第7章 祖父の贈り物 (7)

 元々肉の薄い、古の修行僧を思わせる願坐韻の容姿だった。それが病でさらに痩せた。その痩せ方は健康的なスリム化とは違ったものだった。


 上半身を起こせるようになった願坐韻は、枕を積んだ壁に凭れかかり、じっと自身の腕を見つめることが多かった。水気を失い、張りが消え、蒼黒くくすみ、血管が浮き出ている。腕は、その後の願坐韻の生を明確に示した。


 こうなれば、頭の衰えていないことが仇となる。動けないということが、より精神に堪えた。


 願坐韻は礼韻に、細かく指示しだした。まずは、読むべき書を示した。


 それは膨大な量だった。ときに、その書についてのレポートを書かせ、またあるときは質問攻めにした。


 礼韻はしかし、黙ってこなしていった。啓する祖父の言葉でもあり、また礼韻自身も願坐韻なき日までに昇らなければという強い意識があった。一流スポーツ選手の例を見ても、素質だけで大成したわけではない。必ず成長期にしごきとも見れる集中的な練習をこなしている。眠る時間も取れない礼韻は逃げ出したい気持ちを抱えながらも、自身の才能を徹底的に鍛えるいいチャンスと捉えていた。


 ウサギのような赤い目に、その当時、涼香は何度も驚かされた。また、少しペースを落とすよう礼韻と、願坐韻にさえ言った。体を蝕むだけだと。しかし当然ながら、両人に聞き入れられなかった。


 その、度を越した英才教育は、願坐韻の取り巻きたちへのアピールともなった。単なる血縁からの贔屓と見ていた周囲の人間も、礼韻の取り組む姿勢に、後継者の器と納得しだした。


 願坐韻からの指示は、書だけではなかった。様々な、歴史的な地に行くことも求められた。


 まっすぐ歩くことも困難な礼韻に、帯同者を付けさせられた。それが涼香だった。涼香もまた、願坐韻の強引な指示により、高校を休まされた。それに対して反発心はあったが、歴史好きとして興味が勝り、指示あるごとに礼韻に付き添った。


 そうする間に、車椅子ながらも願坐韻が表に出られるようになった。礼韻はときに一緒に出かけ、願坐韻から人に会わされた。

 

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