第7章 祖父の贈り物 (8)
礼韻は自宅に戻った願坐韻に、枕元に呼ばれた。背もたれの豪勢な椅子に座った願坐韻は、座るよう命じた。
願坐韻は、3日後に遠出をするので仕度をしろと言った。
簡潔な、どうということのない内容の言葉。しかし、妙に気持ちに響いた。これはなにか、大きなことがあると礼韻は直感した。
3日後の夕方、礼韻は一台のマイクロバスに乗り込んだ。奇妙な車だった。通常の座席はすべて払われ、床はフラットになっている。運転席には仕切りがあり、声は届かない。願坐韻は付き人3人に車椅子ごと乗せられた。
そして車は発車した。
どこへ向かっているのかは分からなかった。真っ黒のシールドに遮光カーテン。外の様子は何ひとつ分からなかった。
願坐韻は黙って目を瞑り、礼韻は手持無沙汰となり、心地よい揺れにすぐさま眠りの世界に落ちていった。この頃ではたった数秒、時間が空いただけで、どこでも眠れた。体が眠りを渇望していたのだ。
願坐韻が途中で苦しがり、停まった車から降ろされた。その15分ほどの間、礼韻は目隠しをされていた。
それから車は止まらず、距離を稼いでいった。礼韻は眠りから覚めると用意されていた食事を食べ、腹を満たすとまた眠くなって目を閉じた。目的地を隠されている気味悪さはあったが、祖父と一緒なので、まるで心配はなかった。
こんこんと眠り続けた礼韻は、転がって頭をぶつけて起き、のっそりと上半身をもたげた。
激しい揺れと唸るエンジン音から、山道を登っているのだと察した。皆目見当がつかなかったが、なにか、人から知られていないような場所に向かっているのだろうと礼韻は思った。願坐韻の隠し別荘にでも向かっているのだろうか。そこでさらに、徹底的に歴史学を叩き込まれるのではないか。そう、礼韻は想像していた。
すでに出発してからどれくらいの時間がすぎたのかも分からない。礼韻はとにかく、この行程に関しての思考を一切やめた。どのみち到着すれば、すべてが分かることだからだ。
斜めになってエンジンを唸らせる車。夏というのに冷気が覆う。そんななか、車はようやく止まった。
止まっても、降りる気配はなく、また時間がすぎていった。激しい揺れのおさまった車内で、礼韻は再びまどろんだ。
軽く付き人に揺さぶられ、礼韻は目を開けた。願坐韻の咳払いが響き、礼韻は目を向けた。
「高校をやめる手続きが終わった。礼韻、お前に私から、最後の、そして最大のプレゼントを渡す」
願坐韻の、弱くなった喉と声帯から、細い声が発せられた。
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