第9章 時渡り(11)


「この先は、関ヶ原となる」


 前に立つ者が言う。その声はなぜか、礼韻には悲しげに響いた。


「想像以上に厳しい1日となる。覚悟は、しているのか?」


「はい」


 軽々しく聞こえないよう、礼韻は少し間を取って返答した。


 相手もまた、間を開けた。


「帰ってこられない、という確率もけっして低くない」


「はい」


「ときとして、人殺しをしなければならない」


「はい」


 ためらいなく返答した。元より、戦いが常態化している世界へ行く以上、覚悟の上だった。


「後々まで残る手傷を負って、戻ってくることになるかもしれない」


「はい」


「ときとして追い詰められ、同行者2人を見捨てなければならない」


 ここで初めて、礼韻が返答をためらった。わざと間を置いたのではなく、実際に返答を迷ったのだ。


 礼韻は自分に問うた。もしそういう場面に出くわしたとき、本当に迷いなく彼ら2人を見捨てられるのか、と。


「分かりま、せん」


 迷った末、言葉を絞り出すように、正直に答えた。


「そうか、分からないのか。礼韻、よく正直に返答したな。もしかしたらその正直さが、いずれ身を助けることになるかもしれない。時を渡った先でなにが起ころうとも、へたに言葉を取り繕わないことだ」


 願坐韻の声が、やさしい響きで返答した。礼韻は、それではここを通さないと言われるのではないかと緊張していたが、しかし返答は意外なものだった。そして、


「それでは、行ってきなさい」


 と一言放ち、気配は消えた。


 礼韻はしばらく待っていたが、声はもうなく、再び歩き出した。


 なんとなくディバッグが重くなったと感じた礼韻は、歩きながら中を確認した。


 自分で入れた覚えのない水筒が入っていた。蓋を回すと、コーヒーのいい香りが漂った。


「やっぱりおじいちゃんだったのか」


 礼韻は先ほどの男を、願坐韻だと思うことにした。願坐韻が、最後のアドバイスをしに来てくれたのだ。


 フッと煙が切れ、足の裏の土の感触が鮮明になった。

 

 

 

 

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