからだ。

 

 礼韻は今度、三成に向いた。そして、

 

「永禄3年、近江国石田村に生まれる。幼名佐吉……」

 

 石田三成の経歴を一気に読んだ。頭の中に刻まれているそれは、我がことのようにスラスラと出てくるものだった。よどみなく話す姿に、三成も蒲生郷舎もポカンと口を開けていた。

 

 逸話として残るものは消して話す。行為、官職、佩刀など、確実だと思えることのみを発した。なかには側近ですら知らないと思えることもあり、三成は息をするのも忘れているかのようだった。

 

 言い終わり、沈黙が部屋を支配した。やりすぎだったかと、礼韻は再び小さな後悔をした。しかし、ここが正念場とも思っていた。三成が自分たちを注目しているこのいっときを利用して、石田政権の中枢に入り込んでしまわなければならない。

 

「何故?」

 

 三成からも、疑問の声が出た。しかしすぐに気を落ち着かせ、やはり炎を背負っている者はちがうな、と一人呟いた。

 

「これで分かったろう。この者たちはただ者ではない。傍に置いてみようではないか」

 

 蒲生郷舎が頷く。頷かざるを得ない、という緩慢なあごの動きだった。

 

「左近にも、早くこの者たちを見てもらいたいものだな」

 

 三成はすっかり冷静さを取り戻し、微笑を浮かべながら呟いた。

 

 


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