第8章 帷面権現(10)
ものごとに動じない礼韻だが、さすがにこの訪問客には狼狽の表情を見せた。
「何故? ここにいることなど分からないはずなのに」
優丸が、礼韻の頭の中の言葉を、読み上げるように言う。その言葉に、礼韻がさらに表情を強張らせ、後じさった。
「どうして分かった?」
礼韻が絞り出すように言う。
「いや、分かったわけじゃない。今のは、単なるカンさ。礼韻のその表情を見れば、だいたい察しがつくよ」
言いながら、いたずらを仕掛けた少年のようにクスリと笑った。優丸の笑顔は久しぶりだった。礼韻は不思議と、気持ちが落ち着くのを感じた。
優丸は部屋にあがり、窓際のロッキングチェアーに腰を落とした。
「願坐韻氏に、呼ばれたんだ」
「おじいちゃんに?」
「そう。礼韻、願坐韻氏に、優丸という友人がいると伝えたらしいな。願坐韻氏の使いの者がやってきて、ここへ行ってくれと頼まれた」
なるほど、と礼韻は思った。いきなり優丸がここへ来たことの合理性が説明され、ようやく乱れていた気持ちが落ち着いた。たしかに祖父には、優丸という特殊な友達がいると伝えていた。
「帷面の領内か。礼韻、時を渡るつもりなのか?」
その言葉に、礼韻が再び表情を硬くした。
「また何故って顔をしているな。実はな、礼韻、おれの出身はこの地なんだ。お前はなんでも詳しいが、少なくともこの辺りのことは、おれの方が詳しいと思うな」
それもまた、礼韻の納得できる説明だった。優丸ほどの歴史マニアであれば、自分の地域のことはあらまし掴んでいることだろう。
「それからな、礼韻、おれの他にもう一人ここに呼ばれているぞ。間もなく到着するんじゃないかな」
優丸が口の端に笑みを浮かべながら言った。礼韻はスッと目が細くなった。誰が来るのか、おおよその見当がついたからだった。
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